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Enders war  作者: 急行2号
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17 サード・エンダーズ(5)

 〝ドラゴンが王立魔法学園を襲っている〟という耳を疑うべき報せが届いたのは、マックスが、民家から助け出した子どもを避難の列に加わらせた後しばらくのことだった。

 意味がわからない。終始そればかり考えるが、マックスは立場上、意味を見つけ出さねばならない。怒りを通り越して放心したかったが、避難民の列は王立魔法学園を目指しているのだから、それだけで、マックスが動かない理由にはならなかった。

 ドラゴンというのは、加工されていない生身のドラゴンということだろうか。だとしたらヨウ・ヨウか、ブラウンか、アトウッドか、イオンだ。これは間違いない。現在、生身であるドラゴンはこの四体だけなのだ。

 ブラウンだったら太刀打ちできそうにない。セカンド・エンドの夢でブラウンのちからを目の当たりにしたマックスは思う。この時、マックスには、〝太刀打ちする〟という無意識の意志が生まれていた。部下数名を連れ、すぐさま下町から学園へとワープする。

 学園の入り口に到達した。学園は、崩落した瓦礫の山と、それらに下敷きになった避難民の血と肉塊であふれ、おまけに押し寄せていた避難民の人だかりが一斉に悲鳴をあげており、マックスが望んでいた避難場所とはかけ離れた泥沼の土地になっていた。王立魔法学園を避難場所に選んだ自分の失敗である。立ち眩みがする。だが、目の前の惨状に眩んでいる暇はないことくらい、マックス自身わかっている。

「バーバ!」

 砂埃と血にまみれた通路に立ち、マックスは学園の門番に話しかける。しかし、入り口も崩れている今、門番と呼ぶには不釣り合いだ。地盤こそ残っているが、天井や壁、柱が現状を保っている箇所はほとんど見当たらない。岩トカゲに連なる建造物の、学園だけが抉り取られたようなかたちだ。

 マックスはバーバの返事も待たずに続ける。

「教員たちは残っているか? マジョルダにバンクを解放するよう伝えろ!」

「教員マジョルダは国王陛下のもとへ向かっています」

「くそッ」

 そうだった。マジョルダはエルストの魔力を抽出する役目を任されているのだった。マックスにとって、今、魔力バンクのほうが優先度が高いというのに、なんのいたずらか、タイミングが合わないものだ。

 いいや、待て。〝タイミングが合わない〟?

 不穏な予感がよぎるのは何故だろうか。


 ほか教員数名は学園前に押し寄せる避難民をその場に押しとどめている最中だ。学園内は――生存者はいるにはいようが、彼らをどこへ逃すかは、まだ決められない。この王都に安全な場所など皆無に等しい。部下数名に崩壊箇所の復元を任せ、マックス自身は、学園内にいるらしきドラゴンを探すことにした。

「バーバ」

 走りながら呼びかける。

「ドラゴンはどこにいる? ドラゴンが現れたのはいつだ! マジョルダが王城に向かったあとか?」

「ドラゴンは現在、王立魔法騎士団本部へと移動しております。ドラゴンが出現したのは教員マジョルダが魔力バンクを離れたあとです」

 マックスは騎士団本部へとワープした。

「どこだ……ドラゴン! いるんだろう!」

 マックスの声が響いた。

 王立魔法騎士団本部は人が出払っており、しんと静まり返っている。マックスのブーツの音だけが響く。ドラゴンの狙いはなんなのか――目立つ罪人は思い当たらない――アドルーと神父も逃げ出しているし、残るドルミート侯爵は罪を認め、在獄している――だとしたら、マックスに考えられるのは――。

「プロメテシアのところかッ!」

 マックスは嫌な予感を噛み締めながら、ふたたびワープ魔法を使った。

 しかしもしも予想が当たり、ドラゴンがサード・エンダーズと共鳴しているとしたのなら、ドラゴンの王国への敵意は計り知れないものとなる。気の短そうなブラウンならまだしも、ヨウ・ヨウやアトウッドは話がわかるものと思っていたが。

 マックスが向かったのは王立魔法騎士団本部のさらに奥深く、岩トカゲの真下にあたる場所だった。限られた王族しか入室を認められていない、王城の謁見の間ていどのドーム状に広がる、真っ暗な部屋だ。ここにプロメテシアはいる。燭台が用意されているはずだ。マックスは魔法を使ってすべての燭台に火を灯す。

