妖精の森
迷宮創造のための素材と、女性ゴブリンの服にする毛皮を求めて、拓人たちは森に行くことを決意する。
という訳で、森にやって来た。拠点でマップを確認したら、すぐ近く、いや本当に歩いて十五分くらいのところに、森が映っていたんである。じゃなきゃいくら毛皮が欲しくても、森とか言わない。
【?】
・妖精の森
妖精が生まれる場所であると言われる森。森を傷つけようとする者には罰が、森を大切に扱う者には祝福が与えられると言う。
何とも心くすぐられるじゃないか。妖精さん。是非とも拝見したい。しかし、森を傷つけるのは良くないらしいので、樹木を伐採したり、無闇な狩りをしたりはできないな。素材集めに来た身としては、ちょっと残念だったりする。
「いいか、ここでは、森を大切にしないと良くないことが起きるらしいからな。どこまでが森の範疇に含まれるのか分からんが、念のため、狩るのはこちらを襲ってきた獣だけにしよう」
俺はそう言って、一緒に来た四人のゴブリンたちを見る。
群れ一番の実力者であるデカゴブ、無口なカモク、目つきの悪いニラミ、特徴の無いラストの四人だ。
正直、まだあまり話したことの無い者ばかりな為、少し緊張するが、怪我を負ったエンツォや老人であるゴブ爺、まだ幼いチビリンを連れてくる訳にはいかない。そして、彼らのためにも少しは護衛を残してきた。
しかし、俺ってパラメータ的に本当に役に立ちそうに無いし、もう一人くらい連れてきても良かったかな……と思わないでもないでもない。ないったらない。流石に護衛が一人では彼らも心細かろう。
俺にだって迷宮創造以外にも少しはやれることがあるはずだ。借りて来た棍棒をぎゅっと握り締める。
俺の不安を感じ取ったのだろうか。デカゴブが歯を剥き出して笑った。
「大丈夫ですよ、魔王さま。オイラがいる限り、魔王さまの手を煩わせるようなこたぁいたしません」
頼もしい言葉に緊張を少し緩め、狩るべき獣を求めて森の奥へと進んでいく。もちろん、時折写真を撮って素材を集めるのも忘れずに。
この素材集め機能、木の枝を撮ると素材に出来るが、生えている樹木を撮っても素材にはできないようだ。素材になられても、妖精さんを怒らせそうなので良いんだが。
しかし、朽ちて倒れた樹木を撮影したら素材に変換されたため、どうやら大きさとかが問題なのではなく、それが生きているかどうか、もっと言えば、そのままの状態で生命を維持できるか辺りに変換されるかどうかの境目がありそうだ。
と言うのも、試しに草を根ごと掘り起こしたものを撮影したら素材になったが、掘り起こしてからもう一度植えたものは素材にならなかったからだ。
ちなみにこの実験は出発する前、拠点の近くで行ったので、妖精さんを怒らせることにはならないはず。草が何のパーツになるのかは、まだ材料が足りないようで不明である。
わりと片っ端から写真に撮ってみているが、今のところ素材になったのは、石、木、草、花のみ。うーん、パッとしない。近くに鉱山でもあれば良いのにな。それか人里に降りて……おっと。
先頭を歩いていたデカゴブが立ち止まり、指を一本立てる。うん、もう分かるぞ。何かが一匹いるんだな。
ゴクリと生唾を飲む。昨日のエンツォの痛々しい姿が思い浮かぶが、頭を振って掻き消す。
しばらくそのまま警戒を続けていると、現れた。
ドロドロとした流体状の身体。透き通るその身体の中で存在感を放つ、一つの玉。
「これは……スライムか!」
ゴブリン以上のテンプレモンスターであるスライムを目にし、思わずテンションがあがり叫ぶ。それを合図のようにして、戦闘が始まった。
スライムが、予想外に機敏な動きでもってデカゴブを飲み込もうとする。うお、結構デカいな。人二人くらいは丸呑みにできそうだ。
デカゴブは転がるようにしてそれを避け、核に向かって棍棒を叩きつける。
「動いた!?」
当たったかと思った時には、核は別の場所に移動しており、デカゴブの一撃はスライムの身体の一部をぱしゃんと音を立てて削るに留まった。
そこに、ニラミが畳み掛ける。力任せの大振りの一撃。しかし、スライムはそれもまた危なげなく避ける。
場に訪れた一瞬の膠着を隙に、俺はカメラでスライムを写した。
スライム Lv.3
HP 46/50
MP 10/10
STR 2
DEF 20
MAG 3
SPD 18
DEX 11
【スキル】吸収Lv.4、消化液Lv.1
