プロローグ
もしも人間に『普通とは違う事』があったらどうだろう?
人間は普通であることが、当たり前で、普通でない特別こととなると、なかなか信じない。人間は人間を信じやすく、それ故、裏切りも多い。信じた者が馬鹿なのか、裏切った者が馬鹿なのか、それは人間本人にしか分からない。つまり、人間は矛盾の中で生きる、不思議で奇妙な生き物なのだ。
たいして大きな力を持たない人間は、大きな力を持つと、何故か調子に乗って過ちを起こす。そして、価値観がずれ、最終的には取り返しのつかないところまでいってしまうのだ。そこまでいかなければ過ちに気付かない、憐れな生き物が人間だ。
もしも人間に『特別な能力』があったらどうだろう?
人間は憐れなで不思議かつ奇妙な生き物だ。そんな生き物が特別な能力など持ってしまえば、それはそれで安定するのかもしれないが、恐れ多くて、俺は絶対嫌だ。人間は普通が一番だとはよく言ったものだ。
人間には五感というものがある。味覚、聴覚、嗅覚、触覚、視覚。それが人間の普通だ。一部が失われている人間も世の中にはたくさんいる。
そして、第六感、霊感。俺はその霊感を持っている。いや、持っているのではない。生まれつき備わった能力だ。
子供のころ、霊感があると言うと、友だちは皆、いいなーと言ってきた。何がいいものか。霊感がない事自体がすごく羨ましい。
霊感が無ければ、俺は今、あんな馬鹿気た奴らに追いかけられることもなかったのだから。
――――ハァ……ハァッ、ハァ……ハァハァ……ハァ……
「妖長者様―! 妖長者様―!」
――――チッ……。バレたか
「妖長者様―!出てきてください!」
「貴方は、どうせ逃げられないのですよ。……我々からは、絶対に」
翡翠は、木陰に隠れるとぐったりして座った。
下らない。実に下らない。本当にふざけている。人間も妖も然程変わらない。人間にも妖にも良い奴なんて、誰一人としていない……。人間も妖も大嫌いだ。
「そこの木、怪しいな」
翡翠は咄嗟に姿を変え、立ち上がり、飛び立った。
「居たぞ! 捕まえろ!」
たくさんの式がこちらに向かってくる。捕まるわけにはいかない。何としてでも逃げなければいけない。俺には叶えたい夢があるのだ。こんなところで、あいつらの思惑通りになってたまるか!
翡翠がパッと顔をあげると、絶対に近づいてはいけないと言われていた天空の穴があった。翡翠は迷わずそこに入った。すると、視界が開けた。
「ここは……?」
まさか……。
「人間界!?」
翡翠が驚いた拍子に、懐から何かが静かに落ちるのを翡翠は全く気付かなかった。
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「空汰~、一緒に帰ろうぜ!」
「あぁ」
学校の下校時間をむかえ、空汰と亮弘は一緒に帰っていた。
「なぁ、空汰」
「ん?」
「最近俺何かだるいんだけど、幽霊とかいる!?」
空汰は亮弘を見て、苦笑した。
「それは、いつもだろ? 学校行くのが面倒なのは皆一緒だよ」
「やっぱり、幽霊のせいじゃねぇのかー」
「幽霊が本当に関係していたら、だるくて重いはずだよ、多分ね」
「マジか! じゃあ、今度からだるくて重いんだ、っていうから」
「そういう問題じゃないんだけどね……」
「なぁ、空汰は幽霊とか見えて怖くねぇの?」
「小さいころはすごく怖かったよ。でも、慣れだね」
「そんなものか?」
「うん。でも、見えない人が羨ましいよ」
「何で? 俺はお前が羨ましいぞ?」
「だって、たまにウエッってなりそうな幽霊とかいるからね」
「見たいな」
「亮弘はそういうオカルト好きだもんな」
「オカルトマニアみたいに言うな」
「オカルトマニアだろ?」
「うるせぇよ!」
「っと、じゃあな」
分かれ道、いつもの光景。
「じゃあな、また明日な」
「おう!」
一人の道は嫌いじゃない。気を遣わなくてよくなるから。でも、やっぱり人間はひとりを孤独ととらえるようで、周りの目が少し気になる。
俺は、酒々井空汰。平凡な高校二年生だ。特に成績がいいわけでもスポーツが出来るわけでもない。絵もたいして上手くはないし、人気者というわけでもない。ただ、ひとつだけ、他の人と違う事と言えば、霊感があること。普通に過ごしているなかで、幽霊を見ることなんて日常茶飯事だ。面白みも嬉しさもない。あるのは、かなり迷惑しているということだけだ。
「ん?」
玄関の前に何かが落ちている……? 石か?
空汰は石を退かそうと持ち上げた。遠くで見るよりも持ってみると、意外と綺麗な石だった。この世の中に、こんなに綺麗な石があるのかと不思議に思うほど、綺麗な色だった。
「そんなところでお兄ちゃんなにやっているの?」
背後から声を掛けられ、反射的に振り向くとそこには妹の佳奈が小学校から帰ってきたのだろう、不思議そうにこちらをみて立っていた。
「いや、石があったから」
「石?」
佳奈は空汰の持っている石を見た。しかし、すぐに視線を逸らし家へと入ってしまった。
「お兄ちゃんその石、どうしてずっと持ってるの? 普通のどこにでもある石じゃない」
「え?」
そうか……。この石は普通の人には普通の石にしか見えないのか。ということは、あちら側の類のものだな……。面倒だが、綺麗だからとっておこう。
空汰は石をポケットにしまい、家へと入った。
その日の夜、空汰は石を眺めていた。
それにしても奇妙な石だ。昼間は気づかなかったが、夜になり暗闇で見ると薄ら光っている。目に優しい綺麗な色の光だった。特に邪気を感じない。悪いものではなさそうだった。だけど、こんなに綺麗な石……誰かの落し物だろうか。落し物だったとしたら、誰かがとりに来るかもしれない。
空汰は、石を机の上に置き、静かにベッドに入った。
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しばらくして、不思議な気配に目が覚め、目を薄ら開け、キョロキョロすると何やら人影が居た。空汰はあまりにくっきり見える人影に驚き、起き上がった。
「だ、誰だ!?」
人影は石を持っていた。石の持ち主のようだ。
「それは、君の石?」
人影は驚いたように空汰を見た。
「この石、どんな風に見える?」
「……不思議な感じに光っています」
「……そうか」
空汰は立ち上がり、部屋の電気をつけた。すると、そこには短髪で黒髪の透き通る青色の目をした自分と同じくらいの男の人がいた。
男は、空汰を見るなり無邪気な笑みを見せ、片手をあげた。
「やあ、初めまして。俺、翡翠裕也って言います。これからどうぞよろしくお願いします」