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Enders war  作者: 急行2号
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17 サード・エンダーズ(14)

 本来ならそうする暇などないはずなのに、この王城の、王立魔法騎士団本部から進入して到達する地下部屋には、気が遠くなるほどの沈黙が訪れたようだった。その間、エルストは目の前に立つカーシーの顔をひたすら眺めていた。カーシーは、エルストからわずかに顔をそらし、エルストの隣にいるベルへと視線を向けているようだった。ベルはカーシーの二の腕あたりを、あたかもほかに眺めるところが見当たらないかのように眺めている。エルストとベル、アギの後ろ姿を、マックスが見ていた。

「あの、エルスト様、私、こんなこと言える立場じゃないのかもしれないですけど、お願い、勘違いしないでください、エルスト様」

 ベルがそんなことを言い始めた。エルストは耳を傾ける。

「私、サード・エンダーズなんかじゃ、ありませんから。絶対に」

 エルストには自分が何を言うべきか判断がつかなかった。ただ、カーシーが今しがた言ったことを、ベルは否定しなかったように思えた。つまりはベルがドラキュラとプロメテシアのあいだに産まれた娘であるということを、ベル自身は否定しなかったようだった。エルストにはそう思えた。

「アギは知ってたの?」

 疑心を抱き始めたエルストがまず言ったのは、アギに対するこのような質問だった。エルストがとなりを見るかぎり、アギはしゅんと、その眉毛がない眉の尻を落としているようだった。瞳も伏せがちだ。

「秘密やったんや」

 アギはそう答えた。エルストの目が悲しそうに動いた。

「パパとママと、ワシらの、秘密やったんや」

 たまらなくなり、エルストは片手で口もとを撫でた。緑色をしたプロメテシアの血が付着し、エルストは今度こそ汚れを気にした。緑色の血液はぬめりがあり不気味だった。気味が悪かった。しかし、緑色の血液をもつプロメテシアから産まれたというベルを同じように気味が悪いと思えばよいのか、思ってよいのか、そもそもプロメテシアがベルを産んだことは真実なのか、エルストには本当にわからなかった。

「けど、まさかベルの産みのママがここにいてるプロメテシアやっちゅう、そないな肝心なことは、ワシも、もちろんベルも、ほんの今まで知らんかったで。ホンマやで」

 アギが弁明したことの善し悪しも、エルストにはわからない。とはいえ自分に対し、ベルとアギに隠されていた事実があったと考えるならば、エルストにとってはあまり気のいい話ではなかった。

「どうして言ってくれなかったの、今まで!」

 悲しみや怒り、驚きといった感情が上手に噛み合わず、エルストはついベルとアギを責めたてるような言い方をした。

「ごめんなさい」

 ベルは謝るばかりだった。

「本当にプロメテシアがベルを産んだの? ベルには……ドラゴンの血が混ざってるの?」

 ベルはまた、ごめんなさい、と言った。ベルにとってはそれが肯定の証だった。


「さっきアギが言ったパパとママというのはどこの何者だ?」

 明らかに険しさを含んだマックスの声がエルストらの背後から聞こえた。たとえ白の礼装が血まみれになろうとも、人前である以上、マックスは気丈に振る舞っている。

 ベルは大きく首を振った。

「パパとママは悪い人じゃないです!」

「質問に答えろ」

 ベルはいちど言葉に詰まった。マックスに気圧されたようだった。エルストには、マックスも少なからず動揺しているように感じられた。弟に付いた宮廷魔法使いの正体がドラキュラとプロメテシアの娘だなどと告げられて、平静を保てる人間のほうが稀有だろう。もっとも、マックスは、その稀有な人間になりたそうにしているが。

「ベニー・テンと、サーシャ・テン。……私を育ててくれた、パパとママです」

 エルストは呆然としている。ベルの言葉が、暗に、ベニーとサーシャは実の両親ではないと物語っていたからだ。

 しかし、とてもそうだとは思えないというのがエルストの正直な気持ちである。エルストには、ベニーとサーシャは、あくまでもベルの両親としてベルに接していたように見えたからだ。とはいえ今の話ぶりであると、ベニーとサーシャも、ベルの正体について知っているような印象だ。エルストは胸に何か引っかかるものをおぼえた。

「おまえの実家は農畜産業をしていると言っていたな」

 マックスはベルと初対面を交わした謁見の間でのやりとりを律儀にも記憶していたらしい。ベルは頷いた。わけありか、とマックスが呟く。エルストはベルとアギのとなりで、胸の鼓動をはやめながら話を聞いている。

