魔王
タクトは新たなる武器を手に再びスライムへと挑み、辛勝する。
「タクト! タクト!」
スライムから解放されて倒れ込む俺に、シアンが悲壮な顔をして駆け寄ってくる。
「すまん、格好悪いとこ見せたな」
「すごく、心配した。他のみんなも。でも、タクトが中にいるから、攻撃できなかった」
「そうか……。お前たちも、心配かけてすまん。……こいつはまだまだ使いこなせなさそうだな」
俺は苦々しげにテンペストを見つめる。
間一髪だった。ともすれば死んでいただろう。何がいけなかったのだろうか。
まず、最初の一撃を外したのは大きい。完全に隙を作ってしまった。それに、服の品質に救われたとは言え、消化液を避けることができなかったのもマイナスだ。
そして何より決定的だったのは、チャンスだと思ったあの時、核に一撃を加えられなかったことだ。
「……DEXか」
器用さ。俺は一度もそこにステータスを振り分けていない。どうやら軽視しすぎていたようだ。
充電のために魔力を上げる必要があった。スマホが壊れないように、防御力を上げる必要もあった。そして、スライムに攻撃の通らなかった苦い経験から、腕力に振った。
今レベルが上がったことで、おそらく五つポイントが手に入った。そのポイントは、どう振り分けるのが最適だろうか。
「そういえば、シアンのステータスってまだ確認してなかったな」
そう気づいた俺は、ステ振りの参考になればと、見せてもらえるよう頼む。
「ん、構わない」
「おう、ありがとな」
カメラを起動し、シアンを写す。
シアン Lv.1
HP 40/40
MP 80/80
STR 2
DEF 6
MAG 20
SPD 5
DEX 5
【スキル】精霊魔法Lv.2
【称号】妖精、魔王に名付けられた女
「レベルいち!!?」
あ、そうか。生まれたばかりだったな……。よくよく考えると、拠点からシュライへと向かう道中でも、ゴブリンズの活躍でほとんど出番は無かったし、戦闘経験はほぼゼロなのか。失念していた。シアンにも積極的に戦ってもらって、早めに慣れてもらう方が良さそうだな。
つーか、レベルのわりに何て高いステータスだ。俺の時と比べ物にならない。でも、完全に魔法特化型だな。俺は魔法は使えないし、ステ振りの点では参考にならなかった。
「うーん、どう振り分けたもんかな……」
俺は悩みながら【SP】を開いて、目を疑う。
「えっ、レベル七?」
前回ポイントを振り分けた時は、確か五だったはずだ。それから町に向かう道中で多少戦ったものの、シアン&ゴブリンズの活躍により、俺の出番はほとんど無かったと言っていい。
「一気に二つ上がった? あのスライム、そんなに経験値高かったのか?」
既に戦ったことのある相手だからと、カメラで確認しなかったことを後悔する。
「まあいいや。これで十ポイント振り分けられるな」
レベルの謎について深く考えるのを止め、俺はステータスポイントの方へと頭を切り替える。
「うーん、こんなもんか?」
八神拓人 Lv.7
HP 8/30
MP 50/50
STR 10(6UP)
DEF 8
MAG 4
SPD 5(1UP)
DEX 4(3UP)
【スキル】スマートフォンLv.4、回し蹴りLv.2
【称号】魔王、スマホユーザー、姑息
腕力が一気に上がった。試しにテンペストを振り回してみると、今までと比較にならないくらい軽く感じる。
「うおおお! 軽い! 軽いぞ!」
というより、今までが重すぎたのかもしれない。完全に武器に遊ばれていた。
「それにしても、だいぶHPが減ってるな……」
もしあの時、偶然核に当てることができなかったら……と考えると、ぞっとする。
「悪い、ちょっと休んでもいいか? 回復したい」
「あたりまえ。むしろ休まなきゃだめ」
だいぶ心配されてるようだ。俺はポリポリと頬を掻きながら、【DC】を使って小屋を建てた。
せっかくなのでついでに、放置してウハウハの館と同じ機能、すなわち『引き寄せの香』と『串刺しの落とし穴』も組み込んでおく。香を外に拡散させるのは、シアンに頼んだ。
「MP切れで戦えなくなっても困るし、ほどほどでいいからな」
「ん。わかった」
さて、スマホでもいじりながら休むか、と横になろうとしたところで、デカゴブに声をかけられる。
「魔王さま。オイラたち何人かで、狩りに行って来てもいいですかい?」
「ん? ああ、そうだな。むしろ頼む。時間に余裕もないのに、休んでばかりいられないからな……」
「へい! お任せください!」
そう言って何人かに声をかけ、外に出て行くデカゴブたち。
半数くらいが残った。ここに居たってすることも無いし、もっと連れて行ってもいいと思うのだが……もしかして俺の護衛だろうか。つくづく足を引っ張ってばかりで、嫌になる。
ため息をついた俺は、迷宮内のMP自動回復を無駄にする手は無いと『チャージ』してから、ハテナちゃんを開く。
スライムの情報を調べようと思ったのだ。思えば放ったらかしにしている項目が多すぎる。使いすぎで充電が無くなるのが怖かったんだが、『チャージ』したばかりの今なら平気だろう。
【?】
・このスマートフォンについて
▽アプリについて
▽フィールドについて
!境界の町シュライ
▼魔族について
▼魔物について
!人族について
▼動物について
!妖精について
ええと、「!」が更新された項目、「▼」が更新された項目を含む見出し……だったか。時間もあるし、上から見ていこう。
【?】
▼魔族について
!魔王
・ゴブリン
「何っ!?」
一覧に表れたその文字を見て、俺は飛び上がる。
魔王についての情報だと……?
