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Enders war  作者: 急行2号
9/49

7 ブラウン火山(1)

挿絵(By みてみん)

 エルストのブーツの底が土を鳴らす。ようやく四分の一を登ったというところだろうか。山というものは標高が高くなるにつれ寒さを増していくものだと思っていたが、このブラウン火山という山は、登れば登るほどに暑さがからだにじわりじわりとにじり寄ってくる。

 エルストは山の頂上あたりだと思われるほうを見上げた。先はまだ長い。ベルとアギは涼しげな顔だ。アギの皮膚は熱に強いということだが、暑さもしのげるのだろうか。エルストは水筒の蓋を開けた。

 一行は火属性ドラゴンの代表に会うべく、ブラウン火山に挑戦している。

 世話を焼いてくれたアドルーに礼を言い、旅支度をしてグランド・テレーマを発ったのが本日未明のことだった。テレーマ王子の慰霊の祭典は二日続き、一行はのんびりとお祭りムードを楽しんだ。サード・エンダーズの気配はなかったものの、エルストははじめのうちこそ内心ひやひやしていたが、ベルとアギはいつもと変わらずのんきなもので、それにつられたエルストは生まれて初めて祭りというものを楽しんだものである。岩トカゲのプリンスは踊りもカタいとアドルーとアギに笑われた。昨晩はアドルーに酒を勧められたが断った。酒はどうにも苦手なのである。一方で、ベルがべろべろになって酔い潰れている隙にアギが間違えて酒を飲み、さらに何を間違えたのかアギの吐息が炎となり宮殿では一時ボヤ騒ぎとなった。アドルーはエルストに気にさせまいと笑って警備団に消火させており、たまたま侯爵が不在だったのが不幸中の幸いか、エルストはひそかにほっとした。ボヤ騒ぎによる損害はなかったとはいえ王都にはきちんと報告されるであろうから、どんな罵倒が来るのか、一年後が恐ろしい。

「水分補給は欠かすな、とアドルー様が言ってましたけど……」

 昨晩の様子からは想像もつかぬほどケロリとしている王立魔法学園の問題児ベルは、額に手を当て、エルストに並んで山を見上げた。

「その意味がわかってきましたね。上に行くほど蒸し暑いです」

「やっぱり、暑いよね。……火山だからかな?」

 緑のケープの下に着用しているシャツはすでに汗で濡れている。気持ちが悪いな、とエルストは思いながらケープを脱ぐ。ケープはナップサックの紐にとおして背負うことにした。腰にはナイフを差している。

「火山活動は活発じゃないって聞きましたけど、どうなんでしょう」

「ドラゴンのせいなんちゃう?」

 アギがひとつの意見を述べた。

「山全域を暑くさせるドラゴン……」

 ベルが額から顎へと手を移した。ベルは食料やラグマットを背負っている。

「山だけじゃないよ。グランド・テレーマの周辺は、このブラウン火山によって温暖な気候を保っていると、むかし聞いたことがあるから」

 エルストが幼い頃にグランド・テレーマを訪れた際、アドルーが教えてくれた話だ。エルストとアドルーは、ともにやんごとなき家柄に生まれたせいか、交流があり、しだいにお互いに遠慮が薄れていった仲である。ちなみにアドルーとミズリンは婚約者という間柄なのだが、それを教えると、ベルとアギは驚愕していた。そして二言目には、パトリシアが厄介そうだな、と言うのだった。ふたりの目にはパトリシアが小姑のように見えたのだろう。

 ひと休みも終えた一行はふたたび足を進める。獣道であるうえに熱に強い植物がつるを伸ばしているので、非常に歩きづらい。ひとたび木の枝に引っかかると、まもなく葉っぱが頬をじとりと撫でるのだ。こんなつるつるした葉がやさしく汗を拭ってくれるわけでもなく、ただただ不快である。おおむかしに噴き出た溶岩の塊なのか、黒ずんだ岩がところどころに転がっている。火山灰は積もっていないため火山活動は本当に落ち着いているようだ。

 ジワジワとヤシの木の上から虫が鳴くなか、しりとりをしないかというベルの提案で始まったゲームはエルストの敗北で終わった。アギがやたらと言葉の引き出しを持っていたのである。二千年と十七年の差にあるボキャブラリーの壁は厚かった。


