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境界の町シュライ

迷宮を使ってレベルアップした拓人は、人里に行くことを決心する。

 朝起きたら美少女に抱きつかれていました。

 何を言っているか分からないと思うが俺も分からねえ。

 思わずビクッとしてしまったことで、振動の伝わったシアンが目を覚ます。

「んぅ……ん……おはよう」

「お、おはよう。あのさ、状況が把握できないんだけど、何でシアンがこんな近くにいるんだ?」

 昨夜、さあ寝るかという段になって、シアンの部屋が無いことに気づいた。当然俺は創造(クリエイト)しようとしたのだが、シアンが断固としてそれを断り、俺の小屋で眠ることを主張したので、しぶしぶ受け入れ、端と端で眠ることにしたのである。

 ちなみに何故俺の小屋が良いのかと聞くと、タクトはマスターだから、と、またよく分からん妖精ルールを伝えられた。

 とにかく、俺たちは端と端で寝た。それなのに、朝起きたら抱きつかれていたのだ。一瞬で眠気吹き飛んだわ。


「……さむかった」

お、おう。まあな。確かにな。いくら毛皮を敷いているとは言え、石の上だしな。ひんやりとした冷気が伝わってくる。そしてすぐ近くに丁度良いゆたんぽ。なるほどな。うん、納得だ。俺はゆたんぽ。

「はぁ……まあ、いい」

 何だか朝からどっと疲れた。俺は深く追求しないことにした。シアンと共に小屋を出て、ゴブリンたちに挨拶する。

「チビリン、おはよう」

「あ、まおーさまだ! おはよー! ねーねーあのね、服! できたよ!」

 チビリンはそう言って、目の前でくるりと回ってみせた。

「おお、可愛いじゃないか」


 布を手に入れた俺は、裁縫スキル持ちのチビリンに、女性陣の分を優先させて服を作るよう、頼んでおいたのだ。なかなかセンスが良いみたいで、淡い桃色に染色されたワンピースには、リボンまで付いている。昨日までの小汚い腰布姿とは大違いだ。

「えへへ、ありがとー!」

「それにしても、一晩でもう一着できたのか。チビリンはすごいな」

俺がそう言うと、チビリンは「え?」と小首を傾げた。

「ううん、違うよ! みんなの分できたよ!」

「……ええーっ!?」

いやいやいや、早すぎるだろう。

 しかしそれは本当のようで、改めて周りを見回すと、男女共に質の良い服を身にまとっていた。しかも全員デザインが違う。これには流石に驚く。

「それでね、これがまおーさまの分! こっちがおねーちゃんの分!」

「俺たちの分まで!?」


 俺の分、と言われたそれを見てみると、襟ぐりが少し大きめに開いた黒い長袖シャツに、タイトな黒ズボンだった。全身黒か……。

 試しに着てみると、サイズはぴったりだった。それにやはり布が良いのか、肌触りが心地よい。

 シアンの服はと言うと、水色のふんわりとしたワンピース。背中にはきちんと羽が出せるよう切れ込みが入っている。

「チビリン、ありがとな。……しかし、よくサイズが分かったな」

「ん? んとね、じーって見たら、分かるよ!」

いや、普通は分からんて。もしかしたらこいつは、かなり才能があるのかもしれない。

 しかし、おかげで人里に行く時の懸念が一つ消えたな。ブレザーじゃ目立つだろうかと少し心配していたんだ。これで気兼ねなく出発することができる。

「よーし、朝食食ったら、出発するぞ!」


 と、いう訳で。

「シュライへようこそ!」

門番のお決まりの挨拶を聞き、俺は感動を隠せない。

「うおおおお! ようやく着いた! 着いたぞ!」

 いやあ遠かった。どのくらい遠かったかと言うと、今はもう夕方である。八時間くらい歩いたんじゃないか?

