恋のキューピッドは小悪魔天使 4
高校生たちは元気のない有紗をなんとかなぐさめたいと思いながら、どうしてよいのか分からない。ショッピングセンターまでの道々、美味しいものを食べようと言っても、ゲーセン行くかと言っても、映画でも見るかと聞いても、覇気なく頭を横に振るばかりだったのだが、しばらくして有紗は顔をあげた。
「ごめんなさい。ペンギンちゃんをしっかり持ってなかった有紗が悪かったの。さっきの有紗、感じ悪かったです。ごめんなさい」
「有紗ちゃん……」
ぬいぐるみを無くしたことをまた思い出したのか、またまた大きな目にうるりと涙を溜めながら頭を下げた有紗に、なぜか茉莉がもらい泣きをしてしまったようで目尻を人差し指で拭った。なんでもかんでもすぐに感情移入するのは茉莉の悪いクセでもあり、そういうところが可愛いのだ。たぶん、劣等感を感じているがゆえに、人の機微に敏感に反応してしまうのだろう。
理は有紗の艶やかな髪をかき回すように撫で回す。
「水族館、人でいっぱいだったし、しかたがないよ。今度から大事なものは鞄に入れような。俺も有紗のそばにずっといたのに気付けなくてごめんな」
ふるふると有紗が頭を横に振る。
「美味しいもの食べて元気だそう」
「うん、有紗、サーティワンコのアイスクリームも食べたい」
「食っちゃうか」
「うんっ」
有紗が理の腕にぶらさがるようにじゃれつく。「機嫌がなおって良かったな」と智が茉莉にささやいた。
茉莉も頷くと、二人はあとを追った。
「なに食う?」
四人はショッピングセンターの飲食店のパネルの前に立っていた。どこの店も食欲を刺激する写真を載せてあり、迷ってしまう。
ショッピングセンターにはファーストフード店が軒を並べるフードコートと外食チェーンが出店しているレストラン街とがあった。
自分の小遣いで食べるなら、フードコート一択。それもハンバーガー店。たとえ実家が定食屋をしていると言っても、まったくファーストフードを食べないわけではない。
「ステーキハウスはやし、めっちゃうまそう」
理が極厚ビーフステーキの写真を見て生唾を飲み込んだ。すかさず茉莉のツッコミが入る。
「ちょっと待って、それ預かってきてるお金で足りる?」
「というより、俺は無理」
一人自腹の智が顔をひきつらせた。ファミリー向けのショッピングセンターでこんなのを食べる人がいるのだろうか。そう思って見ると、天ぷら屋だの、寿司だの高級志向の店もたくさんある。
「だよな、有紗は何がいい?」
「うーんと、お肉」
「お肉かぁ。分かる。俺も小学生の時は肉ばっかり食ってた……茉莉は?」
「さとちゃんは今も変わらず肉食でしょうが……あ、この『グリル亭』美味しそう」
かごいっぱいの焼きたてパンとドミグラスソースがたっぷりかかり、つやつやしたハンバーグの写真を指差す。
高そうだと思いつつ、結局四人は『グリル亭』に行くことにした。
『グリル亭』はレストラン街にあるレストランで、980円から1200円のメイン料理を注文すると、焼きたてパンと、ドリンクの食べ放題、飲み放題が付いてくる。とはいえ、二時間の時間制限つきなのだが。
四人ともハンバーグを注文し、ドリンクと焼きたてパンを取ってくると、食べはじめた。食べ盛りの高校生たちと小学生は皿にパンを山盛りにしている。
「さとちゃん、このチーズスティック美味しいよ」
「うん、うまい。くるみのもうまいぞ」
「ほんとだ」
有紗にすすめられたパンをぱくりと食んだ理のようすに、智はびっくりする。小学生女子と高校生男子という組み合わせながら、つまり「あーん」と口に食べ物を運び合っているのだから。
そしてそれにつられて智がまたそわそわしはじめる。
「なあ、お前らいつもそんな感じなわけ」