「そういえば、サード・エンダーズの話ですけど……」

 ベルの口からその名前を聞いたとたんにエルストはぞっとした。よもやこんなところにはいないだろうが、あの神父は湧水洞の麓にも現れたのだからサード・エンダーズに油断はならない。境界村にしたって、教会には自分ひとりだけだったはずだ。扉も閉めていた。人間がとおれるほどの窓はなかった。それが、どこからともなく、そう、まるで影から現れたように背後から手を回されたのだ。神出鬼没としか言いようがなかった。エルストは顔を強張らせた。

「神父がミズリン様の手先だったって線は、本当にないんでしょうか」

 ベルはその推理がどうしても気になるようだ。アギもうんうんとうなずいている。

「うーん……仮に姉上の手先だったとして、どうして僕を襲ったのかな……」

「そりゃ嫌われとるから……ムゴッ」

 アギの口をベルが強引に塞いだが、時すでに遅く、エルストは眉尻を下げてしまった。

「嫌いだからって、姉上が姑息な手を使うかな?」

 ミズリンとは文字どおり十七年来の付き合いになるが、物心ついた時から、つっけんどんな態度こそ取られているものの、嫌がらせやイタズラの仕打ちをされた記憶はない。

「ゴリもそんなこと言うとったなあ」

 アギは境界村でのゴリとの会話を思い出した。しかしエルストはその会話の内容は知らない。ベルとアギ、ゴリが教会の外で話していた時、エルストは教会のなかにいたのだ。

「ゴリはなんと言っていたの?」

「いま王子が言ったまんまや。ミズリン姫は、嫌いだからと言って、姑息な手段を使うよーな人やあらへんってな」

 言葉遣いに差異はあれど、エルストとゴリの、ミズリンへの認識は同じであるようだ。

「でも……サード・エンダーズは魔法使いを狙うって話ですよね」

 ベルは草を避けながら言う。熱帯植物が青々としているブラウン火山は名ばかりで、ちっとも茶色ではない。

「二回もエルスト様を狙ったなんて、おかしくないですか?」

 ベルが気になってしかたがないのはそこであった。何もミズリンを悪の親玉に仕立て上げたいのではない。一回目も、二回目も、襲われたのは加工済みドラゴンなんてもたないエルストなのだ。そこが奇妙なのである。エルストに魔力がないことを神父が知っていたのかは不明だが、少なくとも王立魔法学園にはエルストに魔力がないことは知れ渡っていたはずなので、オフルマズド教の神父が知っていてもおかしくはない。しかし当のベルも宮廷魔法使い任命試験当日までは知らない事実であったから、可能性の有無を断言までは出来なかった。

 なぜベルではなくエルストを狙ったのか。それが明らかになれば、ベルの気も晴れるのだが。

「王子を人質にすりゃーベルがおとなしく交渉に応じると思ったんちゃう?」

「交渉って?」

「王子と引き換えにアギさんを寄越してくれって。ワシが王子の身の代金ゆーこっちゃ。あーコワ!」

 どこまで冗談なのかわからない口ぶりでアギが言った。

「……なんで最初から私を狙わないのよ! 湧水洞の麓じゃ、私、すっかり眠りこけてたのに」

 寝てる間にこっそりとアギを奪う手段もあったはずだし、そもそも夜遅くに襲ったのだからそうするのが常套手段ではないのか。盗賊の考えなんてわからない、とベルは頬を膨らませた。

