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妖精女王

拓人はスライムとの死闘に、辛くも勝利を収める。

 勝てた……。相手の慢心が原因とは言え、初めての勝利である。ホッと気を緩める俺の耳に、チャラリラリーン、と言う場違いな音が聞こえた。


「ん? 今のは……」

「魔王さま! さすが! 魔王さまです!」

我が事のように喜ぶラストたちが俺の元に集まる。そのまま胴上げでもしそうな勢いである。

「お、おお、ありがとう。まっナイフが無けりゃ、危なかったけどな」

手放しで褒められるのも照れくさくて、そう答えた。第一、俺がいなくてもコイツら四人で危なげなく倒せただろうし。

「ああ、面白かった! ねえあんた、久しぶりに面白いもん見せてくれて、ありがとうねぇ」

「いや別に……って、え?」

突然知らない女の声が聞こえ、驚いて振り返る。ニラミは(恐らく)女性だが、ゴブリンは声でも男女が判別しにくいため、絶対に違う。こんな鈴の音を転がしたような声を出すような知り合いはいない。……誰だ?


 幻を見ているのかと思った。振り向いた俺の瞳に映るのは、この世のものとは思えないほど美しい銀髪をさらさらとたなびかせ、ロングスリットの入った漆黒のカクテルドレスを身にまとう、美貌の女。

 海のように蒼い瞳を真っ直ぐとこちらに向け、ぷっくりと膨らむ濡れた唇は優しく微笑んでいる。


「何奴!」

ゴブリンたちが警戒するが、目の前の女から目が離せない。……こんなに美しい女性は初めて見た。ハリウッドスターとかスーパーモデルとか、そういうレベルじゃないぞこれ……。俺が見惚れているのに気付いたのか、女はくすりと笑った。

「ふふ、結構可愛いじゃないの」

「あ、その……あなたは?」

必死で出した声は掠れていて、我ながら情けなくなる。いやマジ、無理だって。こんな美人と話せないって。俺、ゴブリン相手なら普通に話せるけど、店の店員とすらうまく話せないタイプの人間よ? 今は魔王だけど。


「あたいは妖精女王のアリア。私の森で何かよく分かんないことしてる魔族がいるなーって、気になって見てたんだけど、そうしたらスライム相手にあんな死闘を繰り広げるんだものねぇ。思わず出てきちまったよ……ふふ」

ちろりと舌を出して笑うアリア。その姿は魅力的だったし、妖精女王とやらについても気になったが、俺の情けない戦いっぷりを見られていたのかと思うと顔が熱くなり、つい乱暴な口をきいてしまう。

「む、悪かったな。仕方ないだろう、戦ったのは初めてだったんだ。無様だったのは知ってる」

「おやおや、気を悪くさせちゃったかしらね。違うのよ。必死で頑張ってるのが伝わってきて、気がついたらこちらまで手を握って応援していてねぇ……」

そう言うと、アリアはスッと近付いて来た。しかし相変わらず警戒しているデカゴブが、間に立ち塞がる。

「やーだ、取って食ったりしないよぉ。ただ、もう長いこと退屈してたからねぇ。お礼に何かしてあげようかと思ってさ」

「お礼?」

俺が尋ねると、アリアはこくりと頷く。


「何がいいかい? 今日は気分が良いからねぇ、何でも聞いてあげるよ」

何でも、と言う言葉に邪な考えが一瞬浮かび、慌てて振り払う。

「おや、そういうのがお望みかい? ふふ、それは私にとってもご褒美になりそうだねぇ……」

「か、からかわないでください……そういうのには、免疫がないんです……」

耐性が無いので辛い。というか、さっきから相手のペースに乗せられまくっている気がする。どうにもやりにくいぞ。しっかりしろ、俺。

 俺が必死に自分を保とうとしていると、アリアが顔を顰める。

「その気持ちの悪い話し方はおやめぇよ」

「き、気持ち悪い?」

ちょっとどころじゃなくショックなんだが。

「さっきの粗雑な物言いが、普段のあんたの口調なんだろ? 今更取り繕ってるんじゃないって言ってるの」

「お、おおう……そうか、俺の敬語は気持ち悪いのか……そうか……」

駄目だ、ダメージがデカい。もう一生敬語なんて使わない。絶対にだ。


「それで? あんたは何が欲しいんだい? 遠慮はやめぇな。これは勇敢なあんたへの、妖精女王からの祝福だからね」

 何だかよく分からないが、これはチャンスだろう。妖精女王ってことはかなりの力を持っているんだろうし、大抵のことなら叶えてくれそうだ。ここは、具体的な言葉より、抽象的な言葉で頼む方がいいかな。実際にどんな力があるのか分からないしね。


「それじゃ、強くしてくれ」

シンプルにお願いする。

「強くかい?」

「ああ。……さっきの戦闘見てりゃ分かってると思うが、俺は滅茶苦茶弱い。しかも、この先ずっと戦わなくて済むならそれでいいんだが、そうもいかなそうでな……」

そう言って溜息をつく。本当に、平和に暮らせたらそれが一番なのだが。俺が魔王である限り、無理なんだろうな……。というか、勇者についての情報が無さすぎる。やはり人里か……。正体がバレなきゃいいんだが。


