第1話 猫転!
とあるゲームのエンディングシーン。ずらっと並んだ登場人物の上に浮かび上がった『あなたは誰になりたいですか?』のメッセージ。オレが選択したのは、主人公のライバルキャラである悪役令嬢―――の飼い猫だった。
吾輩はねこである。遡ること数年前、この地へ生み出された、この世で最も高貴なねこである。
立派な名前も頂き、住む場所も豪華な屋敷。なにせ吾輩の家は、この国で王様に次いで偉い、公爵家なのだ。
そんな吾輩のことを人はこう呼ぶ、公爵令『猫』と。
――おっと、自己紹介をしている場合ではない!
「うぉい! オレの縄張りになんてモン釣れて来てんだよ!」
ある日、いつもの縄張りマーキングしていたときに一匹の黒猫が現れた。でっかい犬を引き連れて……
「そんなこと言わずにたっけてダーリン!」
「誰がダーリンだよ!?」
「あちきとダーリンは運命の赤い糸で結ばれてるにゃ!」
そう言ってオレの背中にガシッとしがみ付く黒猫。
追って来た犬はえらい形相でこっちへ向かって来る。
「ええい離せ!なにが運命の赤い糸だ、お前なんて知らないぞ?」
「いつも挨拶がてら小骨とか置いてやってたにゃ」
「おまえか! オレの縄張りを汚してた奴は!」
勘弁してください。オレが汚してると思われてたんだぞ! 追い出されたらどうしてくれんだ?
「待ちやがれクソねこ!」
追って来た犬がそう言って吼える。
「お、落ち着くのだ!腹が減ってるのか?よし、ドッグフードを持って来てやろう。と、とりあえず話し合いから始めませんか?」
「そんなもの要らねーよ! 餌なら今、目の前にあるだろが!? そのクソねこを庇おうってんならお前も俺の餌になってもらう!」
「庇ってねえよ! どうしてそう見えるんだ? これは取り憑かれてると言うんだよ!」
見てみろよこのおんぶおばけ。黒猫はオレの背中から離れようとしない。
「あちきの縄張りに勝手に入って来たそっちが悪いにゃ! ダーリンやっつけるにゃ!」
「ムリ言うなよ。オレの爪見てみろよ、綺麗なもんだろ? ちゃんと手入れされてんだぜ?」
飼い主である公爵令嬢様を傷つけてはならないからな、爪のお手入れはバッチリである。
そうこうしている内に袋小路に追い詰められるオレ達。
「やっと追い詰めたぞ、手こずらせやがって」
「ま、待て、オレはこう見えても貴族であらせられるぞ、少しでも傷を付けて見ろ、人間どもが黙っちゃいねえぜ?」
「ハハハ、人間だと? 俺はルーンウルフ、フェンリルの眷属たる誇り高き狼だ。人間など恐れる訳がなかろう?」
えっ、こいつ魔物なの? そういや流暢に意思の疎通ができてるな。普通の動物だとなんとなく分かるって程度だしな。……ということはこの猫も?
「あちきは猫のレア種、ウィッチキャットにゃ」
……街中に魔物が入って来ているのか? 大丈夫かこの街?
「さーてと、どう料理してくれようか……」
「ふ、ふんっ。ワンロコの癖にあちきを食べようだなどと、片腹痛いのにゃ!」
「貴様、またこの俺を犬呼ばわりしやがったな……楽に死ねると思うなよ」
ふーむ、狼ねえ……言うほどでかくねえし、威圧も無い。
もしかして街に入れたのって――犬だと思われてたからじゃないか?
