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長老たち


 長老とは妖長者を見守りながら指導をする立場の者達である。


 そして、妖長者と長老は常に一定の距離感を保ちながら、お互いに出来る限り干渉してはいけない。長老が妖長者に命令することに絶対的権限は無く、あくまで一つの意見としてでしかない。しかし、妖長者の命令は絶対的権限を持つので、長老は逆らうことが出来ない。ただし、長老自身の命に係わる場合は別である。


 長老は妖長者よりも立場的には下であるが、公務、雑務など妖長者の仕事についての指図や命令をする。もちろん、妖長者はその意向に出来るだけ沿う必要があるが、最終判断は妖長者本人にある。しかし、夜会やパーティーの開催、参加の有無は妖長者の意思関係なく、基本的に長老が最終判断をする。また、公務の書類や資料などは長老に提出する決まりである。


 長老は妖長者が居なければ妖世界を見守る者として困るが、妖長者も長老が居なければ妖世界を支える者として困る。支えられたり支えたりの関係であるが故に、長老に昇格できる条件はかなり厳しいものである。


 一つ、妖長者が人間であることに賛同する者


 一つ、妖長者に忠誠を尽くし、決して裏切らないこと


 一つ、妖長者のことを常に考えて動くこと


 一つ、妖長者に危険が及ばないように守り抜くこと


 一つ、妖長者に危険が及んだ場合、最期まで守り抜くこと


 一つ、妖長者と共に妖世界を見守ること


 一つ、妖長者と共に妖世界を守ること


など、他にもたくさんの条件が存在する。この条件をすべて突破し、尚且つ、妖長者の屋敷で百年以上仕え、妖力が強く、高級妖であり、爵位を持っていることなども必要である。


 現長老のフィリッツ、オーガイ、ケンジ、ジン、ナクは全員、この条件をクリアし長老となった。


そして、その中で最も権力を持つ長老の長を務めているのがフィリッツである。


 主にフィリッツは長老の長として、妖長者を見守りながら何か事が起きれば全ての責任を負う立場にある。長老の失態は全てフィリッツの失態であり、妖長者の失敗も全てフィリッツの失敗である、所謂最高責任者という役職である。


 フィリッツは、いつものように窓際で本を読んでいた。


 別に暇なわけではない。かといって、忙しいわけでもない。


 コンッコンッ


 ふいに扉がノックされた。


「はい」


 扉の奥からくぐもった声が聞こえる。


「ジンです」


 ジンが私のところに来るなど珍しいこともあるものだ。


「……どうぞ」


 ジンが扉を開け入ってきた。浅く一礼をすると、フィリッツに近寄った。


「これを預かりました」


 フィリッツは本を閉じると、ジンから差し出された紙を受け取った。内容を見る限り、特に自分の出番がいるわけではないものだった。


「翡翠様の……生誕祭ですか?」


「はい」


「生誕祭はジンの担当でしたね」


「はい。今回は人間界で言う成人を迎えられますので、少しだけ例年より特別な生誕祭にしようかなと考えております」


「そうですか。……良いと思います」


「それで、街々に買出しに行きたいのですが……」


「貴方がですか?」


「あ、いえ……。私ではなく、私の式にでも……」


 ジンは長老の中では、最も長老に向いていると思っている。しかし、どこか抜けている気もしている。灰色の短髪の間から出ている獣の耳が本人曰く、チャームポイントらしいが、私にとってはよく分からない。一応彼は猫の男妖である。


「分かりました。……何を買う予定ですか?」


「テーブルクロスをすべて新調します。それから、袖幕も新調します」


「それだけですか?」


「え……あ、はい……一応」


「そうですか……」


 フィリッツは表情を変えることなく、引き出しから白紙の小切手を取り出すと五百金と書くとそれをジンに差し出した。


「これくらいあればすべて買い揃えることが出来るでしょう。足りなければ、百金くらいまでなら待ってくれると思います。それくらいの借りは作っていますから。ただし、無駄遣いはしないでください……」


