新たなる武器
タクトはシアンを連れ、武器屋にやって来た。
「む? ……客か。勝手に見て行け」
無愛想な店主の親父さんの言葉に、俺は胸が弾む。そういう店は、質の良い武器があると決まっているからだ。これは絶対的真理である。間違いない。
わくわくして品物を見ていく。ようやく棍棒から脱せるという事実に、つい口角が上がってしまう。
短剣、片手剣、両手剣、大剣、槍、ハルバード、棍棒、杖、弓、盾。それから斧や鎌に、鉄球……? 色々あるな。
「坊主、お前片っ端から見てるけど、獲物は何なんだ」
ウロウロと店内を彷徨っている俺を見かねたのか、勝手に見ろと言ったくせに話しかけてくる親父。
「いや……分からない」
「何だ、ヒヨッコか」
やれやれまったく、などと呟いて頭を掻きながら、親父はすぐ側に来て、俺をじっと観察する。
「筋肉は全然無いな。大剣の類はやめておけ」
マジか……ちょっと憧れてたんだが、真っ先に否定されてしまった。まあな。攻撃力四だからな。チビリンでも六あったのにな。
「かと言ってスピードも無い、と。これじゃ片手剣や短剣も駄目だ」
どんどんと選択肢が減っていく。
「弓も向いて無さそうだな……。それでいて戦闘の素人……」
親父は少しの間考え込むと、大きく頷いて告げる。
「棍棒だな」
「ええーっ!?」
棍棒……棍棒……棍棒……。
残酷な言葉が俺の頭の中でエコーする。
「い、いや、それはちょっと……やめてくれ」
「何だ、嫌なのか? 言っとくが、素人には一番簡単だぞ? 何せ当てりゃいいんだ。剣みたいに向きとか考えないでいい」
「いや、でも……」
―――滅茶苦茶ダサいだろ!
そう言おうとして、武器屋に言うべきセリフではないと気づく。
「ほ、ほら! 前にスライムと戦った時、すげえ苦労したんだよ! 表面に阻まれて! 短剣使ったら突き刺せたんだけどさ」
「ああん? 使ったことあんじゃねえか。決まりだな」
「いやいやだから、使ってみて苦労したから他のに変えたいと思って!」
「そりゃお前が弱いんだろう。己の未熟さを武器のせいにするな」
「ぐ……」
武器屋にそう言われてしまうと、二の句がつけない。
「で、でもほら! まだ他にも選択肢は残ってるだろ!」
「他っつったってな……。ったく、ヒヨッコのくせに我儘な奴だ。逆に何が使いたいんだ?」
うーん……。
「刀」
敢えてここに置いていないロマン武器を言ってみる。
「はあ!?」
親父は素っ頓狂な声を上げて、まじまじと俺を見てきた。
「……ヒヨッコのくせに、マイナーな武器知ってんじゃねえか。だが、あれはかなり技量が必要だぞ。下手に扱ったら折れちまう。第一、ここにゃ置いてねえ」
「む……そうか……」
カッコいいのにな、刀。でも置いてないんじゃ仕方ないか……。
俺は改めて、選択肢の中から考える。
残っているのは、両手剣、槍、ハルバード、杖、斧。あと盾、鎌、鉄球か。
スタンダードなのは両手剣だろうが……。
「それじゃ、ハルバード」
「はぁ、また難しい武器を……。使いこなすのも大変だし、大剣並に重いぞ。……だがまぁ、そこまで我儘言うなら、使ってみるか? ありゃ槍と斧二つの要素があるからな。試してみて、どんなスタイルが自分に合ってんのか考えてみるのもいい」
「おおお!!」
親父から許可が下りた!
「ったく……それで、予算は?」
「逆にいくらくらいするものなんだ?」
「ああ? そんなことも知らねえで買いに来たのかよ」
そう言いつつも、親切に教えてくれる。
「そうだな……一番安くて、百ゴールドくらいからあるぞ。だが、普通は五百はする。上を見りゃあキリがねえが、大体の奴は五百から千ぐらいで揃えるな」
「……一番安いので」
「へっ、そんな上等な服着てどこのボンボンかと思ったが、意外と謙虚じゃねえか。おう、最初はそれでいいんだ。素人が良い武器持ったって、ロクなことになりゃしねえ」
親父は何やら嬉しそうに頷いていたが、違うんだ。……金が無いんです。
「ほらよ、これが百ゴールドのハルバードだ」
そう言って手渡されたのは、ボロボロだが意外にも質の良さそうな斧槍だった。
漆黒の持ち手の先に、鈍色に光る、シンプルだが大ぶりの斧。その先の槍は鋭く尖り、見ているだけで突き刺されそうな錯覚を覚える。
「ぐっ……重いな」
「だから言ったろ。それでもかなり軽いほうだ。……やめとくか?」
「いや、気にいった」
重いし、正直俺のほうが振り回されそうだが、俺には【SP】がある。これからSTRを中心に上げていけばいい。
「銘は?」
「安物だ。そんなものは無い。欲しけりゃ自分でつけるんだな」
その言葉に、俺はじっとハルバードを見つめ考える。ネーミングセンスに自信はないが……。
「決めた。テンペストにする」
「いい名だな。大切にしろよ」
親父はにかっと笑ってみせた。
店を出ようとして、シアンが一本の杖をじっと見つめているのに気づく。
「ん? それ、欲しいのか?」
魔法職だから武器はそこまで必要ないと思っていたが、やはり杖があると違うのだろうか。
「これ……妖精の匂いがする」
「えっ?」
――妖精の匂い?
