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恋の病はつけいる隙を逃がさない

「どれ?」

「あれ」

「へえ」


 少年たちは家庭科調理実習室を外から覗いていた。

 中では料理倶楽部が活動中である。何やらカボチャ料理に挑戦しているらしく、実習台の上には栗カボチャ、菊カボチャなどがゴロゴロと並んでいた。もちろん少年たち……ひとりを除いてはカボチャの種類など知り得ない。

 彼らの視線は白いフリフリエプロンに白い三角巾の少女に集まった。

 理と同じやや茶色っぼい髪はサイドでひとつにくくられている。背は女子にしては高い方かもしれない。これもまた理と同じぐらいだった。そして言わずもがな面立ちもよく似ている。さすが双子。しかし理と決定的に違うところがあった。

 サッカーで日がな一日走り回っているスリム体型の理に比べて、体脂肪の多い女子ということを差し引いても少女はぽっちゃり体型だった。

 数値的に肥満というわけではなかったが、母譲りのぽよんと突き出た胸囲と柔らかくてすべすべした丸いほっぺたが彼女を全体的にぽっちゃりにみせている。本人もそれをちょっぴり気にしていた。

 けれど好きなお菓子作りは止められない。作ったお菓子は食べられてこそその役目を果たすのだ。それが丸いほっぺたに多大な影響を与えていることは女子ゆえに承知はしていたが、理性は感情に勝ったことがない。


「へえ……ってなんだよ」

「なにかに似てるよな、ハツカネズミ? ユキダルマ?」

「それ白い格好だけで言ってるだろ」

「うまそうだよな……」

「「は?」」


 智の呟きに二人の少年は驚いた。そしてそれはすぐに調理中の料理のことであろうと察した。


「あー、まぁなぁ。味見させてくれないかなぁ」

「バターと砂糖の匂いって幸せの香りだよな」

「いや……うまそうなのは理の姉ちゃん。ふわふわしててマシュマロみてぇ」

「え?」

「はぁ?」


 智がうっとり涎も垂らさんばかりに見つめて、あげく「うまそう」などとおよそ人に対して不適切な形容をもって表現していたのは理の双子の姉、玉野茉莉のことだった。

 

「決めた。俺、理の姉ちゃんと付き合うわ」

「ええ~!!」

「お前の女の趣味分からなくなってきた」

「ちょっ……! 佳祐、それ茉莉に失礼だろ!」

「だって智にとっちゃ、女の子なんて選り取りみどりだろ。何だってあんな……」

「それ以上言うな。俺んちの茉莉ねえちゃんは誰より可愛い」

「シスコン」

「うっせえ。プクプクでも可愛いんだよ」

「あ、プクプクってやっぱ思ってんだ」

「うるせー」

「なぁ……俺、告白するわ」

「マジーー!?」


 そんな青春まっかさりの少年たちに近づく影ひとつ。


「こらー! お前らサボるな! ランニング20周!」

「「「げーーー!」」」


 料理倶楽部が活動中ということは、当然彼らの所属しているサッカー部も活動中である。休憩時間が過ぎても戻ってこない彼らを探しにきた主将によって見つかってしまった彼らはペナルティを与えられ、野球ボールとソフトボールとサッカーボールが飛び交う決して狭くはない校庭をひたすら走りまくらされた。




 それからの智の行動は早かった。

 毎日偶然を装ってはC組を訪ね、しらじらしく茉莉に話しかけては理の居場所を訊ねる。理に頼まれてリーダーのテキストを借りに来る。理が鼻血で保健室に担ぎ込まれたと知らせにくる。考え付く限りの理由をこじつけ、茉莉に話しかけた。


 玉野茉莉は困惑していた。弟と同じクラスで同じサッカー部の碓氷智がこのところ何かと周囲に出没するのだ。出没するだけではなく何かと話しかけてくる。最初は日直をサボった弟を探しているらしかったので、一緒に校内を探し回った。が、探し当てて問い質してみれぱ日直ではなかったそうだ。どういうことかと碓氷智を振り返れば、彼は茉莉に礼をいいながら理を引き摺って去ってしまった。

 またある日は血相を変えて茉莉の教室にやって来た。サッカー部のエースである彼が教室にくると男女関係なく色めき立つ教室内も、今日は遠巻きに様子を窺っている。


「茉莉ちゃん! 大変だっ、理が保健室に……!」

「えっ? 何があったんですか?」

「とりあえず早く」

「あ、はいっ」


 ばたばたと教室を出て廊下を小走りすれば、日常的に走っている彼とは距離が開いてしまうのは当然のこと。碓氷智は後ろをもたもたと走る茉莉を振り返ると、いきなりその手を取った。そして白くてすべすべした手を握りながら、「早く!」と余計な遠回りをしながら保健室へ駆け出した。