「気をつけろ、そいつ消化液を飛ばせるぞ!」
名前だけではスキルの詳細まで分からないが、恐らくそう外れてはいないだろう。
さて、かなり硬いようだが、攻撃力は低い。初戦闘にはちょうど良さそうな相手だ。いくら防御力が高くとも、全力で核に当てれば攻撃も通るだろう。
「俺が相手、してやんよ!」
腕試しの時間だ。
地を蹴り、スライムに肉薄する。まずは一撃、と棍棒を振り回す、が……。
「避けないのか!?」
自分の動きが滅茶苦茶遅いのは分かっていた。だから、当たり前のように避けられるだろうなと思っていたわけだ。だがしかし予想は外れ、スライムは微動だにしない。
両手に握った棍棒が、弾力のある物質に当たった感触を知らせてくる。スライムの身体は一滴たりとも溢れる事は無かった。
「避ける必要すらない、って事かよ……」
舐めたことをしてくれる。実際、身体を通り抜ける事ができなければ、核に攻撃を与えることはできないだろう。防御力の高さは伊達じゃないようだ。舐めていたのはこちらか。
「魔王さま……」
ラストが心配して声をかけてくるが、ここまでコケにされてすごすごと引き下がるわけにはいかない。
「すまん、足手まといなのは分かっているが、どうか俺にやらせてくれないか」
「魔王さまがそう仰るのなら」
と、他の四人は身を引いて俺の戦いやすい場を整えてくれる。
「しかし、いざとなったらば、魔王さまをお守りさせていただく許可をくだせえ」
デカゴブが訴えかけるような目でそう言ってくるので、頷く。
これだけのやり取りをしている間も、好きにすればー? とばかりに動かないスライム。正直悔しい。そこまで俺を無視するなら、遠慮なく色々試させてもらおうじゃないか。
俺は大きく振りかぶって、全力で攻撃を叩き込む。ぼよん、と跳ね返される。やはり、その身が傷付くことは全くない。
「どりゃ! どりゃあ!」
何回も何回も、同じ場所に棍棒を当てる。ぐっ、硬い敵には同じ場所を狙うのはテッパンだが、効果がないようだ。まあ、スライムだしな……。
息をつく俺に対し、終わったー? と言った風にぼよんと震えるスライム。
「まだだよ!」
俺は憎たらしいスライムに対し、再び連打を加えていく。
「うぉりゃああああああ!!!」
ぼよんぼよんぼよん、スライムはそのどれもを弾き飛ばし、俺の攻撃がその身を傷付けることはない。
「くそっ、やっぱり駄目か……」
あまりの差に落胆を隠せない。だが、まだ手は残っている。
俺はスライムがぼーっとしているのをいい事に、スマホを取り出し、DCを起動する。
「な!?」
ゴブリンたちのどよめきが聞こえる。迷宮創造主の力によって、スライムの真横に壁を創造し、それに繋げるようにして、スライムの真上に天井を創造したのだ。直接天井を創造する事はできないが、一辺が繋がってさえいれば、物理法則的にどんなに無理に思えても創造できてしまうことは、先ほど俺の小屋を創った時に確認済みである。
「そして!」
その状態から、壁だけを解体。そうすると……。
支えになっていた壁が消え失せ、天井が一気に落ちてくる。
「流石のお前も、お前以上の物量で押し潰されたらどうにもならない、だろ!?」
俺はニヤリと笑う。天井が地響きを立てて崩れ落ち、辺りに土煙が舞った。
しかし……。
「はっ、これも効かないってかよ! それとも避けたか?」
瓦礫の山と化した天井の横から、スライムが飛び出し、もうこいつめんどくさいー、とばかりに緩慢な仕草で覆いかぶさろうとしてくる。
「魔王さま!」
「ふん、まだだ!」
助けに来ようとするデカゴブを止めて、俺は棍棒を放り出す。
敵を目前にして武器を捨てるなんて何を、と驚愕するゴブリンたちの顔を横目に、俺は懐から毛皮の剥ぎ取り用ナイフを取り出すと、身体を伸ばしたせいで無防備に晒された核に向かって思い切りそれを突き立てた。
大きな抵抗がナイフを押し返そうとする。駄目か、と思った刹那、ぷつりとした感触と共に刃先がスライムの体内に吸い込まれていき、そして……。
「当たった……」
コツン、と、何かがナイフに当たる。その瞬間、スライムは大きく身体を震わせたかと思うと、どろりとその場に崩れ落ちた。
チャラリラリーン、と、場違いな音が森に響いた。
はははは! 勝った! 勝ったぞ! 俺だってなぁ! やればできるんだよ!
次回、「妖精女王」
拓人は、新たな仲間を得る。