持ち込まれたスマートフォン
勇者ではなく、魔王として召喚された拓人。一体ここはどんな世界なのか? なぜゴブリンに呼び出されたのか? 頭の中を渦巻く大量の疑問に、拓人は叫んだ。
「いやいやいや、おかしいだろ。魔王が生まれたから勇者様助けてーって他力本願なお姫様が出てくる流れじゃないの? なんでゴブリンなの? いや、百歩譲ってゴブリンでもいいよ、テンプレモンスターには違いないし。ああここ異世界なんだなって実感するし。美人なお姫様とか出て来られても緊張するし。そもそもそんな偉い人と話すのハードル高いっていうか。いやむしろ、俺のコミュ力的に衛兵Aみたいなモブでも厳しくね? コンビニでお箸要りませんって言うだけでも声震えるのに。あれ、何でだろう泣けてきた……」
混乱してまくし立てるが、思わず思考が変な方向に行ってしまい、涙を流した。突然奇声をあげるわ、泣き出すわ、もう威厳とか不敵とかどこ行ったって感じだ。
あー、これはねーわ。始めからやり直したい。いや、お家帰りたい。引きこもってゲームしたい。
客観的に見たらかなり情緒不安定に見えるだろうなと気づき、恐る恐るゴブリンどもの様子を確認すると、驚いたことに奴らは跪いたまま、なんと瞳を潤ませていた。
……え? 何で? もしかして俺はゴブリンにまで同情されているんだろうか。
困惑していると、顔がシワッシワのゴブリンが、涙なんてこぼさないんだから!とばかりに目をクワッと見開き、話し始める。
「使命の重圧に苦しみながらも、魔族を慮り鬨の声をあげてくださる魔王さまの優しさ、痛み入りますじゃ……」
ああうん、ゴブリンは脳みそまでゴブリンなんだな。
理解に苦しむが、どうやら俺が奇声をあげたのはゴブリンどもを鼓舞するため、テンパった末に泣き出したのは使命の重圧に耐えかねて、なんて好意解釈をされたようだ。
こいつらチョロすぎるだろ。
予想外の反応に、えっまだセーフ? と気を持ち直した俺は、咳払いをして気になる事を聞くことにした。
「とりあえず質問なんだが、勇者とやらを倒したら、俺は元の世界に帰れたりする訳?」
俺の質問に、さっきのシワシワのゴブリンが応える。コイツが一番偉いんだろうか。強そうには見えないけど、それより長老的な立ち位置なのかな。「じゃ」とか言ってたし、コイツのことはゴブ爺とでも呼ぶか。
「も、元の世界に……ですか。申し訳ございません。分からないですじゃ。ワシらはただ、こうすれば魔王さまが来てくださる、という事を知っておっただけで、それ以外は……」
ふむ、正直だな。
帰る方法は分からない、と言う真摯なゴブ爺の態度に、逆に少し安心した。
ここで帰れると断言されても、操ろうとしてるんじゃね? とか疑っちゃうしな。
「んーそれじゃ、次。勇者を倒してって言うことは、勇者がいるんだよな? 勇者ってどんな存在なんだ?」
「はい、先ほど食料を調達しに行った人里で、つい最近勇者召喚がされたという噂を耳にしたのですじゃ。好戦的な人族は、ワシら魔族を敵対視しており、そして勇者は人族の恐るべき最高戦力なのです……。」
ああ、やっぱり勇者は勇者で召喚されるものなのね。しかし二つほど聞き逃せないワードがある。
「先ほど?」
「ええ」
「先ほどって、いつ?」
何時何分地球が何回まわった時ー、とでも言うような俺の質問の意図を測りかねたのか、ゴブ爺は困惑したように眉を顰める。
ちなみに、ゴブリンに眉毛は無い。目のすぐ上は盛り上がった額になっているのだが、眉を顰めるような仕草はできるようだ。表情筋とかどうなってるんだろう。
ゴブ爺は困惑しながらも思い出すような素振りを見せ、ようやく口を開く。
「ううむ、そうじゃな……太陽が二個分ほど前でしょうかな」
「今日かよ!!」
勇者の話を耳にしたその日に召喚とか、フットワーク軽すぎるだろ!
