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 主に仮名を与えられ仕える妖のことをそう呼ぶ。


 式は誰にでも仕えることの出来ないものである。式に仮名を与えるには、それ相応の爵位が必要であり、またそれだけの妖力も必要なのである。故に式と呼ばれる妖は爵位を持つ貴族しか使っていない。たまにふざけ半分で妖に仮名を与え使おうとする者もいるが、未熟なうえに知識が無い者が契約を結ぼうとすると双方とも灰となってしまう。


 コンッコンッ


「翡翠様、柊です」


 ヒイラギ?


 空汰は反射的に翡翠を見た。もちろんそこにはもうすでに翡翠はいなかった。

 相変わらず逃げ足は速い。


「どうぞ」


 柊は扉を開けて入ってきた。柊という式に会うのは今日が初めてだ。今までどこにいたのだろうか。


「ただいま帰りました、翡翠様」


「えっと……」


「……記憶を無くされたというのは本当なのですか?」


「あ、いや……」


「十日間の休暇から帰ってきました」


「あ、休暇……」


それで見なかったわけだ。


「それで、翡翠様」


「はい?」


「そんなところで、公務を中途半端に、何をしているのですか? それに、どうして今更辞書を?」


「あ、いや……。ちょっと休憩をしていたんだ。久々に辞書が懐かしくなって」


「……そうですか」


「あ、そうだ」


空汰は、机の上から翡翠が終わらせている書類を手に取り、柊に渡した。


「これを長老に届けておいてくれないか?」


「……式には命令すればいいのですよ、翡翠様」


「俺は命令なんてしないよ」


「え?」


「しまっ……。あ、いや、その……け、決してそんな深い意味は、無いぞ!」


「分かりました」


柊は無表情で、何も思っていないように書類を受け取りわきに抱えると、懐から白い書状を取り出した。


「これを預かってきました」


「何それ?」


「ツェペシ家より夜会への招待です」


「ツェペシ家?」


「古くから妖長者との絆を持つ伯爵家です」


「伯爵家……それはまた……高爵位の持ち主ですね」


「貴方様は公爵ですよ」


「あ……」


そうだった。


 空汰は苦笑しながらも書状を受け取り、柊を見た。


 柊は不思議そうに首を傾げた。


「何か?」


「蛇?」


「……急に何ですか」


「いや、なんとなく」


 柊は不思議に思いながらも、部屋を後にした。


 柊と入れかわるように翡翠は部屋に戻ってきた。


「言い忘れていたが、柊には気を付けろよ」


「お前逃げ足だけは本当に速いよな」


空汰はそういいながら柊に貰った書状の封蝋を開いた。中には妖字で文が淡々と並んでいた。空汰は読めるわけではないが、ただただ眺めていた。


「逃げ足が速くないと、バレるだろ?」


「で、何で柊に気を付けるんだ?」


「柊はあぁ見えて結構勘の鋭い奴で頭の回転も速い」


「勘が良いってことか……」


「それだけならいいけどな」


「それだけじゃないのか?」


「その勘は驚くほど、正確だからな。俺も信頼をしている」


「そうか……」


 空汰は、書状を封筒に直した。翡翠は空汰の持つ書状に気付き、見せてもらうと頭を抱えた。


「お前……この夜会、行くのか?」


「行かないといけないんだろ?」


「……悪いことは言わないから、よせ……」


「どうした?」


「お前、ツェペシ家の事何も知らないんだったな……」


「どんな家なんだ?」


「名門伯爵家で俺らとも繋がりを持つ家だ。妖長者は公爵家だが、妖長者以外公爵と呼ばれる爵位を持つ者もおらず、またその下の侯爵もいない。となると次は伯爵なわけだが……」


「それが、ツェペシ家というわけか」


「妖長者以外では一番権力を持つ家柄だけあって、妖長者としても放っておくわけにもいかず、繋がりを持っている……仕方なくな」


「仕方なくね」


「しかし……、普通の伯爵家ならば別にいいのだが、あそこの当主らは本当に性格が悪いのだ……。俺も数度夜会やパーティーに参加したが、死んでも行きたくないと思える場所だ! ここ最近、全く夜会という夜会を開いておらず、喜んでいたが……まさか、お前と変わった途端に招待が来るとは思わなかった……。最悪だ」


