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この次、恋をするときは  作者: うえのきくの
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「ただいま……」

「おっかえりー。ごはんなーにー?フキエさ……ん?あれ、玲二くん、一人?」

「あー……あいつ、もう帰ってこないかも」

「は、え!なんで?!」

「んー、何となく、そんな気がする」


それだけ言うと玲二は自室に閉じ籠りベッドに突っ伏した。 柔軟剤の匂いがする。 フキエがこの家にやって来るまではしなかった匂いだ。 きっと、洗濯をしてくれるようになってから用意されたものだろう。

手を握ったのは、きっとあの屋上で一度だけだ。 それなのに、今もその感触が忘れられない。


どうしてあんな話をしてしまったんだろう。

フキエを、好きだと思った。

屈託なく笑う顔をずっと見ていたい。 作ってもらった料理を食べたり、テレビを見て笑ったり。

手に触れて、頬に触れて、抱きしめたい。

他の誰にも見せない顔を、俺だけに見せてほしい。


────でも、言えなかった。 どうしようもないクズで、最低の男だった過去は、どうしたって消すことができない。

あの頃、ただ快楽だけがほしくて寝ていた女たちのなかに、玲二に対してそんな思いを抱いていたものもいたのかもしれない。 気づいたこともあった。 自分だけを見てほしいそぶりをされた記憶もある。 それなのに面倒くさくなりそうな相手はバッサリと切った。

人を人とも思えなかったあの頃の自分。 今もきっとこの体のどこかにそれはある。


フキエには、相応しくない



鬱々と眠れない夜を過ごした。 カーテンを引かなかった窓に朝の光が差し込んでくる。

夜中のうちに荷物を取りに来るんじゃないかと思っていたフキエはついに現れなかった。

静かなキッチンに上がり、コーヒーを落とす。 あかりは一人で遅くまでなにやらわめいていたが玲二が相手のしないとわかると、夜更けには自室に戻っていったようだ。


さて、今日から店はどう回そう。 飛び石で休みがあってのクリスマスウイーク。フキエのいなくなった穴を埋める方法とスタッフへの説明を考えていたとき、玄関が開く音がした。


「……え」

「フキエさん!」


立ち上がった玲二より早く、玄関に近いあかりが部屋から飛び出したのがわかった。 ふげっ、とかウウッ、とか怪しい声が上がっているので恐らく力任せのあかりに抱きつかれているのだろう。

玲二も怖々階下をのぞく。 案の定弓なりに反り返ったフキエがあかりにしがみつかれていた。


「……お前…」

「ああ、玲二さん。おはようございます。早速なんですけど何とかしてくださーい」

「あ、ああ」


べりりとあかりをひっぺがすと、意外なことにあかりは泣いていた。


「どうしたんですか、あかりさん?!」

「だって……だってもう帰ってこないかもって、玲二くんが言うから……」

「ちょっと、って言ったじゃないですか。だいたい、私ここのほかに帰るところなんてないんですから」

「あ、ああ、そう……」

「さ。ご飯準備できませんでしたけど、そこのベーカリーでパン買ってきましたから食べて出勤しますよ!」

「ああ、うん」


玲二が落としたコーヒーを当たり前のようにマグにわけ、フキエはテーブルについた。 そして、焼きたてであろうパンをちぎって口に運ぶ。 今朝からはないはずの光景が今日もまた繰り返される。


「玲二さん、食べましょう?時間ないですよ」

「……おう」

「あ、玲二さん。今夜少し付き合ってもらえませんか?」

「え、なに?」

「ええ、ちょっと。あかりさん、遅くなりますけど、ご飯なにがいいですか?」

「うーーん……今日も寒そうだから、唐揚げ!」

「そのメニュー、気温関係ないですけどね?じゃあ、帰りに買い物してきます」


いつもと全く変わらない朝。 夕べの玲二の告白をフキエは忘れてしまったのだろうか。


「フキエ!」


先に歩き出した彼女に玲二が声を掛ける。 ピクンと反応したフキエは一瞬立ち止まり、玲二と歩調を合わせた。


「お前さ……どういうつもりなんだ?夕べは、どこにいたんだ」

「……ネットカフェというところに、初めて行きました。行ったことありますか?」


ないので首を横に振る。


「お泊まり料金を払うと、ネットもDVDもマンガも見放題です。ドリンクもホットとアイス、30種類ほどあるのを飲み放題。ソフトクリームも自分で作って食べ放題です。驚きました」

「ふーん、すげえな……じゃなくて。そこに何をしに行ったんだって聞いてんだよ」

「志帆さんの事件について調べてきました」

「し……」


絶句した。

調べてきたって、志帆の事件を?なんにために。どうしてお前が。

頭のなかを疑問が渦巻いて、玲二は言葉にもならない。


「たぶん。玲二さんはその件について、一生忘れることはできないと思います。そして、生きている限り志帆さんのことは頭から離れることはないでしょう。苦しんで、後悔する。命がある間ずっと」


知っていたけど、覚悟はしていたけれどそうあからさま言われると動揺する。 それなのにフキエの横顔は何故か少し微笑んでいるように見えて、伸びた背筋は力強い。 この人はこんなに凛としていただろうか。


「私はこの事件についてなにも知りませんでした。だから調べられる範囲ですべて調べました。新聞、雑誌、インターネット上に流れる下世話な記事も、犯人のその後も、家族の人についても」

「……どうして」

「何をしたって、どうしたって起こったことはなかったことにはできません。でも、玲二さんは本当のことを、まだ知らない」

「本当の……」


これ以上、何を知る必要があるのだろう。 卑劣な事件が起きて、志帆が死んだ。 玲二はそこから逃げ続け、まだ立ち上がれないでいる。

それ以上、何を。


「だから、その答えを探しに行くんですよ」





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