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服従か死か


 ルーシェは一人、アブゾーブとマントの前に立った。僕とアヴァロンは後ろでそんなルーシェを見守る。


『彼等は私が対応します。その結果殺す事になっても…知りませからね?』


 そう言いだしたルーシェに、僕は了承し首を縦に振った。確かに祖国の仇ではあるがこの際そんなことはどうでもいいと、そう思った。

 

 なにせ僕が殺ろうがルーシェが殺ろうが、結果彼等が絶望を見る事に変わりはないのだから。


 そう、何故ならルーシェとはーーかなりの#サディスト__・__#なのである…



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おやおや嬢ちゃん、一人で俺らに立ちはだかるとは随分とした度胸じゃねえか…えぇ?」


 アブゾーブは一人前へと歩み出てきたルーシェと対峙するーーーまた距離を離しては動く気配のないデイトナとアヴァロンを#一瞥__いちべつ__#した。


「あいつらは傍観を貫くってか?はははは、全く情けねぇよなぁ。まさか女の子を囮に逃げ出すつもりじゃねーだろうなぁ…嬢ちゃん、あんたはそれでいいのか?」


「嬢ちゃんじゃない、ルーシェです」


「おう、悪い悪い。じゃあ、ルーシェ…お前はあそこ王子様の奴隷か何かなんだろ?」


「まぁ…そんな感じになりますかね?」


「だろうな。じゃねーとこんな状況で女の子を盾にするなんざ考えられねーからな…それにしても、とんだ腰抜け王子様だことで」


「全くです。デイトナ様には正直呆れ返るばかり…早く死ねばいいのに…」


「…仮にもルスタチアの王子様とあろう男が従者にそんなこと言われるようじゃイケねぇな!!王子様がそんなんならこの国は結局その程度、俺らが責めようと責めまいと、どの道[ルスタチア王国]は滅びていたようなもんだぜ…でだ、ルーシェとやら。大人しくしてくれれば少し間は生かしといてやる…どうだ、潔く投降しねーか?」


「無理ですね」


 ルーシェはサッパリとした顔つきで即答した。そのあまりの落ち着きぶりにアブゾーブは拍子抜けしていた。


 というのも、アブゾーブの経験上このような状況下に於いて、人間とは無様に泣き叫び、生を懇願するのが当たり前だと思っていたからである。


しかもそれは訓練を受けた戦士の話で、相手が子供だった場合は死の恐怖に取り憑かれ口を開くことを出来ないのが大半。だからこそ取り乱さないルーシェとは、アブゾーブにとって不思議で仕方がなかった。


「やけに落ち着いてんな…いいか、俺は相手がいくら人間の女子供であろうと容赦はしねーぜ?」


 次の瞬間、アブゾーブは蛇刀をルーシェの眉間スレスレに突きつけた。アブゾーブはルーシェを殺す事に一切の躊躇いはないとは宣言したのである。


その理由として、マントの提案ではやはり彼等を捕虜として『ゾロマンティス軍』本部へと輸送しようという算段になっていたのだが、その中には従者であるルーシェは含まれていなかったのだ。


増してやルーシェが奴隷だと知ったら尚更に生かす価値はないとアブゾーブは判断ーー故にルーシェに突きつけた刃をむざむざ引く理由はなく、これは脅しや牽制などではないと刃で語るに過ぎない。「お前の命に何の価値もない」とは言っているようなものであった。


 敵意を捨て投降するのならしばらくの命は保証しようという提案と、もし歯向かうのであれば即効殺すという提案…アブゾーブが提示したそれらの条件とはルーシェにとって何のメリットはない。後に死ぬか今すぐ死ぬか…結末は変わらない。