「大体そういうの勝手にやっていいのか? 魔王召喚とか、よく分からんがお前たちにとっては一大イベントだろ? お前らが魔族の最高意思決定機関には見えないんだが……」
俺は改めて辺りを見回す。ゴブリンが……九匹、いや九体、それとも九人? とにかくそれっぽっちしかいない。俺の目の前に三……人のゴブリンが、ゴブ爺を真ん中にして横に並び、あとの六人は俺達の周りを円上に囲っている。目の前の三人が比較的偉い部類で、あとの六人は俺の召喚をした奴らとかだろうか。
ゴブリンがこの世界での最強種とかだったら申し訳ないが、この中で一番偉そうなゴブ爺ですらゴブリンだぞ? こいつらが魔族の頂点とは思えないわ。
あまつさえここはただの土の上だ。土の上だよ、土の上。仰々しい神殿! とか、きらびやかな城! とか、そんなイメージをあざ笑うかのような、完全なる野ざらしの地。
なんか近くに雑草の山があるし、俺を召喚するために、急いで地面を整地したばかりに見える。
ちなみに召喚陣はと言うと、半径二メートルほどの、ただの円。悲しくなるくらいシンプルな、丸だけだよ。
しかもこれ、多分、木の棒か何かで地面に丸書いただけ……。
いや、うん……やっぱりおかしいだろ、これ。脳みそまでゴブリンみたいだし、もしかして独断専行して召喚しちゃったんじゃないの?
それが理由で他の魔族から魔王と認められない、とか無いよね?
人族に狙われ魔族にも見捨てられるとか、そういうの無いよね? ねっ?
「っていうかそもそも、お前たちって魔族なの? 魔物じゃなくて?」
何気なくそう聞くと、ゴブリンたちは揃って顔をしかめる。
「我々を魔物呼ばわりされるのは、いくら魔王さまでもやめていただきたいのぉ。もちろん我々は気高き魔族ですじゃ。でなければこうして魔王さまを召喚し、会話することなどできませぬ」
どうやら地雷だったらしい。慌てて素直に謝る。
「ああ、いや、気を悪くしたならすまん。こっちの事情はよく分かってなくてな」
こちらの質問も地雷じゃないといいんだが、と思いながらも、重要なことなので再度尋ねる。
「それで、お前らは魔族の最高意思決定機関なのか?」
「先程も仰られておりましたが……その、最高意思決定機関とは何のことなのでしょうか?」
おっと。予想外の答えだ。ゴブリンには難しすぎる言葉だっただろうか。
「え、いや、魔族の中で一番権力を持つ国とか、宗教とかがあればその団体とか……かな?」
この世界の情勢が分からんので、説明しにくい。なんとか言葉にすると、ゴブ爺は朗らかに笑った。
「ははは、魔族に国などありませんですじゃ」
「……ええーっ!?」
ゴブ爺から詳しく話を聞き、俺は頭を抱えた。
魔族は、まあゴブリンが魔族って時点で想像がつくように、人族よりも圧倒的に色んな種族がいて、同じ種族で適当に群れを作って生活するのがデフォルトらしい。
複数の種族が一緒に暮らす、集落程度のものはあるみたいだが、「国」と呼べるほど大人数の体系化された集団は存在しないようだ。
だからこの召喚は確かにゴブリンどもの独断だが、そもそも報告とか相談とかするべき相手はいなかったってことだ。
……国も無いのに魔「王」とは、これいかに。
それってつまり、俺の配下はゴブ爺の群れだけということになる。
嫌な予感がして恐る恐る尋ねると、その群れはここにいる九人で全て、とのこと。
おうふ……。この戦力で人族とドンパチやれって? 無理ゲーどころか、ゲームにすらならんわ。
暗い見通しに頭が痛くなるが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
土の上に突っ立ったまんまだからね。
せめてもうちょっと寛げる場所に移動したいわ。
「お前たちは普段どこで生活してるんだ?」
「はい、この近くに木が生えておりまして、その周辺にワシらの拠点がありますじゃ」
遊牧民という訳ではないようで、少しだけホッとする。
「それじゃあ、取り敢えずその拠点まで案内してくれるか」
「ええ、もちろんです。……ところで、先程から気になっておったのですじゃが、ずっと握りしめておられるその物体は一体……?」
ゴブ爺が不思議そうに見つめてくる。
「ん?」
言われて自分の右手を見ると、そこには俺のスマホが握られていた。