「十八年前、王立魔法研究所を焼き落としたのも君だね、ベル」

 カーシーに言われ、ベルの肩が震えた。

「あれは王立魔法研究所だったんですか?」

 ベルはやはり顔を青くしながら、だがじつに意外そうにそう言った。エルストもまた困惑している。かつて王都にあったという王立魔法研究所は、十八年前、火災で焼け落ちたと聞いている。そして現在、境界村に再建されている途中だったはずなのであるが、当の境界村はサード・エンダーズの手によって壊滅されたと今夜ミズリンが言っていた。境界村にいるゴリは無事だろうか。エルストは壊された王都の街並みを思い出しながら、屈強な体格をしたゴリの安否を気にかけた。


「ちょい待ってーや!」

 アギがとつぜん大声をあげる。

「ベルはなんも悪くないんや! なあ、ホンマに悪くないんや! 生まれたときかてベルの意志で建物燃やしたんとちゃうってパパとママは言いおったで!」

「鵜呑みにはできんな」

 マックスはアギの弁解を一蹴した。

「ベニーさんたちは研究所にいたの?」

 胸に引っかかった何かを解消するため、ベルに尋ねたのはエルストだった。ベルはそうだと頷いた。ベル曰く、テン夫妻は王立魔法研究所の研究員だったそうだ。

 マックスが溜め息をついた。

「父上からは、王立魔法研究所は、王国に謀反を起こした前王立魔法騎士団元帥に燃やされたのだと聞いていたが……それがまさか、じつのところは、この〝実験体〟のしわざだったとはな」

 マックスが言った。

「じ、実験体?」

 エルストは目を丸める。マックスは今たしかにベルを指して〝実験体〟と言った。けっしてエルストの聞き間違いではない。そこでエルストの中で、ベニーが今夜言っていた国王の〝ひどい〟話と、目の前で聞いたマックスとカーシーの話とが、ほのかに繋がりを見せてきた。

「父上は……実験として、ベルをプロメテシアに産ませたんですか? ということは、ドラキュラも、実験に使われていたってことですか?」

 ここにいる全員の話をエルストが信じるならば、いま言ったような答えが、エルストの胸の中ではっきりと浮き彫りになってきたのである。

 岩壁の中に埋もれたプロメテシアは感情を表現しない面持ちで人間たちを見ている。

 エルストは答えの正否を兄たちに尋ねた。

「むごい話だろう、エルスト」

 マックスよりも先に口を開いたのはカーシーだった。だがカーシーは正否を明らかにはしてくれなかった。そしてそれこそが〝正解だ〟と言われたようだった。

 エルストはめまいがした。自分の魔力ばかり利用されようとしていたのみならず、ベルは、ベル自身の親の代から、父国王に、まるで動物のように扱われていたらしいことに、エルストは一生ぶんの失望をあらわにした。もちろん父への失望である。なるほどたしかにむごい話だ。しかし、これらのむごい話を今まで自分に〝一切知らされていなかった〟ことにもまた、エルストは、多数の人間から残酷さを感じずにはいられなかった。

「おとなって、みんなそうなんですか?」

 エルストは、相手をマックスともカーシーとも決めずに質問した。

「そう、だから、どこかで因果を終わらせなければいけないんだ」

 カーシーが言う。

「それこそがサード・エンダーズの目的なんだ。むごったらしいことではなく、人間はもっと、嬉しさとか、楽しさとかを得るべきなんだ」


「だ、だけど、カーシー兄様……」

 エルストはこぶしを握る。

「カーシー兄様たちがやっていることは、その、真逆のことなんじゃないんですか?」

 エルストの声はやや震えている。そのとなりでベルとアギが神妙そうな顔つきになった。

「た、たしかに、父上は僕やベルとか、プロメテシアとかに、ひどいことをしてきました。僕、ちょっと信じられないくらいです。だけど、だからといって、サード・エンダーズが街を壊したり……父上やプロメテシアを殺しても〝しかたない〟って理由には……なりませんよね」

 エルストは、人が人を殺しても〝しかたない〟という理屈には程遠いところに居たかった。それはサンゴルドで経験した人殺しから得た理想である。また兄たちにも自分と同じ地点に居てほしいと願っている。

「そうだよね……ベル、アギ」

 エルストは頼りなさげな表情をしてとなりを見た。

「はい」

「せや、王子の言うとおりや!」

 ふたりは力強く答えた。ベルの顔色は元どおりになりつつある。

「邪魔をしないでくれよ……」

 カーシーはうなだれる。

「僕は九年の間、父上を殺して、王国すら排除すると決めてきたんだ。僕は決めているんだ!」

「エルスト様、危ない!」

 エルストに向かって斬りかかったカーシーの爪を、ベルが妨害する。とっさにエルストの前に庇い出たのだった。ベルは赤いアギのマントを巻きつけた腕でカーシーの爪を受け止めている。

「アギさんの皮膚も頑丈なんやで、先生!」

「だけどベルの腕が折れてしまうよ」

「そ、そら勘弁や」

「バルク!」

 爆撃魔法を放ったのはカーシーのほうだった。エルストはかたく目を閉じる。

 エルストは爆煙に咳き込みつつ、目を開け、周囲の様子をうかがった。エルストもベルも、アギも大した怪我はない。しかしマックスは、ふらつく足で踏みとどまりながら、エルストの気づいたころにはエルストらの目前でカーシーと刃を交えていた。

