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Enders war  作者: 急行2号
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6 グランド・テレーマ(2)

 ミズリンはソファーに腰掛けもせず、つり目がちの瞳でエルストを捉えた。鋭い眼差しは国王やマックス王太子に似ているとベルは思った。まるでこちらの心臓を射抜くような、研ぎ澄まされた視線だ。

「おっ……お久しぶりです、姉様」

 エルストの緊張感がベルやアギにも伝わってくる。微笑もうとしたのか、泣き出そうとしたのかはわからないが、エルストの口もとは歪んでいる。この目の前のミズリンに対して、エルストは明らかに恐怖心を抱いている。

「この人が、エルスト様のお姉様……」

「ミズリンとか言うとったなあ」

 ベルとアギはいっさい緊張していない。

「そちらは?」

 その時になってようやく、ミズリンの目にベルとアギの姿が映った。

「エルスト様付きの宮廷魔法使いのベルです。こっちは私のパートナードラゴンのアギ。初めまして、ミズリン様」

「よろしく」

 とてもよろしくする気はなさそうにミズリンは言った。ベルとアギを見る眼差しも鋭い。

「これは私の宮廷魔法使いの、パトリシア」

 ミズリンは己の隣に立つ少女を一行に紹介した。大ぶりのロッドをもつ赤毛のツインテールの少女のことはエルストもほんの今まで知らなかった。エルストは、よろしく、と、振り絞って声を出した。ミズリンほどではないが、この赤毛のパトリシアもまた、厳しい目で一行を見ている。顔立ちからして、年齢はエルストたちと変わらないようだ。

「ベルっていったら、あの問題児のベル・テンのことかしら?」

 パトリシアが言った。

「問題児?」

 どういうことだ、とエルストは隣を振り向く。

「授業中に居眠りするわ、テストは毎回赤点だわ、魔法実験で教室の扉を爆破させるわ、昼休みに家から持ち込んできたブタを学園の食堂で解体するわ、ミズリン様、このベルという生徒は学園でも問題児で有名だったのですわよ」

 戸惑うエルストをよそに、パトリシアの口からは次々と学園生活におけるベルの実態が述べられた。パトリシアもまた王立魔法学園の生徒なのだ。ブタのくだりではアドルーも驚いていたが、次の瞬間には笑い飛ばしていた。まさかかの王立魔法学園にブタを持ち込んできてそれを解体しようとは、前代未聞の素行である。

「不良だな!」

 アドルーただひとりだけが愉快そうである。

「だって、急にブタのステーキが食べたくなったから……」

 ベルはその点だけを弁明した。それとほぼ同時に、エルストとベルの腹の虫が鳴る。

「わはは!」

 なんというオチだろうか。ついにアドルーが横腹を抱えた。ミズリンやパトリシアは呆れた顔をしている。

「おまえたち、まともに食事をとっていないんだろ。ちょうど今からミズリンたちと午前のティータイムにしようと話していたんだ。軽食も用意させるから、食べるといい」

「いいんですか!?」

 ベルは遠慮を知らないようだ。目を輝かせながらアドルーを見た。

「そんな音を聴かされちゃな。さすがにブタのステーキはないが、ベーコンの入ったホットサンドくらいなら、すぐに用意出来るだろう」

「やったー! エルスト様、ごはんですよ!」

「う、うん……ありがたいな」

 エルストはミズリンの前で、気まずそうに腹をさすった。


 どうせなら見晴らしのよいバルコニーでティータイムをとろうとアドルーが提案し、一行はそれに従うままに、四つの塔群の合間の、海の見えるバルコニーに出た。まるで空中庭園だ。花のよいかおりが漂い、低木が潮風に揺れている。クロスの敷かれたラウンドテーブルにはティーセットや焼き菓子が並び、エルストとベルにはサラダやホットサンドが振る舞われた。ミズリンとパトリシアは、菓子を少しずつつまみながら、ハーブティーを飲んでいるようだ。みな一堂に円卓を囲んでいる。グランド・テレーマは連日晴天続きだ。日射しがまぶしくもあったが、牢屋を出たばかりのエルストとベルにはちょうどよい。

