第9話
「それで、これは何のマネですの?」
次の日の放課後、オレとネイリスさんは正座をしてティア嬢の前に座っていた。
「ティアラース様、折り入ってお頼みしたいことがあるのです」
「私を公爵家と知ってのお頼みかしらね」
「いえ、公爵家は関係ありません。動物好きのティア様を頼ってのことです」
「ななな、べ、別にわたくしは動物好きじゃありませんわよ」
あれ、隠してるんだっけ? まあでも、ずっと猫抱いてりゃ周りにはバレバレだよね。
「実は、当家に犬のあかちゃんができまして」
「へえ、それはめでたいですね」
「それが、そのう、ちょっとばかし、見た目がそのう」
「動物の見た目なんて様々でしょう、そんなもの気に病む必要はありませんわ。もしかして、母犬が病気とかなんかですの?」
で、ですよね。見た目なんて些細なことですよね?
「いえ、母子ともに健康ではあるのですが……子供のサイズが母犬では育てきれないほどの大きさでして」
「ああ、稀にありますのよね。きっと多種族の血が混ざっているのでしょう」
さすが鋭い。
「それでどう育てたものかと思いまして。ティアラース様は生まれたばかりの子猫をたった一人で育てられたとお聞きいたしまして、ぜひ、あかちゃんの養育のご教授をと思いまして」
「なるほど、よろしいですわよそれくらい」
「そそそ、それは本当ですか、ありがとうございます! ほんともう、どうしていいか、昨日から一睡もできない程でして!」
「大げさですわね」
ネイリスさんはティア嬢の手をとって感激の涙だ。ティア嬢もちょっと顔を赤らめている。そういや、二人ともぼっちだったっけ。これを気に友情に芽生えてくれれば嬉しいですねえ。
と、オレもちょっと現実逃避気味か?
「フェン介、入って来ていいぞ」
「ハッ!」
そして、ティア嬢とご対面をば。
「連れて来てますの? あまり赤子を動かすのはよくな……」
あかちゃんを見て絶句する。そして鬼の形相で、
「ネイリスさん!」
「は、はい!」
「わたくしをからかってますの!? 人間のあかちゃんなら、それに相応しい場所がいくらでもあるでしょう!」
そう言ってくる。人間のあかちゃんならね。
「ティア様、ティア様、少々こちらをよく見ていただけません?」
「何ですか?」
そしてオレは、あかちゃんの犬耳と尻尾を見せる。
「「………………」」
訝しそうな目でオレ達と視線を交わす。
ティア嬢は暫く耳と尻尾を触って確かめた後、なんとも複雑そうな顔をオレ達に向けてきた。
「ちょっと見た目が変わっておるのです」
「あなたはこれをちょっとと? 一度その目玉を洗浄した方がよろしいですわね」
「ティアラース様、ほんと私、もうどうしていいか! どうか! どうかあ!」
「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい」
ネイリスさんがティア嬢に抱きつくように懇願する。ティア嬢も無碍にもできず、赤い顔でおろおろしている。うむ、眼福ですな。
ティア嬢は生暖かい目を向けているオレに向かって、
「あなたが父親で?」
そう言ってくる。なんでだよ!
「あ、父親は俺です」
フェン介が手を上げる。
「冗談で言ってみたのですが……人間と犬とでは子供は生まれませんのよ?」
まあ、人間じゃねえし。動物ですらない。こいつモンスターですよ?
と、グランドの方で大きな音がする。すると2匹のあかちゃんが目を覚まし急に泣き出した。
「ほらほら、大丈夫ですわよ。わたくしが付いてますから、何も怖いことはありませんわ」
ティア嬢はそう言って2匹を抱き上げ、子供をあやすようにゆっくりと揺らす。
すると子供たちは泣き止んで、キャッキャッとはしゃぎ始める。
うん、ティア嬢の腕の中はなんだか落ち着くんだよな。
「かわいいですわねえ」
「そうでございますね。私も昨日から動転しておりましたが、改めて見ると……ティアラース様、子供に罪はございません。せめてこのフェン介の首だけでなんとか!」
「あら、子供にとって親はなによりもかけがえのない宝なのですよ。その逆と同じように」
「そ、それでは」
ティア嬢は微笑んで、
「わたくしがなんとかいたしましょう」
そう言ってくれるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
だが、オレは一つ忘れていることがあった。……ティア嬢が動物に対してとても過保護だったということを。
「えっ、ティアラース様、今日も我が家にお泊りいただけるので?」
「決まっていますでしょう。生まれたばかりの頃がもっとも大変な時期なのです!」
あれから毎日、放課後はずっとネイリスさんとこに入り浸りだ。そしてその間は母犬より子供にべったりなぐらいで。
「ちょっとそこの男二人! ほら子供が粗相してますわ、すぐに着替えを持って来なさい」
「ハッ、今すぐ!」
もうティア嬢が母親でいいんじゃね?
「ティアラース様、お背中お流しいたします」
「あら、それではお願いしますわ」
あと、ネイリスさんとやけに仲が良くなっておられる。
「ティアラース様は我が家の恩人です。なんなりと申し付けください」
「これぐらいで恩人などと大げさですわ。心配しなくてもこの子達が立派に育つまで、わたくしの全てを持って保護いたしますわ」
なんか不穏なセリフが。オレちょっと早まったかも?
ティア嬢はあれだな、周りから嫌われまくりで、ちょっとでも懐に入って来るものがあると過保護になりがちなんだろうか。
「おい、また不審な奴らがうろついてたぞ」
そう言ってずたぼろになった何かを引きづったフェン介が入って来る。
「その者は……結構有名な……よく潜んで居るのが分かりましたわね?」
「ああ、人間はどいつもこいつもとろくせえからな。オレが本気だしゃ、ここいら一帯に不審者は近寄らせねーぜ」
さすがは元狼。索敵はばっちりだ。
「申し訳ありませんティアラース様、このような者が我が家に近づくなど」
「いえ、謝罪をするのはこちらの方ですわ。たぶんこの者はわたくしをつけていたのでしょう。むしろ、お礼をしたいぐらいですわ」
ティア嬢は少し考え込み、
「ほんとここに居住を移したいぐらいですわ。優秀なスタッフに、邪魔な侍女も居ない……」
そう呟く。
確かに、他家のスパイはここには入って来れないだろう。毒入りの食事は……ネイリスさんが作らなければ大丈夫だ!
でもティア嬢、すでにここに居住を移してるような状態なんですが、そこはどうなのでせう?