「逃げろ、エルスト。何もできないなら……なんの覚悟もないならこんなところに来るんじゃない!」

 マックスが叫んだ。マックスの言う覚悟とは、カーシーを殺すという覚悟にほかならない。そのことはエルストも理解していた。カーシーを殺さない人間は、この場には要らないということだ。


 オフルマズドのレイピアがエルストの視界に入る。エルストは顔をしかめた。逃げるのか、と、冷ややかな声でオフルマズドに問われている気がした。臆病者とののしられている気さえした。エルストはレイピアの白さをうらめしく思った。そのわけは、レイピアの白さが、見せかけだけの潔白さに映ったからである。

 もしもここに立っているのがエルストではなくオフルマズドであったなら、オフルマズドは、躊躇なくカーシーを殺しただろう。

「僕は……僕は、僕はもう逃げるエルストじゃない!」

 エルストはレイピアに向かって答えた。ベルが、エルスト様、と呼んだ。エルストの手がオフルマズドのレイピアを掴む。その後、エルストはベルに目を配らせた。

「ベル。僕がカーシー兄様にレイピアを刺したなら……レイピアに向かって魔法を使って。アギの得意な魔法、あるだろ」

 ベルは戸惑いを隠しつつも頷いた。エルストの手が、オフルマズドのレイピアを抜いた。マックスは目を瞠る。あのエルストがカーシーへレイピアを向けている。カーシーの動きが止まった。エルストの次の手を待っている様子だ。マックスは無意識のうちにカーシーへの攻撃を中断している。

「僕は、王都をこんなにめちゃくちゃにして、人もたくさん死なせて、父上を殺したサード・エンダーズが良いものだとは思えません。だから、マックス兄様と同じように、僕は……カーシー兄様、あなたのことは、許さないです」

 エルストの足が動いた。とても慣れているとは思えない足取りで、雄叫びをあげながら、カーシーへと、その手のレイピアを突き立てるべく動いた。

 白い刀身をもつオフルマズドのレイピアが、カーシーがまとう加工済みドラゴンの鎧へと刺さった。きっと脇腹あたりである。エルストは切っ先が鎧の中に侵入したことをたしかめ、表情の見えないカーシーと顔を合わせる。

 カーシーが鎧の中で咳き込んだ。マックスは、カーシーが血でも吐いたのだろうと思った。

「今まで優しくしてくれたのに……ごめんなさい。だけど僕も王族なんだ。王族として生まれたんだ……いま僕は、あなたを許したいとか殺したくないとかいう自分の気持ちを、いま捨てなきゃいけない。カーシー兄様、本当にごめんなさい」

 エルストが口をつぐんだ。レイピアを、ちからいっぱい押し込んだ。

「フェニックス・ネバー・エンディング・ファイアドラゴ〜〜〜〜〜〜〜ン!」

 アギが高らかに吠えた。ベルの放った炎は、鎧の中にあるカーシーの肉体をひと思いに焼き始めた。


 カーシーが抵抗しないはずもなかった。生身が焼かれながらも、残りうる生気を振りしぼり、カーシーはエルストの首へと爪を向ける。

 マックスが動いたことが功を奏した。むしろマックスは、カーシーの爪など見ておらず、まもなく襲い来るであろう爆発こそを予期しており、はじめにエルスト、次にベルとアギを掴み、カーシーから離れた場所へとワープした。これによりエルストがカーシーの爪にかかることはなかったのである。

 カーシーがまとう加工済みドラゴンの鎧の中で、ベルのつけた炎が爆発を引き起こしたため、すぐさま鎧は割れ目をうみ、やがて破裂した。カーシーを中心として黒煙が巻き起こる。黒煙が鼻先をかすめようとも、プロメテシアは表情を崩していない。

 異様なにおいがした。エルストは地に転がりつつ鼻を塞ぐ。見たところレイピアはカーシーのそばに落ちているようだ。エルストの気づかないうちに手放してしまっていたようである。異様なにおいの正体は、人体が焼けるにおいなのだと、エルストらはじきに察することができた。マックスやベルも、エルストと同じく地に横転している。一番に起き上がったのはマックスだった。やがてエルストとベルも身を起こし、今しがた自分たちがいたところへ目をやる。カーシーは煙に包まれながら、生身のすべてがようやくむき出しになり、そしていまだ全身が燃えている。エルストはベルが息を飲むのを耳にした。

「エルスト……」

 カーシーはまだ生きている。エルストを呼んだのは、間違いなくカーシーの声だった。

「僕はおまえを、絶対に許さない」

 それがカーシーの最後の言葉だった。マックスが消火したとき、カーシーはすでに息絶えていた。

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