表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

拝啓 貴方へ 椿より

作者: Stairs
掲載日:2014/05/10

自分でもちゃんと書けてるか分かんないので、何かおかしな部分がありましたら、教えてください。

――え、と? これは?

 

 ――椿ツバキ。貴方にあげる。

 

 ――そっか、……ありがとう。大事にするよ。

 

 ――覚えておいて。椿(ツバキ)の花言葉は、『私は常に貴方を――

 

 男が握っていた手がするりと落ち、電子音が鳴り響いた。

 

 *

 

「――これをこうして、と」

 

 薄暗い研究室。

 白衣を着た男の手にはかなり大きめのビーカー。

 中には、花が落ち、枯れてしまいそうな椿が。

 

 男はその椿を、蘇らせようとしていた。

 

 男はビーカー中に緑色のドロリとした液体を混ぜる。

 

「これで……やっと……」

 

 突然、ビーカーに亀裂が入る。

 

「何だ……!?」

 

 椿の枝と接触した瞬間、緑色の液体が強い反応を起こした。

 緑色の液体が枝に纏わりつくように動き出したのだ。

 

 その形はアメーバの様だったが、徐々に球体に近くなり、ついには小さな人のような形になった。

 

「何なんだ……これ…」

 

 その緑色のヒトガタはゆっくり起き上がり、ビーカーの底にちょこんと座ると、男の目をじっとみつめた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が痛い。

 

「……ビーカーの中というのもアレだな」

 

 すると、緑色のヒトガタはとてとてと歩き、男の手のひらに乗った。

 男は手をそっとビーカーの中に入れる。

 

「あー…どこに座りたい?」

 

 男はヒトガタに問いかけた。

 

「アー…ドコニスワリタイ?」

 

「何故復唱するんだ……」

 

「ナゼフクショウスルンダ……」

 

「……なんぞこれ」

 

「……ナンゾコレ」

 

 取り敢えず男は近くに落ちていた本を数冊、机の上に積み重ねると、そこにヒトガタを乗せる。

 

 首を傾げたまま、こちらを見つめるヒトガタを放置し、男はベッドにダイブした。

 疲れていた男は、「プリキュアになりたい」と呟きながら、眠りにつく。様はただの現実逃避である。

 

 

 次の朝、男はアラームによって目を覚ました。寝ぐせのついた頭を掻き、昨日ヒトガタを放置した場所を見る。

 

 ヒトガタは昨日と同じ体勢で男を見つめていた、と思いきや、そこにヒトガタの姿はなく、積み上げていた筈の数冊の本が机に散乱していた。

 

「……一体、何処に…」

 

 男は起き上がり、研究室を見渡す。

 

「……見つけた」

 

 意外と早く見つかったヒトガタは、少し離れた位置にある机の上に座っていた。

 ――本を読みながら。

 

「何をしてるんだ……」

 

 男はヒトガタへと歩いていく。すると、足音で気付いたのか、ヒトガタは本のページを開く手を止め男を見た。

 

「本……なんだ?『サルでもわかるコミュ力育成』? あー、確かにそんな本あったな……」


昔、「お前は人付き合いができないから」と貰ったものだ。

 

「……発見は極めて困難である」

 

 ヒトガタは眉を寄せて言った。

 

 何の発見かはさっぱり分からないが……

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん?

 

「……喋っ、た?」

 

「コミュニケーションを取るためには会話が必要」

 

「あ……ああ」

 

「これを覚えてコミュニケーション能力を上げよう」

 

「……なるほど。本の文章を暗記して会話に使っているのか」

 

 言葉を覚え、文字を読み、意味を理解する。

 それを一晩でやったというのは凄まじい知能の高さである。

 

「……それで、何が見つからないんだ?」

 

「昨日の夜、『プリキュアニナリタイ』と発言していた」

 

「えー…それ気になっちゃうんだー……」

 

「『プリキュアニナリタイ』とは何か」

 

「うん、まぁ、アレだ。……現実から逃げたいときに使う言葉……だよ?」


 多分。

 

「理解した」

 

 言葉が堅苦しい。論文しか本棚には入っていなかったのだから仕方ないのかもしれないが。

 

「それにしても何なんだこの生命体は……」

 

