邪神
突然表れた強敵、ポイズントード。なんとか勝利するタクトに聞こえてきたのは、着信を告げる電話のベルだった――。
「……え?」
手にしたスマホが、電話の着信音を鳴らしている。
「……誰?」
ここは異世界だ。そして、圏外。のはず。いったい誰が、この俺に電話なんでかけられるって言うんだ?
世界から現実感が消え失せる。
俺はゆっくりとスマホを目の前に持ってきて、表示を確認する。
「……JD?」
もちろんそんな名の知り合いはいない。
俺はどうしていいか分からず、その場で固まってしまう。……電話は、留守録に切り替わるようなこともなく、鳴り続けている。
「タクト、どうしたの?」
死闘を終えたばかりだというのに、喜びもせず、動かない俺を疑問に思ったのだろう。シアンが問いかけてくる。
「……電話がかかってきた」
「電話? それは、何?」
「通信手段、かな。誰かが俺と話そうとしている」
「話さないの?」
「相手が誰だか分からない」
「話さなくちゃ、分からないまま」
……出ない限り、ずっと謎ってことか。確かに、そうだな……。それはそれで嫌だ。
シアンに後押しされた俺は、勇気を出して、通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしも……」
『遅い!!!』
「えっ?」
聞こえてきたのは、妙に疲れた雰囲気のある、知らない青年男性の声だった。突然の大声に思わずスマホを耳から離してしまう。
『やっとこさ電話が通じたってのに、どんだけ待たせるんだ! ったく、俺がどれだけ苦労したと……』
「……お前、誰だ」
何だか長々とした説教が始まりそうだったので、単刀直入に尋ねた。
『あ? 分かんねえのか?』
「おちょくるな。俺はJDなんて人物は知らん」
『JD? ………くっくっくっ、なるほど』
「何がおかしい?」
『いや、酷い名前だと思ってな』
「お前の名前だろ」
『いや、それはあれだな、きっと。……邪神電話、の略だ』
―――邪神。
思わぬ相手に、スマホを取り落としそうになる。
「……で、その、邪神サマが何のご用件で?」
『くっくっ、そう怖がるな。別にお前に危害を加えようってんじゃない。ただ、お前に頼みごとがあってな……』
「断る」
俺がそう言って電話を切ろうとすると、邪神は途端に慌てだした。
『おいおい、話くらい聞けよ』
「何でそんな怪しい奴の話を聞かなきゃならん。どうせお前が諸悪の根源なんだろ? 俺は好きにやらせてもらう」
『はぁ……。ったく、今回の魔王は色々と規格外だな……』
規格外、という言葉には思わず引っかかってしまった。
「規格外? どの辺が?」
『全部だよ、全部! 何だよその機械は。すまーとふぉん、だっけ? そんな物に魂が篭ってる奴なんか、初めてだ』
―――魂?
「魂って、どういうことだ」
『こっちが知りたい。普通は、いいか、普通はだぞ? 普通は、魔王の力ってのはその身に宿る。そこに魂があるからだ。
だが、お前の場合、その妙に高性能な携帯電話に力が宿っちまってる。正確には半々くらいみたいだが、とにかくだ。
おかげでお前、色々と歴代の魔王から外れちまってるぞ』
「……具体的に頼む」
『はぁ……。説明してやってもいいが、そしたらお前、俺の頼み聞いてくれるか?』
「それとこれとは話が別だ。だがまあ、内容くらいは聞いてやってもいい」
俺がそう言うと、やけに徒労感を滲ませた溜息が、電話口から漏れた。
『ま、良いだろう。ったく、面倒な奴だ……。
まず、魔王に与えられるのは、迷宮創造主の力と、奪取の力。これが主だ』
「その奪取ってスキル、俺は持ってないぞ。迷宮内で死んだ者の力を奪えるってやつならあるが」
『ああ、そうだな。正直それは劣化版だ。本来なら、己の手で殺すことで、迷宮外であっても奪えたはずだ。それも一部と言わず、全部な』
なん……だと……。