「美味しー!」

 至福のひとときだと言わんばかりにベルの頬が緩む。事実、ウサギだの、ヘビだのを食べていた旅の道中と、この目の前の食事との恵みには雲泥の差がある。エルストも我を忘れてホットサンドにかぶりついた。パリッとした食感のあとに訪れるパンの柔らかさと、ベーコンの焦げた塩味がなんとも絶妙だ。スクランブルエッグとマスタードのさじ加減もエルストの舌に合っている。鼻孔を膨らませればなおさらマスタードの刺激が増し、さらに食欲を駆り立てる。ここにミズリンとパトリシアさえいなければ、エルストはその幸福に思わず泣いてしまっていたことだろう。

「おおげさだこと」

 すでにパトリシアと今日の朝食を済ませていたミズリンは、その口に運ぶハーブティーとは裏腹に冷ややかな態度だ。

「なんか、マックス王太子と雰囲気が似とんな、王子の姉貴は」

 アギのつぶやきをミズリンは聞き逃さなかった。

「やめてちょうだい」

 ミズリンの金色の眉尻がつり上がる。

「マックス兄様のことは嫌いなの」

「やっぱ、兄弟仲、悪いやろ? 王子らのとこ」

 ヨウ・ヨウの湧水洞で感じたことはそのとおりだったようだ。アギは言った。

「兄弟仲良くしなければならない理由がおあり?」

 ミズリンはそう言って、潮風になびく金髪を押さえた。海には船が出ているのが見える。漁船は早朝の船出を終えているので、あれらは商船や客船だろう。

「まあ、まあ。こんなところにまで兄弟の悪口を挟んでくれるな」

 機嫌を損ねたミズリンをなだめるのは、ここではアドルーの出番であった。執事にハーブティーの追加を頼んだアドルーは、自身はミルクティーを飲んでいる。

「ベルには兄弟はいるのか?」

 気分転換もかねてアドルーがベルに尋ねた。

「いないでふ!」

 ベルの頬いっぱいにはホットサンドが含まれている。

「だから好き勝手に問題を起こせるのですわ」

「そう言うパトリシア、君だってひとりっ子じゃないか」

 アドルーはミズリンやパトリシアとも親しい間柄なのか。ベルはホットサンドを飲み込みながら思った。

「まあ、俺もひとりっ子だから、自由気ままにやらせてもらってるけどな」

 アドルーはフォローを入れた。

「今日は……侯爵は?」

 食事もひと段落したのだろう。エルストがカップを手に取りながら言った。

「祭典前の最終調整をしてるよ」

「祭典?」

「ああ。街なかで行われる、パレードのようなものさ。ここに来る途中、派手な連中がいただろ。あれはパレードの練習をしてるんだ」

「ほお〜、南国の祭りやから、さぞ賑やかやろな」

 はたしてアギが人間の祭りを知っているのだろうか。アギはさも知ったふうに言った。

「賑やかさ。本来はテレーマ王子の慰霊の意味合いで催されていたらしいんだが、近年ではただ歌って踊るパレードになってるんだ」

「テレーマ王子?」

 ベルは初めて耳にした名前である。

「知りませんの?」

 ここでもまたパトリシアが不快感を示した。

「ドルミート侯爵家はもともと、王族でしたのよ。現国王陛下をはじめとする今の王族と対をなすように、ドルミート家は、エン家と世界を二分していたのですわ。およそ五百年前のことです」

 エン家とはエルストやミズリンが連なる王族の家系のことだ。

「で……テレーマ王子は、ドルミート家の最後の王子。テレーマ王子の没後、ドルミート家は侯爵家となり、世界はエン家が治めることになったのです」

「へええ……勉強になるなあ」

 ベルはパトリシアの博識ぶりに感心したが、これは学園の授業で学ぶことだと当のパトリシアは指摘した。どうせ居眠りしていたのでしょう、と呆れながら。

「世界にはふたつの王国があったってことやんな」

「ん? アギは知ってるの?」

 テレーマ王子のことを知らないのは、この場ではベルだけのようだ。

「ファーガスのじじいが、それらしいことを言っとったわ。詳しいことは忘れてもーたけど」

「じっ、じじい!?」

 パトリシアが声を荒げる。

「ファーガス理事長をじじい呼ばわりなどと、そんな侮辱をするのはあなたくらいですわ! なんですの、問題児が問題児なら、そのパートナーもパートナーですわね!」

「ハアーッ? じゃ、おたくのドラゴンはどないやねん!」

「わたくしのドラゴンは、それはもうお利口さんですわよ。わたくしと一緒にミズリン様をきちんとお支えしておりますもの。どこぞの宮廷魔法使いと違って、ミズリン様を不法侵入なんてさせませんわ」