 髪の毛や、目などがあるのに全身緑色。左腕が椿の枝。謎生物である。

 

 男はさっきからじっとこちらを見つめるヒトガタの頬を指でつつく。

 

 ぷに。

 

 つつく。

 

 ぷに。

 

 つつく。

 

 ぷに。

 

「何という事だッ……! こいつは殺戮兵器だったのか……!」

 

「……?」

 

 首を傾げるヒトガタをつつきながら、ふと、時計を見る。

 既に正午を過ぎていた。

 

「何か食べるか……」

 

 男はヒトガタの頬をつつくのを止め、冷蔵庫へと向かう。

 冷蔵庫の扉を開けると――

 

「……空だな」

 

 何も入っていなかった。

 

 仕方なく棚からカップ麺を出すと、お湯を沸かし、注ぐ。

 

「そういえば……あのヒトガタは何を食べるんだ……?」

 

 分からないので男は取り敢えず水を持っていくことにした。

 

 男がヒトガタの机に戻ると、ちょうどヒトガタが『サルでもわかるコミュ力育成』を読み終えたところだった。

 

「水。飲めるか?」

 

「可能」

 

 男は小さめの皿に水をいれ、ヒトガタの目の前に置いた。

 ヒトガタは皿の上に乗ると、そのまま座り、水の中に浸かった。

 

「お前のその口は何のためについてるんだ……?」

 

 口からは飲まないらしい。

 

「一つ質問がある」

 

「……何?」

 

「『名前』とは何か」

 

「……物や人物を識別するために使われるものだな。……どうしてそんなことを?」

 

 ヒトガタは少し考えると、言った。

 

「自分には名前がない」

 

「えっと……それはつまり、名前が欲しいって事……で、いいのか?」

 

「肯定」

 

 男は焦る。生まれてこの方、名前を付けたことなど一度もない。

 

「……どんな名前が良い?」

 

「この本に書かれている『グレイヴ』の様な名前が好ましい。とてもかっこいい」

 

「あーどれどれ?……薙刀みたいな奴じゃんそれ。というか、もうそれを名前にしてしまえば良いだろうに」

 

「……!」

 

「その発想はなかった! みたいな顔してんなお前」

 

 男はお湯を入れてから既に三分を軽く超えているであろうカップ麺のフタを開ける。

 

「うわぁ……伸びちゃってるなー……」

 

「『ノビチャッテルナー』とは何か」

 

「麺ってのはな――」

 

 ヒトガタ――グレイヴが質問し男が答える。

 そんな事をひたすら続け、気付けば夜になっていた。

 

「あぁそうだ、この本をあげよう」

 

 男はグレイヴの前に本を置いた。

 

「これは」

 

「小説。その口調は堅苦しいからな。参考にでもなればいいと思って」

 

「感謝を」

 

「あぁ、いいよいいよ。んじゃ、俺は眠いから寝るわ。グレイヴもほどほどにして寝ろよ」

 

「自分は睡眠を必要としない」

 

「わぁなんて便利な体だこと。お兄さんにもその体分けてくれよ」

 

 久しぶりに会話をしたからだろうか。

 男はここ最近、時間が過ぎるのが早く感じていた。

 

 ☆

 

 アラーム音。男は目を覚ました。

 手を伸ばし、アラームを止める。その時、右手に違和感があった。

 

「ん……?」

 

 少し指の皮膚が剥がれている。擦ると、ボロボロと落ちた。

 

「これは……」

 

 むくりと起き上がる。奥の机の上で、グレイヴが皿の水に浸かっていた。

 視線をスルーして洗面所へ向かい、冷水で手を洗う。ついでに顔を洗って歯を磨く。

 

「……ふぅ……少し、マズいな…」

 

 ぺっ、と男が洗面所に吐いたのは、奥歯だった。

 

 血液の臭いで満たされた口内をどうにかしようと、冷蔵庫を開いた。

––何か甘いものでもあればいいのだが……。

 

「空だな」

 

 現実は甘くはないのである。

 

「ちょっと買い物にでも行ってくるか……」

 

 荷物を取りに、男は研究室へと戻る。

 

「おーい。グレイヴー」

 

「何だ―?」

 

