17 サード・エンダーズ(12)
「死ねばいい、死ねばいい、死ねばいい、死ねばいい」
マックスは、抵抗しないプロメテシアをぞんぶんに切り刻み続けるカーシーの背中を、言葉を失いながら見つめていた。マックスはとうに膝をついている。
カーシーを止めなければならない。マックスはそれをわかっているし、むしろ決死の覚悟でそうしていたのだが、カーシーの全身は頑丈なドラゴンの皮膚に覆われており、傷ひとつまるでつかないのだ。魔法を使っても無駄であった。マックスのサーベルはドラゴンの加工品なのだが、それをもってしてでも、カーシーの異様な鎧は傷つかなかった。逆に、カーシーは好き勝手にマックスを攻撃した。マックスは太ももや脛、腕、脇腹など、何箇所からも血を垂れ流している。
そのマックスと同じようにカーシーから切り傷を受けたプロメテシアはぼたぼたと緑色の液体を流している。マックスは血が滲んでいる己の腕を見たのち、ふたたびプロメテシアの下に溜まった液体を見た。どうやらあの緑色の液体がプロメテシアの血液らしいが、人間の血とはまったく違う色だ。不気味である。だが、いくら血を流そうとも、プロメテシアが気絶したり、死ぬ様子はない。それもまた、マックスを気味悪くさせた。
「ラング!」
とはいえプロメテシアが死なないことはマックスの魔法を使わない理由にはならなかった。マックスには、カーシーを止めなければならず、止めなければ今夜の事態が悪化の一途を走るように確信されているのだ。
「邪魔をしないでいただけますか……」
マックスの魔法によって床から生えたヘビに締め上げられたカーシーは、身動きを止められ、苛立ったように言った。
「弟の凶行を止めるのは兄の役目だと思ったのでな」
「弟?」
カーシーが笑う。
「あなたまさか、僕が弟だというなら、まさかエルストのことも弟だと思ってらっしゃいますか? 自分は僕らの兄なんだと、あなたは本気で思ってらっしゃるんですか」
マックスは閉口する。
「思っていないですよね……思っているなら、エルストをもっと〝ふつう〟にしてあげたはずだ。魔法が使えない人間ってなんだよ?」
カーシーはヘビの胴体に爪を立てた。
「人間が人間を独占するなんて僕は許せない! 魔力は寿命なんだぞ!」
そしてひと思いにヘビの胴体を引きちぎった。カーシーは床にヘビの残骸を打ちつけた。
「バルク!」
マックスはカーシーに対して躊躇せず爆撃魔法を放つ。魔法は直撃した。もともと避けるつもりすらカーシーにはなかったようでもあった。物々しいドラゴンの皮膚鎧をまとったカーシーのからだがよろめいたが、次の瞬間にはしっかりとした足で踏みとどまり、カーシーもまたマックスへと爆撃魔法を放ったのであった。
この際マックスがとった防御手段は少し離れた、爆撃の被害がわずかであると読んだ地点へのワープであった。それはカーシーの目の前であった。目前にカーシーの胴体を捉えたマックスはサーベルをカーシーに突き立てようとする。だがマックスの攻撃はままならなかった。その理由としては、マックスの武器が刺突に優れたレイピアと違ってやや湾曲したサーベルだからというわけではなく、カーシーのからだが硬いことにほかならないだろう。このときばかりは不老不死であるドラゴンのからだが憎いとさえマックスには思えた。
「何もしなかったのはおまえもだろう!」
マックスはカーシーに向かって叫んだ。サーベルはすでに跳ね返されている。
「エルストの魔力が母上の体内にあると知りながら、けっきょく何もしなかったのはおまえも同じなのだぞ、カーシー!」
カーシーは爪をマックスに向けて指した。爪の先端から火花が飛散する。
「許せないんなら変えてみせればよかったのだ!」
マックスは飛来してくる火花を避けながら言った。
「変えようとしているんだ、僕は!」
カーシーの反論が響いた。だがマックスはかぶりを振る。
「王国を滅ぼすことは変えることじゃない。そうではない。ただ、なかったことにするだけだ!」
「なかったことに? ……」
カーシーの攻撃に揺らぎが生じる。だが、それもほんの一瞬のことだった。
「ああそうさ」
カーシーは大きく地を蹴り、マックスの胸もとに飛びかかる。
「そうだよ、兄上、そのとおりさ。何もかもなかったことになればいい!」
カーシーの爪がマックスの胸もとをえぐるべく降りかかった。しかしマックスの反応も早く、マックスはカーシーの攻撃から免れられなかったにせよ、深手を負うことはなんとか避けられた。サーベルの刃がいささか削られた音がした。