「さぁどうする、ルーシェ…」


「………」


 ルーシェは黙ったまま、アブゾーブにじっとりとした視線を送り続けていた。そんなルーシェの様子を覗いて、アブゾーブの口角は上がる。


『黙りやがったな…やっぱりビビってんじゃねーか』


 側から見れば強者が弱者を脅しているようにしか見えないことだろう。もちろん強者はアブゾーブであり、弱者とは少女の姿をしたルーシェ他ならない。


 ただ、マントはそうも思っていなかった。


「アブゾーブ様、気を付けて下さい。やはりその子…何か様子が変です」


「はぁ?そうか?どうせ震えて声が出せねーだけだ…そうだろルーシェ?」


「……」


 ルーシェは尚も無言を貫いていた。ただジッと、アブゾーブの瞳を見つめる。アブゾーブはうんともすんとも言わないルーシェに苛立ちを覚え始めていた。そして、遂には…


「もういいだろマント、こんな人間の餓鬼にビビるこたぁねぇ!!殺しちまえばそれで終いだ!!」


「ま、待って下さいアブゾーブ様!」


「もう遅ぇ!!シャァァアアアッ!!!!」


 痺れを切らしたアブゾーブの剣が、ルーシェへと向け激しい速度では振りかざされたーー次の刹那であった、


「……えっ?」


 アブゾーブの体が宙を舞った。


『何が起こった?』


 いきなり過ぎて理解の追い付かないアブゾーブの耳に、マントの声が響き渡る。


「アブゾーブ様!!避けて!!」


「はぁ?どうしてーーー」


 アブゾーブはそう言いかけて、眼前に少女の悪戯な笑みを見た。


「先に仕掛けて来たのはあなたなんだからね?」


 汚い笑みを浮かべるルーシェを、見たのだった…



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「終わったね」


「……ソウ、ミタイデスネ」


 俺とアヴァロンの視界先で、宙へと投げ飛ばされたアブゾーブを追撃するルーシェは映る。


「アブゾーブの奴、何が起こったかも分かってないっぽいな」


 まさに一瞬だった。ルーシェは剣を振りかざしたアブゾーブの腕を掴んではそのまま投げ飛ばしたのだ。その動きを視認で判断するのは常人では不可能である。


 アブゾーブも常人にしては桁外れの実力者なのだろうが、やはり#その程度__・__#。リザードマンである彼が、竜王の血を引くルーシェに敵うわけない。


 勝敗は明白過ぎた。問題はこのままルーシェがアブゾーブを殺すのか、はたまたゴルフ同様に捕虜としてしまうのか、そこに尽きる。


「見ものだね…」


 僕は静かに事の顛末を見届けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ということで、新たな捕虜を確保してきましたデイトナ様」


 ニッコリと笑ってルーシェは言った。その両手には半殺しとなったアブゾーブとマントが握られていた。


「全く、恐ろしい奴だよ君は」


「デイトナ様に言われる筋合いはありません」


 ルーシェは両手の二人を僕の前へと雑に投げ捨てると、


「こいつらを分析した結果、まだ生かす価値はあるかと。捕虜にしてしまうのもアリですが、まぁそこそこ強いらしいですし、奴隷として利用するのも悪くはないかもしれませんね」