 ジンは苦笑を浮かべながら小切手を受け取った。五百金というかなりの大金を簡単に出せるフィリッツの感覚に困惑していたのだ。


「ありがとうございます……」


 ジンは小切手を懐にしまうと、フィリッツの部屋から去って行った。


 フィリッツはジンがいなくなったのを確認すると、ジンが持ってきた紙に再度目を通した。現妖長者である翡翠裕也の生誕祭に関するの計画書であった。生誕祭は一年おきにきちんと行う。そのたびに翡翠様はしなくていいと言うが、そういうわけにもいかない。


 フィリッツは紙を机の上に置くと、部屋を出た。扉の前には守護者が二人立っていた。


「いつも、ご苦労」


 守護者の二人は敬礼した。


 フィリッツは、長い廊下を進み階段を降り、また廊下を進んだ。何度か曲り進み、数階降りた。そして一階の廊下を進んでいく。


 ふと立ち止まった。


 別館に続く回廊のところに男の子が座り、花々と小川を眺めていた。見たことのない顔だった。妖長者の印を感じないことから妖長者ではないことが分かる。フィリッツは、男の子のもとへ歩み寄った。


「そんなところで、何をしているのですか?」


 男の子はゆっくり顔をあげ、苦笑を浮かべた。どうやら見つかってはまずかったらしい。


「あ、いや……。散歩を……」


「君、名は?」


「えっと……。れ、澪と言います」


「澪?」


 守護者の名に澪という者はいない。使用人にもそんな名の者はいない。もちろん、式にも聞いたことは無い。つまり、外部の者。


「澪くんはどこから来て、どうやってここに入ってきたのですか?」


 屋敷内はもちろんのこと敷地内は妖長者の結界が張られている。そう易々と許可しない者が入れる場所ではない。


「普通に……」


 普通に何事もなく入って来られる時点で高級妖の類だろう。人間の匂いはないが、人間の匂いを消している人間かもしれない。ただ、これだけは言えた。


「本当の姿ではないですね」


「あ、いや……。まぁ……」


「まぁ、良いですが」


「えっと……。俺、帰りますね」


「ここの者ではないことが分かっているのに、侵入者をそう易々と逃がすとでも思いましたか?」


 男の子は焦った表情をしていた。


 男の子が逃げ出すのと同時にフィリッツの背後から守護者たちが男の子に襲い掛かった。男の子はあっけなく捕まるかと思ったが、そこには既に男の子の姿は無かった。


 フィリッツはフッと笑みを浮かべた。どうやらかなり、妖力が強い者らしい。


 フィリッツは捕らえることが出来ず困惑している守護者たちに視線を向けた。


「彼について探りなさい」


 守護者たちはフィリッツの指示に、はい、と返事をするなりすぐに去って行った。


 フィリッツは男の子が座っていたところに視線を向けた。


――――あの子は優しい瞳をしていた……


 そして歩き出そうと一歩出したときあることに気付いた。回廊の床に何かが落ちていた。フィリッツは歩み寄りそれを拾い上げた。


「これは……」


 フィリッツはそれを持ったまま、妖長者の部屋がある方を見据えた。


――――どうして、これが……


          ❦


 ナクは目を通さなければならない書類の山から一枚手に取り、順に見ていった。