 生まれてこの方、こんなに歩き続けたことはなかった。正直もうクタクタなのだが、それでもこの世界に来てから初めて会う人族に、テンションは上がりっぱなしだ。

「ははは、長旅だったみたいだね。ええと、魔族が十一人でいいかい? 入町料は一人百ゴールドだよ」

「入町料があるのか。生憎文無しで、魔石を売りに来たんだが……」

「ああ、魔石の買い取りなら隣でやってるよ。多少相場は町の中より安いが、そこまでの差は無いから纏めて売っちゃっていいと思うよ。悪いけど、金を作ってからまた並び直してくれ」

と、すぐ近くを指差す門番。

 仕方がないのでそちらに売りに行く。虹うさぎの魔石が一つと、ここに来る途中で(ゴブリンたちが)倒した魔物の魔物が五つ。全部で千二百ゴールドになった。


「……全員入ったら、百ゴールドしか残らないじゃないか!」

 何ということだ。もう暗くなるしクタクタだし、今夜は宿にでも泊まりたい。しかし、この世界の物価は分からんが、一人あたりの入町料と同じ百ゴールドぽっちで十一人も泊まれるとは思えない。

 誰かを町の外に置いていけば、なんて考えがちらりとよぎるが、ここまで来てそんな鬼のような事は言えん。追い出される候補なら道中の魔石稼ぎに貢献できなかった俺が筆頭だしな。


「まいったな……町の中じゃ迷宮創造(ダンジョンクリエイト)もできないし、今夜は野宿しか無いのかな……」

「ん? 大丈夫ですじゃ。大部屋なら一人一ゴールドちょっとで泊まれる宿があって、ワシらはいつもそこに泊まっております。」

「む……そうなのか? いまいち通貨価値が分からんなぁ」

 まぁそう言うならそれでいいか、と、入場門に並ぶ。そんなに混んでいる訳じゃないので、すぐに順番が来た。


「や、また来たね。魔石はいい値で売れたかい?」

「……まぁぼちぼちってところだ。それより、今、前のやつ十ゴールドしか払ってなかったぞ」

 俺がそう指摘すると、門番は苦笑いをして頭をかく。

「ああ、人族は十ゴールドなんだよね」

「……まぁ、人族の町だもんな。それくらいは仕方がないか」

 しぶしぶ払おうとして、気づく。

「あ、こいつは魔族じゃないぞ」

「ん、私は妖精」

「えっ、そうなのかい? それは悪かったね。もしかして君も?」

 その質問には困ってしまった。俺は人間だが、魔王だ。はたして俺は人族なのか、魔族なのか。

 俺の沈黙を何と受け取ったのだろうか。門番はごそごそと懐をまさぐり、小さな水晶玉を取り出した。

「はい、ちょっとこれに魔力を込めてくれ。そうすると、魔族なら赤く、人族なら白く光る。そちらのお譲ちゃんも、次にお願いね。疑うわけじゃないけど、仕事なんで、ごめんね」

 言われた通り魔力を込める。はたして水晶は――赤く光った。……考えてみれば当たり前だったな。迷宮内での回復効果は、俺にも表れていたし。

 そうか、俺、もう人間じゃないんだな。


 続いてシアンが手をかざす。赤でも白でもなく、青く光り出した水晶に、門番は慌てだした。

「ええっ、青? どういうこと? どっちなんだ?」

うーん、と悩みだし、ポンと手を叩くと、にこやかな笑顔をこちらに向け、ウィンクする。

「そうだ! 人族からは十ゴールド。魔族からは百ゴールド。僕が言われてるのはそれだけだ。どっちでも無いなら、貰わなくていいってことだよね」

「いいのか?」

「うん。……僕もね、魔族の入町料は高すぎると思ってるんだ。きっとこの町のほとんどの人がそう思ってると思うよ。だけど国からの命令だし……あっ、これ僕が言ったって内緒ね!」

 ふむ。思わぬところで内情が少し聞けたな。どうやらこの町は本当に親魔族派らしい。人族と魔族は無条件で敵対関係にあると思い込んでたけど、そういうわけでも無いんだな。少しホッとした。

 俺は礼を述べて千ゴールドを支払う。残ったのは二百ゴールド。百ゴールドのはずだったから、倍になったぞ!