「な、なんでそんなに違うんだよ!」
『だぁから、言ったろ? お前の力のほとんどがその機械に宿っちまってるからだよ。スキルってのは、魂の力だ。奪取は、その手で命を奪うことで、その死体から出てきた魂の力を取り込むことができる。
だがお前の場合、さっきも言ったように魂はケータイに宿っている。ケータイは命を奪うことができない。
だから機械によって創られた迷宮が、中で漏れ出た魂を取り込んで、迷宮から魂のパスで繋がっているケータイ、そしてケータイからお前へと、ややこし〜い経路を伝って運ばれている。その過程で色々漏れちまってんだ』
「ガッデム!!」
『ちなみに、お前のステータスがザコだったのも、本来受け取るべき力をケータイの方が受け取っちまったからだな』
「この! スマホ野郎! 何余計なことしてくれてんだよぉおおおおお!!! 規格外とか言うから、一瞬でも俺もしかしてチート? とか思っちまったじゃねえかああああああ!!!!」
ひとしきり喚いて、はぁはぁと荒い息をたてる。
『くっくっくっ、安心しろって。メリットもかなりあるぞ。むしろ本当にチートかもしれん』
「と言うと!?」
『さすがに食いつくねぇ。ま、この辺りってところで、先に俺の頼みを話してもいいかな?』
「ぐっ……。聞くだけだからな」
『ああ、それでいい』
さて、どんな話が出るのか……。俺はゴクリと生唾を飲み飲んだ。
『俺の頼みってのは簡単だ。
……人族や勇者と争わないで欲しい』
予想外の言葉に面食らう。
「は? 皆殺しにしろ、の間違いじゃなくて?」
『ばっ、なーに物騒なこと言ってやがる』
「いや、だって普通はそう思うだろ。お前が俺を召喚した黒幕なんじゃないのか? 魔王の力ってのは、邪神から与えられるんだろ?」
『……はぁ。ま、半分は正しい。その力を与えたのは俺だ。というか、与えざるを得ないと言うか、与えさせられたと言うか……。
だが、俺は黒幕じゃないぞ。むしろこのバカげた召喚ごっこを止めさせたい側の人間だ』
「妙なことを言って俺を操る気か? だいたい、お前は人間じゃなくて邪神だろ」
『……今は、な』
どういう意味だ、と聞こうとするも、邪神が続けて話し出してしまう。機を失った俺は、その言葉の真意を問いただすことはできなかった。
『ちっとややこしいが、辛抱して聞いてくれ。
俺は二代目の邪神だ。召喚システムを作ったのは、先代の邪神と、今の女神の二柱。理由は、神々の遊びとかいうくっだらねぇやつみたいだが、詳しく知りたいとも思わん。
女神のヤツは、遊ぶ相手も無くしたってのに、未だにこうやって勇者を送り込んで来る。
勇者が召喚されれば、魔族は魔王を召喚する。そうするよう本能に仕込まれてちまってるからだ。
しかもこの召喚システム、女神と邪神が力を合わせんと変更できないと来ていやがる。
だから俺は、憐れにも女神の暇つぶしで召喚されちまった魔王に毎回、ゲームに乗らないよう頼んで回ってる。
こっちがゲームに乗らなきゃ、あのクソアマだってその内飽きるだろうと思ってな』
……神々の盤上、って線は予想していた。ラノベとかではよくある話だ。だが……。
「お前を信じろ、と?」
『俺が胡散臭く感じるのは分かるさ。でも、こっちは真剣なんだ。お前だって別に損はしないはずだろ?』
「ああ、ものすごく胡散臭いね。だいたい何で今なんだ? 本当なら、もっと早く伝えるべき話なんじゃないか?」
『それはお前がケータイなんか持ち込むからだろうが!!!』
うおっ。だから突然大声出すのやめろって。
『こっちがどんだけ苦労したと……! システムを解析して、俺からそのケータイに繋がってるパスを電波の代わりになるよう調整して、とにかく大変だったんだからな! 何回か繋がりかかったけど、何でか知らんがすぐ切れちまうし……』
ん? その言葉に俺はスマホの電波を見てみる。おお、バリ三だ。……って言うか。
「おい、JGって何だよ」
