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恋のキューピッドは小悪魔天使 2

「まったく、わざわざ電車に乗ってどこまで気分転換しに来てんだよ」


 遠目に郵便局の自動ドアに入っていく智を確認して、理はスマホを取り出した。画面には佳祐からのLIMEのメッセージ着信ウィンドウが表示されている。

 先ほどこっそり送っておいたお誘いのメッセージに、佳祐は『俺はパス』と完結な返信を送ってきた。理はカコカコと操作して『了解』と敬礼している柴犬のスタンプを送る。


 そうしている間にも智は走って戻ってきた。





 しろかもめ海浜公園駅に近付くにつれて電車の中にはカップルや子連れの姿が多くなってきた。

 有紗がこそっと茉莉に耳打ちする。


「ねぇねぇ、みんなペンギンの赤ちゃんを見に行くのかな」


 茉莉は身を少し屈めて、くすぐったそうに微笑みながら有紗と目線を合わせた。

 しろかもめ海浜公園駅周辺には水族館以外にも大型商業施設がある。全員が全員というわけではないだろうが、どこか浮き足立ってしまう。


「どうだろうね」


 くすくすと微笑み合う仲の良い二人を眺めながら、智はいやがる理を捕まえて強引に耳打ちをした。


「茉莉ちゃん、本当にいい子だよな~」


「今の光景を見て、なんでその感想に繋がるの、確かにうちの茉莉は優しいし可愛いけど」


「子ども好きだし、面倒見いいし、さっきさりげなく赤ちゃん抱っこしてるお母さんに席を立って席を譲ってたんだ。もう告白するしかないよな」


「まだ言ってるわけ? 別にいいけど、この手、放してよ」


 さっきからヒソヒソと「あの男の子たち付き合ってるのかな」などという恐ろしい会話が理の耳に入ってきている。変に反論しても彼女たちを喜ばせるだけなので、完全にスルー案件なのだが。隣に立っている智には聞こえていないらしい。相変わらず瞳をハート型にして茉莉を見ていたが、何を思ったか理の掴んだままの二の腕を引き寄せ、とびきりの笑顔を理に向けた。


「ペンギンの赤ちゃんと、ペンギンパレード楽しみだな」


「そうだね」


「茉莉ちゃんと水族館デート」


「俺らいるけどね」


「ヤキモチ妬くなよ」


「意味分からないけどムカつく」


「ダブルデートってことで」


「俺と有紗はいとこだし、小学生なんだけど?」


「犯罪だぞ?」


 いい加減疲れてきた理の耳許に智が口を寄せた。キャーっと小さな悲鳴がどこからか聞こえる。


「茉莉ちゃんに告白するから協力しろよ」


「えええ。嫌なんだけど」


 しかめ面をした理に有紗がタイミングよく声をかけた。車内のアナウンスにも同時に気付く。

 海に近いため潮の香り漂う、なんとなく白っぽい駅舎のしろかもめ海浜公園駅に到着していた。



 改札を出て、案内板を確認しながら、人の流れにのるように連絡通路を進む。

 やがてペンギンのイラストが描かれた看板が目立ち始め、しろかもめ水族館の駅連絡出入口に到着した。


 茉莉と有紗が手を繋ぎ、理たちの前を歩く。


「告ってどうするつもりだよ」


 前の二人に聞こえない程度の声に抑えて理は、背の高い友人を見上げた。

 長めの前髪の合間から見える恋する男の瞳を、理は面白くなさそうに見上げる。


「もちろん彼女にする」


 理は姉の姿では想像したくないエロチックな場面を想像しかけて、慌ててそれを打ち消した。

 それより、この男は盛大な勘違いをしていることを思い出す。


「なぁ……」


 俺たちの弁当作ってるの、本当は茉莉じゃなくて、もう一人の、俺たちの姉ちゃんなんだけど。

 喉まで出かけているのに。バカな言い合いならするすると口から出るのに、その真実を言えないでいた。その真実を言ってしまうとどうなるのだろうか。

 智の恋心はきっと褪めて、茉莉茉莉言わなくなるだろう。もしかしたら今度は百合姉を追いかけ始めるかも知れない。

 そしたら茉莉は……きっとすっきりした顔で「ほらね」って言いながらなんでもないように笑うんだろう。それから智が百合を追いかけてるのを見て、ちょっとだけ傷ついた顔で「やっぱりこんな体型じゃ対象外もいいところだよ。私も百合姉やさとちゃんみたいに痩せなくちゃね」っていいながら、舌の根も乾かないうちに甘いココアにマシュマロ浮かべるんだ。

 救いがあるのは、今のところ、この恋が智からの一方通行ってこと。

 茉莉がこれ以上傷付かないうちに、そう、今ならーーーー


 真実を話すと決心した理に水族館の入場チケットが手渡される。


「どうしたの怖い顔して。はい、さとちゃんの分」


 茉莉が心配そうに理を覗きこむ。今はその時じゃないと、理はすぐに笑みを浮かべた。


「腹減ったなあ」


「え、もう? 朝ごはんあんなに食べたのに?」


 茉莉が目を丸くした。横で館内マップを手にした有紗が小学生らしからぬ意味深な笑みを浮かべて見上げる。


「館内にカフェがあったよ。有紗付き合ってあげようか?」


「マジ?」


「マジマジ。っていうか、開館すぐに行かないと売り切れちゃうんだって。しろかもめ水族館特製『うみのおともだちパン』。私、さとちゃんとカフェに寄ってから行くから、茉莉ちゃんは智お兄ちゃんと先に回っててよ」