 ようやく町に入った俺は、辺りをキョロキョロと見回す。典型的な中世風の町並み、だな。映画くらいでしか見たことないけど。

 石畳の床に、煉瓦造りの背の低い建物。周りでは鎧を来たごっつい人に、獣人らしき人、魔術士みたいなローブを着た人など多種多様な人たちが歩いていて、うーん、何と言うファンタジー! 心が弾む。

「魔王さま、先に宿を取った方がいいですじゃ」

「おっと、そうだったな。もうこんな時間だし、部屋が残っているといいが……」


 ゴブリンたちに案内されてたどり着いたのは、町の外れのスラムのような所にある、一軒の粗末な宿だった。壁はところどころ剥がれ落ち穴が開いていて、正直かなりボロい。衛生的にも防犯的にも心配だ。

「……ま、贅沢は言うまい。無い袖は振れないって言うもんな」

 思わずそう呟いて中に入ろうとすると、突然背後から大柄なおばさんが話しかけてくる。

「あっはっはっ! そうさ、諦めが肝心だよ!」

「ん? わっ、ちょ、押すなよ!」

「あれ? お客さんじゃなかったのかい?」

「客は客だが……あんたは?」

「あたいはここの女将さ! さ、早く入った入った!」

 女将に無理矢理押されるようにして中に入る。中は確かにボロかったが、意外と清掃は行き届いているようで、不快さは感じなかった。

「それで、十一人でいいのかい? 大部屋、相部屋、個室、色々あるけど、予算は?」

「まず聞くのか予算か」

「こんなとこの宿に来るのは金に困った連中だけさね。ま、信じて言ってみな。あたいかその中で一番良いアレンジをしてやるから」

「うーん……通貨価値がよく分かってないからなぁ。どうせボロいんだ、この際一番安くなるコースで頼む」

「あっはっはっ! そうそう、思い切りが肝心だよ!」

 女将はそう言って、考え始める。


「そうさねえ、一番安いのは間違いなく、大部屋に全員で泊まることだ。これなら十ゴールドでいい。でも、もう少し余裕があれば、そこの可愛い子だけでも個室にしてやるんだね。一番小さい部屋は三ゴールドだよ」

 ふむ、そうだな。確かにシアンには一部屋取ってやった方がいいだろう。

 ゴブリンたちも男女で分けるべきなのかもしれないが、ゴブ爺によれば普段は皆で大部屋を使ってるらしいし、そこは大丈夫だろう。

「それじゃあそれで……」

頼む、と言おうとして、シアンに口を挟まれる。

「私はタクトと寝る」

「ええーっ!?」

ちょ、いきなり何を言うんだ。いや、寝るって、文字通り睡眠をとるってことだとは分かってるが。いや、それにしたって、何でだよ。あ、妖精のルールか。

「だめ?」

「駄目って言うか……」


じっと見つめてくるシアンに思わずたじたじとしていると、その様子を面白そうに見ていた女将さんが助け舟を出す。……シアンに対して。

「それなら、大部屋一つと、二人部屋一つの十五ゴールドだね! はい、これで決まり! あんた、女の子にここまで言わせといて恥かかせたら、泊まらせないからね?」

「脅しかよ!?」

「洗い桶は十シルバ、食事は一食五十シルバだ。二人部屋を取るなら、洗い桶は一つサービスしてやるさ」

む、それはありがたいが……。

「……だめ?」

「いや、その、高くなるだろ!」

「はー! 甲斐性の無い男だねー。分かった分かった。食事も二人分負けてやるよ」

 とうとう押しに負けて、俺はシアンと同室になった。お節介おばさんのパワーは恐ろしい……。

 町! 町だぞー! 文化だ! ああ、なんて素敵なんだ……って、おい、シアン、お前どうしたんだ!?

次話、「シアンのこころ」

 同室がいいと主張し、引かないシアン。その胸の内が明らかになり、タクトは衝撃を受ける。

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