「それこそ、王子も魔法が使えるて思とって、王子ほったらかすと王子に反撃されると思たとか?」

「その線なら……ミズリン様の可能性は消えるけど……」

 どうにも腑に落ちない。ベルは語尾をすぼめた。

「ミズリン姫どうのこうのよりも、いっちゃん奇妙なんは、境界村はまだしも、なんでわざわざ湧水洞で王子を襲ったんかっちゅートコやないか?」

「へ?」

 アギの言葉に、エルストとベルは首をかしげた。

「いや、せやさかい、なぜに人里離れた湧水洞の麓でワシらを襲ったんやっちゅーこと!」

 ヨウ・ヨウの湧水洞の付近には村落も、民家すらも何ひとつとしてないことは、空腹に飢えていた一行だって身に染みてわかっていることである。

「待ち伏せしとったんか? 湧水洞に王子が来るのを?」

 王子一行がヨウ・ヨウの湧水洞の麓へ来るのを、わざわざピンポイントで狙ったのか、と、アギはそう言いたいのだった。

「え……」

 エルストは思わず両手を振る。

「いやいや、ちょっと待ってよ。今、僕、すっごく寒気がしたよ」

 そして二の腕をさすった。アギの言いたい意味が理解出来たのだ。こんなに暑い山だというのに、アギはエルストの背筋に悪寒を走らせた。火属性のドラゴンが人間を寒くするものかと文句を言いたくなった。

「つまり……サード・エンダーズはエルスト様の行動を把握してたってこと?」

 ベルが言う。

「ま、そこはオフルマズド教の神父やから、王子が十七歳になって継承の旅に出るっちゅうしきたりを知っとってもなんら不思議やあらへんけど、でも、そんなら村や街で待っとったほうが、旅に出た王子に出くわす確実性も増すやろ?」

「で、でもさ……境界村にはゴリたち魔法使いもいるし、グランド・テレーマにも私兵団や警備団がいる。湧水洞みたいな人目がない場所のほうが、実行しやすかったんじゃ?」

 エルストなりに神父の思考回路を思案してみた。するとアギは、

「そんなら、ここにもおるやもしれへんってことやな? あちらさんは王都を出た時からワシらの行動を把握してはったと考えるなら」

 と言って、エルストを凍りつかせるのだった。ブラウン火山に登る人間は滅多にいない、とアドルーが言っていたのだ。三度エルストらを狙うなら絶好の機会である。

「……神父はゴリ先生が捕まえたでしょ?」

 なんとかエルストを正気にさせたいらしく、ベルが助け船を寄越した。ところがアギは反論する。

「しかし相手は組織やで。あの神父が、自分の仲間に、“王子が湧水洞出たから次は火山やでー!”って教えとるかもしらへん」

 考えられないことではなかった。実態の見えない組織は、何を企てているか、どんな情報を共有しているかわからない。

「さすがにそこまで徹底してるとは……」

 ベルは言い淀む。アギの推測を否定したい気持ちだけか先走った。だが、最後まで否定することは出来ず、姿の見えない組織にだんだんと恐怖心のような感情が芽吹いた。遅すぎる発芽だ。

「と、ともかく!」

 その芽を潰すようにベルが手を叩いた。

「エルスト様のことは私とアギがお守りする! アギのことも私が守る! 誰にも何も奪わせない! それで万事解決、でしょ、アギ?」

「とどのつまりはそういうことやな」

 警戒して自衛するしか道はないのだ。よし、とベルは自分に言い聞かせ、エルストを見る。

「大丈夫、だいじょーぶ!」

 ベルの足が草葉を蹴った。ピンと弾かれた葉は、ゆらゆらと揺れこそすれども地に落ちるでもなく、たくましくも枝の先に留まった。もうそろそろ日が傾き始めた頃だ。日が射すうちに、登るところまで登ってみよう。


 暑い。エルストはつるを握りながら何度目かの愚痴を胸に吐いた。樹木が山を覆いいくらか日射しを凌いでくれているものの、地熱が湧き上がってきているのだ。気のせいか植物すら熱をもっているようだ。

 一行は水筒をいくつか持参してきていたのだが、ベルの「ヤシの実の中身を飲んでみたい」という好奇心で一行はヤシの実を採ることになった。ベルが魔法で器用にヤシの実を狙い、撃たれたヤシの実は重苦しい音を立てて地に落ちた。あやうく頭上に落下するところであり、エルストが、あれではきっと即死してしまうのではないかと危惧出来るほどの音だった。落としたはよいものの、このなかを飲むとはどういうことなのだろう。皮はかたい。エルストは疑問視したが、ベルがナイフを貸してくれというので貸してみたら、ベルはごりごりとヤシの実に穴を開けたではないか。どうぞ、と差し出されたヤシの実の穴にエルストはひとまず口を付けてみる。そこでベルにヤシの実を抱えられ、エルストの口には否応なしにドロッとした液体が流れ込んだ。なまぬるくて質素な味である。

