17 サード・エンダーズ(10)
「え?」
エルストは聞き返さずにはいられなかった。
「だから亡くなったの」
「姉様、それはあの、確かなんですか」
「王城で何が起きているか知っている? サード・エンダーズの主犯が暴れているのよ。お父様のことはおまえの執事が教えてくれたわ」
ここでミズリンは呼吸を整えた。
「学園は今、マジョルダがバンクを解放して復旧させているわ。騎士団も学園を警護してる。王都の住民が学園に避難しているから……私は避難しそびれた住民がいないか見にきたの。幸い、みんな学園に行けたみたいだけれど」
「でも復旧って? 学園がどうかしたんですか?」
ベルが眉根を寄せた。
「ああ、そうか、そこからなのね」
ミズリンは納得したように説明を続ける。
「サード・エンダーズが学園を壊したらしいのよ」
「そんな!」
ミズリンはベルと顔を合わせたあと、やや間を置いてエルストを見る。
「ねえそれより今さっき王城から大きな音がしたわよね?」
「あ、そ、そうですね、姉様……聴こえました」
「私もまだ王城内部には戻っていないの……けれどマックス兄様もカーシー兄様も行方知れずなのよ! 私、もう、お母様や義姉上やクリスタベルが心配でならないの。パトリシアも学園に置いてきたし……私、王城に行く」
「あ、待って! 姉様、母上なら王城にはいないはずです」
「どういうこと? まさか!」
ミズリンの顔色が変わるのがエルストにもわかった。
「いえ、無事でいるはずです。アドルーは怪我をしていたけれど……母上は無事です。今、ベルの実家にいます」
「アドルーと一緒なの!?」
「落ち着いてください、姉様。アドルーはとても動ける状態ではありません。姉様はテン牧場に行ってください」
「ぼ……牧場?」
ミズリンは見るからに困惑している。
「私の実家、牧場なんです。アドルー様と王妃様はそこに避難させてます」
「そ、そういうことなのね。でもアドルーを避難って? 彼もサード・エンダーズよ」
「とにかく王城には僕たちが向かいます。義姉様とクリスタベルは、僕たちが助けよう、ベル」
「はい!」
「任しときや! ついでに兄貴らのことも探そーや!」
「パトリシアにも姉様が牧場にいることを伝えますから」
ミズリンは渋った顔を見せたが、その後こくりと頷いた。
「お願いね。おまえたちも、くれぐれもドラゴンには気をつけて」
そう言い残し、ミズリンはベルが指した方角へと駆け出していった。
「ミズリン様、おひとりで城下に来てたんでしょうか」
ミズリンが去ったあと、ベルが言った。
「けっこう無茶だよね……なんだか冷静になっちゃった。僕たちも急ごう」
エルストらも頷きあい、ふたたび王城を目指した。
周囲に気を配りながら王城へとたどり着いたのだが、ミズリンが言っていたとおり、避難しそびれたらしき人は見当たらなかった。しかし時おり死体が倒れていたところをエルストらは発見している。焼死したというよりも、建物の倒壊に巻き込まれたようだった。しばらくすると豪雨が小雨になり、やがて止んでいたことに気づく。炎はすべて消えたのだろう。
「学園は騎士団が守ってますね、やっぱり」
エルストらは人であふれかえる王立魔法学園へと入った。照明は教員や生徒たちが、警護は彼らに騎士団を加えておこなわれているようだ。ベルが見たところ、学園の建物は以前とあまり変わりがない。壊されたと聞いていた話がウソのようだ。とはいえ人だかりが袋詰めされているようなので、細かい箇所までは確認することができない。エルストとベル、アギは互いにはぐれないように気をつけている。
「パトリシアを探そうか」
「せやな」
エルストの提案にアギが乗った。ベルも異存はないらしい。
エルストが背伸びしながら人混みを掻き分けていく。ベルはそのうしろについた。
「パトリシア! パトリシア・ガードナー!」
エルストが思いっきり叫んだ。避難民たちはなんだなんだとエルストに視線を送っている。騎士や魔法使いたちもエルストを見たが、しかし注目したのは学園の問題児であるベルとアギのほうらしかった。ひそひそ声が聴こえる。
「パトリシア・ガードナー! 僕……」
エルストは人混みに目が眩んだ。ひとつ息を吸って、名乗り出る。
「エルスト・エレクトラ・エンだ! パトリシア・ガードナー、いるなら返事をしてくれ!」
エルストの足は教室棟へ向かおうとしているが、自分の足の行く先など、エルストはわかっていない。
「パトリシア・ガードナー!」
「……ここにいますわ!」
何度目かの呼びかけで、目的の宮廷魔法使いが手を挙げたのがエルストには見えた。エルストは立ち止まる。ベルもつられて足を止めた。
