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九人のゴブリン

 グレイウルフとの戦いで傷付いたエンツォを、自身の能力で自動HP回復効果のある小屋を創造し癒す拓人。ゆっくりとではあるが回復している様子に安心していると、ゴブ爺が宴を開くと言ってきた。

 ピンチである。

 ゴブリンはあくまでゴブリンなのだ。


 何が言いたいかというと、俺の前に差し出された生肉の塊を見てくれれば理解できるだろう。

 そう、ゴブリンどもには、肉を焼いて食うという文化が無い、いや、たとえ知識として知っていたとしても、火をおこす手段が無いのだろう。普段から平気で生肉を口にしているようだ。


 流石に勘弁してくれと叫びたい。威張るわけじゃないが、こちとら軟弱な現代日本人なんだ。いくら新鮮とは言え、そんなものを食べたら一発でGERIまっしぐらだ。


 しかも、ゴブリンどもは刃物を持っていなかったため、捌く作業はその爪と腕力に任せてワイルドに行われている。器はそこら辺で集めていた葉っぱだ。これで食べる気になれと言う方が無理だろう。

 

 治療中のエンツォを除く全員が、小屋の横に座る俺を囲むようにして、期待するような瞳で傅いている。

 メシマズな恋人が満面の笑みで手料理を勧めてくるかのようだ。恋人なんていたこと無いけど。


 腹は減っている。朝は寝坊して食べられなかったので、丸一日何も口にしていない計算だ。今は――もうすぐ日が沈みそうなので、五時くらいだろうか――まだ平気だが、水分すら取らないのは良くないだろう。そういう意味ではこの血の滴る生肉は、水分補給にうってつけとも……。


 そう思って俺は、肉を見る。ぬらぬらと赤く輝いている。うん、無いわ。


「悪い、ちょっと、これは無理だ」


 これが彼女の手料理なら、頑張って食べるよ? でも、ゴブリンの手料理だからね? そもそも料理ですら無いからね?


 俺が食べられないと言うと、皆一様にショックを受けた顔をするので、少し胸が痛む。でも無理なものは無理だ。俺はゴブリンではないのだ。


「ま、まあ、俺は訳あって生の肉を食べられないんだが、遠慮せずお前たちだけで食べてくれ」


そうフォローすると、皆歯を剥き出して笑い、ありがとうございます、と、声を揃えて喜んだ。


 生肉を貪るゴブリンたちを横目に俺は立ち上がると、小屋の反対側まで歩いて行き、壁を背もたれにして座った。少し一人になりたい気分だったのだ。


 空は赤く染まっている。もう時期暗くなるだろう。異世界の空は、太陽が二つあるなんて事もなく。俺の見慣れた地球の空とよく似ていたが、その大きさに吸い込まれそうな錯覚を覚えた。俺はビルで切り取られた都会の空しか知らない。いつも何の感慨も無く見上げていた狭い空が、懐かしく思える。


 本当に、異世界に来たんだよな。帰る方法、あるのかな。……俺は、帰りたいんだろうか? うまい飯。柔らかい布団。アニメやゲーム。恋しい物は沢山あるが、何がなんでも帰る方法を見つけてやる、というほどには熱くなれなれない自分に気づいた。


「かと言って、この世界の方がいい、なんて事も思えない」


 なんてったって散歩するだけで命の心配をしなきゃならん世界だ。

 俺に無双チートの力でもあれば問題無いのかもしれんが、あいにくとゴブリンの足手まといになる程度の戦闘力。

 ここに居たい訳じゃない。でも、絶対帰りたい訳でもない。強い執着が無い。俺は寂しい人間なんだろうか。


 ……これからどうしよう。日本では、学校に行く、なんて判然とした指針があったけど、それを失って、右も左も分からない状況になって、俺は明日から、どう一日を過ごせばいいのか分からなくなってしまっていた。


 勇者を倒せと言うけれど、俺はそいつに何の恨みも無い。逆に、仲良くなれたらいいな、という気持ちだ。勇者が召喚された存在なら、日本人である可能性もあるからだ。


 うん……そうだな。いつか、会いに行ってみよう。でもまだ駄目だ。せめて身を守れるだけの力を身につけてからだ。今のまま、俺を敵視しているだろう者達の前に顔を出せば、間違いなく瞬殺だろう。今の俺に必要なのは、情報と、そして力だ。


 決意を新たに、俺はスマホを手に取る。


「あれ?」


 一瞬違和感を覚えた。しかし理由は分からない。

 違和感の原因を探ろうと、ホームに並べられたアプリを見るが、別に増えたり減ったりはしていないようだ。


「うーん、気のせいか?」


 瞬きすると、先ほどの違和感は霧散していた。


 何だったんだろうと思いながら、ハテナちゃんを起動する。まだチェックしてない項目をチェックしようと思ったのだ。


【?】

・このスマートフォンについて

・このアプリについて

!アプリDCについて

!アプリカメラについて

・狭間の草原について

▼魔族について

▽動物について


 よし、上から順に確認していこう。

 アプリDCでは、迷宮の近くで起動した時、その迷宮を解体する事が出来るらしい。

 解体すると、すべてと言う訳にはいかないようだが、パーツを作るのに消費した素材の一部は戻ってくるとの事。解体したパーツは当然その場から消え失せる。


 おお、これで明日ここを離れる時の懸念が一つ無くなったな。こんな開けた土地にポツンと小屋が建っていたら、目立って仕方ないと思っていたんだ。俺の存在は暫く隠したいからな。近くに人族が住んでるらしいし……。