「どうですか?」

「うーん……微妙だね……」

 というのが正直な感想だった。甘いのか甘くないのか塩味なのか薄味なのかよくわからない味だった。何よりなまぬるいのがいただけない。これなら水のほうを選びたい。結局ヤシの実はベルのものとなり、ヤシの実を抱えたまま山を登るのは厳しいだろうということで一行はそのまま休憩を挟むことにした。エルストは木陰に寄り添いながらパンをかじる。羽虫が飛んでいるのが気になった。

「ここってウサギとかトリとかの動物、おるんかいの〜」

 アギが言う。

「とても生活出来なさそうでしょ」

 これはベルの意見だ。

「そうやとしたら、こりゃ湧水洞よりも険しいサバイバルになるんちゃうか」

「……そういうのは山に来る前に聞きたかったな……」

 エルストがどう嘆こうが今さらである。

「このヤシの実の肉、食べられそうですよ!」

 ベルが笑顔で言ったがエルストは胸焼けをおぼえてしかたない。エルストは珍しく遠慮した。

「まだ半分も登っていないから、数日は覚悟しておかないとな……」

 そうつぶやくのだった。火属性の代表のドラゴンはこのブラウン火山にいるとはいえ、その明確な居場所は特定出来てはいず、しらみつぶしに上へ行こうと決めたのである。感知魔法は得意ではないんですよね、とはベルの言葉だった。グランド・テレーマでの情報収集も空振りに終わっている。

「ドラゴンって、人前には出てこないの?」

 あろうことか鼻孔に入り込んだ羽虫を吹き出したあとにエルストがアギに尋ねた。とんでもない出来事であった。エルストはうっすらと涙を浮かべている。

「加工済みドラゴンやなしに、ふつうのドラゴンっちゅーことか?」

「うん」

 エルストやベルが“生の”ドラゴンに会ったのはヨウ・ヨウが初めてである。ヨウ・ヨウは温厚そうなドラゴンであったが、人々の世間からは離れた場所にいた。加工されていないふつうのドラゴンは、人間とは、あまり関わりがないのだろうか。

「そうやなあ」

 アギは上目づかいに空を見た。

「人前に出たところでどうしようっちゅうこともないしな。目的がないかぎりは、出てこーへんのとちゃうか」

「そもそも、加工されてないドラゴンって、どのくらいいるの?」

 それはベルも知らないことだった。

「え〜……ワシゃ、ずっとファーガスのじじいのなかにおったんよ。正確にはわからへんけど……十、とか? 二十とか?」

「曖昧だね……」

「知らんもん。ワシが生まれた時にはまだ百くらいおった気もしなくもないけど、二千年前のことやで。おぼえとるか、フツー!」

 とは言うが、エルストやベルたち人間は二千年も生きられるはずがないので、ドラゴンの記憶が何年あたりで薄れるのかはエルストには想像つかなかった。

 ベルはヤシの実の果汁を飲み終えたらしい。ごちそうさま、と言って手を合わせていた。

「ドラゴンって、どうやって生まれるんだろうな」

 ふたたび歩き出しながらエルストが言った。

「タマゴかな……」

 心なしかエルストの表情が活き活きとしている。この手の謎について、エルストは好奇心をそそられるのだった。

「そう、そう。ドラゴンは卵生なんよ」

「本当に!?」

 エルストの予想は当たっていたらしい。エルストの驚きの声がブラウン火山にこだまする。

「……ドラゴンって、オスとかメスとか、あるの?」

 一方で、エルストがさらに気になったのはその点だった。

「あるわッ! 今までワシが女子に見えとったんかい、王子には!」

 アギが吠える下でベルはこう言う。

「あ〜どっかに可愛いコおらへんかなあ、とか、言ってたよね、アギ。けっこう前に」

 そう言って茶化すのだった。

「……ま、カワイコちゃんはともかく、オスメスあろうがあんまし関係はあらへんけどな。すすんでタマゴを産んで子孫残したろとかも、あんまし思わへんからな」

「そうなの?」

 決してアギの言葉を疑っているわけではないのだが、エルストは念のため訊いた。

「せやって、自分が不死なんやで。未来に自分の遺伝子残したろて思うのは、寿命があっていずれは自分が死んでまう、いずれは自分がおらん世界が来てまう未来にビビってもーたる動物の典型的な考えに過ぎひんやろ」

