伝説の白龍
[連合アークスター軍]の殲滅に関してさして時間はかからなかった。といっても、僕とルーシェは何もしてはいない。アヴァロンが全てをやってくれたに過ぎない。
辺り一帯に血の海が広がる。総勢にして2000名程いた[連合アークスター軍]も、残すところ#一人のみ__・__#となった。
「さぁ、ゴルフ…後はお前だけだぞ?」
「や、やめてくれ…たた助け…」
ゴルフは手からバトルアックスを落とすと、腰を抜かして尻餅をついた。
「どうした、酷く怯えているじゃないか?」
卑屈そうな笑い声をあげ、竦みあがるゴルフを見下した。こんな日をどれだけ待ち侘びたことか…
「やっとだ、僕はこれでやっと…スタートラインに立つことが出来たんだ」
これまでの道のりを振り返ると、やはり辛いことの連続だった。50年という月日とはそれ程に長過ぎた。
幸せな50年ならまだいい。ただ僕の歩んできた50年とは、決して幸福と呼べるようなものじゃなかった。苦業、その一言に尽きる。
ずっと孤独だった。胸に抱いた復讐心だけが、僕の救いであり、唯一の生きがいでしかなかったのだ。
「分かるかい?僕はね、ずっとこの時を夢見て生きてきたんだ…お前を殺す瞬間を、ずっとね…」
やっと動き出した僕の歩み。もう誰にも邪魔はさせない。
「ただじゃ死なせないよ?くくく、ふはははははははは!!」
「ひ、ひぃいいいい…」
ゴルフの悲鳴が児玉したーーそんな時、
「ちょっと待って下さい、デイトナ様」
ルーシェがするりと僕と[ゴルフ]の間に割って入った。
「何だいルーシェ、邪魔しないでくれよ…今すごく良いところなんだ…」
「いや、このままこいつを殺すのも些か勿体無いかと思いまして」
「どういう、意味?」
「つまり、こいつにはまだ利用価値があると、そう言いたいわけです」
「例えば?」
「人質にしましょう」
ルーシェはサラりとした口調で言った。
「人質…成る程、それはいいな」
確かにこのままゴルフをグチャグチャにしてしまうのは簡単だが、僕の敵はこの世界そのものでありーーつまりは争いを生み出した奴らを1人残らず殺戮することにある。
そう考えた時、ドワーフ族の代表であるゴルフを利用するのも悪くない。[連合アークスター軍]だってゴルフをむざむざ見捨てたりしないだろうしな。
「妙案だよルーシェ、さすがだ」
「さすが?お言葉ですがデイトナ様、これぐらい考えつかないで何が世界征服ですか…と、そこの死体がデイトナ様のことを馬鹿にしてました」
ルーシェはそう言って、足元に転がった死体の一つを指差した。死体に責任転嫁とは恐れ入る。
「まぁいい、ルーシェ…褒美を与えよう。アヴァロン、嫌だと思うがルーシェに頭を撫でさせてやれ」
「……ワカッタ」
アヴァロンは嫌そうに呟いた。その傍らではルーシェがヨダレを垂らしながら息を荒くしていた。
「デ、デイトナ様…はぁ、はぁ、はぁ、本当に、アヴァロンの頭を撫でて…良いと?」
「許す」
「有難き幸せぇえええひぃやぁあああああああああ」
「………セイリテキムリ…」
許せ、アヴァロン。
「ということだゴルフ、お前はまだ生かしといてやる。お前はこれから僕のペットとなるんだ…いいな?」
「…は、はい…」
「返事が小さい。目ん玉ぐらいなら潰してやってもいいんだぞ?」
「す、すみませんでしたぁあああッ!!」
「うん、それでいい…」
よし、[連合アークスター軍]を脅す駒も用意出来たわけだし、次は…
「ゾロマンティス軍よ…次は貴様らの番だ…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あぁ、殺したりねぇ…[ゾロマンティス軍]最高幹部であるそのリザードマンは一人、死体の山に腰をついてはそんなことを思っていた。
また平和ボケしていた[ルスタチア王国]の兵士じゃ全然物足りないと苛立ちさえを覚えていた。
[ゾロマンティス軍]最高幹部[アブゾーブ・グリル]ーー彼は魔族のみで構成された破壊活動集団[ゾロマンティス軍]の最高幹部として悪名を轟かせていた。
リザードマンと呼ばれる小竜族である彼にとっての生き甲斐とは争いこそが全てで、幼い頃から殺法を仕込まれ、呼吸をするようには殺戮を繰り返してきたのだった。
そうして今日、[ゾロマンティス軍]の先陣を切って[ルスタチア王国]に攻め入ったアブゾーブは敵のあまりの歯応えの無さに溜め息を零す。
「はぁ、何だよ…アークスター軍がいるかと思いきやどこにもいねーし、敵を発見したと思えばーー
「こんな雑魚ばっかだし!」と、アブゾーブは足元の死体達に向け唾を吐きつけた。
「あーあ、こんな事なら糞して寝てた方がマシだったかなー」
アブゾーブが空を仰ぎながらに呟いた、そんな時だった。
「あ、アブゾーブ様。また一人で先走って…」
息を荒くしてはそう言って、アブゾーブの前に現れた彼ーー名を[マント]。彼は[ゾロマンティス軍]の一兵士であり、アブゾーブの腹心と呼ばれる存在であった。
「何だよマルト、悪いか?」
「悪いとかそういう問題じゃないありません!アブゾーブ様、敵に囲まれたらどうするつもりだったのですか!?」
