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この次、恋をするときは  作者: うえのきくの
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「ん……くあ……っ」


 目が覚めたのは場所もどこだか覚えていない、ラブホの一室だった。 二日酔いだろうか頭が少し痛い。自 分のからだがめっちゃ酒臭い。

 隣に転がっているのは……名前はなんだっただろう。 とにかく志帆と初めてあったときの飲み会の向こう側の幹事だった女だ。


 ……志帆、しほ……


 うわ、やっべ。


 時計を見ると待ち合わせの時間は過ぎている。 平日だからの遅めのチェックアウトでよかった……って、そうじゃない。


「んん……おはよー……って、酒臭いよお……」

「悪かったな、お前もだよ……なあ、遅刻ついでにもう一回戦どう?」

「なに?遅刻って……うわ、こらあー……」


 もう、遅れたもんは仕方ない。 時間を過ぎても来なきゃ帰るさと結論を出した玲二は、目の前の準備する必要もなくさらけ出されていた躰を堪能することに決めた。



 チェックアウトの時間が来てホテルの前で女と別れると、玲二は家へと向かって歩いていった。 途中、待ち合わせの公園があり、中を抜ければ近道だけど、まだ志帆が待っていると面倒なので公園の回りを歩いて帰る。

 四方に出入り口のある公園の1ヶ所の出入り口が何やら騒がしい。 なんだろうと野次馬の波をくぐり中を覗くと道路には救急車とパトカーが詰めている。

 小さい入り口の奥、公園に続く階段の上に下に、警察官や救急隊員がうろうろしている。 測量に使うような大きな巻き尺で警察官が階段の高さを測っていたその先。 遠くからでもわかる血だまりが見えた。


 ドクン

 心臓が急に走り出す。


 あの階段の上が、待ち合わせ場所じゃなかったか……


 救急車が走り出した。 けたたましいサイレンを鳴らし夏の町を切り裂いていく。

 視力はそんなに悪い方じゃない。 階段の途中に転がった志帆のバッグに気がついて、吐き気がした。

 そんなはずはない。 見間違いだ。 似てるだけだ。こんな昼間に階段から落ちるとか、バカじゃないの?



「そのバッグ似合うな」


 あれはいつだろう。 2回目くらいに会った時か。

 確か、昼時に飯食おうってファミレスに行ったんだ。 女の荷物は多いと決まっていると思っていた玲二は、そのバッグと持ち主を見比べた。

 化粧品は……入ってねえな、つか、必要ねえな化粧直しの。 たぶんすっぴんだ。


「え、そうかな?」


 気に入ってるんだ、笑った顔は子供みたいだった。


「ああ、いいんじゃね?ちっちゃくて、赤くて……あー、お前に似てんな」


 階段に転がったそれは、あの時の


 ……

 口を手で押さえて走り出した。

 あんなに血が出たら、人はどうなるんだろう。 階段は当然コンクリートだ、そんなところに頭をぶつけたら……


 駆け込んだコンビニで一度吐いた。 掃除してた店員がビックリして大丈夫かと聞いてきたけれど、それどころじゃない。 ふらふらになりながら駆け戻り、家の便所でも吐いた。 何も出なくなり、頭が考えることを拒否してぼんやりしていた。何時間も。

 夕方でもまだ明るい5時頃、家の呼び鈴がなった。 弾かれたように立ち上がった。



「で、玄関開けたら警察がいた」

「……」

「それで、俺と待ち合わせしてた女が事件に巻き込まれて、さっき亡くなったって言われた。俺が志帆の友達に乗っかってる頃さ、あいつは階段から突き落とされてた」


帰宅途中に始まった話は、途中の小さな公園のベンチで唐突に終わった。

フキエは電池が切れたように止まってしまった玲二を恐る恐る見上げた。


心が空っぽだとしたら、人はこんな顔になるのだろうか。 開いているはずの瞳はなにも写さずどんよりと濁り、一ミリも動かない口許からは感情の欠片も読み取ることができない。

今は夜で、星もなく低く垂れ込めた冬独特の空。 それを見上げていた玲二が小さくため息をつき力なく頭を下げた。


「な、軽蔑しただろ?」

「……」


フキエには答えることはできなかった。 若気のいたりとかいう便利な言葉で励まして、それで、玲二の心は晴れるのか? たぶん、ない。 9年前の話だとあかりも言っていた。 その程度で払拭される思いなら、もう自分のなかで解決しているだろう。


「犯人はさ、その場で通行人に押さえつけられて現行犯逮捕されたんだ。

一度だけ、裁判を傍聴したんだけどさ、その日に検察の調書が読まれて……公園の入り口で藪に引きずり込まれそうになった志帆がさ、めちゃくちゃに抵抗して……俺を呼んだんだって。何度も、なんども。

……それで公園にいた人が気がついて助けに入ろうとしてくれたんだけど、逃げようとした犯人が志帆を振り払ったら、落ちてった、って……」


玲二の顔が大きく歪む。

震える声で、それでも笑った


「俺のこと……最期まで待ってたんだ、あいつは」


どれ程の後悔をしても抱えきれない罪を背負っても、もう彼女は帰ってこない。 家族や友人たちから永遠に奪ってしまった。

玲二が、彼女の死の責任を感じる必要はない。 誰よりも何よりも責められるべきはなんの落ち度もない彼女に邪な感情を抱いた犯人だ。


それでも、玲二の心を縛り付けている理由に、彼自身は気づいているだろうか。

もう、抜くことができないくらい深く刺さった杭のような記憶を引きずったまま、これからも独りで生きていくのだろうか。

その彼のため、フキエに出来ることなど……


「ちょっと、出掛けてきます」

「は」

「夕食は各自何とかしてください」


ひどく冷静な口調でフキエが告げた。 公園のベンチは一人が立ち上がるとミシッと嫌な音がした。


「どこに……」


突然走り出したフキエに玲二は止めることができなかった。 夜の公園を駆け抜けていく後ろ姿は不意に消えた。 見えなくなってしまっても、玲二はそこから動けなかった。






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