 茉莉が弟が保健室のベッドに蒼い顔で寝かせられているのを想像しながら息を切らせて保健室に着いてみると、理は養護教諭の前で丸い椅子に座っていた。


「さとちゃん!」

「んあ? 茉莉」


 声に振り返った理は鼻に綿球が詰められ、眼をアイスで冷やしていた。


「どうしたの?」

「……あー、佳祐と階段でぶつかって落ちただけ……。ってか、なんで茉莉来たの?」


 クラスが違う茉莉に鼻血程度で連絡がいくわけない。理はちょっぴりの嬉しさを表情に滲ませた。


「碓氷くんが知らせてくれたの」


 茉莉がそっと理のアイスを除けると、目の回りには早くも鬱血の痕ができはじめていた。


「智のヤロー……」


 低く唸った理の声は茉莉には届かなかったが、理には智の魂胆がよくわかっていた。理が階段から落ちる前、一緒にいたのは彼なのだ。落ちて頭がくらくらしている理をお姫様だっこをして周囲に悲鳴をあげさせつつ保健室に運び、養護教諭に引き渡すなり飛び出していったかと思えば、茉莉を呼んできたとは。

 茉莉と話すチャンスだと思ったのだろうな、と理は考える。実は理の預かり知らぬところで茉莉は手まで握られていたのだが。それより理は保健室に運ばれるまでの悲鳴に何色が付いていたのか、そちらの方が気になる。多少であるが喜んでいる声もしなかったわけではない。野郎が野郎をお姫様だっこして何が嬉しいんだよ、と理は床にめり込みたくなった。


「大丈夫?」


 理は心配そうな茉莉に微笑みかけた。


「大丈夫だって。クラブでだってしょっちゅう顔面衝突はしてるから慣れてる」

「でも……」

「智、佳祐にも大丈夫だって言っといて」

「ああ」


 まだ心配そうな茉莉の肩に手が乗せられた。男とは違う柔らかい身体の感触に鼻の下が伸びている智が茉莉に声をかける。


「理のことは俺が見とくよ。茉莉ちゃんもう授業始まるから送って行くよ」


 いやいや、智が連れて来たんじゃん。それにここ校内だし。二年にもなって送ってくよ、ってどうなの?と理が心のなかでツッコミを入れる。が、案外何も考えていないのだろう。茉莉は素直に智と保健室を出ていった。少しばかり理のことを気にしながら。

 

「優しいお友達とお姉さんね」


 養護教諭の言葉に理は苦笑いした。



 それからも智のアプローチは続く。始めのうちは理に関することで声をかけてくることが多かったが、近頃は校内で見かけたからという理由で話しかけてくることが多くなった。

 茉莉としても弟の友達だし避ける理由はないのだが、いかんせん彼は女子の間では人気がありすぎた。

 女の子と遊んでいるという噂は聞かないものの、彼女候補の集団のようなファンクラブがあるらしい。理の試合を見に行った時に目にした、タオルだはちみつレモンだなんだと甲斐甲斐しく世話をしていた集団のことだろうと察せられる。


「まあ、私には関係ないことだけど」


 と、茉莉は楽観視していた。智が自分に話しかけてくるのは、友人の姉という立場だからだと理由付けていたからだ。


 そんな智の行動に困惑したのは智の非公認ファンクラブを結成している女子たちだった。彼女たちはみんな等しく智との距離を保つことを良しとしていた。つまり抜け駆け禁止ということである。

 唯一の例外は智から誘われたときはデートしてよし。智から誰かが告白されたときはファンクラブを解散という暗黙の了解になっている。

 だが未だかつてその特例を行使できたものはいなかった。だからみんな安心していたのである。みんな仲良く当番を決めて差し入れ弁当を作り、練習試合を観戦していた。

 キャピキャピと近く遠く平和的に共有していたのである。

 それがここに来て均衡が崩されることになろうとは。いや、まだそれは達成させられていない。智の近くにいる彼女たちだからこそ、智の求愛行動にも気付けたのであり、未だ恋人関係にないことも知れたのである。

 彼女たちにとってファンクラブから誰かが選ばれるのであれば許せる、そんな気持ちもあった。だが、智が追いかけ回しているのは、ファンクラブ会員ではない。それに憧れの智がこの人を選ぶなら仕方がないかとも思わせてくれない……美人でもない。

 ファンクラブの面々は煮え切らない思いで智と、智に構われる白いプクプクした女を木の陰からハンカチをくわえて見つめていた。


 そうだ、ファンクラブの会員でなければ会員にしてしまえばいい。そして特例には口をつぐんでおこう。


 そして当然の流れともいうべき恐れていた事件が起こった。

 使い古された手法でありながら、言い換えれば洗練されたトラディショナルともいうべき体育館裏へのお呼び出しであった。

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