声を高くしてアブゾーブを心配そうに見つめるマントーーそう、マントは普段から勝手に突き走るアブゾーブに手を焼いていたのだった。
それはアブゾーブを思えばこそであり、アブゾーブを一戦士として尊敬しているからこそ。マントのそんな思いとは裏腹に、アブゾーブはいつも身勝手な行動を繰り返してきた。
「別にいいだろうマントよ、俺は強い。誰よりも強いのだから、敵に囲まれようが知ったこっちゃない。むしろウェルカムだぜ、俺は」
「アブゾーブ様ッ!!」
「あー、はいはい、分かったよ…俺が悪かった…これでいいだろ?」
アブゾーブはマントにはいつも頭が上がらない。それはマルトの自身を心配する気持ちを分かっているからでもあるが、何よりマルトの実力を高く評価しているからでもある。
というのも、マントは戦闘に関して言えばアブゾーブに遠く及ばないものの、頭が良く切れた。頭の回転が早く、戦局を見据えた戦いのできるマルトに、アブゾーブは幾度となく命を救われてきたのだった。
「分かればいいのです、分かれば…」
「まぁそうカリカリすんなって、帰って酒でも呑むか?」
「何を呑気な、今は戦闘中ですよ?それにアークスター軍の動きが些か静か過ぎる…何か妙だ」
「あーそれな、確かに変だ」
マントもまたアブゾーブ同様に、戦況に違和感を覚えていた。先遣隊の情報では[ルスタチア王国]の城下町に[連合アークスター軍]が進軍したとのことではあったが、それにしては酷く静か過ぎた。
ただ城下町内で戦闘が行われていたというのは確かなようで、城下町の方から黒い煙が、そして[ルスタチア城]からはいくつもの炎柱が上がっていた。つまり[ルスタチア王国]の軍隊と[連合アークスター軍]がぶつかったのは間違いない。
「戦況がどうなっているのか分かんねぇのかマルト?」
「今調査隊を城下町に向け送り出したところです。それまでどうか穏便にお願いしますよ」
「へいへい…」
ウンザリとした溜め息を吐いたアブゾーブはマルトに従っては、基地へ向け歩き出した。いつになったら刺激ある戦闘を楽しめるのか…そんなことを思いながらに、空を見上げたーーー
「ん、ありゃ何だ?」
「…どうかしましたか?」
「いや、あそこにドラゴンらしき影が見えるのだが」
「ドラゴン?馬鹿言わないでください。こんな場所に竜族がいるわけないでしょう?」
「いやいや、本当だって、ほら」
アブゾーブは空に向け指差した。マントはまたアブゾーブの変な世迷言が始まったと渋々アブゾーブの指差す方へと視線を向けてーー口をあんぐりと開けていた。
「ほらな、ありゃドラゴンで間違いないだろうよ?」
「え、ええ…確かに…」
アブゾーブとマントの視線先、遥か上空には確かにドラゴンが飛んでいた。
「…白い、ドラゴンか…しかもドラゴンにしてはやけに小さいな。マルト、お前何か聞いてるか?」
「いえ、僕は何も…そもそも何故こんな場所にドラゴンが…しかも白いドラゴンなんて聞いたことありません」
「そうなのか?白いドラゴンつったらあれだろ、神話に出てくる…#白竜__ハクリュウ__#、だっけか?」
「それは伝説の三大竜王の一角、[#時渡__ときわた__#りの混沌の始祖竜ーー#白竜__ハクリュウ__#]のことですか?」
「そうそう、それだそれだ」
「馬鹿らしい…神話の竜だなんて…」
「じゃあどうやって説明する、#あれを__・__#?」
「竜族で間違いないはないでしょうが、色に関しては多分そういう風に見えるだけでしょう。光の錯覚かもしれません」
「…そうか、だよな」
アブゾーブとマルトは、しばらくそのままドラゴンを見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「見つけた」
「え、何がですかデイトナ様?」
ルーシェは首を傾げて尋ねてきた。
「ゾロマンティス軍の…あれは、最高幹部の一人、アブゾーブか?しかも隣にいるのは…マルト」
忘れるわけない。奴らもまた[ルスタチア王国]を破壊した逆賊であり、逃げ延びた俺をしつこく付け狙っていた復讐対象なのだから。
「え、何ですかその最高幹部って?新しい性感帯か何かですか?」
「馬鹿、違うよ。ゾロマンティス軍の…偉い奴、って言えばいいのか?」
「偉い人ですか…どう、偉いんですか?」
「知るか。奴らにでも聞いとけ」
こうも簡単に見つかるとは思っていなかった。何故ならアブゾーブの隣にいるマルトという男は軍略家としてかなり有名だったからだ。
奴は50年前のーー時の遡る前の時代で軍略家として[ゾロマンティス軍]を幾度なく勝利に導き、遂には[ゾロマンティス軍]最高司令官にまでなった男だ。
そんな男がまさかノコノコと2人でやってきた…わけでもあるまい。大方隣のアブゾーブが突っ走ったのを連れ戻しに来た…そんな辺りか。
まぁどっちだっていい。俺の復讐対象に、どの道変わりはないのだから。
「アヴァロン、降りるよ」
「…リョウカイ」
アヴァロンは返事と同時に急降下、アブゾーブとマントの元へと猛直進していった。