俺達の様子を見て、店主が頭を掻く。
「ん、ああ、それか……。その昔、高名な魔術士が使ってたってぇ謂れのある物なんだが、そのわりに杖としての魔法増幅効果が殆ど無くてな……。正直おすすめはせんぞ? どっちかってーとそりゃコレクターズアイテムだ」
その言葉を聞いたシアンは、ふるふると首を振った。
「そんなはず、ない。精霊が集まって、喜んでる」
どういうことだろうか。
「なあ親父、これ試しに使ってみてもいいか?」
「ああ? 店内で魔法ぶっ放そうってか? 勘弁してくれ」
まあ普通に考えたらそうだよな……。うーん、しかし気になる。
「迷惑にならないような魔法ならいいか?」
「ああん? そんなもんあんのか?」
「シアン、ある?」
シアンは少し考えて、コクリと頷く。
「明るくする魔法」
おお、なるほど。洞窟の中とかで使うような奴かな。
「それならどうだ?」
「まあ、店に迷惑かけねえなら問題ねえよ」
そう言うので、お言葉に甘えて試させてもらう。
シアンはまず、比較のため、何も持たずに呪文を唱える。
「『ライト』」
その瞬間、ふわふわと漂う光の球が顕現した。
「ほおーう、初めて見たが、綺麗なもんじねえか」
店主が感心して顎を擦る。
「ダンケ」
シアンは光を掻き消すと、今度は杖を持ち、魔法を放つ。
「……『ライト』」
カッと、眩しい光が爆発した。光が目を突き刺す。咄嗟に腕で顔を覆うと、少ししてバタン、という音と共に光が消えた。
「くっ、目が見えん! 今の音は何だ? シアン、大丈夫か?」
下の方から、少し荒い息で、大丈夫、と答えるシアンの声が聞こえた。
しばらくしてようやく視力が回復し、シアンの青い顔をして地面にぺたんと座る姿が見える。
「おい、大丈夫そうじゃないじゃないか」
「ん、少しつかれた。でもそれだけ」
俺がシアンの身を案じていると、店主がゆっくりと近付いて来て、俺の頭にゲンコツを喰らわせた。
「このドアホうが!! 失明したらどうする!!」
「いってぇ! 何で俺なんだよ!」
「男なら黙って代わりに殴られろ!」
「理不尽だ!」
そんなこんなで人悶着あったが、シアンはと言うとその間になんとか回復したようで、顔色はまだ多少悪いものの、立って歩くくらいのことはもうできるようだ。
「まったく、無茶するなよ」
「ん。魔力がすごい勢いで引っ張られて、びっくりした」
「でも、効果は間違いなくあるみたいだな……」
「ん。でも、もうあんなすごいことにはならない」
「コントロールできるって?」
「ちがう。でも、ならない」
どういうことだろうか。コントロールできないなら駄目じゃないかと思うんだが、シアンはきっぱりと言い切る。
「はあ……まぁいい。親父、これいくらだ?」
「三万ゴールドだ」
「さんっ!?……使いこなせるから安くなったりは? 具体的に言うと、五十ゴールドくらいに」
「何でそんなことをしなくちゃならん。使えるなら逆にふんだくるもんだろ」
「足元見てんじゃねえか!!」
俺がその商魂たくましさに戦慄すると、店主は大きく笑った。
「がっはっはっ、冗談だよ。ふっかけてる訳じゃあねえ。だが、実は最近貴族さまがそれに興味を示しててな。他に安く売ったと知れたら怒られちまう。それに第一お前、使いこなせてないじゃねえか」
「ぐ……」
痛いところを付かれた。
三万ゴールドか……。なんとか集めるしか無さそうだな。道のりはかなり遠いが、こんなシアンにとってお誂え向きの武器、逃す訳にはいかん。
「それじゃ、取り置きしておいてくれ」
「取り置きだぁ? いったいどのくらい待てばいいんだ?」
「……一ヶ月くらい?」
「そんなに待てるか! さっき言ったとおり、他にも買いそうな奴がいるんだ。嬢ちゃんの魔法にめんじて、ってんなら、ちょっとくらい待ってやってもいいが、せいぜい一週間だな」
「一週間、か……」
魔石は一つにつき、だいたい二百ゴールドになった。三万ゴールドのためには、百五十体だ。ノルマは一日二十体を超える。非常に厳しい。厳しい……が、不可能ではない。
「分かった。それでいい。」
「試し切りには、ちょうどいいな」
俺はテンペストを軽く持ち上げて、笑った。
三万ゴールド! 高すぎだろ。だけどシアンにお誂え向きの杖だ。絶対に手に入れてみせるぞ。
次話、「ネーベル湿地帯」
タクト一行は金策のため、魔物たちの巣窟を訪れる。