「エルスト様! エルスト様はご無事だったのですね!」
パトリシアと再会できたことに、エルストはひとまず安堵した。人混みのなかで言葉を交わす。エルストの目の前に現れたパトリシアは少しくたびれた様子だ。赤毛頭も乱れている。だがエルストは構わず、至急早口で説明を始める。
「パトリシア、さっき城下でミズリン姉様と会ったんだ。パトリシアは王都郊外にあるテン牧場を知ってる? 姉様はそこに向かった。君もそこに向かってくれないかな。もしも何かあったら姉様たちを守って!」
「ミズリン様のほかにも誰かいらっしゃるのですか?」
「ここじゃ言えない。だけどパトリシアも知ってる人たちだ。ちなみにテン牧場はベルの実家」
「いきさつはよくわかりませんけれど、わかりましたわ。とにかく郊外に行けばよろしいのですね?」
「うん。パトリシアがいるなら姉様もきっと安心なさるよ」
パトリシアはここでわずかに驚いたように目を丸めた。そして微笑んで、
「ありがとうございます」
と言い、早速城下へと姿を消した。
「よし、じゃあベル、アギ、次は義姉上たちを探しに行こう!」
エルストはベルとアギがいる背後を振り向いた。
「……どうしたの?」
しかし、そこにいたベルとアギがはにかんでいたことに、エルストは首をかしげるのだった。
「いーえ、なんでもないですよ。ふふっ」
「あのねベル、アギ、今は笑ってる場合じゃないんだよ」
「嬉しいときに笑うのが私のモットーのひとつなんです! さ、行きましょう!」
ベルはエルストの背中を押した。そして王族の居住区への道のりを案内するのだった。
王城も荒れ果てていた。下階はまだしも、おもな居住区である上階にいたっては、壁のあちらこちらに亀裂が走っており、また扉も砕かれ、穴があいているところも見受けられる。エルストらがいたときよりもさらに凄惨な事態のようだった。先ほど城下で聴いた破壊音は、上階の一角が崩れた音らしかった。
エルストは上階にある王太子夫妻の寝室へ足を延ばした。すると勘が働いたのか、王太子妃とその王女クリスタベルが、身を固まらせて隠れていた最中だった。
「義姉上」
王太子妃は義弟の姿に驚いたようだった。
「来てくれたの」
そう言った王太子妃の表情はかすかに明るくなった。
「はい。ミズリン姉様がひどく心配しておられましたよ。クリスタベルも無事ですか」
クリスタベルはきょとんとしてエルストらを見ている。怯えてはなさそうだ。
「あの、義姉上、マックス兄様たちが行方不明というのは本当なのですか?」
「ついさっき、あなたの執事がここにきて、そのことについて知らせてくれたわ。国王陛下のことも」
エルストはここにきて初めて父の訃報の詳細を聞くことになった。執事いわく、国王は王妃の寝室にて、黒マントの男に刺されて絶命したのだそうだ。マジョルダが学園へと逃げ延びたのは、おそらく魔力バンクのことをマジョルダに託した国王がその逃走に助力したからだろう、ということだ。そして国王は、黒マントの男とわずかばかり剣を交えたそうなのだが、黒マントの男の剣には敵わなかったらしい。
「その黒マントの男って?」
ベルは嫌な気持ちを押し殺しながら王太子妃にたずねた。
「俺のことだ」
エルストはからだが硬直するのを感じた。つい目が泳いだ。目の前には真っ青になった王太子妃かいる。クリスタベルは相変わらず黙っている。おそらくこの事態を理解できるほどの年頃ではないのだろう。だが、エルストはそれでよかったとも思えた。こんなに小さな二歳の女の子に味わわせる恐怖なんか無くたっていい。
熱い汗がエルストのこめかみをつたう。
「あなたは……ダン元帥? ……」
王太子妃の表情はひきつっている。
先に動いたのはベルだった。
ベルはとっさに王太子妃とクリスタベルの姿を消した。エルストには、きっと母子をテン牧場にワープさせたのだろうと、確証もなく確信できた。自分もうしろを振り向かねばならない。そう思い、エルストは王太子夫妻の寝室の入り口に立っているであろう男の声のほうへ、首を動かした。
そこには、黒マントとフードに身を包んだ長身の、じつに体格のよい大男がじろりとエルストらを見つめながら立っていた。年齢は国王とさほど変わらないように見える。ただ国王ほど身なりは良くなく、フードからのぞく髪は薄汚れており、肌は日焼けしている。際立っているのはその目つきの鋭さだ。右手には剣を握っている。刀身は血まみれだ。
「誰?」
ベルが訊いた。
「ドラキュラ」
黒マントの男は、そう答えた。