いや、しかし、待て。魔王は俺のはずだ。
今までハテナちゃんは、「その種族に会うこと」「その場所を訪れること」なんかを条件に、情報を更新していた。正確には違うのかもしれないが、とにかく、その条件で言うなら、俺の情報は真っ先に載るか、もしくは永遠に載ることはないか、のどちらかのはずだ。
「違う条件が設定されていたのか?」
まあ、理由など何でもいい。くそっ、早く見なかったことが悔やまれる。どうせゴブリンの追加情報か何かかと思って、無視していた。
……俺は、緊張しながら、ゆっくりと「魔王」をタッチする。
【?】
・魔王
異世界から召喚されし、魔族の長。
その言葉は、いかなる魔族をも従わせる。
召喚される時、邪神によって迷宮創造主、奪取の能力を魂に付与され、その影響で体内に魔石ができる。
後天的に魔石を保有する、唯一の魔族である。
人族との戦いにおいて、魔族陣営の要となる。
[error]
スキルレベルが足りないため、この先の開示要求は拒否されました。
「…………」
邪神と来やがったか……。きな臭くなって来た。そして、体内に魔石……?
ぞわぞわと、全身の毛が逆立った。まるで、自分の身体が自分のものでなくなったかのような。この身体の中に、わけの分からないものが存在している――そう考えると、気持ちが悪くてたまらない。
「うっ」
思わず吐きそうになる。いったい俺は本当に、どんな存在なのだろう。
具合の悪そうな俺を見兼ねて、ゴブリンたちがパタパタと集まって心配してくれた。
「すまん、大丈夫だ。ありが――」
『その言葉は、いかなる魔族をも従わせる』
礼を言おうとした俺の頭に、今見たばかりの文章がチラつく。
――こいつらは、本当に俺の身を案じているのか?
――魔王とやらの力のせいで、意に反して付き従っているんじゃないか?
思えば最初からおかしかった。どんな行動をとっても好意的に解釈されて。俺は、いくらアイツらが召喚した存在と言っても、ひょっと出てきただけの男で。
そんな男を庇って大怪我したり、何でもはいはいと言うことを聞いたり――そんなこと、ありえるのか?
「少し、一人にしてくれ」
突き放すような俺の言葉に、ゴブリンたちはと言うと――分かりました、と言って出て行った。
ゴブリンたちは俺の望み通りにしただけだと言うのに、そのことが余計、この説を裏付けているように感ぜられて、苦しくなった。
本当は慕われていないんじゃないか、という恐怖ではない。俺が彼らを操っているんじゃないかという、自身の呪いじみた力に対する恐怖である。
俺がずっと、彼らの尊厳を踏みにじっていたんじゃないか。そう考えると、怖くてたまらない。
「タクト」
気がつくと、いつの間にかすぐ近くにシアンがいて、青い瞳でじっと、心配そうに見つめてくる。
「悪い、シアンもだ。出ていってくれ。一人になりたいんだ」
「いや」
「何? ……ああ、そうか。お前は魔族じゃなかったな」
「ん、私は妖精。でも、なんで?」
「何でもないんだ。何でも……」
シアンも、俺の我儘で生み出された、歪な存在だ。だけど、それでもこいつは、俺に嫌だと言える。従わないことができる。操られずに、気持ちを伝えることができる。
そのことが嬉しくて――気がつくと、彼女を抱きしめていた。
「タク、ト?」
「すまん、今は、もう少しこのまま」
次話、「ポイズンフロッグ」
タクトたちの前に、今までとは比較にならないほどの強敵が現れる――!