 部屋の全貌が照らし出された。最奥の壁に、全身が真っ白な少女が埋め込まれている。この少女がプロメテシアである。プロメテシアの目の前には一振りの白いレイピアが、もう何百年も、冷たい石の床に突き立てられている。

 ドラゴンがいない。マックスは、当てが外れたか、と落胆しかけた。


 だが、当たっていたらしい。

「……誰だ!」

 マックスは大きく声をあげた。

 マックスは背後から、喉もとに刃物を突きつけられている。音も無い襲撃だった。マックスはできるだけ視線を下にずらす。刃物と思ったものは、石の刃のようだ。ざらついた表面が見える。おまけに長い爪のようだ。間違いなく生き物の爪である。しかしマックスが思い描いていたドラゴンたちの誰もに当てはまらない外見のようだ。何より規模が小さい。

「殺す前にせめて名乗れ」

 マックスは言った。殺される直前にいる人間とは思えないほどの強い口調だった。

「そうすれば納得して死んでやる!」

 再度言い放った。背後にいるだろうドラゴンの吐息すら聞こえてこないことに僅かばかりの不安をおぼえたが、マックスはそれらの動揺を決して人前には見せぬと常日頃から自制している。

「本当は反撃する好機を虎視眈々とうかがっているくせに。あなたは殺されることに納得なんて絶対にしない人だ」

 思いのほか返事があった。その上、あたかもマックスの人格について熟知しているような口ぶりだった。背後から聞こえた声に、マックスは驚きと絶望、失望が混ざった滝水で頭を打たれた気分だった。非常に拭いたい悪寒がするが、今のマックスに、安心という暖は無い。全身の血の気が引くのを感じてしまう。

「……理由を聞かせろ」

 マックスは声色をやや落としてたずねた。

「あなたや国王陛下への嫌悪。また、王国にも。それだけです」

「いつから?」

「セカンド・エンドの夢を見た時から」

 マックスは思わず失笑する。

「九年前か……長いものだな」

 マックスは命の危機に晒されながらも、言い示された九年という年月を顧みると、この事態には溜め息をつかざるを得なかった。よく九年も待ったものだ。そして、まさかこの男がこんな行動に出ようとは、まったくの想定外だったからである。せめて嘘だと信じたい。マックスは〝家族の情〟を切り捨てたくてしかたがない。

「次は目的を聞かせてもらおうか。あまり良いものとは思えないだろうがな……カーシー」

 マックスは己の背後にいる弟に言った。

 全身にグレーの岩肌をまとい、マックスに爪を向けているのは、マックスの弟であり、ミズリンとエルストの兄であるカーシーだった。

「シンプルですよ。王国の壊滅と、ドラゴンを永久に封印する。ファーガス理事長の胃袋なんかではなく、もっと、人間の手が届かないところにね」

 カーシーは感情の起伏がない声で答えた。

「おまえが今夜の首謀者か?」

「いいえ。僕はあくまでもプロメテシアを殺すための存在です」

「殺す? ドラゴンと人間のあいだに産まれたプロメテシアをか?」

「ええ。イオンとアエラ様のあいだに産まれた子ども、プロメテシアをね」

 壁に生き埋めになっているプロメテシアがゆっくりと目を開けた。


 部屋を支配するオレンジの火の光に照らされてもその白い肌は彩度を崩すことはない。ただひたすらに白さを見せつけるプロメテシアという少女は、五百年前、セカンド・エンド後期に誕生した、イオンとアエラの娘である。プロメテシアは肌も髪も唇もことごとく白い。あえて言うならば、瞳だけが、水色とも緑色とも黄色ともつかない不思議な輝きを放っているくらいだ。

 胸から下半身にかけて岩トカゲの最下層を成す壁に埋まっている。両腕も両足も不自由である。耳はない。翼はあるかもしれないが、背面そのものが壁に埋まっているのでわからない。ツノはひたいに小さく生えている。それもまた白い。プロメテシアは五百歳、この壁の中で迎えている。

「人間がドラゴンを殺せるはずがない」

 マックスはプロメテシアをドラゴンであると分類したがった。不気味な容貌のプロメテシアが自分と同類であると思えば、そこにはたしかに不快感があるからだ。また、イオンとアエラへの、子孫からの敬意でもあった。

「だから僕は〝こう〟なったんです」

 マックスは今いちど喉もとに突き刺さろうとしている爪の表面を見る。そしてその腕を掴んだ。爪を引き離し、背後を振り返る。カーシーは抵抗しなかった。

 マックスは唖然とした。てっきりそこには静かに眼鏡をかけた弟がいると思いきや、いたのは、ドラゴンの皮膚とツノ、爪、尻尾という、あらゆる部位を体と同化させた〝人間〟だった。