「それって……」
マックスとカーシーがプロメテシアの目の前で対峙し続けている地下、その真上にあたる王城の最上階、王妃の寝室では、ベルがファーガスへ言葉を投げかけていた。
「どっちかがサード・エンダーズだってことですか?」
ベルが言った〝どっちか〟とは、マックスかカーシーかどちらかという意味だった。
「だっておかしいですよね。こんなときにかぎって誰かを殺そうとかしてるって、つまりそういうことですよね?」
「ベル。だけど、だけどさ……ウソでしょ?」
エルストの視線はベルとファーガスのあいだを泳いでいる。
「ウソってなんですか、エルスト様」
ベルは言い返す。
「だってアドルー様だってサード・エンダーズだったんですよ。ねえ、そうでしょ。そうですよね? サード・エンダーズは私たちが行く旅の道のりだって知ってたんですよ! ほかでもないエルスト様が最初に襲われたんじゃないですか、あのとき、ヨウ・ヨウの湧水洞で!」
ベルはエルストの腕をぶんぶんと叩いた。
「そ、そうだけどさ。でも……ファーガス理事長……ウソですよね、兄様のどっちかがサード・エンダーズとかって?」
エルストとベル、アギ三者の視線を一斉に受け、ファーガスは返答すべき言葉を、なるべく短く探した。
「カーシーがサード・エンダーズだったようだ」
エルストの左頬が痙攣した。ベルの震えはいつのまにか止んでいる。
「んなアホな!」
「アホというならわたしがアホだよ、アギ。どうぞ罵ってくれ。わたしは今まで気づかなかったのだ、カーシーがいだいていた本当の思惑に。今夜カーシーは学園を壊し、プロメテシアのもとへ向かい、プロメテシアを殺そうとしておる」
「どうしてカーシー兄様はそんなことを……」
「この王国を滅ぼしたいらしい」
エルストとベル、アギは呆気にとられる。ファーガスは言葉を続ける。
「わたしは王城の……岩トカゲにつらなる場所であれば自由に行き来できる。こんなふうにな。カーシーがマックスを攻撃しているところもこの目で見た」
「だから……だからどうしてあなたは助けてくださらないんですか! どうして止めてくださらないんですか、ああもうッ!」
エルストはベルの手を振りほどき地団駄を踏んだ。エルストがひどく憤慨していることに、ベルとアギは驚く。
「ベル、アギ」
エルストはふたりのほうを向く。
「たとえば僕が兄様たちのところへ行ったとしたら、僕にできることって何かあると思うかな?」
ベルとアギは言葉に詰まった。エルストの魔力が王妃の体内にあることを、ベルとアギが忘れているわけではなかった。見かねたファーガスが口を挟もうとする。
「ケガをするだけだぞ」
「じゃあ行きます。それなら行きます。場所を教えてください、ファーガス理事長」
エルストは意外にもあっさりと答えたのだった。ファーガスは参ったような、少しの戸惑いを見せた顔を浮かべ、
「なら来なさい。わたしが連れていこう」
と、ファーガス自身が入っている空間の歪み、加工済みドラゴンを収納している倉庫に手招きするのだった。
「僕、行くよ」
エルストはベルとアギを見る。
「カーシー兄様が何を考えておられるのか、僕にはぜんぜんわからない。ファーガス理事長の言ったことが本当なのか、僕はいま疑ってすらいる。だからこの目でたしかめるためにもさ。だけどベルとアギは……その……ここにいてもいいんだよ」
エルストが持つはずであった魔力の所在をベルとアギが知っているように、エルストもまた、アトウッド峡谷で錯乱したベルの姿を忘れてはいない。エルストは心配そうに、そしてわずかに残念そうな表情を浮かべた。ベルはくちびるを噛みしめる。
「そんなこと言われたって、エルスト様が行くなら……私が行かないわけにはならないじゃないですかあ」
ベルは心残りありありといった顔をした。
「オイっ。ベルが行くのやったらワシが行かへんわけにもならへんでェ。ちゅーか、ついてこいゆーたのは王子のほうやで!」
「うん、ごめん。やっぱりすっごく心強い!」
謝りつつも、エルストはどこか嬉しげである。そんなエルストを見たとたん、ベルは顔じゅうにシワをつくる。
「エルスト様ったら! もう、なんで今日はいつになくヤケに頼もしそうなんですかーっ!」
「せやせや、さっぱりイミわからへーんッ! ワシの知っとる王子とちゃう! うえーん!」
アギのわざとらしい泣き声を聞きながら、エルストとベル、アギはファーガスの背後に続く空間へと足をのばした。




