表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

恋のキューピッドは小悪魔天使

 抜けるような青空の日曜日。茉莉と理の二人は玉野遼の家を訪れた。

 住宅街の中にあるチョコレートケーキのような外観の一軒家がそれである。場所は駅前に近く、それぞれの実家である【ねこまんま食堂】や【南豆腐店】のあるミツバ商店街、それに職場の【soja】も徒歩圏内である。

 ちなみに茉莉と理の家も近い。茉莉と理の家は、賃貸のマンションで、ミツバ商店街の【ねこまんま食堂】とはスープの冷めない距離にある。

 テスト勉強期間として設けられている五日間、厳しくも熱心な伊織の指導のおかげで双子たちはなんとか週明けからの定期試験を乗り越えられそうな見通しだ。

 今日は伊織に頼まれたイトコの有紗と水族館に行く日だった。


「しかし、伊織兄ちゃんに家庭科まで練習させられると思わなかった」


「何気に完璧主義だからね」


 理も茉莉も成績は普通。取り立てて優秀でもなければ、落ちこぼれているわけでもない。理は少し体育が得意で英語が苦手。茉莉は少し体育と数学が苦手で日本史と現国が得意。双子でも成績には個性が出ていた。


 インターフォンを押すと、ややあって玄関ドアが開いた。勝手知ったる親戚の家。茉莉と理は、すでに玄関ドアの前まで来ていた。

 シャワーを朝から使っていたのか、髪がまだ湿っぽい伊織が朗らかな顔で双子を迎えた。


「「おはようございます」」


「おはよう。テスト勉強期間なのにすまないね」


「いえいえ。勉強見てもらって僕たちも助かりました」


「あ、これ。勉強見てもらったお礼に母が持ってけって」


 理が紙袋を差し出す。商店街にある午前中で売り切れ必至の豆大福の包装紙に伊織の頬が弛む。


「気を遣わせちゃったね。有紗の支度ももうすぐできるから中で待ってて」


「お邪魔しまーす」


 玄関に並べられた茶色いスリッパを履いて、二人はリビングに迎え入れられた。





 玉野有紗は小学三年生。黒いストレートの髪は肩まで伸びている。くりくりした大きな瞳の睫毛は長く、しみのない白い肌、ふっくら少女らしい頬は薔薇色の天然チークを刷いたよう。手足は細く華奢である。その容姿は将来ミツバ商店街ミスコン優勝必至の美少女とも天使降臨とも評判だった。

 袖のひらひらしたチュニックと、デニムのスカート。そして黒いエナメル加工の猫のイラストがついたショルダーバッグを肩から掛けて、有紗は茉莉と並んで歩いていた。


 水族館までは電車を乗り換え、隣の市の大きなターミナル駅でモノレールに乗り換える。

 しろかもめ海浜公園駅で降りて直結通路を人の流れに沿いながら進んでいくと水族館に到着だ。


 茉莉と理は、最初、有紗が伊織と一緒のおでかけではないので機嫌が悪くなるのではないかと心配していた。

 けれどそれは杞憂だったようだ。

 家を出るときは少し拗ねていたようだが、それは兄に甘えていただけだったようだ。


「しろかもめ水族館でね、赤ちゃんペンギンが生まれたってニュースでやってたの茉莉ちゃん知ってた?」


「え、知らなかった」


「え~、茉莉ちゃんもう高校生でしょ? ニュースと新聞くらいチェックしときなよ」


「すみません……」


 たまたまそのニュースを見逃しただけに過ぎないはずなのにこの言われよう。と、茉莉はしっかり小学生有紗の言に肩を落とす。

 そんな茉莉の様子など気付かず、有紗はとことこと横を歩きながら話し続けた。


「でね、その赤ちゃんペンギンたちのお披露目が今日なんだって! お披露目って初めてお客さんの前に出てくるってことでしょ?」


「そうそう。有紗ちゃんよく知ってるね」


「本当はお兄ちゃんと一緒に行きたかったんだけどね、今日用事ができて、どうしてもいけなくなっちゃったんだって昨日の夜に言われちゃって。お父さんもお母さんも仕事だし、お友達にも日曜日水族館に行くって言っちゃったし、あのねにも赤ちゃんペンギンのこと書こうと思ってたのに、有紗、嘘つきになっちゃう~ってショックだったんだけど、茉莉ちゃんとさとちゃんに聞いてみてあげるよってお兄ちゃん言ってくれて。茉莉ちゃんとさとちゃんが一緒に来てくれて良かった。お兄ちゃんに赤ちゃんペンギンのぬいぐるみ買ってもいいってお金もらったし、お外でごはん食べて来ても良いって!」


「うん、ごはん代も預かったし、美味しいもの食べて帰ろうね」


 もう一週間も前から伊織が今日、有紗と水族館に行けなくなるつもりだったことは墓場まで持っていこうと双子はそれぞれ心の箱に入れて記憶の海に沈めた。しかも18時まで帰ってくるなとの厳命付きだった。伊織がナニをするつもりなのか大人の事情は知りたくないと目を反らす。


「茉莉! と、理、おはよう!」


 声を掛けると同時にヘッドロックをかけられた理が変な声を出す。茉莉と有紗が振り向くと、理が碓氷智に抱きつかれ……もとい、プロレス技をかけられていた。


「痛い、痛いって!」


「どこに行くんだ……っと、妹?」


 智が茉莉の隣の少女を見下ろして訊ねた。

 理は首を擦りながら答える。


「俺たちのイトコの有紗」


 理の紹介に合わせて、有紗が「こんにちは」と挨拶をする。

 智もまた、有紗に釣られる形で「こんにちは」と丁寧に頭を下げた。


「で、おまえらどこに行くんだ?」


「智は駅前で何してたんだよ」


「俺は気分転換に立ち読みしようと思ってコンビニまで来たんだよ。おまえらは?」


 質問に答えるまでは何度も問う気でいる智に、降参だと理がため息をついた。この後の展開が読めてきたと、LIMEで佳祐を呼び出す算段を始める。


「しろかもめ水族館に行くところ」


 茉莉の言葉に智の瞳がキラキラと輝く。


「俺も一緒に行っていいか!」


 茉莉と有紗が戸惑ったように顔を見合せる。


「しろかもめ水族館といえば、このまえペンギンの赤ちゃんが生まれたってニュースしてたところだよな! もう公開してるのかな、見れたらいいよな!」


「……智、ペンギン好きだったっけ」


「モコモコふわふわしたものって可愛いよな。あらざしの赤ちゃんとか!」


「智、もういっぺん言ってみて」


「ん? あらざしだろ?」


 この理と智のやり取りに、有紗がプーッと吹き出した。

 

「有紗がいいなら付いてきてもいいけど、金もってんの? 電車代とか水族館代とか結構かかるけど」


「お兄ちゃん、さとちゃんのお友達なんでしょ。有紗は別にいいよ。お兄ちゃん面白いし」


 クスクスと有紗が笑う。


 智は尻ポケットの財布の中身を確かめた。


「ちょっと、郵便局のATM行ってくるから待ってて!」


 智は100メートルほど先の郵便局へと走り去った。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