 ただただ黙々と雑務をこなしていく。時々書類にサインをしながら進めていくと、やがて書類の山が消えた。


 ナクは息つく間もなく立ち上がると、数枚の書類を手に部屋を出た。


 足早に廊下を歩いていき、ある扉の前で立ち止まった。両端には守護者が立っている。


 ナクは守護者に小さく一礼をすると、扉をノックした。すると、中から声が聞こえた。


「……どうぞ」


 ナクは扉を開けて入った。


「失礼します」


 部屋に入ると何故か苛立っているケンジがいた。部屋の中を右往左往している。


「どうされたのです?」


「……あの流という妖。相当面倒なやつだ」


「流……ですか。彼は確か高級妖の者では?」


「そうだ。アイツ、私が良かれと思って『翡翠様の生誕祭へは是非』と言ったら何と言ったと思う!?」


「さぁ……」


「あいつは『それは貴方様の本心からの言葉ではないでしょう? ケンジ殿』と言ってきたのだ!」


 流という妖の言ったことは決して外れているわけではなかった。ケンジは確かに妖長者のことなどどうでもいいと思っているし、見下している。


「実際そうでしょう?」


「うるさい! あんなよくわからないやつに言われることが嫌なのだ!」


 ナクは呆れながら、ケンジに持ってきた書類を差し出した。


「早急にサインを」


 ケンジは怒りながらも書類を受け取ると、文句を言いながら席に座り、書類に目を通し始めた。


 こういう仕事熱心なところだけは褒めてもいいと思っているが、彼の教育者をしなくてはならないのであるなら、絶対に断る。こんな男面倒だ。


 ケンジは俺様的なところがある。


 顔面毛むくじゃら……いや、無精ひげを生やしくるくるパーマの頭をした妖。残念ながら私は少し苦手意識がある。昔何が遭ったのかは知らないが、右の額から頬にかけてある深手の傷跡がいわくありげで、重々しい雰囲気がある。こんなおっさんに笑顔を向けられた子供は大泣き間違いなしだ。


 ケンジはサインをし終えると立ち上がりナクに差し出した。


「出来た」


「ありがとうございます」


「それと、お前に聞きたいことがあった。忙しくてすっかり忘れていた」


「何でしょう?」


「夜会の前一ヶ月間、妖長者を指導していたな?」


「えぇ」


「どうだった?」


「最初の基本から教えましたよ。ダンスの能力は皆無ですし」


「ダンス?」


「記憶を無くされる前の翡翠様より酷かったかと」


「記憶を無くす前と後ではどれほど違った?」


「私がはじめて翡翠様と会った時と、記憶を無くされて再び翡翠様と会った時と、表情は大して変わりませんでした。面倒くさそうに、仕方がなさそうに……」


「そうか……。これから妖長者と関わる予定は?」


「私にはありません。でも、ジンが生誕祭の担当なのでそちらに聞いてみてはいかがです?」


「ジン……なるほど」


「それでは、失礼します」


「あぁ」


 ナクはケンジの部屋を後にした。


 ため息交じりに廊下を進んでいった。


          ❦


 ケンジはイライラが少し収まったのを確認すると、椅子に座った。


――――流……アイツ生誕祭呼ぶのか……!?


