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第20話

 近頃の私はどうかしている。

 どうもジョフィの顔をまともに見ていられない。

 ジョフィのことを考えると……こうなんて言うか、気持ちがざわざわしてじっとしてられなくなる。


 寝付けない私は、今日も真夜中に素振りを行う。


「おい、ちょっと見てみろよ。あの小娘、またやってるぞ」

「いったいどういう体をしておるのだ? つい数時間前までぼろぼろだったろうに」

「……いくらなんでもオーバーワークだ。少したしなめてくる」


 今日はいつもより長くジョフィに触れていてもらえた。どうやら腕の骨にひびが入っていたらしい。

 未だにジョフィに触れられていた場所が熱を持っているようだ。


 なんせ、今日は公爵様の剣心3人がかりで鍛錬して頂けたからな。

 うむ、明日はもっと厳しくならないだろうか。


 しかし……私は宝か……私はジョフィの宝……フフフ。


「いったいどんな思いつめた顔をしてるかと思えば……ずい分楽しそうにしてる」

「はっ、これはセイジョウ殿。もしかして起こしてしまったですか?」


 このような所でこんな時間に出て来ていれば、護衛の方も起きてしまうか。

 いや、ほんと私はどうかしている。


「何故そんなに楽しそうにしておられるのですかな?」

「楽しそうではない、楽しいのだ! 私は今、最高に充実している日々を送れていると思う」

「ほう……」


 私のすぐそばでジョフィが居てくれる。私が困っていればすぐに手を差し伸べてくれるジョフィが居る。私のことを大切だと言ってくれるジョフィが居る。

 なぜかそう思うといてもたってもいられなくなる。そして、とても嬉しく思えてくる。


「拙僧もご一緒してよろしいですかな?」

「もちろんです!」


 私は再び素振りに戻る。とても幸せそうな顔をして。


「おい、あいつまで素振り始めたぞ?」

「……俺達も行くか」

「ハハッ、そうだな。なんか楽しそうだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「は? ジョフィが家庭教師ですか?」

「そう、それであなたの了承を取りに来たのですけど、どうですか? 相手は……ジョフィにとって後々のためになると思いますの」


 翌日、ティア様が私に、ジョフィに家庭教師の仕事を斡旋したいと言って来られた。


「時間はあなた達が鍛錬している間ぐらいでどうでしょう。それなら、従者の仕事の邪魔になりませんでしょう?」

「ハッ、そうでありますね。しかし一体どうしてそんなことに?」

「なんでもお金が欲しいとか言ってましたわね。まあ、わたくしが差し上げてもいいのですが……それぐらいジョフィには世話になっていますしね。ただ、本人は働いて稼ぎたいらしいのですの」


 むむ、私が出している給金では不満だったのだろうか……


「ティア様、もし、ジョフィほどの従者の場合、一般的にはどれぐらいの給金で雇われるものでしょうか?」

「そうね、わたくしならこれくらいかしら」


 そう言って、紙に金額を書いて見せてくれる。

 ……私はそれを見て真っ青になってティア様に問いかける。


「あのう、実は……」

「えっ、1桁違う?ああ、いえ、わたくしもほら、ちょっと金銭感覚が……庶民と違うようですし、ほら、泣かないの」

「どどど、どうしましょう……もし、ジョフィが従者を辞めたい、なななんて言い出したら」


 明日からジョフィが居なくなる。そう思ったら胸がはりさけそうだった。

 どどど、どうしたら……そうだ、私がジョフィの従者になればいいのだ! それならずっと一緒に居られる! うむ、名案だな!


「ちょっと落ち着きなさい。その様子だとフェン介もセバスチャンも……羨ましいですわね」

「え、なぜですか?」

「それがあなた達の絆だからです。たとえそれが2桁であろうと、10桁であろうと、あなたの前からジョフィが居なくなることはないでしょ?」

「そ、そうでしょうか?」


 ティア様は私の手を取って話を続けてくる。


「だってそうでしょ。お金だけの問題なら彼らはとっくにどっか行ってますわ。その件でジョフィ達があなたに不満を言って来たことはありますか?」

「ありません……」

「ほらみなさい」


 そうなのだろうか。この先もずっと一緒にいてくれるのだろうか。

 私が年をとって、おばあちゃんになって……その傍らでジョフィが一緒になって笑っていて……でへ、でへへぇ。


「き、気持ちが悪いわね……」

「ん?しかし、今回のお金の話、ティア様に言って来たのですよね?」

「………………」


 ティア様が気まずそうにそっぽを向く。

 私の胸がチクリと痛む。もしかしたらもう……ジョフィは……ティア様に……


「もう、少しはジョフィを信じてあげなさい! ほら、涙を拭きなさい。ほんと……泣いたり、笑ったり、忙しいですわねぇ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「お嬢様、今日はいつにもまして怪我が多いですね」

「ああ、ちょっと考え事をしてしまってな。ん、ジョフィお前も顔色が悪いぞ。そういえば今日からだったか家庭教師」

「ハハハ……」


 ジョフィが力なく笑う。家庭教師先で何かあったのだろうか。

 しかし、私はあと何回こうしてジョフィに回復してもらえるのだろうか。

 この安らかな一時がずっと続けばいいのに……おっとまた余計なことを考えるとこだった。先ほどセイジョウ殿にも注意されたばかりなのにな。気合をいれねば!


「……お嬢様、なんか悩み事でもありません?」

「ななな、悩み事なぞぉお、ななな、何もないぞ!?」

「………………」


 聞いてみようか……いやしかし!だが、……うむ、うじうじするのは私らしくないな!


「ジョフィ、お前は私の従者として不満はないのか? そ、その、ティア様と、その……」

「……お嬢様、この後ちょっとお時間あります? オレと一緒に――デートとかどうですか?」

「えっ!?」


 そう言うとジョフィは私の返事を聞かず、手を引いて私を街に誘う。

 あそこの何々がおいしいとか、この公園では面白い芸人がどうとか、この本屋はどうやら他国のスパイが開いてるとか、私に話しかけてくる。


 だが、私は繋がれた手に気をとられてて、夢見心地で聞き流してしまう。

 そして最後に、ある一軒のアクセサリー屋で足を止める。


「お嬢様ちょっとだけ、目を瞑ってて頂けますか」

「は、はい。わかりましたわ」

「なぜにお嬢様語?」


 私が暫く椅子に座って待っていると、


「お嬢様もう目を開けていいですよ」


 そうジョフィが言ってきた。


 そして、目を開けた私の前には一枚の鏡が。そこには……いつもと変わらない私が写っていた。

 もしかしてジョフィが私に何かをって期待していたのだけど……ちょっとがっかりしていると、


「お嬢様、最近鍛錬中に髪がじゃまなので切ってしまおうとか言われてたそうですね」

「ああ、少しばかり伸びすぎたと思ってな」

「綺麗な髪なのに勿体ないですよ。ですからこれを」


 そう言って、美しく輝く鳥の羽をデザインした髪飾りを頭に掛けてきた。


「ミスリルでできてます。オレが神聖魔法の『リジェネイト』を付与してます。多少の怪我ならじっとしてれば治りますよ。だからといって無茶しちゃ駄目ですけどね」


 ミスリルだって? そんなの私が与えてる給金では……そうか!だから家庭教師など……まさか私の為に!?

 振り返った私はジョフィの顔を見て思わず――その唇に口づけをしてしまうのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆



「どどど、どうしよう!?私はいったいなぜあんなことを!?」


 あの後思わず逃げ出してしまったのだが……明日からどんな顔をしてジョフィに会えばいいのだろうか?

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