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シアンの心

境界の町シュライへとやって来たタクト一行。しかし、宿をとろうとするとシアンはタクトと同室がいいと主張しだし……。

 俺はシアンと共に、宿の部屋に入る。

「ダブルベッドかよ!!」

頭を抱えて転げ回りたかった。とても休める気がしない。主に落ち着かないという意味で。

 部屋自体は悪くは無い。いや、狭いし、質素だし、ボロいが、綺麗に清掃され、シーツもパリッとしている。意外とこの宿は掘出し物なのかもしれない。

 だが……。

「なぁシアン。どうしてそんなに俺と同じ部屋が良かったんだ?」

 シアンとは知り合ってまだ二日目である。彼女があまり話さないこともあり、そこまで親しくなれたとは思えない。ハニトラなんじゃ無いかと疑ってしまうぐらいだ。

 俺が問うと、シアンはベッドの縁に座り、下を向きながら口を開く。さらさらと流れる銀色の髪に隠れ、その表情を見ることは叶わない。

「……私は、タクトに着いていくために生まれた。だから、タクトのそばにいるのは当然のこと」

「それは……」

「私は、生まれたばかり。タクトに着いて行くこと以外に、するべきことも、したいこともない。だからタクトの側にいることだけが私の、存在理由」

 予想外の言葉に怯んでしまって、何も答えることができなかった。

「……長く話したから、つかれた。おやすみ」

 シアンはそう言って布団を被り、壁の方を向いて横になってしまう。

 俺はおやすみ、とだけ言葉を返して、ベッドに座り、今の言葉を消化しようとする。

 ……妖精女王は、俺の強くなりたいという願いに応え、シアンを生み出した。妖精がどういう存在で、普通どうやって生まれるのかは分からないが、きっとそれは歪なことだったんじゃないだろうか。

 俺の側にいることだけが存在理由だと言うシアン。色恋の話ではないと分かっているが、それでも会って二日目の男に言うような言葉ではない。重い、と一笑に付すこともできる。だがこれは、偽らざるシアンの気持ちなのだろう。そして少なからず、俺にも責任がある。俺が妖精女王に別の頼みごとをしていれば、シアンが生まれることはなかったからだ。


「……シアンは今、幸せか?」

思わずそう問うと、眠っているはずのシアンはぴくりと肩を揺らす。

「わからない」

「……そうか」

「だけど、不幸せという意味じゃない」

ぽつり、とつぶやくシアン。

「幸せという言葉の意味は知ってる。でも、それがどういう感じなのか、わからない」

 生まれたばかりで感情表現が苦手だ、と言う妖精女王の言葉を思い出した。もしかして、そもそもそういったものを感じる部分自体が、まだ成長していないのだろうか。

「これから知っていけばいい」

 俺はそう言いながら、ベッドに身体を投げ出し、天井を向いた。

「お前は昨日生まれたばかりだが、俺だって一昨日この世界に来たばっかりだ。俺も、この世界のことをちっとも知らない。……だから、一緒に知っていこう」

「……ん」

短く答えたシアンの言葉は、少し明るいように思えた――。


 翌朝、早めに起きて町を堪能しようと思っていた俺は、ボロボロとは言え列記としたベッドの心地よさに思わず寝すぎてしまい、慌てて飛び起きる。

 朝飯は黒パンにほとんど具の無いスープだったが、この世界に来てから初めてのまともな食事に、俺は感動しきりだった。

「ここの飯を食ってそんなに喜んだ奴は初めてだよ!」

 喜んだ女将さんがサービスにとリンゴのような果物を一個くれた時点で、常連になることを決心する。

 お節介だけど気のいい女将、きちんとした寝具、料理された飯、そしてこの安さ。完璧である。


「悪い、待たせたな。それじゃあ散策と行こうか!」

待たせてしまったゴブリンたちに謝り、町へと繰り出す。

「魔王さまは、どちらへ向かうおつもりで?」

珍しくデカゴブが、そわそわとした様子で話しかけて来た。

「ん? いや、せっかくだから一通り見て回ろうと思っているが……」

「それならオイラが案内させていただきやす! さ、さ、こちらへ!」

「ん? お、おう」

早足のデカゴブを追って大通りを歩く。気になる店が色々とあり、ついつい何度も立ち止まってしまうが、その度にデカゴブが、というかよく見たらゴブリン全員が落ち着かない様子になるので、後でまた来ようと思って諦める。