「オイ、言われとるぞ、ベル!」

「なによーっ。だいたい、不法侵入したのはアギの……」

 すんでのところでエルストの手がベルの口を塞いだ。ここにはドルミート侯爵家の跡取り息子であるアドルーがいることを忘れてはならないのだ。

「パ、パトリシアのパートナードラゴンはどこに?」

 エルストは無理やり話題を逸らそうとした。

「宮殿の外庭に控えさせております。いくら加工済みドラゴンといっても、休息だって必要ですものね」

「オイ、ベル。パトリシアを見習ってワシにもホリデーくれや」

「アギは毎日がホリデーでしょ」

「そうやった!」

 たはーっ、と舌を出すアギに、エルストはひとまず安堵した。なんとか危機を乗り切った顔だ。

「せっかくだから、エルストたちもパレードを観ていったらどうだ?」

 エルストも祭典は初めてだろう、とアドルーが誘った。

「祭典は明後日なんだ。今は、誓約の旅だろう。ついでに旅の疲れも取っていくといいじゃないか」

「え……で、でも……」

 エルストはミズリンをちらりと見た。その視線に気付いたらしく、ミズリンは言う。

「私たちも誓約の旅はまだ終わっていないの。だから私たちは、明日にでもおいとまするわ。グランド・テレーマに立ち寄ったのは侯爵やアドルーへの挨拶と、商人が目当てだから」

「そうなんですか……」

 じゃあ観ていく、とはエルストには言いづらい雰囲気である。

「エルスト様、私、観たいなあ」

 ベルはとうに乗り気だ。

「うん……それなら、観ていこっか」

「ありがとうございます! 楽しみだな〜」

 ふん、ふん、とベルは鼻歌まじりに次のホットサンドへ手を伸ばした。それを見て、ミズリンが溜め息をつき、こうつぶやく。

「……本当にのんきだこと……」

 アドルーは苦笑した。

「エルストたちの継承の旅は順調なのか?」

 ホットサンドを頬張ったベルに返事は期待出来そうにもなく、アドルーはエルストに尋ねた。

「うん。ベルとアギが、なんでもしてくれるから。僕が危ない目に遭っても助けてくれるんだ。だから、順調だよ」

 エルストに魔力がないことはアドルーも知っていることだった。

「……おまえ、それ、本気で言っているの?」

 すると、ミズリンの鋭い眼光がエルストに向けられた。

「だとしたら私、おまえのこと、嫌いだわ」

「えっ……」

 面と向かって嫌いだと言われたら、誰だって言葉に詰まるのではないだろうか。エルストはまさしくそれに当てはまり、無意識にからだが硬直した。ベルに至っては顎が機能を停止している。

「パトリシア。気分が削がれたわ。街へ出ましょう」

「はい、ミズリン様」

 ミズリンとパトリシアはティータイムの最中にもかかわらずに席を立った。さすがのアドルーもこれには焦ったが、ミズリンとパトリシアを引き止めることは出来なかった。ミズリンはハイヒールを鳴らしながら宮殿内に去っていく。その途中、ミズリンの後ろに付いていたパトリシアが、いちど振り返る。

「誤解なさらないでくださいませね、エルスト様。ミズリン様は、何も、理由なく人を嫌うお方ではございませんことよ」

 では、とパトリシアは一礼してミズリンのあとを追っていった。取り残されたエルスト、ベル、アギ、そしてアドルーはしばらく呆然としていたが、ややあってアドルーが口を開く。

「……悪いな、エルスト」

 そして謝罪した。

「おまえをここに同席させたのは、おまえとミズリンの仲が良い方向に進めばと思ってこそだったんだが、逆効果だったらしい」

 やれやれ、とアドルーは肩をすくめ、

「困ったものだな、ミズリン姫にも」

 と、冗談めかして言ったのだった。

「感ッじ悪かったな〜。やっぱり、黒い服の男てミズリン姫の手先やったんちゃう?」

 アギはエルストやベルに言った。

「黒い服の男?」

 アドルーの関心が向く。そこでエルストは、湧水洞の山麓で黒い服の男に襲われたこと、境界村で襲われたこと、そして黒い服の男の正体はオフルマズド教の神父だったことを打ち明けた。アドルーは相づちを打ちながらていねいに聞いていた。