……そういえば、召喚される時、咄嗟に掴んだのだった。今思えば、明らかにそういう場合じゃなかったって言うのに、何やってんだかな……。
「ああこれか。俺の世界の、まあなんだ、色々できる便利な道具だ」
ゴブリンに理解できるよう説明する自信がなくて、かなり雑に答える。
しかし、そうか。俺がこの世界に持ち込んだのは、今着ているブレザーを除けば、このスマホだけなんだな。そう思うと感慨深い。
「やっぱり圏外なのかな」
画面を点灯させて確認する。電波を表すマークの場所には、当たり前のように×が表示されていた。
「ま、そうだよな……ん?」
溜息をついて画面から目を外そうとしたところで、ホームに見覚えのないアプリが追加されているのに気がついた。
【DC】という名前のアプリと、【?】というアプリの、二つ。どちらもアイコンは白地に黒い字が書いてあるだけの、無機質なものだ。
……こんな物はインストールした覚えがない。心がざわりと震え、その場に立ち竦んだ。
「魔王さま、出発されないので?」
「ん、あ、ああ。いや、そうだな。どのくらいかかるんだ?」
このアプリ。非常に気になるが、だからこそ、拠点に着いてからゆっくりと調べた方がいいかもしれない。
「そうですな。今から出れば、夕刻には着けるでしょう」
その言葉に今は何時ぐらいだろうと空を仰ぐと、太陽はほぼ真上にあった。
「遠くね!?」
四〜五時間かかんじゃねえか!
もちろん時間の流れは多少地球とは違うかもしれないが、それにしても何時間単位で歩くことになるんじゃないか?
こちとらもやしっ子だ、舐めんな!
毎朝の走り込み(寝坊)のおかげで短距離走には自信があるが、ことスタミナにかけては炒められたもやしレベル。
近くの木〜とかアバウトなこと言うから、十分とかその程度かと思ってたぞ。
これが田舎の「すぐそこ」ってやつなの?
「はぁ……まあいいや。それならすぐ出よう。街灯も無いし、日が沈んだら見動きできなくなるだろう」
街灯どころか、道も見当たらんが。
出発する前に、俺は靴で陣を破壊し、山になっていた草をその上に散らして、召喚の痕跡をできるだけ隠しておいた。
近くに人里があるのなら、万一魔王が召喚されたと知れれば厄介なことになりそうだ。
言われた通り魔王とやらになって人族と敵対するつもりは今のところ無いが、向こうはどうか分からないからな。
暫くは身を潜めているべきだろう。今はまだ、不確かなことが多すぎる。俺はこの世界のことを何一つとして知らない。身を隠し、情報を集めるのが先決だ。
「情報か……」
我ながら異世界で不用心すぎるよなー、と思うけど、拠点まではかなり歩くみたいだし? ゴブリンどもはなんかキリッとしながら辺りを警戒してくれてるし? しかも俺を守るように囲む陣形になってるし?
とにかくさ、いいよね!
気になるんだもん!
俺は自分に言い訳をし終えると、ケツポケからスマホを取り出す。歩きスマホ、in異世界だ。良い子は真似しないように。
……俺の目に映る、【DC】と【?】の文字。【?】とか、臭すぎて滅茶苦茶気になるんだが、その分何があるか分からないからなー。
ここは無難に【DC】から調べてみよう。
覚悟を決めて、【DC】のアイコンをタッチする。
「何だこれ」
画面に現れたのは、残念ながら俺にはさっぱり理解できないものだった。画面は三対一くらいの比率で上下に分かれていて、下は真っ黒、上は一面の緑の中心に、小さく赤い凸凹とした丸っぽい図柄がいくつかあって、ウネウネと蠢いていた。
「駄目だ、さっぱり分からん……」
しばらく謎を解かんとするものの、どうしても分からなかったので潔く諦めた。
いや、後でもう一度調べるけど、その前に今度は【?】の方を見てみることにしよう。
今度はどんな難解なものが出てくるのかと身構えるが、表示されたものを見て俺は拍子抜けする。そして、大歓喜した。
「きたきた!! これだよ!! 俺が欲しかったのは!!」
【?】、即ちクエッション、謎。
そのアプリは、謎に満ちたものでも何でもなく、むしろその逆。様々な謎に対する、答え。
それは、この世界や俺の能力についての、取扱説明書であった。
配下が九匹のゴブリンしかいない魔王、か……。はは、我ながら笑えるぜ。しかし、この【?】と【DC】の力があれば……!
次回、「足手まといの魔王さま」
拠点を目指す一行に襲いかかる牙