少女曰く、
都市部から離れた郊外にある廃校。
築六十二年で、ボロいという印象が強い。
校舎は森に囲まれ、校門前には田んぼが広がっていた。
自然に囲まれたと言えば良く聞こえるだろうが、交通の便も悪く、周辺には店の類が何も無い。
自分がここに通ってたらと思うと、ゾッとする。
校舎の解体工事の現場監督の蓮水陽一は思った。
廃校になってから、幾度と解体の工事が予定されては中止が繰り返されていた。
だが、教育委員会から、なるべく早く工事を施工してくれという、妙なオーダーが入っていた。
引っ掛かりを覚えた蓮水は、工事前日、現場である件の高校へと足を運んだ。
到着早々、目に入ったのは正門に手を掛け学校の様子を見ている少女。
その姿は、一言で言えば浮いていた。
黒のレースをふんだんに使ったワンピースに編み上げのブーツ、所謂、ゴシック&ロリータのファッションに身を包んでいて、この辺りの風景にはミスマッチだ。
少女は、蓮水の存在に気づくと、
「おじさん、学校壊す工事の人?」
と、質問した。
初対面の人に、それも年下からタメ口で話しかけられたことに対して、最近の若いものは等と思いながら、あぁと、頷いた。
「そういうお前は?」
と質問したが、少女は答えるつもりはないようだ。
少女のツーンとした態度は、蓮水をイラつかせるに足るものだった。
「何か用か?」
蓮水はガシガシと頭を掻いて聞いた。
が、少女は答えない。というよりも、聞いていない。
蓮水は少女と会話することを諦め、小さくため息を吐く。
そして、裏門へ回ろうと歩き始めた時、
「気をつけて」
と、少女の囁きが耳元で聞こえた。
蓮水は、全身の毛穴が開くような、ゾワッとした感覚に襲われた。
バッと振り返ると、少女は門の前でこちらを見ていた。
少女は、裏のない純粋なと表現しても良いかもしれない笑顔をニコッと見せた。
だが、蓮水はその笑顔が怖いと感じた。
「ここには、きんが出るの」
「金が出る……?」
少女の言葉に理解が追いつかず、蓮水は少女の言葉を繰り返した。
「そう。だから、気をつけて」
そう言って、少女はその場から立ち去って行った。
「おい、どういう意味だよ!」
蓮水の言葉が虚しく響いた。
翌日。
予定通り、校舎の解体工事が始まった。
蓮水は、作業員に指示を出しながら、昨日のことを思い出していた。
金が出るから気をつけろと言った少女の後を追おうとした。
が、突風が吹き荒れたかと思うと、少女はもうそこにはいなかった。
「どうしたんですか? 考え事ですか?」
後ろから掛けられた声に蓮水の意識は現実に引き戻された。
振り返ると、人懐っこい顔をした青年がいた。
名札に山下と書いてあるのが見えた。
蓮水は、いやと否定を口にしたが、少し間を開けてから、
「なぁ、この辺りで女の子見なかったか?」
「女の子?」
「ああ。なんだ、原宿とかにいそうなヒラヒラした服を着た……」
蓮水は昨日いた少女のことを聞いた。
が、山下に心当たりは無いらしく、
「そんな子いたら、すごく目立ちそうですよね」
と、率直な感想を述べた。
蓮水はそれもそうかと思い、
「今のは忘れてくれ」
と告げた。
それよりと、山下が話題を変えてきた。
「学校には怪談ってつきものっすよね」
山下のテンションは明らかに下がっていた。
「なんだ、お前。信じてんのか?」
「……いや、信じてる訳じゃ無いですけど」
「けど、なんだよ」
「……なんつーか、不気味じゃ無いっすか。ここ廃校ですし」
「……なぁ、知ってるか? 夜中に理科準備室の人体模型が」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!やめてくださいよ」
蓮水は山下をからかいながら、グラウンドへと移動した。
怪談にびびっていた山下だが、
「あー、でもここ、変な噂がありますよね」
と、別の話題を切り出した。
「この現場って、施工して中止してを繰り返してるじゃないですか。
なんでも、工事の途中で埋蔵金が見つかるんだそうです。
でも、金に目がくらんだ作業員たちがその埋蔵金を奪い合って、殺し合いをしたせいで工事ができなくなったんだそうですよ?」
山下は大真面目な顔して言った。
「は? なんだそれ?」
「まぁ、あくまで噂ですけど。
あと、この学校で女の子が自殺したことがキッカケで廃校になったとか」
「ふーん」
「あ、蓮見さん興味ないって顔してる……。ひどい」
「いや、待て。ひどいのはどっちだ?
