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Enders war  作者: 急行2号
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4 予兆―黒い服の男

挿絵(By みてみん)


 山の夜はやはり寒かった。エルストは全身を焚き火のほうへ向けて寝転がっている。しかしじきに暑くなるので、背中を向けては腹を向け、腹を向けては背中を向ける、その繰り返しだった。フクロウの鳴き声が聴こえる。ラグマットを敷いているとはいえ、城のベッドとは大違いだ。エルストはなかなか寝付けずにいた。

「がーっ」

 寝付けないのは、このアギのいびきも原因かもしれない。焚き火をはさんだ向かい側にベルとアギが寝ている。ベルはマントを敷いていて、アギは頭の横に置いてある。エルストが目を凝らして見ると、アギの鼻のあたりが光っている。鼻ちょうちんだ。ドラゴンに体液があるのかとエルストは知った。不思議な感覚である。


 ヨウ・ヨウはじつに穏やかに見送ってくれた。

 そこから動く気はないのか、あぐらをかいたままであったが、軽く手を挙げていて、それはヨウ・ヨウの姿が見えなくなるまで続けられていた。ベルはそれに応じるように何度も何度も手を振っていた。エルストも、恥じらいながらも、小さく手を振った。

 ゆっくりと湧水洞を出たので、外に戻ってきた頃には夕日がまぶしく照っていた。はやく山を降りようと、ベルは急ぎ足になり、慌ててエルストが追った。

 滝壺に降りる際のことは印象深くおぼえている。

 来たときと同じようにベルがホウキを浮かせたのだが、この魔法でさえベルの寿命を削っているのではないかとエルストは乗ることを渋った。するとベルが、

「エルスト様に尽くすのが私の役目ですし、ほとんどはアギの魔力をもらってますから」

 と、何ともなしに笑ったのである。曰く加工済みドラゴンと専任契約をした魔法使いは皆そうらしい。アギも気にかけていないようだ。

 それでもためらうエルストの背中を半ば無理やりに押し、ホウキに乗せたベルもまたその後ろに乗った。

「せっかくだし、飛んでっちゃお」

 そのベルの一声で、ホウキはぐんと上昇した。正面には夕日が沈んでいて、目の前のすべてをオレンジに照らしていた。山の麓の緑々や川でさえ、夕日に従っていた。

 右も、左も、目に映るすべてが動いていく。いや、動いているのは自分だ。なめらかな景色のカーブにすっかりと見惚れていると、ホウキは急に下降した。下腹が締まる感覚が気持ち悪かったが、一瞬のことだった。エルストはホウキの柄を一層強く握りしめた。あとは着々と降りてゆくだけである。森林が徐々に近づいてくる。ベルには小川が見えていたが、エルストは空中の景色に夢中のようで、気付いていないようだった。

 短い空の旅も、もう終わりである。


 エルストが魚を逃がした小川のほとりで、ベルが夕食のための釣りをした。いや、釣りというよりは、杖を銛のように投げていた。ベルは目が利くらしく、毎度毎度、確実に魚を仕留めたものだからエルストはたいそう驚いた。そのエルストはというと、小枝を集め、焚き火の支度を任されていた。

 エルストの集めた小枝を数本もらい、ベルは仕留めた魚の口から尾びれに向かって小枝を突き刺した。明日の食糧にもするらしい。これを焼くのはアギの出番である。

 アギの焼き加減は絶妙で、魚も旬を迎えていたのか、脂がのっていて薄味ながらも美味だった。夕食用の魚はプリッとした食感が残っていて歯ごたえがあったが、明日のぶんは干ぼし風に仕上げたのだと饒舌に言っていた。ただ、肝は苦くて不味い。ベルは頭ごと食べていた。

 くべた小枝にアギの炎がゆらめき、今夜はこうして眠ることになった。


 エルストは瞬きをする。

 ぱちぱちと小枝が弾ける音と、小川のせせらぎ、フクロウの声とアギのいびきを子守唄にしようと、今度こそかたく目を閉じる。

 すると、じゃりっと、小石が擦れる音が聴こえた。何だろう。エルストはふたたび目を開ける。ベルは寝ているが、彼女が動いた気配はない。アギはそもそも自分では動けない。荷物がかたむきでもしたのだろうか。考え始めると気が気でなくなって、エルストは上半身を起こした。