はぁ? と三人に同時に見られて、智がたじろぐ。
「だからぁ、理の趣味って有紗ちゃんみたいな現役JS……?」
首をほぼ真横に傾げながら、照れたように訊ねる智がキモチワルイと理は顔をしかめる。小学生と高校生の間にそういう妄想を挟める智の性癖が心配だと思う。有紗はいとこ、つまり家族同然なのだ。
「あほか。そんなの茉莉ともするわ」
あーん、と理が向かいに座る茉莉の口にパンを運ぶ。茉莉も抵抗なく手ずから運ばれるパンを口で受けた。
「え、じゃあ、俺にもあーん?」
「いや、智にはしないだろ」
「そうだよね、碓氷くんにはしないよね」
モジモジする智におもいっきり引いた理と茉莉がツッコむ。
有紗はニマニマ上目遣いで観察しながらオレンジジュースのコップを両手で抱えてストローに口をつけていた。
「智お兄ちゃんは羨ましいんだよね。茉莉ちゃんしてあげたら? あーん、って」
「ダメ」「やだ」「いいって!」
三人の声が重なる。
シスコンと言われても茉莉が好きな理は思わずダメだと言ってしまった。けれど、茉莉はどうだろう。冗談はよしてとばかりの「やだ」には、智に対しての拒否までは感じられない。智はもう恥ずかしがっているだけなので論外だ。なんだかムカムカするものを感じて、智が羨ましそうにしているのをわかっていながら、せっせと茉莉の口にパンを運んだ。
ランチを終え、四人はぶらぶらとショッピングセンターの中を歩いていた。18時まで時間を潰さなくてはならないことが、こんなに辛いとは思いもしなかった。電車代は残しておかなければならず、そう考えると小遣いももうあまりない。
茉莉と有紗は洋服だの雑貨だの、お店に入っては買うわけでもないのにきゃあきゃあと楽しそうにしている。
こんな時、伊織兄ならどうするだろう。スマートにエスコートをしつつ、自分の立てた予定に相手をうまく誘導するのだろう。
今ごろ茜さんは伊織兄と……と考えて、あらぬ妄想をかき消した。まさか真っ昼間からあり得ない、うん。
一階まで吹き抜けになった通路のアクリル柵に背中を預けていた理は、一階の催事場でなにかイベントごとをしているのに気付いた。女子の後ろで空気のように佇んでいた智を呼ぶ。
「おい、あれ」
智が理の指差す方を見下ろした。
そこには、今見てきたしろかもめ水族館の海獣や魚たちの写真の展示と、ペンギンの赤ちゃんのお披露目記念イベントの告知、そして、半円を描くような人だかりの真ん中には赤いじゅうたんが敷かれたスペースが広く取られていて、なぜかサッカーゴールと、サッカー用のストラックアウトが置かれていた。
今まさに小学生男子がサッカーボールをストラックアウトに向けて蹴る。持ち球は一人9個のようだ。
二つ撃ち抜いて、三つめは当たったけれども力不足でパネルが落ちなかったようだ。
小学生男子は衆人環視の中で照れながら小さく頭を下げつつ記念品をもらっている。
次は自分たちとあまり年齢の変わらない男子が挑戦するようだ。何かの紙をスタッフに見せて、彼女らしき連れが記念品の飾り棚から何かをおねだりしている。そのようすを上から見ていた智が小さく呟く。
「あ、あれ有紗ちゃんの無くしたペンギンのぬいぐるみだ」
有紗の落としたぬいぐるみが景品になっているわけではないだろうが、1等賞、つまり持ち球9個のボールで8つのパネルを撃ち抜いたらもらえるようだ。
ちなみに特等賞はしろかもめ水族館のペア入場券。
それはもうどうでもいい。あのペンギンのぬいぐるみが手に入れば有紗は喜ぶだろう。
「むしろ一つ外すのが難しくねえ?」
「言ってろ」
智の自信家発言に理は笑う。
理と智は300円ショップの雑貨屋から出てこない有紗と茉莉を急いで呼びに行くことにした。