第8話 気づいたらぽこぽこ増えてるんですよね
その日、夕飯ができているのになかなかフェン介が帰って来なかった。オレとセバスチャンはとても心配した表情で食卓を見つめている。
「どっちがいきますかな?」
「あ、いやほら、オレは自分の分は別に作ってっし」
「あの半分は元々はジョフィ殿のものでしたな」
くっ、どこ行ったんだフェン介の奴。このままだとオレは明日腹痛で動けなくなる。
と、遠くからドアの開く音がしたかと思うとドタドタドタと走る音が。
「フェン介の奴か? 騒がしいぞ」
そしてドアを開けて食堂に入って来たフェン介は、いきなり土下座をかまし、
「お嬢様! このフェン介、一生一度のお頼みでございます! なにとぞ、なにとぞ、うちの奥さんと子供をここにおいてくだされ!」
と言うのだった。
「お、お前、妻帯者だったのか?」
暫く硬直してたオレ達だったが、かろうじてネイリスさんが口を開く。
「実は今、屋敷の前に……」
「つ、連れて来ているのか、うむ、とりあえず事情を聞こうか」
そして暫くして戻って来たフェン介は――大きなお腹をした『犬』を抱えていた。
ああ、やらかしたかぁ。そういや犬の去勢っていつぐらいから必要だったんだっけかなあ……
「それはお前のペットか。ん? 早く奥方を連れて来ないのか?」
犬をそっと降ろしたフェン介は、そのまま正座をする。
「妻です」
「は? ど、どこに?」
ネイリスさんはなるべく犬を見ないように視線をさまよわせている。
「これが妻です」
そう言ってお腹の大きな犬を見せつけようとする。
――ガシッ、ドタドタドタ
オレはお嬢様に捉まれて部屋の外に連れ出される。
「どどど、どうしよう。フェン介がおかしくなった。ちょっと頭をどつきすぎたのだろうか?」
いや~正常運転じゃないかなあれ。
「ハッハッハ、あれはフェン介殿の新手のギャグでございましょう。大方、倒れてた犬を見て、どうしても面倒見て欲しくてあのような芝居をしておるのでしょう」
「そ、そうだよな。う、うむ。私も犬は嫌いではないぞ、そんなことしなくても普通に頼めばいいのにな」
「まあ、フェン介殿は従者としての心構えができておりますからな。お嬢様に頼みずらかったのでしょう」
ナイスフォローだじいさん。これで暫くは――ごまかせなかった。
あの後突然産気づいた犬にみんな慌てだしたのだが、オレは冷静に、動物の出産は部屋を暗くしてあまり近寄らずストレスを感じさせないようにすると助言した。
オレの助言に従って客間のベッドに連れて行き、そっと布団をかぶせて部屋の外から様子を見てたのだが……暫くすると赤ん坊の泣き声が!
えっ、この世界の犬って生まれたときに泣くの? というかどう聞いても人間の赤ん坊の泣き声なんですが……
「おい、おまえ見て来い」
「えっ、やだよ。地雷としか思えない」
そういう訳にもいかず、恐る恐る部屋に入るオレ達。そこには双子の赤ん坊が。人間の……
「ああ、私は今見てはいけないものを見てしまった……」
「いやいや人間じゃなさそうですよ? ほら犬耳としっぽが」
「おお、なんと罪深い……」
この世界に初めて獣人が誕生した瞬間であった。もうオレもキレていいよね?
「おい、お前、なんで犬とやってんだよぉ! 人間になって喜んでただろ!?」
「ちっ、ちげーし。オレが人間になる前にすでにできてたようなんだよ」
「はぁ? お前、遺伝子まで人間化したのか?」
「それにこいつはよぉ、群れからはぐれてもうどうしようもなかった俺を助けてくれた奴なんだよぉ。暫く前からお腹が大きくなりすぎて、動けなくてずっとえさを運んでたんだが……」
まあ、人間になる前にできてたならしょうがないか?
「そそそ、そんなことより、これからどうしたら……一応母犬のお乳を飲んではいるようだが、大丈夫なのか?」
「参りましたな。この姿外には知られたらまずいですな。私の故郷に連れて行けばまだ大丈夫でしょうが……人間の世界では亜人差別がありますからなあ」
「そそそ、そうか、魔族の里ならなんとか……」
その魔族の里までどうやって連れてくの?ううむう。
「一人だけなんとかしてくれそうな心当たりがある」
「そそそ、それはほんとか!」
ああ、実は動物好きで、オレの育ての親でもあり、この国の権力者……公爵家の一人娘だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
公爵家の一人娘は人を信用しない。それもそのはず、使用人はほぼ他家のスパイ、食事に毒などざらにある。
オレが転生したばかりの頃なんてほんとひどかった。あれじゃあ性格がひねくれるのも頷ける。
そんな一人娘であるご主人様は、オレの世話をほとんど一人でしてくれていた。なんせ侍女にでも預けようものなら、どこでどうなるか分からない。
ご飯のときも、寝るときも、お風呂のときも(眼福でした)ずっと一緒だ。
ご主人様は確かに性格は捻くれてたが、動物には優しかった。オレが体調を崩したときは寝ずに看病をしてくれた。
動物好きに悪い人は居ない。きっと環境さえ変わってくれれば…だが、猫のオレにできることはとても少なかった。
だがまあできることは全てやった。それに今は、憧れの王子様に袖にされていない。環境は……少しは変わっているはずだ。
誰かに信用してもらえて、初めて誰かを信用できるようになるかもしれない。もしかしたらオレは、ご主人様のそんな誰かになりたかったのかも知れない。