 それが間違いであった。

「ン!」

 突如、背後から何者かに口を塞がれたのである。エルストは驚きのあまり硬直した。背筋がゾッとし、脂汗が噴き出る。

 ちりちりした手袋をした手で塞がれている。口はおろか、背後から腕を回されているのか、肩と胸も押さえつけられた。エルストはその腕を叩くが、びくともしない。

「ンー!」

 明らかに第三者である。エルストはそう思い、せめて自由の利く足をばたつかせた。不透明な危機感がエルストを襲う。ベル。ベル、起きてくれ。この際、アギでもよいから。

「ん〜? ……」

 エルストの願いは届いたらしい。ベルが呻いた。

「エルストさ……」

 目も開けてくれた! 上半身を起こしたベルは、目を擦ると、すぐに状況を判断する。

「……誰だ!」

 ベルの声は夜の山によく響いた。

 ベルは杖を握り、勢いよく発火した。火花が瞬く間にエルストの背後を襲撃する。狙いを定めていたらしく、エルストには火花による損傷はない。

 火花よりは遅かったが、ベル自身もまたエルストの背後めがけて走った。第三者は一歩引いたらしい。エルストは自由の身になった。

 ベルは杖を振り回す。水が飛び散る音がしたから、第三者は小川へ逃げたようだ。

「アギ、アギ、起きて!」

「がーっ……ごーっ」

 こんな状況でさえアギは幸せそうに鼻ちょうちんを膨らませている。図らずともエルストはひどく苛々しながら、その鼻ちょうちんを叩き割った。

「な、なんや!?」

 突然のことに驚いているアギだが、突然なのはこちらだって同じだ。エルストは小川で組み合うベルと第三者を指差した。

「だ、誰やねん」

「わからないよ! だけど、急に襲われたんだ」

「よーわからんけど、そういうことなら、王子、ワシを投げろ!」

 承知したと言わんばかりにエルストはすぐさまアギの一本角を握りしめ、大きく振り上げた。そのまま、小川へと投げ飛ばす。

「フェニックス・ネバー・エンディング・ファイアドラゴ〜〜〜〜ン!」

 まったく意味がわからないが、ともかくアギは叫びながら口から炎を噴射し、それを原動力として小川への道のりを突っ切った。炎はエルストのほうを向いていた。

「あ……逆」

 ぼそっと言ったアギの言葉にエルストは落胆した。もちろん、アギの炎が燃え移ったわけではないのだが、寝ぼけているアギにがっかりしたのだ。炎が消えたアギは、しゅんと小川に落ちかける。そのすんでのところで、ベルが拾い上げた。

 ベルは杖から火花や、弧を描いた炎、果てには火の玉を撃ち出していた。いくつかは第三者に命中していたらしい。第三者のからだには炎が飛び移っている。

 その第三者はというと、反撃もせず、かといって逃げ出すわけでもなく、ただただベルの周囲を回っている。

「ラング!」

 ベルが杖を横に向ける。先端は第三者を向いている。そこから炎が飛び出し、長い尾をうねらせるように第三者にまとわりついた。まるで炎のロープだとエルストは思った。

「捕まえたで!」

 ベルの頭に乗せられたアギが高らかに吠える。

 だが、喜んだのも束の間で、まとわりついたはずの炎はじりじりと細くなっていく。ベルは目を瞠る。

「加工済みドラゴンのマント? ……」

 真っ黒なのはベルの炎で焦げたわけではない。第三者の着用しているマント、あるいはコートはベルが初めて見た時から黒色であったのだ。

 ベルは改めてしげしげと第三者を見る。帽子を深々とかぶっているらしく、さらにはこの月夜だ。顔はわからない。背が高く体格がよいので、男であろうということは理解できる。手も足も、黒いもので覆っているようだ。

「魔法使い? おまえ、何者だ! エルスト様を狙ったのか?」

 これまでに聞いたこともない険しい声だった。エルストはほとりでじっと見守っている。

 第三者、黒い服の男もまた、じっと佇んでいる。

「あ……」

 黒い服の男は踵を返し、エルストがいるほとりの対岸のほうへ歩いていく。ばしゃっと水が跳ねたかと思えば、すぐに対岸へ乗り上げたらしい。後ろ姿はすでに暗闇に溶け込んでいた。

「追わんでえーんか、ベル?」

「夜道は危険だし……」

 ただでさえ勝手のわからない山麓なのだ。

「今は、エルスト様を守ることが先決かな」

 そう結論づけたベルは、エルストのほうへ戻ってきた。黒い服の男の姿はなくなっている。

「エルスト様、大丈夫ですか?」

 一行にとって、今は焚き火が頼りである。ベルはエルストを見る。

「うん。荷物も荒らされてはいないみたいだ」

「いきなり襲われたんか?」

「そうだよ、アギ。なかなか寝付けなくって、起き上がったら、こう、後ろから口を塞がれて……」

 エルストは身振り手振り説明した。

「盗賊なのかなぁ」

 ベルは唇をとがらせながら考える。

 盗賊にしては、怪しさ満点であった。凶器も見えなかったし、それに、炎を消したマントのことも気になる。もしもあれが加工済みドラゴンのものならば、そこらの盗賊が手に入れることはないだろう。では学園の在校生、あるいは卒業した魔法使いなのだとしたら、なぜ王子であるエルストを襲ったのだ。いや、そもそも、エルストが王子だと知っていて襲ったのか。わからないことだらけだ。

「ともかく……今は休みましょ」

 考えたってわからないことは、今は考える時ではない。ベルは気を取り直すように手を叩いた。

「も、もう来ないかな? さっきの……」

 それでもエルストは心配性だった。

「じゃ、焚き火にアラームをセットしときます。誰かが現れたら、私を起こすように」

「そんなこと出来るの?」

「地雷の応用です。ドリンヘントゥ〜」

 ベルはちょいちょいっと焚き火に向かって杖を回した。見たところ、何の変化もないように見えるが、間違いなく魔法をかけたのだそうだ。

 地雷って、まさか爆発するのだろうか。エルストは内心冷や汗をかきながらも、ひとまずは横になった。

 相変わらず、アギのいびきはうるさい。

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