 口調が柔らかくなっている。小説を渡したのは正解だったらしい。

 

「今から食料買ってくるから待っててな」

 

「うん。分かった」

 

 男は白衣を脱ぎ、ベッドへと投げた。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

 外に出て、車に乗り込む。エンジンをかけ、ショッピングセンターへ向かった。

 

 ☆

 

「ただいまー」

 

 男は研究室の扉を開ける。一時間前と同じ場所で同じポーズのままのグレイヴがいた。

 

「よく疲れないな……」

 

「これでも植物だからね」

 

「また便利な……。あ、そうだ。これ買ってきたから」

 

「それは?」

 

「人形用の服。着物っぽいものしか無かったけど、いつまでもそのまんまってのもアレだろ?」

 

 男はグレイヴに服を渡す。

 

「うわぁ、ありがとう! 大事にするよ!」

 

 グレイヴは嬉しそうにそれを羽織る。着られるのかという話はもうしない。慣れた。

 

「ま、喜んでもらえて良かったよ」

 

「お礼に何か出来ることはない? 椿の花千切ってあげようか?」

 

「何それ凄い絵面が痛そうなんだけど」

 

 男は冷蔵庫に食材を詰めると、白衣を着た。

 

「何するの?」

 

「研究だよ。薬の」

 

「一人で?」

 

「これでも世界一の頭脳だって言われてんだぞ? 一人でも問題ないんだよ」

 

 男はマスクと手袋を着ける。

 

「あぁ、そうだ、俺は別室でやってるから、暇ならテレビでも見てていいぞ」

 

「りょーかい」

 

 男が別室に入ると、グレイヴは立ち上がり、リモコンを両手で抱える。

 

「確か……こう使うんだっけ」

 

 電源と書かれたボタンを押す。

 テレビ画面に映ったのはニュースだった。

 

『――れで、佐藤さん。崩壊症とは何なのでしょうか』

 

『崩壊症とはですね、皆様もご存じのとおり今なお感染が広がり続けている感染症な訳ですが、簡単に言ってしまえば組織の結合が弱まって行くん病気なんですね』

 

『その主な症状は一体?』

 

『主な症状は、ステージⅠだと皮膚が薄く剥がれ落ちるといった症状が多いですね。しかも外側に分かりやすく出るのはステージⅠだけなんです』

 

『ステージⅠとは進行の段階という意味で?』

 

『そうです。Ⅱであれば筋力の大幅な低下や、歯が抜け落ちたりですね。まぁ、ほかにもいろいろある訳ですが、最終段階、ステージⅤになりますと、脳が崩壊して死に至る訳です。そして、ⅠからⅤへと移行する期間は7日間という驚異的な速度なのです』

 

『ワクチンなどはないのでしょうか?』

 

『ありません。現時点では感染した時点で100%死亡します』

 

『ワクチン等は研究中という事でしょうか?』

 

『はい。現在、F研究所がワクチンの作成をしています』

 

『F研究所とは? 聞きなれない場所ですが?』

 

『織原と名乗る人物一人が運営している研究所です』

 

『織原ですか? あの世界一の頭脳の持ち主と最近有名な、あの?』

 

『そうです。崩壊症を引き起こす病原体はガラスなど、あらゆるものを侵食して突き抜けてくる。つまり、研究するということは感染するということです。それはワクチンが完成すれば治りますが、研究に失敗し七日以内に完成できなければ死亡するということでもあります』

 

『だから誰も研究したがらないのですね。ところで、その研究方法とは?』

 

『それは我々も聞かされていません』

 

『そのような状態で本当に大丈夫なのですか?』

 

『……後は責任者に聞いてください。本日はありがとうございました』

 

 佐藤と呼ばれた男が小走りで画面外へと去って行った。どうやら、これ以上は話したくないらしい。

 

『はい。さて、次のニュースですが――』

 

「どういう、事……?」

 

 グレイヴはあの生みの親である男の名前を知らない。だが、別室に入る前に、男は自分にこう言っていた。

 

『これでも世界一の頭脳だって言われてんだ。一人でも問題ないさ』

 

 男がその“織原”だとしたら、今、男は――。

 

 *

 

「ふいー。今日はこんなもんでいいかな」

 

