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誤配達は恋のはじまり

 一人の少女がお弁当袋を手に教室に入ってきた。その挙動不審ぶりから、この教室が彼女のクラスではないことがわかる。

 だがこの少女の挙動不審ぶりは単なる気の小さい性格からきているもので、決して疚しいことをしているわけではない。


さとるの席……たしか窓際の一番後ろだっけ。お弁当忘れて行っちゃうなんて理はドジだなぁ」


 少女は少し迷うようにして机の間を歩くと、やがて窓際の一番後ろの席にそっとお弁当を置いた。そしてまるで周囲を憚るように来たときよりも足早に教室を後にした。

 昼休みに入ったばかりのこの教室には誰もいなかった。実は二年A組は体育の授業が終わったばかりで、誰もまだ教室に帰っていなかったのだ。

 少女は双子の弟、理に無事お弁当を届けられたことに満足して、自分のお弁当を食べるべく廊下を早足で戻っていった。



 

「あー、腹減った」

さとる、いつもそれなのな」


 二人の男子が談笑しながら教室に入ってきた。

 迷いのない動きで自分の席へと歩いていく。そして、自分の席に置かれていたお弁当に気付いた。


「智……またかよ」

「いつもすみませんね~」


 嫉妬の少し滲んだからかいに智はお弁当を置いていってくれた誰かにいい加減にお礼をいい、それを当然のように鞄に入れた。そしてまずはジャージから制服へと着替える。

 そうしている間にも次々と男子が自分の教室へと戻ってきた。戻ってくるのは男子ばかりだが、ここは男子校ではない。女子は専用のロッカールームで着替えをすることになっているのだ。

 だから女子が戻ってくるのは、もう少しあと。


 男子たちはそれぞれ着替えを済ますと、昼食に取りかかった。あるものは購買へ。あるものは学生食堂へ。そして弁当を持ってきているものは、机で弁当箱を開けていた。

 真っ先に食べ始めたのは、智とその友人。

 智は水色の弁当袋に小さく青い糸でサトルと刺繍されているのにも気づかず、いかにも体育会系と言わんばかりの食欲を見せつけ弁当を平らげていった。

 その様子を友人が箸を手に呆気にとるように見ている。


「なぁ、誰が持ってきたか分からない弁当気持ち悪くない?」

「へ? そう? ……いつものやつらじゃないのどうせ」

「へえへえ、おモテになる碓氷うすい智様は心の余裕が違ってらっしゃいますねー。当たって腹下せ」

「うっせー。腐ってたら臭いで分かるじゃんよ……今日の弁当、マジうまい!」

「マジかよ……」


 碓氷智は英稜高校(私立ではあるが、あまり偏差値は高い方ではない)サッカー部のエースストライカーである。気のおけない会話をしている友人、近藤佳祐こんどうえいすけも同じくサッカー部でポジションも同じくフォワード。

 小学校のジュニアチームからの付き合いだ。


 そしてもうひとり……同じ教室にサッカー部の仲間がいる。

 彼はミッドフィルダーで……ってそんなことは友人関係を築く上であまり重要性はない。

 その少年は自分の机の上に鞄を乗せ中を引っ掻き回していた。さらにロッカーの中までも頭を突っ込むようにして何かを探している。

 やがてふらふらと自席に着くと、財布を取り出し、中身を確認すると頭を抱えて叫んだ。


「うあー、しまったぁ!! 弁当忘れたぁー!」


 その少年は、男子の中では小柄な方の玉野たまのさとる。彼は廊下側一番後ろの席で叫んだ。

 その大声に教室中の男子たちが振り向き、ぎょっとする。智も思わず箸を止めた。


「碓氷くん、良かったらこれ食べて」


 ようやく戻ってきた女子のうちの一人から碓氷は本日二個目のお弁当が差し入れられた。智はごくんと口のなかの物を飲み込み、理を見た。意図せず食物が集まっていく様を見ていたらしい恨めしげな目をした理と視線が合う。