「おい、なんか言いたそうな目だな?」
「いや、モンスターの癖によく街中に入れたものだと思ってな」
「ハッ、それだけ俺様の隠蔽術が優れてるってことよ!」
「あ、こいつバカなのにゃ。単に犬だと思われてただけなのにゃ。堂々と姿見られてて隠蔽とか言ってるにゃ」
「……俺は犬じゃねえぇ! 誇り高きルーンウルフだと言ってるだろが!」
吼え声を上げならが飛び掛って来る。
「気をつけるにゃ、ルーンウルフは風の魔法を使うにゃ。爪が届かない距離でもバッサリいくにゃ」
「お、おう」
って言うの遅せーよ! すっかり射線に入って……あれ? 魔法飛んで来てねーな。
初撃を外したワンコロはグルルルと悔しそうに唸っている。
「ダーリンは時間を稼ぐにゃ。あちきが召喚魔法を使うにゃ」
「えっ、おまえ魔法なんて使えるの?」
「もちろんにゃ。あちきの種族、読んで字のごとくにゃ」
魔女猫か?おまえの種族、オスはどうなんだよ?
「いやでも時間稼ぎなんて、ムリじゃね?」
見てみよ、どっぷりと油が乗ったこの体。
「そうかにゃ……よし! 先に変身魔法を掛けるにゃ。何がいいかにゃ? あまり突拍子のない物だとまともに歩くことすりゃ厳しいからにゃあ」
「それならば人間にしてくれ!」
「えっ、人間は動きにくいにゃ? あちきら4本足の動物に2本足の行動は難しいのにゃ」
「いいからいいから。なんせオレは…」
前世が人間だからな。
◇◆◇◆◇◆◇◆
遡ること3年前、とあるサイトで見つけた『3日間限定! すべての課金アイテムが無料! ガチャだってまわし放題!!』の文字につられてついつい始めてしまったオンラインゲーム。
その内容は剣と魔法のファンタジー世界で、一人の少女が学園に通いながら仲間を集め世界を救うという、いわゆる乙女ゲーといわれる物でした、はい。
怖いもの見たさと、すべてが無料につられて始めた結果、3日3晩ぶっつづけでコンプリートしていた次第。
なぜだか途中で止めることができず、睡眠も食事もとらず、まるで魔法か何かにかかったかのようにパソコンに釘付けで、終わった頃には精も根も尽き果てていた。
ENDの画面のまま暫く放置していたら、登場人物が一斉に表示されている場面に切り替わった。
そして文字がピコンと『あなたはこの中の誰になりたいですか?』のメッセージ。オレは思わず、主人公のライバル役の悪役令嬢――の飼い猫を選択していた。
だってさ、さすが乙女ゲーだけあって、男性陣はイケメンボイス、イケメン顔、ハハハ歯キラッって感じな傍から見るにはいいが、自分がなりたいとはとても思えない。
かといって女性陣になってハハハ歯キラッっていう連中に追いかけられたくもない。
それにこの猫、悪役令嬢のキャラ立てかどうかは知らないが、常に抱かれてる立ち絵。見た目は不細工だがどこか愛嬌のある雰囲気。
何より、没落した悪役令嬢が独りぼっちになっても傍に居て離れようとしない健気さ。
とあるシーンでは、騎士に追い詰められた悪役令嬢の前に立ち、果敢にも騎士に向かっていく勇士! まあ、即効撥ねられるんだけど。
そんなこんなでまったくストーリーとは関係ないこの猫を選んでしまったのですわ。
そして猫をクリックした瞬間、とたん世界が縮んだかのような錯覚がしたかと思ったら、景色がぐにゃりとひしゃげ、次の瞬間、オレはどでかい猫のお乳を吸っている状態になっていた。
そしてオレは――生まれたばかりの子猫になっていたのだった。
げ、ゲームのしすぎでおかしくなったのだろうか?とか思っていたところ、突然体が浮き上がったような衝撃が! そうしてオレは意識を失ってしまう。
どうやらこの家のお嬢様が魔法を暴発させたようなのだ。気がつけば包帯グルグルの体で豪勢なベッドに寝かされていた。
オレ以外の家族は助からなかったらしい。お嬢様が泣きながら謝っていた。
まあ事故なら仕方ない、オレがお嬢様の涙を舐めてあげると、びっくりしたお嬢様はオレを抱きしめ、さらに泣きだしたのだった。ちょーいてえ。