 有紗が理の手を引いて、順路を逆方向に引っ張る。

 取り残された茉莉が、戸惑ったように二歩、三歩と近付く。


「でも……私も一緒に」


 有紗は智の顔を見ながら強い語調で言った。


「だーめ! 茉莉ちゃん来たら絶対一緒に何か食べちゃうでしょ? もっと大きくなっちゃっていいの? 智お兄ちゃん、茉莉ちゃんをよろしくね!」


 この急展開に、涎を垂らして狼化すると思われた智は、予想に反して緊張で棒立ちになっていた。有紗の『お願い』に赤い顔でコクコクと頷く。


「お、おう。任せとけ!」


 サムズアップをし合う有紗と智に、一体いつそこまで仲良くなったのかと理は驚く。茉莉は不満げに鼻を鳴らす。


「え~~」


「茉莉ちゃんの分も買ってくるから~」


 有紗に強引に引っ張られ、理は二人を置き去りにしてカフェに向かった。





 マップにはカフェと書いてあるものの、実際見てみると売店のようなものだった。

 しろかもめ水族館の見せ場は、館の中央に据えられた円筒型の大水槽。入場受付を済ませた客はロビーに入ると、エスカレーターで五階まで一気に上がる。

 里山の水生動植物などの展示から始まり、湾内の魚、近海の魚と徐々に遠くの海へと展示が移り変わる。深海やクラゲの展示を通りすぎると、いよいよ太平洋の海を展示した大水槽がお目見えになる。

 歩き疲れた客に配慮してか、それともゆっくり大水槽を眺めてもらうためか、大水槽のフロアは絨毯敷きで階段状になっていて座れるようになっていた。もちろん通りすぎる客のためにフラットな通路もある。

 その通路の一角に売店があった。


 飲み物とアメリカンドッグなどの軽食。ソフトクリームと有紗おめあての『うみのおともだちパン』

 幸い開館すぐということもあって、『うみのおともだちパン』は全部の種類が並んでいたが、有紗と理が売店に着いたときにはもう他の客がそのパンの周りをカゴを片手に取り囲んでいた。

 順路を逆方向に進むことに抵抗があった理だが、同じようにしている客が多いことを知った。


「さとちゃん、亀さんパンとアザラシパンとペンギンパン、カゴに入れて!」


 人に押されて有紗が下から喚く。


 はいはいと言われるままに理は、姫のご所望のパンを手に取り、有紗の持つカゴに入れてやった。うみのおともだちパンとは、海獣などの姿を模したメロンパンのことのようだ。

 昼過ぎには売り切れてしまうそうなそのパンを求める人は多く、理は有紗からカゴを取り上げると、オレンジジュースのパックを追加し、自分のアメリカンドッグとカフェオレと一緒に会計をした。


「有紗、自分で払うよ?」


「このくらいついでだからいいって。伊織兄にもらった小遣いでぬいぐるみ買うんだろ」


 財布を握りしめる有紗に会計を終えたパンの袋を持たせた。


「ありがとう」


 どういたしまして、理は微笑みながら、内心『うみのおともだちパン』の値段設定の高さに冷や汗をかいていた。





 大水槽を眺めながら、理は有紗と並んで座り、アメリカンドッグにかじりついていた。横では有紗がオレンジジュースを飲んでいる。


「有紗、わざとだろ」


「なにが?」


「茉莉と智を二人にさせたこと」


 すっとぼける様子は小学生とは思えない。いや、今どきの小学生女子はこんなものなのだろうか。


「えへへ。バレちゃったか」


「バレないでか。強引すぎだよ」


「だって智お兄ちゃん、茉莉ちゃんのことが好きなんでしょ? 茉莉ちゃんも臆病になってないで次の恋をしたらいいのにと思って~」


「有紗、なんでお前知ってるんだ、そんなこと」


 有紗が生まれる前とは言わないが、まだ幼児の頃、茉莉は中学一年生のときに、体型のことを理由に酷いフラレ方をした。それが初恋だった茉莉は、口では「痩せなくちゃ」と言いつつ、恋に臆病になっているところがあった。

 痩せて恋をしたいではなく、痩せてないから恋ができなくても仕方がないという風に逃げている。

 理はその時、茉莉を守れなかったのが悔しかった。


 智がそのままの茉莉を好きになっているのなら、任せてもいいと思う。茉莉の体型のことは何も言わないどころか気に入っている節がある。その点は申し分ないのだが、大きな誤解をしていることが、あとで茉莉を大きく傷つけることにならないか心配でたまらない。


「ん~、オンナの勘」


 有紗が首を傾げて呟く。


「さすが伊織兄の妹……」

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