 そして――。


「お前たちの目当ては、これか」

連れてこられたのは、串焼き肉の屋台だった。

「俺、さっき朝食食ったばっかなんだけど……」

しかし、みんな楽しみにしている様だし、待たせてしまった負い目もある。仕方ない。俺以外の分を買うか。

「おっさん、十本くれ」 

「はいよ。一本目八十シルバだ」

これ一本で、あの宿の飯より六割も高いのか……。

 俺は八ゴールドを渡し、出来上がるのを待つ。

 ……目の前で柔らかそうな肉が、香ばしい匂いをさせながら焼かれていく……。油が滴り落ち、じゅうじゅうと音をたてて……。

「すまん、もう一本追加で」

「はいよ」

 食の誘惑には逆らえなかった。


「おおおおお!!」

一口頬ばった瞬間、肉がとろけた。至福とともに、このまま無くなってしまうのでは、という焦燥が一瞬訪れる。しかし、勇気をもって噛みしめると、それは意外な弾力をもってその存在感を示し、黄金比とも言うべきバランスで味付けされたタレが洪水のように溢れ出す。

「これは……旨い!!!」

「ははは、気に入ってくれたようで何よりだ。もう一本どうだ? 二本目からは少しサービスするぜ?」

ぐぬぬぬぬ……。俺はゴールドの入った巾着袋を握り締める。さっきまで満腹だったはずなのに、欲望に正直な胃は急激に消化を始め、もっともっとと騒ぎ立てる。

 食欲と理性の狭間で戦っていると、シアンが肩を叩いた。

「タクト、私これ好き」

……。

「だめ?」

「くっそおおおおお!! おっさん、十一本追加だ!」

「はいよ!」

 幸せが分からないと言ったシアンが、これを好きだというのだ。ここで応えなくて何としよう。それに何より俺も食いたい。

 結局そのまま、一人につき五本も食べた。


 軽くなった財布を持ち、ため息をつく。

「あー……。残り百五十ゴールドちょいか……」

げに恐ろしきは人の欲かな。魔王とゴブリンと妖精だけど。

「今度来る時は、あそこは最後に行こう。無限に金を使っちまいそうだ」

「ほっほっほっ。あの串焼き肉は絶品ですからのぅ。魔王さまのお気に召したようで何よりですじゃ」

「うん、確かに旨かった」

「それで、今度はどこに行かれますのじゃ?」

うーん、と俺は悩む。

「行きたい所はあるんだが……。お前たちはどうなんだ?」

「む? ワシはさっきの肉でもう満足ですのぅ」

「私は、タクトに着いてく」

「あのねー、洋服見たい!」

「串焼き肉が食べたい」

「強いて言えば肉かなぁ」

「肉」

「私も、洋服が見たいですね」

口々に言うゴブリンたち。

「うおっ、一気に喋るな、混ざって分からん!」


 順番に話を聞いていくと、肉が食べたいグループと洋服が見たいグループ、特に希望の無いグループに分かれた。

 まだ食い足りないというデカゴブ、カモク、ラスト、ニラミには、まとめて五ゴールドほど渡す。

 洋服は相場が分からなかったし、手持ちも心許なかったため、チビゴブ、ロング、キャシャの三人には何も渡さず、欲しいものがあったら言いに来いと伝えておいた。

 ゴブ爺とエンツォは特に希望が無いようなので、適当に散歩してもらうことにした。

 今から行く場所に、あまり大人数で押しかけるべきでないと思ったからだ。

 そうして俺はシアンだけを連れて、武器屋へと足を運ぶ。


 そう、俺の目的とは、武器である。

 俺の手持ちの武器と言えば、ゴブリンに借りた棍棒と、同じく借り物の解体用ナイフだけだ。

 スライムとの戦いでは、棍棒の攻撃が全く通らなくて苦労した。

 もちろん俺の攻撃力が低いのも原因だろうが、デカゴブの一撃でもあまり削れていなかったし、武器の相性が悪かったんじゃないかと思う。

 そう思って、最後にナイフを突き立て――なんとか勝利できた。そして、刃物の強さを実感したのだ。

 刃物が効きにくい敵もいそうだけど、そういう相手はゴブリンに任せればいい。役割分担の意味でも、俺は別の武器を担当するべきだ。


 何より、棍棒ってダサいしな!!!


 そんなことを考えながら歩いていると、ようやく武器屋にたどり着く。

 大通りから少し外れた所にあるその武器屋は、無骨な外観に、目立たない看板と、ともすれば通り過ぎてしまいそうだった。

 人生初の武器屋という存在に、緊張しながら中へ入る。


「む? ……客か。勝手に見て行け」


 出た! ファンタジーにつきものの、無愛想な武器屋だ! これは俄然期待が高まる……!

 シアンが生まれたのは俺の責任、か。シアンに生まれてこなきゃ良かった、なんて思わせたくはないものだ。大切にしないと、な。

次話、「新たなる武器」

 タクトはようやく自分の武器を手に入れる。そして、曰く付きの品を見つけ――。

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