『ああ? 何だ? 突然』
「電波のとこ。普通4Gとか3Gとか書かれてるのか、JGになってる」
『ふぉーじぃ? ……良くわからんが、JGはどうせ邪悪ゴッドとか、そういうんだろ。ったく……』
「妙に細かいことまでこだわるな』
『俺が決めたんじゃねえ!!!』
「だああうっせえ!!! さっきから突然大声出すな!!! 耳が死ぬ!!!」
『お前もうるせえ!!!!』
「お前がうっせえからだろ!!!」
『ああん!!!??』
・
・
・
幼稚な喧嘩をし、お互い疲れ果てたところで、ようやく本題へと戻る。
『あー、とにかくだな。それで、戦わないでくれるか? できれば身も潜めてくれると嬉しいが、強制はしない』
「人族と積極的に敵対するつもりは、始めからなかったぞ。身を潜めるってのは、まだ分からんかなぁ。あの町、結構気に入ってるし」
『……聞かないのか?』
「何を?」
『元の世界に戻る方法』
はっとした。確かに身を潜めろと言うならば、地球に戻せと頼むのが普通なのだろう。だが、すっかりと頭から抜け落ちていた。
「帰れるのか?」
『端的に言うと難しいな……。こっちの問題じゃなくて、主に受け入れ側の問題で。そっちの神と色々交渉しなきゃならん。だが、女神が非協力的な以上、ほぼ不可能だ』
「……意地が悪いな。無理なら聞くなよ」
『くっくっ、すまん。気になってな。今までの奴は、真っ先に聞いてきたもんでな』
「…………」
『ま、何でも良い。……あー、そろそろバッテリーやばそうだぞ。長く話しすぎたな』
「何!? げっ、二パーセント!? 何でこんなに減ってんだ!?」
『使う力に応じて減りが速くなるみたいだからな。あー、時間も無さそうだし、さっきの続きは今度聞かせてやる。用があればまた電波の繋がってる時にかけて来―――』
……切れた。充電も、邪神との繋がりも。
「なんてこった……」
この世界に来て、初めての完全なる充電切れだ。一気に心細くなった。
『チャージ』したいが、下手を打つと体力が削られる。今の体力は、回復してなきゃ壱だろうから、その瞬間に死ぬ。そう思うと、回復するまでできない。
だが、回復するための迷宮も、たった今ブチ壊したばかりである。
「……でんわ、おわった?」
「ん? あ、ああ……」
俺が邪神と話している間、ずっと黙って待っていたシアンに声をかけられる。
「放ったらかしにして悪かったな」
「……べつに」
あ、これ、きっとちょっと拗ねてる。
「悪かったって。大事な話だったんだ」
「ん。仕方ない。でも、早く休まなきゃだめ」
そう言って怒ったように小さく睨むシアン。ああそうか、拗ねてるというより心配してたのか。
「おう、ありがとな。……でも、休むっつっても、場所が無くなっちまったんだよ。充電も」
「なら、町に帰る。ゴブリンたちも、すぐ来るはず」
それしか無いか……。いや、今の所持金じゃ町に入れないんだけど。
「この瓦礫、どかせたらなぁ……」
そう思って、あのカエルがぺちゃんこになっているであろう土の山を見る。
「ん……どかす」
「えっ?」
いやこれ無理だろ、スマホがあれば解体できたかもしれないが……。疑問に思っていると、シアンが魔法を唱え、それと同時に土がひとりでに脇へ退いていく。
「そうか、そんな使い方もできるのか」
天井を土にしておいて良かった、とホッとする。
やがて取り除かれた土砂の下からカエルの死体が出て来た。俺はその腹を何とか切り裂いて、中から人の頭ほどもある魔石を取り出す。
「うおお……! ハッ、なぁシアン。こいつをどう思う?」
「……? すごく、おっきい」
「おおおお……!」
そんなバカなやり取りをしていると、魔石だとか肉だとかを、山のように抱えたゴブリンたちが戻って来る。
崩れている小屋を見て何があったのかと心配されながらも、俺たちは町に帰ることにした――。
次話、「妖精の杖」
シアンは、念願の杖を手にする。