「オフルマズド教の神父が王国の王子を襲うなんて、こりゃたまげたもんだな……」

 アドルーは黒い眉を寄せながら言った。

「今は王都に拘束されてるはずだよ」

「なら、エルストたちは安心だな」

 これを言うべきか言わないべきかアドルーは迷ったが、エルストたちは貴重な情報をくれたのだし、アドルーは心を決めて〝あること〟を伝えることにした。

「じつは……」


 祭典の開会式には花火が空に舞った。祭典は午前中から行われるらしく、エルストとベル、アギは街なかの大通りにてパレードの開始を待っている。

 昨日、ミズリンとパトリシアはエルストたちには何も告げずにグランド・テレーマを出立したらしい。〝商人からめいっぱい買い物をしていた〟とアドルーが笑って教えてくれた。織物やドレスや靴など、いかにも女の子が好きそうなものばかり買い込んでいたのだそうだ。

 エルストとベル、アギの一行はというと、アドルーが用意してくれた客室にぜいたくにも宿泊した。ぜいたくとは言うが、エルストは王国の王子であり、アドルーは侯爵家の息子であるため、アドルーは父の面子のためにも宮殿の客室を確保したのだろう。王子を野宿させるわけにはいかない。もちろん食事付きだったので、一行は旅の疲れで損なわれた英気をじゅうぶんに養えた。

 エルストは一行の背後に隠れるようにして佇む警備兵を見た。あの警備兵は魔法使いらしく、ドラゴンを携えている。

 あの警備兵は一行を捕らえようとしているのではないことを一行は知っている。むしろ、一行を守ろうとしてくれているのだ。その理由は、一昨日、アドルーが聞かせてくれた話にさかのぼる。


「じつは、近頃、うちのドルミート領にもそれらしき男の姿が度々目撃されているんだ」

 バルコニーに射す日の光に照らされ、ミルクティーで喉を潤しながらアドルーは話し始めた。

「ちょうど、エルストが言ったような、黒い服の男だ。そして黒い服の男は目撃されているばかりじゃない。黒い服の男には、明確な狙いがある」

「狙い?」

 エルストは首をかしげる。

「魔法使いだ」

 アドルーは顔をしかめて、ひと呼吸置いたと同時にミルクティーをひと口含んだ。飲み込むと、さらにこう言う。

「魔法使いのもつ、加工済みドラゴンを狙っているんだ。すでにうちの私兵団の魔法使いも何人か、加工済みドラゴンを奪われている。おまえたちが遭遇したというオフルマズド教の神父もきっとアギを狙っていたんじゃないか」

「そ! そんなー!」

 悲鳴を上げたのはアギである。

「ワシ、狙われとる! いたいけなアギさんが狙われとるで、みんなー!」

 うるさい。アドルーは構わず話を続ける。

「そしてここからが本題なんだ」


 エルストは警備兵から大通りに視線を戻した。パレードの主役たちが進む道沿いにはすでに大勢の人だかりが出来ている。一行も群衆に紛れ、観客のひとりと化している。テレーマ王子の慰霊の祭典は、街の人々だけでなく、海の向こうの人々にも人気があるらしい。歌って騒げ、踊れの祭典で、みな楽しいひとときを思い出にしたいのだろう。観客はそれぞれ旗や、扇や、酒を手にしている。

 開会式が終わり、まずは街の子どもたちのダンスが大通りを行進する。晴れ着をまとった子どもたちが踊る後ろでは歌唱団と楽器隊が列をなしていて、トランペットの音がグランド・テレーマの街なかに響く。観客も一緒になって歌っている。民謡のようだが、エルストは聴いたことがない。

 大勢の人だかりのなかに、エルストはどうしても黒い服の男を探してしまっている。

 神父は捕まったはずなのに、エルストは冷や汗をかきながら、子どもたちのダンスなど観る余裕もなく周囲の様子をうかがうのだ。

「黒い服の男は組織なんだ」

 一昨日のアドルーの言葉が胸につかえて離れない。エルストはごくりと唾を飲んだ。

「ドルミート領で、同時期に、それぞれ違う場所で目撃されているんだ。とても一日では往復出来ない場所で、だ。いちどだけでなく、何度も……ひどい時には同時期に二人、加工済みドラゴンを奪われている」