 空汰は苦笑していた。


「そ、そんなに……下衆な家柄なのか?」


「最低最悪の妖だ」


「そ、それに……俺は行かないといけないのか?」


「妖長者として、招待されたものに顔を出さないという事は、そこの家との仲を断つという意味に捉えられてしまう」


「それは、行かないと後々お前が困るんじゃ……」


「確かにそうなる」


「だよな……」


 空汰は大きなため息を吐いた。翡翠が持つ書状を再度見る。やはり何を書いているのかは全く分からない。


 翡翠は、本当にこの世の終わりだといった表情をしていた。


 翡翠がそれほど嫌がるのだから相当面倒な当主なのだろう。何となく会ってみたいという興味もある。


「なぁ空汰」


「何だ?」


「お前にこの際だから言っておくが、今お前が妖長者をするうえで、一番邪魔な存在は俺だ」


「は? そんなこと……」


「あるんだよ。よく考えてみろ。誰かに対して発言をするとき、いつも俺が後に困らないように出来るだけ発言は控えている。そして、よく考えている。それから、こういう行動を起こさなければならないときも、お前は自分が嫌かどうかの前に、俺が後に困るのではないかと考えてしまう。


 空汰。俺のことは忘れろ。今の妖長者はお前なんだ。俺がお前に妖長者を一任しているのだ。お前の今すべきことを、お前だけの考えで動け。だがそれでも立ち止まってしまうときがある。そんな時にだけ俺を頼れ。俺を駒として使え。お前の立場なら、誰だって動かすことが出来るのだから、それを逆手にとれ」


「だって……」


「文句は言うな。俺はお前に頼み事をしている。それまでの縁だ。だからその縁が切れるまでは、お前に嫌われたくはない。お前の重荷にもなりたくはない。お前は妖長者として最善の道をいつも選べ、間違えてもいい。俺が後に道を探し直す。俺の後の事は考えなくていい。俺は俺でそのときどうにかするから」


「翡翠はすごいな」


「え!?」


「もしも俺がお前の立場だったら、もうとっくに死んでいるよ」


「死ぬのか!?」


「俺はお前みたいに他人思いじゃない。お前のことを考えるだけでも精一杯だったんだ。ありがとう」


「お前に感謝されるときは無いとは思っていたが、まさかこんなにも早く感謝されるとはな」


「俺だって感謝くらいはする」


「それでー? どうするんだ?」


「まず、書状にはなんて書いてあるんだ?」


「簡単でいいか?」


「内容がざっくり分かればそれでいい」


翡翠は書状を読み、簡単に空汰に説明をした。


夜会は一ヶ月後に行われること。ツェペシ家で行われること。少人数の限られた者しか出入り出来ない夜会なので、是非翡翠殿に参加していただきたいということ。


「それから、夜会は必ず正装で」


「正装?」


「所謂国王みたいな格好だ」


「国王……みたいな……」


「それからお前には、きちんとした礼儀、ダンスの練習をしてもらう」


「ダンス……礼儀……。面倒くせぇ……」


「なら、行くな」


「……まだ行くとも言ってなかったんだがな……」


「行く気満々なことくらい目に見えて分かる」


「バレバレってわけか」


「俺の洞察力、観察力をなめるなよ」


「はいはい」


「それから、ひとりだけ式を連れて行く」


「式を? 何故だ?」


「守護者だ」


「なら……黄木か? 守護者の長をしているのだろう?」


「確かに、黄木でも構わないが、黄木は夜会の席が苦手だ。連れて行ってもいいが、お前が動きにくいかもしれないぞ」


「夜会が苦手?」


「理由はかたくなに言わないが、本人がそう言っているし、実際夜会に連れて行っても俺のそばからは離れないが、俺が中央に行こうとすると、壁際に居たいと言ってなかなか俺も動けなかった。それからは、基本、珀巳を連れていった」