 続いてアプリカメラについてを読み始め、俺は静かな興奮を覚える。これは、かなり使えるんじゃないか? 素材を集めるだけじゃないって事か。でも、動物や魔物相手なら良いが、知性のある相手だと気を付けなきゃいけないかもな……。


 カメラの使い方について色々と考えていると、ゴブ爺がやって来る。


「魔王さま!」


「おっ? ……おおお??」


 その姿を見て驚く。さっきまで皆小汚い腰布を巻き付けているだけだったのだが、今は何故か全身が葉っぱで覆われている。

 スキップゴブリンはリーフゴブリンにでも進化したのだろうか?


「どうしたんだゴブ爺、その格好は」 


「今夜は宴ですからな!」


そう言えばそんな事を言っていた。ゴブリンなりのおめかしなのだろうか。


「さ、魔王さまも!」


 えっ俺も葉っぱだらけにならなくちゃいけないんだろうか? そう思い身構えるが、ゴブ爺は跪いたかと思うと、頭を垂れ、葉っぱで出来た冠のようなものを恭しく差し出してくる。

 インディアンの付ける羽根で出来た冠の、葉っぱ版みたいな形だ。


 わざわざ作ってくれたのか。俺はおとなしく受け取り、壊さないようにそっと頭に乗せる。


「お似合いですじゃ、魔王さま! さあ、こちらへ!」


 笑顔のゴブ爺に促されて小屋の反対側に行くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「火! 火じゃないか!」


そう、火である。あまりよく燃えてはいないようだが、小さな焚き火をしていたのだ。


「魔王さまにお食事をさせない訳にはいきませんからのぅ! 張り切ってご用意させて頂きましたじゃ!」


 ゴブ爺がそう言って朗らかに笑うと、火に向かって枝を突き出していたゴブリンがこちらに向かってくる。


「さあ、魔王さま」


ゴブ爺に勧められ、俺はさっき火で炙っていた枝を受け取る。枝の先には、恐らく先程の生肉だったであろうものが、ジュウジュウと音を立てていた。


 肉を受け取る時、ゴブリンの手のひらが目に入る。酷く傷付き、血を流していた。どうしたんだ、と聞こうとして気がつく。

 ……設備も無い状況でどうやって火をおこしたのだろう。木の枝を擦り合わせる、原始的な方法でもやってくれたのでは無いだろうか。それは、どんなに手間がかかったんだろう。


 俺はじっと肉を見つめる。焦げていた。灰が付いていた。火力が足りなかったのだろうか、ピンク色のところも見えた。それでも口にしないなんて事は、思い浮かびもしなかった。


「……いただきます」


 俺は胸を温かくして、ゆっくりと肉に齧り付く。


 焼きムラがある。

 調味料が無い。

 臭くて硬い。

 ……それがどうした。


 異世界での初めての食事には、ゴブリンたちの愛情がたっぷりと詰まっていた。


 一頻り肉を味わった俺は、決心して声をあげる。


「自己紹介ターイム!」


 ぱちぱちぱち、と自ら手を叩くと、ゴブリンたちもおずおずと真似をして拍手してくれた。ふむ、拍手の文化は無いのか。それとも突然のノリに付いて来られないのかも知れんな。我ながらいきなりだもんな。


「思ったんだ。俺達はこれだけの人数しかいない訳だし、これから一緒に過ごす事になる訳だろ? まずは親睦を深めよう。お前たちは既にお互いの事を知り尽くしているんだろうが、俺はお前たちのことを何も知らない。っていうか、半日一緒にいて、直接会話したのゴブ爺とエンツォだけだからね? 何なの? みんな俺の事避けてるの? せめてお偉いさんっぽいもう二人くらいは話しかけてくれてもいいんじゃないの?」


被害妄想の入った俺の言葉に、とんでもないとばかりに首を振る一同。ゴブ爺が慌てて話し出す。


「め、滅相もないですじゃ。ゴブリンの文化では、話しかけられてもいないのに遥か目上の者に対し口をきくのは、大変な失礼に当たるのです。故にこの群れの長である私が応対させて頂いておっただけのことですじゃ」


おっと、なるほど。つまり俺がシャイを発揮していたから、他のゴブリンたちと話せなかったんだな。そして俺から話しかけたから、エンツォとだけは会話できたと。


「そうだったのか。すまない。そういうのは気にしないし、正直面倒くさいんで、そちらから話しかけてきてくれていいぞ。まぁゴブリン的にはやり難いだろうが、そこは魔王ルールということで」