 何やら哲学的な話になってきたが、アギは繁殖行動について、動物的な本能だ、と言いたいらしい。

「まあ、たしかに……」

 ベルはうなずく。

「美味しいうちに“美味しい”遺伝子を残そうと思って、牛や豚も交配させるしな〜」

 家畜としての考えだった。エルストは苦笑した。


 エルストはビーフジャーキーを舐め、歯が立つていどに柔らかくなるのを待った。昼間の、美味しいうちに美味しい遺伝子を残すべくというベルの言葉のように、このビーフジャーキーのもとになった牛も交配させられたのだろうか、それでこのていどのうまさなのだろうかなどととりとめのないことを考えながら、目の前の明かりと明かり越しに映るベルの姿を眺めている。

 ブラウン火山は夜も蒸し暑い。こうなれば昼も夜も関係なく、ブラウン火山にこもる熱は地面の底から湧き上がってきているのだと確信する。日射しの有無による温度差はあまり感じられないのだ。

 エルストの目の前にはぼんやりと光る魔法を放つベルの杖がある。草を除いた土に、柄を下にして突き刺さっている。ヨウ・ヨウの湧水洞で照らしてくれた光と同じだ。これが今日の焚き火がわりなのだ。

 ブラウン火山が夜を招き入れ始めた頃、一行は今日の寝を過ごす場所を確保することをようやく念頭に置いた。山の三分の一あたりまで登ってきたろうかという頃だった。しかしこのブラウン火山はどこへ行こうにも同じ景色に思われた。植物が生い茂り、道を奪っている。すれ違うのは虫ばかりだ。なので、へたに寝床を探すよりも、落ち着くところに落ち着き、はやめの休息を取ろうとベルが言い、エルストもそれに乗った。明日の早朝、比較的涼しさのあるうちに登りたい。

 そうと決まれば話ははやい。寝るためには、ここはアリか、ナシかを選択していきながら進むのだ。エルストは黒ずんだ岩のある影を選んだ。苔すら生えていない、植物と切り離された部分を求めたのである。ベルが岩がエルストの背になるようラグマットを敷き、そこが今夜のエルストの寝床となった。ベルはエルストの目の前に杖を刺し、その杖を挟んだ、エルストの向かい側に腰を下ろした。尻の下にはアギのマントを広げている。

 エルストはビーフジャーキーを噛みちぎった。ブラウン火山は、日が落ちるのがあっという間だった。

 ベルは食事をするわけでもなく、ただエルストからナイフを拝借し、近くの木で何やら茶色い綿毛のようなものを大量に採ってきたかと思えばアギのマントの上に座って綿毛を抱えて手先を動かしている。かれこれ一時間はそうしているだろうか。ベル曰く「旅の賃金にするために縄を編む」のだそうだ。エルストが綿毛だと思ったのは木の繊維らしかった。そんな繊維だなんて、金になるのか。城にありそうもないものだ。エルストはベルの手もとを見た。杖の明かりだけを頼りにじつに器用に動いているものである。アギはベルの頭の上で鼻ちょうちんを膨らませている。

「それも魔法?」

 ひと口ぶんのビーフジャーキーを飲み込んだあとエルストがベルに尋ねた。

「魔法? ……」

 尋ねられたベルは手を休め、きょとんとした顔でエルストを見る。

「……これですか?」

 ベルが掲げたのは作業途中の縄だった。エルストはうなずく。

「魔法じゃないですよ」

「そうなの?」

「編んでるんです。魔法じゃないけど、頑丈ですよ、けっこう。バッグも作れるかも……えへへ」

 ベルは縄を引っ張ってみせながら笑った。たしかに堅そうだ。

「魔法じゃないんだ……」

エルストは意外そうだった。そのうち眠気が来たので、エルストはからだを倒した。

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