「珀巳……あぁ、狐の妖」


「あいつは結構強いし役に立つ。ただし、礼儀には厳しいがな」


「俺は絞殺されそうだな」


「今のままだとな」


「誰でもいいのか?」


「だから、お前のことはお前で決めろ」


「……なら、珀巳を連れて行こう。俺も心強い味方が居た方が動きやすい」


「好きにすると良い」


「珀巳についても少し教えてくれ」


「珀巳? 珀巳は少しばかり傲慢なところもあるが、妖術は誰も負けないほどの力をもつ。もちろん、俺には劣るが、忠誠心は強くてしっかり者だ」


「良い奴なんだな」


「ちなみに黄木も正義感なら誰よりも強い。曲がったことは嫌いで、面倒見もいいから、色んな高爵位の者たちに羨ましがられることも多い」


「へぇ……。それで、えっと……柊は?」


「基本的にあまり話すことは無いが、勘は鋭くて、よく考えている。知識も豊富だから、意外とあいつに疑問をぶつけるとすぐに答えが返ってくるぞ」


「それで、どうして式に仮名を与えるんだ? 本当の名前もあるのだろ?」


「本当の名前を縛ることも出来るが、それは禁忌だからだ。本当の名を縛ってしまえば、その妖は絶対に主には逆らえなくなる。簡単に言えば、お前に死ねと言えばお前は死ぬ。そして、お前に自分の一番大切な人を殺せと言えば、お前は一番大切な人を自らの手で殺す。逆らえば苦痛が伴うらしいからな」


「苦痛が……」


「お前が本当の名を縛りたかったら縛れ。ただし、その時は少しくらい俺のことを考えろ。名を縛った者の生き末を、俺は知らないぞ」


「縛らないよ、そんなこと……」


「まぁまず俺は知っているが、お前はあいつらの本当の名を知らないからな」


「そこだよ、まず」


「式はあぁ見えて、意外と主に忠実だ。心配しなくていいというのに心配するし、怒りもする。繊細な生き物なんだ」


「そうだろうな……。俺から見てもそう思うよ」


「別の式と契約を交わしたいのならそう言え。契約の交わし方を教えてやる」


「いや、翡翠が契約した式でいい……。いや、がいい」


「変な奴だ」


「お前が信頼している式なら、俺も信頼できる」


 翡翠は鼻で笑うと、ため息をついた。


「好きにしろよ」


 翡翠は本棚から一冊の本を手に取り、静かに読み始めた。話はこれで終わりということだろう。しかし、翡翠には今のうちに聞いておかなければならないこともある。


「翡翠」


「ん?」


「ツェペシ家について詳しく教えてくれ」


「面倒」


「それ以外」


 翡翠は空汰を一瞥すると、面倒くさそうに立ち上がり公務の続きを始めた。手をすらすらと動かしながら、片手で引き出しを開け紙の束を空汰に向かって投げ渡した。


 空汰は取り落としそうになりながらも、受け取るとそこには見慣れた文字が並んでいた。空汰はペラペラと捲り、驚いて顔をあげた。


 翡翠は顔もあげずに話し始めた。


「俺だって妖字よりも人間の字の方が書きやすい。それは俺が簡単にまとめた、妖長者との繋がりのある家の詳しい内容だ。それに目を通しておけ。もう少し早く渡すつもりだったのだが、すっかり忘れていた」


 空汰は座り、一枚ずつ資料を見ていった。ペラペラとみていると、見たことのある顔が何人かいた。その中に、ツェペシ家があった。


 ツェペシ家、伯爵。当主ダイ・ツェペシ。妻エリア・ツェペシ。娘ミーラン・ツェペシ。


「そういえば……翡翠」


「何だ?」


「お前、家族構成はどんな感じなんだ?」


「……それを聞いてどうする?」


「俺は両親がいないんだ」


 翡翠はパッと顔をあげた。


「両親がいない?」


「あぁ……。死んだってさ」


「そう……なのか……。じゃあお前ずっと一人だったのか?」


「いや、妹がいるんだ」


「妹……」


「俺は……」


 翡翠は暗く哀しい表情を浮かべていた。何かをずっと我慢しているかのようにも見えた。


「親も兄弟も親戚もいない。施設育ちだ……」


「施設……」


「ちなみに……俺の名前、翡翠裕也は……本当の名前ではない」


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