 コンッコンッ


「誰だ」


「オーガイ」


「どうぞ」


 オーガイは扉を開け入ってくると、単刀直入に話を切り出した。


「計画の事だ。どうなっている?」


 入ってくるなり話を切り出すオーガイにケンジは呆れながらも返事をした。


「俺は知らん」


「俺も知らん」


「なら聞いてくるな!」


「冗談だ。現状どうなっているのだ!」


「そんなに気になるなら長老会議を開けばいいものを」


「そう簡単に長老会議は開けないだろうが」


「フィリッツに頼めば早いですよ」


「無理を承知と知っているくせに、よくいう」


「そちらこそ」


 二人は笑みを浮かべていたが、視線は鋭いものだった。


 ケンジはオーガイから視線を逸らすと、紅茶を注ぎオーガイにそのうち一つを差し出した。ケンジはそれを受け取ると、ソファに座り一口飲んだ。


 オーガイは長老のなかで二番目に偉い者であるが、性格は最悪だ。黒髪にメガネ。これほどメガネが似合わない老人はいない。


「さてと、生誕祭で何かするか」


「生誕祭は中級妖以上が集う。それ故、守護者の数もかなりいるのだが? その中で事を起こすのか?」


「たくさんの妖たちが集うからこそ、誰がやったのか見分けがつきにくくなるものだ」


「確かにそうだが……」


「確かにその分、バレるリスクも伴う。だが、それがどうした?」


「は?」


「俺は翡翠様を殺せればどうでもいい」


「最終目標は確かにそうだが……。今記憶を無くしているのなら……」

言いかけてケンジはやめた。


 翡翠はオーガイが仕掛けた監視の目の存在になぜか気づいていた。一度襲われたことのある者や監視されることに覚えがなければ、決してそんなことに気付くはずもない。


 黙り込んだケンジを見たオーガイは眉間に皺をよせた。


「どうした?」


「オーガイ……。もしかしたら……」


「何だ」


「翡翠様は記憶を取り戻しているのかもしれない」


「……は!?」


「前に監視の目を付けたとき、そのあと取れと言っただろ?」


「あぁ言われたな。それがどうした?」


「あれは俺の意見ではなかった。その日に翡翠様が、監視の目を取れと言ってきたのだ」


「監視の目を!? 翡翠様が?」


「あぁ……」


「何故それを早く言わない!?」


「特に気にしていなかったのだ」


 オーガイは唸りながら腕を組んだ。


「確かに……。それは、思い出してしまっている可能性がある……」


「思い出していたとしたら……」


「まずは、俺が裏切っていることがばれているわけだな」


「お前だけならいいがな」


 オーガイはため息しか出なかった。


「ケンジ」


「はい?」


「お前なら生誕祭の時、どうする」


「そうですね~、ま、まずは記憶が戻っているのかどうか試しますね」


「なるほど……」

試すか……。


 オーガイはケンジに出された紅茶を飲み干すと立ち上がった。


「分かった。では、試してみるとする」


「考えはあるのか?」


「時間はまだある」


「そうか」


「ケンジ」


「今度は何か?」


「確か、生誕祭の担当はジンだったな」


「確か……ジンだったような……」


 オーガイは頷くと、ケンジの部屋を急ぎ出た。


          ❦


 ジンは式を買出しに行かせると一息ついていた。


 式が戻ってくるまでは何かしたくても出来ない。それまで、暇なのだ。


 ジンはテーブルの上から一つお菓子を手に取り口に入れた。


 そして、ため息交じりにある一点を見た。


「で、貴方はそこにいつまでいるのですか?」


「あら、居たら悪かった?」


 本棚の前で静かに本を読んでいるナクを見たジンはため息を吐いた。


「私は一人の時間が好きなのです」


「知っているけれど」


「だったら……」


「私はここの本棚が好きなのですよ」


「そんなこと言われても……」


「本を貸してくれないと言うからです」


「貸したら返ってこないかもと思うと貸したくないのです」


「私はきちんと返しますよ」


「信じたいですけど」


「ま、無理ならそれでもいいですよ。ここに来るだけですから」


「同じものなら街へ出ればたくさんあるのに……」


「買いません」


「どうして……」


 ナクは笑みを浮かべジンを見た。


「言わなくても分かるでしょうに」


 ジンは大きなため息を一つ吐いた。


 ナクとは別に恋仲というわけでも友人というわけでもない。ただ、長老の中では一番仲のいい相手ではあった。


 ナクは長老唯一の女で、朱色の長髪はとても綺麗だが、少し年老いていることが傷だ。


「なぁ、ナク」


「何です?」


「オーガイは生誕祭の話をしていたか?」


「あぁ、そういえば、生誕祭がどうとか言っていましたよ。多分、何かするのでは?」


「私の担当下で動かないで欲しいんですよね」


「無理でしょう」


「ですよね。今度は何をするのやら」


「長老会議が開かれないだけ良いと思いなさいよ」


「長老会議最近増えましたよね~」


「それは確かに言えるけれど……」


「何故かな」


「翡翠様の件での話ばかりじゃない」


「確かにそうだけどさ……。それ以外って無いの?」


「無いでしょうよ。当たり前ですよ」


 ジンはどこか腑に落ちないようだった。


「窮屈だよね。この屋敷に居たら、いつでもどこでも翡翠様って……」


          ❦


 オーガイはジンに会いに行く前に自分の部屋に寄った。すると、いなかった間に書類が机の上に置かれていた。一応目に通してみる。目を通さなければ良かったと少し後悔する。これは急ぎ提出しなければならない書類だった。