「そうかい。それじゃ、ちょっと頑張ってあげちゃおうかねぇ」

アリアは俺の言葉を聞くと、両腕を横に伸ばす。すると、森全体がまるでアリアに呼応するように、淡く発光しだした。

 これは何ともファンタジー……。幻想的な光景に息を飲んでいると、遠くから光の玉がふよふよと浮かんで近付いてくる。よく見ると、その中心には少女が丸まっているようだ。

 光が目の前までやって来ると、少女は羽――背中にトンボのような羽がついている――を広げ、俺たちの前にゆっくりと降り立った。


「この子は今生まれたばかりの妖精。きっと役に立つから、連れて行きなさいな」

アリアに促されて、少女に向き合う。少女はアリアと瓜二つだ。ご丁寧に服まで全く同じだ。しかし、アリアが二十代半ばくらいに見えるのに対し、この子はまだ少しあどけなく、俺より少し下くらいの年に見える。


「よろしく。ええと、お前の名は?」

「まだ、ない。生まれたて」

出来る限り優しく話しかけたつもりなんだが、素っ気無く返されてしまうので、困惑する。

「ごめんねぇ、何せ生まれたばかりだから。感情表現とかそういうのはまだ苦手なのねぇ。名前はあんたが付けておやりなさいな」

何だと。

「自慢じゃねえが、俺のネーミングセンスはひどい。後悔するぞ」

「まあいいじゃないの。きっとその方が役に立つこともあるはずよぉ」

そう言われてもな……。

「お前はそれでいいのか?」

「ん、構わない」

 そう言うので、俺は何とか頭を振り絞って、名前を決める。

「……そうだな、その蒼色の瞳、すごく綺麗だから。シアンってどうだ?」

少し緊張しながらそう言うと、少女は目をぱちくりとさせて薄く微笑み、

「分かった。私はシアン。よろしく、マスター」

と、心なしか少し元気な声をあげた。


 どうやら気に入ってもらえたようだ。


 ……その後、よく考えるとものすごくこっ恥ずかしい台詞を吐いていた事に気がつき、しばらく悶え苦しむハメになった。


 シアンを仲間に加えた俺は、倒したスライムの事を思い出し、スマホを取り出すと、その死体を撮った。

 瞬間、どろどろとした死体が消え失せる。おお、これは素材になるのか!

 ホクホク顔を浮かべる俺に、妖精女王が声をかけてくる。

「その妙な能力についても気になるけど、それよりあんたたち、ここには何しに来たんだい?」

「色んな素材集めと……あと、衣服にするための毛皮を求めてな」

俺がそう言うと、アリアは素っ頓狂な声をあげる。

「毛皮? 服のために毛皮だってぇ?」

 やばい、それって森の獣を狩るって事だもんな。怒らせただろうか。

「毛皮で洋服を作るなんて、あんたらどこの野蛮人だい!」

「わ、悪い。でも、どうしても服が必要でな……その、分かるだろ?」

俺はチラッとゴブリンたちを見る。

 アリアは俺の視線を追って納得したようで、

「なんて汚い腰布だい……。ああいやだ、でもだからって、あたいの森の動物たちを狩ることは許さないよ」

「ああ、分かってる。だから、俺たちを襲ってきた奴らだけ狩ろうと思ってたんだがな……」

俺がそう言うと、アリアはカラカラと笑い出す。

「あっはっはっ! 小賢しいねえ! やっぱり面白い奴だ。良いだろう、あたいの秘蔵の布を分けてやるよ。だからあんまりあたいの森の生物を虐めないでおくれ。あんたの手にかかったら、みんな殺されちまいそうだからねぇ」

「ふん、言っとけ」

 嫌味にはムカついたが、布を分けてくれるのはありがたい。


「あっはっはっはっは! ちょっと待ってぇな」

そう言うとアリアは、手を前に突き出して呪文のようなものを唱える。アリアの前の空間が光り輝いたかと思うと、次の瞬間には少なくはない量の布と、インゴット、ドライフラワーが現れた。

「おお……こんなに良いのか? というか、このインゴットとかは?」

「あれぇ? あんたが探してたのは、鉱石と薬草じゃないんかえ?」

「そうだが……いや、そうだ。非常に助かる。ありがとう」

アリアは、俺がスライムと戦う前から、俺たちの動向が気になって見ていたと言っていた。その時、石や枝、草なんかを集めていたのに気付いたんだろう。


「流石に森を守る身として、材木の貯蓄は無いからねぇ。これだけで勘弁しておくれ。でも、あんたが朽ちた樹木を持ち去るのは構わないよ」

「意外と寛大なんだな」

「森を守るために、育ちすぎた木を伐採したりしてるからねぇ。丸々倒れているような木は、大体があたいが剪定したやつだよ。ま、森の養分にはなるけど、多少無くなっても問題はないさ」


 なるほど、と頷き、妖精女王のくれたものを検分する。

 この布はシルクだろうか? かなりサラサラとしていて、肌触りが良い。

 インゴットは鉄っぽいものが沢山。それと銅に、少量だが銀のようなものもあった。

 ドライフラワーに関してはよく分からん。なんか色んな種類がある。


「これ、かなりの量じゃないか? しかもそれなりに高価なものだろう? 構わないのか?」

「こんなとこに住んでたら、いくら高価でもお金なんて使わないからねぇ。ま、お近づきの印にってやつさ。その代わり、いつかあたいが困った時、手を貸してくれたりすると嬉しいねぇ」

「貸し一つ、ってやつか」

 妙なところで借りなど作りたくはないが、それ以上に今は資材不足が深刻だ。ここは受け取っておくことにしよう。

「分かった。ありがたく受け取っておく」


 新しい仲間と大量の素材。俺は、ホクホク顔で森を後にするのだった。

 ついにゴブリン以外の仲間が! しかもこんな美人。しかし無口。果たして俺は、彼女とうまくやっていけるんだろうか……。

 次回、「精霊魔法と迷宮づくり」

この力はなぁ! 小屋を作るだけじゃねぇんだよ!

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