 アドルーも悔しげに言っていた。

「私兵団や警備団で独自に調査を進めていて、やつらがどうやら組織であるらしいことが判明したんだ」

 なんと、黒い服の男は組織をなして魔法使いを襲撃しているらしい。

「その組織の名前は……」


「サード・エンダーズ……」

 大通りが歓声で湧くなか、エルストは小さくその名前を呼んだ。

 〝サード・エンダーズ〟。アドルーは黒い服の男の組織をそう呼んだ。組織の一員はみな黒い服に身を包み、素顔を隠しているのだそうだ。境界村のオフルマズド教の神父もまたサード・エンダーズの一員だったことだろう。アドルーはそう言った。独自に調査をしている侯爵家が掴んだ情報は、たったのそれだけであった。組織の構成人数も正体も何もわからない。だが、今回、神父が捕まったことは、調査の大きな前進となるだろう、と言葉を添えた。

 そこでエルストは思った。父は、国王はサード・エンダーズについて知っているのかという疑問だった。ミズリンは何も言っていなかったし、兄たちもまた何も言っていなかった。兄たちは知っているのだろうか。そのことを、アドルーに尋ねてみた。

「表沙汰にはしていないだけで、情報は把握していると思うぞ。俺の父も、国王陛下に文書を送っていたようだから」

 とのことだった。ならば王立魔法学園の理事長ファーガスも知っているだろうとエルストは思った。もしかしたら、ゴリも知っていたのかもしれない。一行が境界村を発つ時、ゴリはとても心配そうに見送ってくれたからだ。王立魔法騎士団でも調査をしているのかもしれない。

 なんにせよ、誓約の旅をする一年間はじゅうぶんに気を付けてくれ、とアドルーは言ってくれた。エルストとベルはうなずいた。


 エルストはもういちど警備兵へ振り向く。変わらずその場に留まってくれている。しかしそれでもエルストは気が気でなく、隣にいるベルに話しかけようとした。

「あ、あれ?」

 するとなんということだろう。ベルとアギの姿がない。エルストは慌てて周囲を見回すが、それらしき赤い姿はどこにもない。

 まさか。エルストは嫌な予感がした。

 まさか、サード・エンダーズに狙われたのではないか。警備兵は何をしているのだ、とエルストは思い、すぐにでもベルとアギを見つけようと人だかりのなかを駆け出す。

「わっ!」

 全身に走る焦燥感で思わず視界が狭まってしまっていたのか、エルストはすぐに人にぶつかった。

「ご、ごめんなさい」

 エルストは謝ろうと、ぶつかった相手を見ると、まずタトゥーの入った腕が見えた。その顔を確かめれば、薄い色の瞳がこちらをじっと眺めている。背の高い男だった。浅黒い肌と波がかった黒髪がグランド・テレーマの白い街並みに似合っている。

「あ、あの……」

 てっきり怒鳴られでもするだろうと決め込んでいたエルストだったが、相手の男は何も言おうとはせず、静かな身なりでエルストから視線を逸らさない。かといって男は威圧的な態度でもなく、怒った表情でもない。

「あ」

 エルストがもういちど謝ろうと口を開けば、男は静かな態度を崩さずにその場を立ち去っていった。男が後ろ背に抱えた楽器は、エルストは見たことがなかった。

「エルスト様〜!」

 群衆のなかからベルの声がはっきりと聴こえた。エルストがその姿を待ちわびると、しばらくしてベルとアギが笑顔で寄ってきた。

「ベル、アギ! どこに行ってたの。心配させないでよ!」

「いやあ、ごめんなさい。美味しそうな焼きトウモロコシがあったから、ついつい買いに行っちゃって」

 いつの間に焼きトウモロコシなんて見つけていたのか、ベルは焼きたてのバターがかおるトウモロコシを一本、エルストに差し出した。ベルの手にはもう一本、これはベルのぶんらしい焼きトウモロコシが握られている。エルストは落胆しつつも、美味しいぞと主張してやまない焼きトウモロコシにかぶりついた。



離離たる騎士の なきなき夢

正とは何ぞ われに問う

悪はわれの 胸にありけど


平和の花が咲くまちで

離離たる騎士は 明日をみる


なきなき夢も 現となりけり

今日の剣は 誰が握ろう

この胸に 突き刺さるや

それこそ悪の 剣たろう



 人だかりから外れた街の影で、男はひっそりと琵琶を奏でた。

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