 このような生き物を、マックスはなんと呼べばいいのかは知らない。だがかわりにプロメテシアと弟を見比べて初めて、カーシーが、ドラゴンに近い人間になったのだと察する。

 そう、あくまで原型は人間なのだ。体格は見知ったカーシーと変わらない。ただ全身が岩のようにごつごつしていて、頭からは二本のツノが生えており、尻尾も長く、手足がやたらと大きなことを除けば、きっと人間なのだろう。全身、素肌は見えていない。顔は岩の帽子によって覆われている。帽子というには皮膚に密着しすぎているのではないだろうか。寒い時期にかぶるような、毛編みの帽子に形は似ている。それが岩だというだけなのだ。鼻はきちんと尖っているし、顎もある。瞳は見当たらない。耳も覆われている。ただそれだけを除けば、帽子なのだ。岩の仮面と一体化した帽子なのだ。

 マックスはめまいがした。久しぶりに弟の前で表情を歪めた。こめかみを押さえる。バーバが認識していたドラゴンというのは、このことだったのか。たしかにドラゴンとも呼べる外見だ。

「おまえがカーシーなのか?」

 だが顔がわからない。

「僕ですよ」

 声はたしかにカーシーだ。

「ならその姿はなんだ!」

 ばかにしているのか、とマックスは叫んだ。プロメテシアが沈黙しながら見守っている。

「ドラゴンに近い存在……魔力を手に入れた結果です」

「いい加減にしろ。おまえは気がどうかしている!」

「僕は嬉しい」

 カーシーは冷静だ。


「あなたがたを殺せると思うと、本当に嬉しい……本当に」

 ここに心からの歓喜の気持ちを込めてカーシーは言った。マックスは目をこする。

「私たちがなんの恨みをおまえから買ったというのだ!」

 吐き捨てるように言った。マックスは、ただ弟がばかな真似をしているとしか思えていない。

「反吐が出るくらい汚らしい恨みですよ」

「誓約の旅の途中、アトウッド峡谷で飛び降りて死んだという、おまえの宮廷魔法使いの仇か?」

「まあ、発端はそれでした」

「まだあるのか」

「ありすぎます。兄上だって自覚なさっているでしょう。あなたも国王陛下もオフルマズドと同じことをしている」

 マックスはいくらか落ち着きを取り戻した。

「おまえはそんなに回りくどい言い方をする男だったか、カーシー?」

「ああ……職業柄、子どもたちにはいつもこのように話しているものですから、つい」

「不愉快だ」

「あなたやミズリンのようになれたらよかったのでしょうがね」

 カーシーはややうつむく。

「僕がエルストの魔力について知ったのは、誓約の旅を終えたあとでした……あなたが結婚なさる前です」

「そして?」

「僕が、あなたが代々長寿の家系から妃を迎えたのだと気づくのに、そうかからない年頃です」

 マックスは鼻で笑う。

「……くだらん」

「そうでしょうか。いえ、それだけなら、僕も納得しましたよ。義姉上はあなたの宮廷魔法使いとしてずっと一緒に過ごしていましたからね。ですが母上は? 母上たちの家系は、あなたの妃と縁戚です」

「我々が寿命目当てで妻を娶ったと言いたいのだな」

「そうですね。はっきり言うのなら、そうです」

「それが恨みに繋がったのだとしたら、おまえはまったく、じつにめでたい奴だぞ」

「そう思いたかったですよ。エルストがいなければね。国王陛下が、僕たちの母……つまり前の王妃と死別した直後、あらたに後妻を迎え、すぐに誕生した子どもの魔力を利用しようとしていなければ……それをあなたが黙認さえしていなければね!」

 カーシーがのたまう最中、マックスは愛用のサーベルを取り出し、カーシーに対して捕縛魔法を使った。蛇のような縄がカーシーの胴体に巻きつく。

「なるほど。もうわかった。もういいぞ」

 マックスはとうに平静さを取り戻している。

「おまえの言い分はやはり、タイミングをうかがって学園を崩壊させ、無関係の避難民に被害を出し、王国を裏切ったことへのふさわしい理由には絶対にならんな」

「あなたにどんなことを言っても無駄だとはわかっています」

 カーシーは長いドラゴンの尻尾を活用し、己を縛る縄を切り裂いた。

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