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恋する暴走少年は召喚する

 謹慎中の三日間、茉莉はのり子伯母さんのお店で手伝いをした。

 茉莉は百合ほど料理が得意ではないとはいえ、父親に基本的なことは仕込まれているので、そこそこ料理はできる。謙遜ではなく、本当にそこそこだ。むしろお菓子作りの方が得意なのだが、遼伯父さんには手伝いを断られてしまった。というわけで、のり子伯母さんとともに厨房にはいり、カフェランチの調理補助をして過ごした。仕事内容は主にサラダの盛り付け、バゲットをトースターに入れるなどなど。

 学校の関係者がくる可能性を考えて、表に出なくて済むようにのり子伯母さんにお願いしていたこともあって、無事三日間を勤めあげた。

 そして無事学校への復活を遂げた茉莉は、初日、再びのり子伯母さんのカフェを訪れていた。

 店長の篠田さんが淹れてくれたアイスココアを啜りつつ、父方のイトコの男の子が働いている様子を店の隅のテーブルから目で追っていた。

 すると、視線に気付いた玉野伊織が茉莉の座っているテーブルに歩み寄ってきて、水をグラスに注いだ。

 伯父さん譲りの鼻筋の通った美形の伊織は茉莉と理より三つ年上の大学生。三つ違うだけで、茉莉にはずいぶん大人に見える。


「ひさびさの学校はどうだった?」


 茉莉は満たされるグラスから視線を外して、伊織の顔を見る。相変わらずきらきらしい外見のイトコである。


「三日休んでただけなのに授業はわからなくなってるし、課題はたくさん出されるし、友達はよそよそしいし、いつの間にかテスト期間になってて部活は休止になってるしでつまらなかった」


 ふて腐れる茉莉に伊織は店ではあまり見せない柔らかな微笑みで小さくクスクスと笑った。


「茉莉は見かけによらず好戦的だからなぁ」


「どうせ見かけはマシュマロマンですよ~だ」


 茉莉は唇を突き出して、頬を膨らませる。そうするとさらにマシュマロマン……マシュマロが合体してできたという設定のアニメキャラクターに似るのだが、伊織はそのアニメを見ていないから分からない。


「茉莉の見かけは茉莉花(ジャスミン)の花言葉みたいに愛らしいよ? 明るくて素直だし」


「そ、そう?」


 と、褒められて茉莉は機嫌を直した。


「なぁ茉莉、今度の日曜日は暇かな? うちの有紗を水族館に連れて行ってやって欲しいんだけど」


「別にいいけど、伊織兄ちゃんが連れてってあげる方が絶対有紗ちゃん喜ぶと思うけど……」


「前から約束していたんだけど、用事ができて行けなくなっちゃってね」


「ふうん、茜さんとデート?」


 伊織には付き合って三年めになる彼女がいる。彼女もまたこの店でアルバイトをしているので、茉莉は面識があった。石橋は叩かずに勢いで渡ろうとする、急がばたとえ森の中水の中でも最短コースを選び、予想通り遭難して周りを巻き込むタイプの明るくて目が離せない女性である。

 伊織はイエスともノーともとれる表情で、にっこりと微笑んだ。


「頼まれてくれる?」


「うう~ん、どうしようかな」


 伊織の頼まれ事は聞いてあげたいけど、一応テスト勉強期間でもあるのだ。茉莉にはテスト勉強をしないといけない教科がたくさんある。茉莉の中で天秤が激しく揺れ動いた。


「おやつ付きで勉強みてあげるよ」


 思わずキラキラと瞳を輝かせた茉莉を見て、伊織はふふっと笑った。


 

**



「なにあれ、どういうこと?」


 電柱のかげに怪しい影がみっつ。一番背の高い男子が電柱から顔を出して、道向かいのカフェを覗き、ドロドロと背中に黒いものを背負いながら呻くように呟いた。

 もちろん背が一番高いのは、碓氷智。三人のなかでは背の低いのが玉野理。真ん中でやる気がないのに付き合わされているのが佳祐である。

 料理倶楽部がテスト勉強期間で休止ならば、サッカー部も同様だった。


 智は「一緒に勉強をしよう! お前のうちで!」と、下校をしようとしていた理を捕まえた。もちろん佳祐も巻き添えである。


「ってか、智。うちに来たら茉莉の箪笥漁る気だろ」


「うちの学校で紳士といったら五本の指に入る俺がそんなことするわけないだろ」


「ちょっと理の姉ちゃんの部屋を覗いて匂い嗅ぐだけだよな」


「しねーーよ!」


「理のベッド下を捜索するだけだ」


「ヤメロ!」


 と、和気あいあいと通学路を歩く。


「あ、ちょっと待って。彼女の家にお邪魔するなら手土産いるよな。この辺でなんかないの」


「彼女って誰のことだよ。まったくモテ男は如才ないなぁ」


「俺はもう茉莉一筋だから」


「そういや、今日は弁当の差し入れなかったな」


「ファンクラブ解散だって言われたよ」


「良かったじゃん」


「あー、明日から母さんに弁当作ってもらわなきゃ」


「つうか、今までどうしてたのよ」


「買ってるって誤魔化して金もらってた」


「ひでぇ!!」


 いつものようにじゃれあい脱線しそうになる二人に、佳祐が修正をかける。


「なぁ、理、この辺にお菓子屋さんとかあるわけ?」


 う~ん、と理が考える。部活帰りに駅前のコンビニに寄る以外、智と佳祐には土地勘はない。

 商店街には肉屋、魚屋、八百屋、豆腐屋と金物屋、本屋などなど生活に必要な店が揃っている。ケーキ屋は二店舗あったが、プリンとシュークリームが絶品とタウン誌にも載る【パティスリーブラン】は、タイミングが悪いことに明後日まで店舗改装中で休業している。遼伯父さんの豆腐を使ったケーキの店【soja】は、今は移転して参詣道沿いに建てたカフェと合併されているが、果たして豆腐スイーツは食べ盛りの男子の好みに合うだろうか。しかも、【soja】は【ブラン】に比べて、ちょっとだけお値段設定が高かった。


「ケーキ屋、神社の方ならやってる店あるけど、ちょっと歩くよ」


「いいって、いいって」


 そういって歩いて来たところ、智は恋する男子の嗅覚か、ケーキ屋の隣のカフェの窓際に意中の女子の姿を見つけてしまった。そのまま、電柱の影に身を潜めるようにして、彼女の姿を見つめ続ける。


「あれ? 茉莉だ……」


 隠れる必要もないのに、理も一緒に電柱の影から同じ方向を見て呟く。

 智の意中の君、そして理の双子の姉は、カフェのイケメン店員とにこやかに話している。徐々に智の顔が強ばり、背後にヤバいものを召喚し始めた。


「店員のくせになんだか近くないか? 何話してるんだよ! ナンパしてないで仕事しろよ! 仕事!!」


「理の姉ちゃんがナンパされるか……?」


 佳祐が失礼なことを呟くも、智の耳には入ってないようだ。


 理には茉莉と話しているのが、我らがイトコの伊織だと気付いている。だが、イトコとはいえ、イケメンは敵なのである。そしてイトコ同士は結婚できるのである。


「アイツ、彼女いるくせに、うちの茉莉に近付くな」

 

 状況を説明できるはずの理もまた、伊織と茉莉が笑い合う姿を見て、なにかを背後に召喚していた。





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