 いくら自分が敬われる側と言っても、そういう慣習を勝手に変えてしまうのは良くないかもしれないが、魔王の特権を振りかざす。だってさ、それって言いたいことあっても黙ってるから、こっちが察しないといけない訳でしょ? 無理無理。


「それで、えーと、とにかく順番に自己紹介をしようか。仕方ないので俺から行くぞ。名前は八神拓人……もしかしてこちら的にはタクト=ヤガミになったりするのか? 年は十七。趣味は漫画……っつっても分かんねえよな。うーん、何を言えばいいんだ? ええい、終わりだ。むしろ聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」


 そう言うが、みんな顔を見合わせるばかりで、何も聞いて来ない。まだ遠慮があるようだな。まぁその辺は追々、か。


「それじゃあ次、誰か自己紹介してくれ」


促すと、ゴブ爺が話し始めた。


「では、ワシが……。狭間の地のゴブリンの長、ゴブ爺ですじゃ。年齢は十五、ゴブリンとしてはもう老人ですな。趣味は……」


「ちょっと待った!!」


 遮るのは悪いと思うが、聞き捨てならない。


「今ゴブ爺っつったか?」


「はい、魔王さまに頂いた、大切な名前ですじゃ」


 ゴブ爺は照れたように頬を赤らめる。そんな顔をされても誰得なのだが。というか、そうか……初めは心の中で呼んでいるだけだったが、何回かうっかり声に出していたからな。

 それが名付けということになっていたらしい。正直すまんかった。しかしどうやら喜んでいるようなので、撤回するのも申し訳ない。こちらとしてもゴブ爺の方が呼びやすいし、そういうことならこのままで良いだろうか。


 しかし……。


「いいな、長さま」


「魔王さまに名付けていただけるなんて……」


「俺もその名誉を授かりたいものだ……」


 ゴブ爺の言葉を聞き、他のゴブリン達が期待するような眼差しで見つめてくる。

 お、おおう……意外と図々しいじゃねえか。


「ま、考えておく」


 名付けのセンスには自信が無いので受け流し、他のゴブリンたちにも自己紹介を促した。

 ゴブリンたちは頷いて、順番に話し始める。

 仲良くなるぞと意気込んでそれを聞いていくが、そこには、大きな障害があった。


「覚えられねえ……」


 まず、ゴブリンたちの名前は、非常に発音しにくかった。エンツォはかなり発音しやすい稀なパターンで、他の奴らと来たら、「ヴヌングォサピ」とか……そういう訳の分からん名前だったのだ。その上。


「区別が……つかん……」


 そう、ゴブリンたちの顔の区別が付かない。ゴブ爺はシワシワな顔で分かりやすいし、エンツォは左腕を怪我していたのでそれが目印になったが、その他と来たら、どうしても同じ顔にしか見えなかった。


 魚の顔を見分けるようなものだ。暫く一緒に過ごしていれば、ペットの区別がつくのと同じように見分けることができるようになるかも知れんが、現状、とても無理だということが分かった。


 一応、比較的大柄で、この群れの中では一番強いらしい……プドゲ……何だっけ、くそっ忘れた、とにかくそいつと、長の孫であるという、一番小柄な子に関しては判断しやすいのだが。ちなみにこの二人が、召喚の時ゴブ爺の横にいた二人だ。


 名前も呼べない。区別も付かない。このままではとても個人と個人の親密な関係を築くことはできないだろう。俺は落胆した。


「まおーさま、げんきだして」


「おお、お前は優しいな……」


 長の孫がとてとてと歩いてきて、俺を慰めてくれる。くぅ、癒やされる。名前が覚えられないので、呼んでやることが出来ないのが心苦しい。暫くウジウジと悩んでいたが、その内面倒くさくなってきた。


「ええい! ままならん! せめて問題の一つを解決しよう。おい孫、お前の名前はチビリンだ! あとそこのでっかい奴、お前はデカゴブだ! そこのお前は……目付きが鋭いからニラミ、細っこいお前はキャシャ、腰布の長いお前はロング、ずっと黙って棍棒を磨いているお前はカモクだ、物を大切に扱う奴は嫌いじゃない! それからええと……最後の何の特徴も無いお前は、ラストだ! 残り物には福があるぞ!」


 勢いに任せて適当な名前を付けていく。もはやこれ半分悪口な気もするんだが、ゴブリンたちはと言うと、「感激した!」というように身を震わせて、口々に礼を述べてきた。

 自分だけ名付けてもらえなかったと、エンツォがこっそり涙したらしいが、そんな事は知らん。

 あれだけ純粋に喜ばれると、心苦しくなるのは何故だ……。しかし、これで彼らとの仲も深まるはず!

 次回、「戦力分析」

ようやく辿り着いた拠点。そして、明らかになる拓人の実力とは!?

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