これから仕事だっていうのに士気下げるようなこと言いやがって」
蓮水は、ガシガシと頭を掻いて、大きなため息を吐いた。
そんなやり取りをしているうちに、グラウンドに着いた。
と、グラウンドには白い塊が点在していた。
何だ? と思い、近づいた。
と、それを認識した瞬間、心臓が跳ね上がった。
白い塊は、白骨化した骨だった。
サッカーコート+αの広さのグラウンド全体に点在した骨は、一体何人分だろうか。
と、蓮水の脳裏に、さっきの山下の話が浮かぶ。
「この現場って、施工して中止してを繰り返してるじゃないですか。
なんでも、工事の途中で埋蔵金が見つかるんだそうです。
でも、金に目がくらんだ作業員たちがその埋蔵金を奪い合って、殺し合いをしたせいで工事ができなくなったんだそうですよ?」
あるはず無いと、言い聞かせるように、頭を振って山下の話を頭の外へと追いやる。
今度は、昨日の少女とのやり取りが浮かぶ。
「ここには、きんが出るの」
「金が出る……?」
「そう。だから、気をつけて」
いや、まさか……。
蓮水は目の前の非現実的な光景に、吐き気を催し、その場で嘔吐した。
と、蓮水は違和感を覚えた。
口の中に残るのが、胃酸の酸っぱさではないということに。
鉄のような苦い味だということに。
吐いたものが赤い色をしているということに。
ふと、手が見えた。
水疱瘡のように赤い斑点がボコボコと出来ていた。
「な、なんだこれ!」
自分の身に起こったことが、理解できない恐怖が全身を覆った。
この場から逃げようと、一歩後ずさる。
が、背後でドサっと何かが落ちる音がした。
蓮水は、怖る怖る振り返った。
山下が倒れていた。
その肌は、赤い斑点でボコボコしていた。
「嘘……だろ……ッ!!」
蓮水は、胃からせり上がって来た不快感にゲホッゲホッと咳き込み、倒れた。
工事現場で作業していた作業員との連絡が取れなくなったことを受けて、今回の解体工事も中止となった。
関係者は皆、口々に呪いだと言った。
十年前、殺された少女の呪いだと。
とある教師が少女に性的暴力をふるった事件。
少女は、校長に掛けあったがまともに話を聞いてもらえなかった。
そして、件の教師が少女の口を封じた。
その際、少女の肌は水疱瘡のようにボコボコと赤い斑点に覆われた。
その後、少女は服毒自殺という警察の見解でこの事件は幕を下ろした。
十年経った今、件の教師は、県の教育委員会で委員長になっていた。
過去の事件を忘れたいが為に、早く校舎も何もかもを無くしたかったようだ。
が、過去に四回。工事を依頼する度に、作業員と連絡が取れなくなり、中止が続いた。
今回で、五回目。
まるで、事件を忘れることを許さないとでもいっているかのようだ。
「あーあ、だから気をつけてって言ったのに。
ここには、菌が出るって。
私を殺したばい菌がまだ残ってるって。
人の忠告を聞かないからこうなるんだよ」
グラウンドに横たわる蓮水を見下ろしながら、ゴシック&ロリータのファッションを見に纏った少女は言った。
赤い斑点が残る口元は怨みに歪み笑っていた。
夏だしホラー書きたくなっちゃった。的な?
どうも。むぅです。
企画に参加したい的な出来心で書きました。
とはいえ、ホラー作品を怖くて見ない読まない私です。
セオリーとか知らない(えっ
菌と金を掛けるなんてダジャレから始まってます。
読者の方を怖がらせようと書いているはずなんですけどね。
よくよく考えたら、怖い要素がない的な。
それでも、楽しんでいただけたのならば、嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました。
それでは、失礼します。