「これ……理にやっても……」


 智がまだ机の前に立っている女子におそるおそる尋ねてみるも……女子は笑顔を貼り付けつつ……黒いオーラが滲み出る。


「……ですよね」


 智は心の中ですまんと理に謝った。そして礼をいい女子から本日二個目のお弁当を受け取る。佳祐はその一連の様子を見ていた。そして内緒話の声で智に言った。


「なぁ、二個もお弁当が届くことって今まであったか」


 智も返事をこそこそと返す。


「二個は初めてだよな」


 そう囁き合っていたとき、ふらふらと理が寄ってきた。


「智……てめぇ、一個ぐらい寄越せ。デブるぞって…………ああっ!」


 理が突然大きな声を上げた。理は智の手元の弁当を凝視して、わなわなと口を震わせている。


「なんで智が俺の弁当食ってるんだよっ!」

「へ? お前の? だってこれ、俺の机の上に置いてあったぜ?」

「うん、俺も見た」

「だって、ほら。サトルって刺繍されてんじゃん!」


 理が指差した先には青い刺繍糸で縫いとられた名前があった。だが残念なことにカタカナ表記で名前だけである。


「俺もサトルだけどな」


 智の冷静なツッコミに理は頭を掻き乱して叫んだ。


「うがっーー! 絶対これ姉ちゃんだっ!」

「お前の姉貴?」


 うん、と理は涙目で頷いた。


「俺の双子の姉ちゃん。C組の玉野たまの茉莉まり。すんげードジでいっつも何かしら失敗するんだ」


 智は理の言葉に少し険しい表情でたしなめた。


「姉ちゃんをそんな風に言うなよ。理が忘れていった弁当届けてくれたんだぞ」

「うっ……そうだけど……そうだけど、智が言うな」


 もっともだと佳祐も頷いた。だが、差し入れ弁当に慣れきり確認を怠った智と、弁当を忘れてきた理。そして席を間違え弁当を届けた理の姉。

 みんなどっこいどっこいの過失であろう。むしろモテ男は万死に値す。得点を入れれば黄色い声を独占する智に佳祐はやっかみにも似た気持ちがあることは自覚していた。それは同じポジションだからこそ余計に感じるものであり、だからと言ってそれによって自分が受ける智の人間的な魅力が損なわれるとも思っていない。つまり負の感情もよろこびも共に味わい分かち合ってきた親友ということだ。

 これで一日二個の弁当差し入れの怪の真相がわかった。佳祐は色々なことが腑に落ちて爽やかかつクリアな気分だった。


 その後、理は財布の中身が三十円しか入っていないことを暴露し、教室内に涙を誘った。智はおわびにとデザートとして買ってあった焼きそばパンと生クリームメロンパンを理に手渡した。

 同じく佳祐は五つ入っていたおにぎりを一個、理に譲った。こっそり苦手な梅干入りを押し付けたということは理には内緒だ。美談が思わぬ争いの種になってしまう。梅干しなだけに争いの種だなんてうまく言った、だなんて少ししか思っていない。


 そして喜色満面となった理に、智はなに食わぬ顔で聞いた。


「なぁ、この弁当、誰が作ってンの? 母親おや?」

「んーん、姉ちゃん」


 うきうきと焼きそばパンにかぶり付きながら素直に返事をした理に智はほくそ笑んだ。

 玉野家の弁当の味にすっかり魅せられた智は、同級生でありながら未だ認識していなかった玉野茉莉にすっかり興味を惹かれてしまった。

 毎日届けられる弁当は本当にありがたいし、女の子にキャアキャア言われるのも気分がよい。だが、それも彼女ができるまでのこと。自分がモテているという自覚があった智だが、これまで彼女にしたいと思う女子はいなかった。けれど彼女が出来たらしたいことややってみたいと思っていたことはたくさんある。

 智は頭の中にまだ見ぬ理の姉を理想の姿にイメージし、にやにやと妄想の世界に浸った。


 だが、理の言葉は嘘ではないものの、言葉が足りなかった。

 弁当を毎朝作ってくれているのは、両親に代わり家事を請け負いながら大学に通う一番上の姉だった。

 茉莉も理もミツバ商店街の中にあるねこまんま食堂で生まれ育ち、おもに父から料理の指導を受けているものの、イマイチセンスがなかった。次期店主は、英稜高校在学中は料理倶楽部の女将ぶちょうも務めたという長女が有力候補だと言われている。

 だからこそ理は、好きなサッカーを小さい頃からやらせてもらえていた。


 小学校もジュニアチームも違う智と佳祐はそのことを知らない。彼らは毎日隣の市から電車通学しているのだ。


 噛み合っているようで噛み合っていない。そんな友人たちを佳祐は眺めながら食後のミルクコーヒーを啜った。


 


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