「奴隷か…ふむ」


 意識のないアブゾーブはさておき、マントは虫の息ではあるがまだ意識はあるようだった。


「マント、ルーシェはこう言っているが…お前はどうしたいんだ?」


 マントはゆっくりと傷ついた顔を見せ、荒い息を漏らしながらには口を開いた。


「…僕はどうなってもいい…だが、この方だけは…」


 そう言って、マントはアブゾーブへと視線移した。


「頼む…どうかアブゾーブ様だけは…見逃してほしい」


「うん、無理だねそれは」


 即答して、意識を失っているアブゾーブの体を足で蹴り飛ばした。


「こいつの気性の荒さは僕がよく知っているからね、ここで逃せばどうせ後の世で僕を襲ってくるに決まってるんだ」


 アブゾーブという男とはそういう奴だ。自分が殺すと決めた相手は何が何でも殺すというのがアブゾーブの信条だとか。


「全く、こんな馬鹿がいるからいつの世も争いが絶えないというのに…マント、お前程優秀な男がどうしてこんな馬鹿に仕えているか僕は疑問で仕方ないよ」


「アブゾーブ様を…侮辱するな」


 マントは鋭いを眼光を放っては睨みを利かせた。


「ほう、マント…君もそんな目をするんだね?意外だよ、君はもっと冷静で話のわかる男だと思っていた」


「尊敬する人をコケにされて…冷静でいられるか…」


『ふむ、素晴らしい忠誠心だ』


「ルーシェよ、君も少しはマントを見習ってはくれないものか?」


「どうしてです?」


「いやね、君は些か僕に対する忠誠心が足りないと思うわけだよ」


「だって、別に尊敬していないですし…」


「……いや、してくれよ」


 僕は呟くようには言った。


「いや、だったら尊敬されるような事をして下さい。私がデイトナ様にされた事と言えば…」


 ルーシェは手の甲に刻まれた契約印を見せつけて、


「たったのこれだけですよ」


 と、口を尖らせた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アヴァロンの背にアブゾーブとマントを乗せ飛行していた時だった。


「僕達は…これからどうなる?」


 重たい口振りでマントは言った。


「お前次第だ」


「僕、次第?」


「そう。というのもねマント、僕はお前の能力を高く評価していたんだと思う。さっきまでは心から殺してやりたいと思っていたけど、冷静になって考えてみたら#勿体無いかな__・__#って」


「……もったい、ない….」


 マントは不思議そうには呟いた。何故自身はこんなにも評価されてるのか、といった疑問で仕方ない様子である。


「知る由もないだろうが、僕はね、お前に何度も襲われたことがあるんだよ…」


 僕は空を仰ぎ、過去の情景を頭に思い浮かべていた。

 そうして過去、マントの優秀さとは実感する出来事が脳裏を過る。


 それは時を遡る前の時代の記憶ーー密かにアヴァロンの研究を続けていた僕とは、何度もこのマントにつけ狙われ命を脅かされた。


 竜王遺伝子の配合という禁忌に触れようとした僕のことを何処で知ったのかは定かではない。細心の注意を払いながらの研究だったのにも関わらず、このマントは唐突に僕の隠れ家には現れて、こう言った。


『その研究を、僕に譲ってはくれないか…』


 あの時のことはよく覚えている。僕は命からがらには逃亡に成功したものの、その後はマント率いる『ゾロマンティス軍』からの逃亡劇の連続だった。


 どんなに雲隠れしても執拗に刺客はやってきた。どこで情報を得ているのか僕には皆目見当もつかず、毎日恐怖に震え、眠れない夜を何度送ったことか…


 そんなマントという男を、僕はいつか絶対に殺してやりたいとはいつも思っていたーーーただその反面、僕はマントという男にひどく憧れていたのもまた確かだった。


「マント、お前は僕にはないものをたくさん持っている。いつかの僕はお前のそんな才能に焦がれ、嫉妬で気が狂いそうになっていた」


「……理解に苦しむ」


「ふふ、だろうね。これは僕の独り言だと思って聞き流してもらって構わない…だけどね、決断は早めに頼むよ…僕に付き従い、僕の計画に加担し、その果てに僕の手によって殺される未来か…もしくは…」


 そう僕が言いかけた時、飛翔するアヴァロンの動きが止まった。どうやら目的地に到着したらしい。地上では、呑気には野営している奴等はーー[ゾロマンティス軍]である。


「これからお前らの仲間である[ゾロマンティス軍]を一人残らず殲滅する。その後になって、良い答えが聞けるのも期待しているよ…マント」


 僕は一人アヴァロンの背から飛び降りると、遥か地上にいる[ゾロマンティス軍]の野営地へ。


 これから見れるだろう彼らの無様な死に様を思い浮かべては、笑いが止まらなかった。


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