「見てしまったものは仕方ない……」


 オーガイは書類に目を通すと、少し考えてサインをし手に持ち部屋を出た。


 部屋を出て廊下を進み、一つ上の階に行く。その突き当りの扉に着くと守護者たちに一礼することもなく扉をノックした。


「はい?」


中から声が聞こえた。


「オーガイです」


「どうぞ」


 扉を開けて入ると、殺風景な部屋の窓際で本を読んでいる……いや、何故か今日は読まず立ち尽くしているフィリッツが居た。


 フィリッツは屋敷内でも屋敷外でも嫌なほどモテる容姿だが、物静かでどこか他人を見下しているような傲慢さがあった。もちろん、異性に何の興味もない。


 ただ、仕事については真面目で何事においても完璧にこなしてしまうから、腹立たしい。


「何の用ですか?」


 何も言わないオーガイにしびれを切らしたのか先に口を開いたのはフィリッツだった。


「何か考え事ですか?」


「えぇ……まぁ……」


 珍しく濁すフィリッツを気にしながらも、オーガイはふと机上に置かれているものをみた。ここら辺の街でも見たことがない綺麗な色合いの羽ペンだった。こんなものをフィリッツが持っていただろうか?


「書類をお持ちしました」


「ありがとうございます」


 フィリッツはオーガイから書類を受け取ると目を通した。


 未だ部屋を去らないオーガイに視線を向けた。


「まだ何かありますか?」


「あ、いや……。その羽ペンはどうされたのですか?」


「これですか? ……そうですね……、ある方のものです」


「ある方の?」


「間違いでなければ、これはある方のものです」


「ある方とは?」


「伏せておきましょう」


「珍しいですね」


「そうですね……色々と考えていると、気になることが増えてきます。疑問がたくさん出てきます」


「その疑問、私が解決してあげましょうか」


 フィリッツはフッと笑った。


「遠慮します」


 あなたになど任せられるわけがありません。


 フィリッツはオーガイが部屋を去った後、羽ペンを見据えた。


『もう嫌だ! 俺は帰るんだ!』


『お待ちください、翡翠様』


『珀巳も俺を妖長者としてしか、見てないんだろ!』


『そんなことはありません……』


 泣きじゃくる翡翠に珀巳は戸惑いを見せていた。


『人間界へ帰してよ!』


『それは……』


『ほら、珀巳だってあちら側の妖だ。俺の事なんてどうだっていいんだ』


『そんなこ……』


『そんなことはないと思いますよ』


 珀巳の言葉を遮るようにフィリッツはやってきた。


 翡翠は涙を流しながら顔を上げた。


『フィリッツ……?』


『珀巳は一番あなたが大切だと思っている妖です。他の者とは違いますよ』


『フィリッツ様……』


 フィリッツは珀巳を一瞬見て、すぐに視線を翡翠に向けた。


『翡翠様、ここでの暮らしはつらいですか?』


『帰りたい……』


『……では、私から御守をあげましょう』


 フィリッツはそういうと懐から木箱を取り出した。フィリッツはそれを翡翠に差し出した。


 翡翠はそれを受け取ると箱を開けた。中には羽ペンが入っていた。


『素敵な羽ペンで公務をなさる翡翠様はもっと素敵だと、思いますよ』


『俺は……帰る』


『私からの細やかな贈り物です』


 あの時、翡翠にあげた羽ペンと今机上にある羽ペンは酷似していた。そのものといっても可笑しくはない。しかし、問題なのは何故あの男の子が去った後にこれが落ちていたかということである。元からそこに落ちていたのであれば翡翠が誤って落としたことになるが、男の子が去った後ということになれば話は別である。


――――あの男の子は……一体……


 妖力はそこそこ強そうだった。姿を変えている感じからして高級妖以上であることに間違いはない。しかし、翡翠は部屋で公務をしているはずだった。


 フィリッツはため息を吐き、笑みを浮かべた。


「不思議なこともあるものです」


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