 数時間後、男が別室から出てくる。

 

「ねぇ」

 

「ん? どうした?」

 

 グレイヴは、男が違う、という事を願いながら、聞いた。

 

「織原って、誰なの?」

 

「織原は俺の事だが?」

 

「貴方の事なの……?」

 

「あぁ。俺が織原だ。それがどうした?」

 

「にゅーす、ってテレビで言ってた。崩壊症って病気を治すために研究してるんでしょ?」

 

 男は椅子に座った。ギシ……、という音がいやに響く。

 

「…………あぁ、そうだ」

 

「感染、してるの?」


「してない」


「嘘つかないでよ……。ワクチンを開発するって事は、感染するってことなんでしょ……?」

 

「……してる」


「ステージは……?」


「……Ⅳ」

 

「……死んじゃうの?」

 

 男は首を横に振った。

 

「大丈夫。今日、その病原体を死滅させる事が出来る成分を見つけた」

 

「本当…? じゃあ、死なないんだよね……? 嘘じゃ、ないんだよね……?」

 

「あぁ。本当だ」

 

「良かった……」

 

 男はグレイヴが自分の事を心配してくれていたという事に驚いていた。

 ここまでグレイヴが感情的になったのは初めてだったからだ。

 

「もうこんな時間か……俺もう寝るから、また明日な?」

 

「……うん!」

 

 

 翌日、再び男はアラームで目を覚ます。

 

「ん……。朝か……」

 

 しかし妙に腹部が重い。男が顔を上げると、そこにはグレイヴが座っていた。

 

「どうした?」

 

「いつも思ってるんだけど、毎朝鳴ってるそれは何?」

 

「あぁ、アラームだよ。寝てる人を起こしてくれるんだ」

 

「そうなんだー」

 

「というか、降りろ。朝食作らないといけねぇから」

 

「はいはい分かりましたよー」

 

 グレイヴは男の腹部から飛び降りると、水が入った皿へと走って行った。

 

「アイツ俺に懐きすぎだろ……ん?」

 

 腹部に緑色の破片が乗っている。触ってみると、直ぐに千切れてしまう。

 まるで、ゴムが劣化して脆くなったかのように。

 

「まさか……!」

 

 崩壊症。

 

 その三文字が頭に浮かぶ。間違いない。

 

「嘘だろ…? これって植物にも感染するのかよ……!」

 

 無機物に感染するんだ。植物に感染しても全くおかしくはない――男は跳ね起き、白衣を着る。

 

 ――大丈夫。間に合う。この症状はステージⅠだ。Ⅴになるまでに完成させればいいのだ。……いや、待てよ? この身体は既にステージⅣだ。Ⅴになるまで、僅か、一日。

 

「グレイヴー。ちょっと今日は早めに研究するわー」

 

「分かったよ。無理しないでね」

 

 ――急がないと。

 

 もう、グレイヴの声など、男の耳には入っていなかった。

 

 崩壊症の病原体は、風で簡単に吹き飛ばす事が出来る。別室は壁から風を出し、外に出さないように出来る部屋なのだ。

 

 しかし、その分、病原体は室内に充満する。これによって、進行速度は早まるという欠点もある。だから男の身体は七日経たずにボロボロになっていっていた。

 

 直ぐに男は研究に取り掛かる。今は時間が一分でも惜しかった。

 

「このサンプルを……」

 

 ――遅い。

 

「まだ薄いな……」

 

 ――もっと早く。

 

「よし……後は……っとと、危ねぇ。転ぶところだった……」

 

 ――早く。早く。早く早く。

 

「あー……くそっ、頭が回らねぇ……」

 

 意識が朦朧としだす。この時、男は既にステージⅤへ突入していた。

 タイムリミットは近い。早く二つ以上のワクチンを作らなければ、手遅れになる。

 

 男が勝つか、時間が勝つか。

 

 結果、男は時間に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗北した。

 

 15時間をかけ、完成したワクチンの数、一つ。

 男は既に限界に達していた。

 

 もう、ワクチンすら効かない程に。

 

 

 ――さぁ、選べ。

 

 ――そのワクチンを他の研究所に届け、世界中の人類を救うか。

 

 ――グレイヴに使用し、人類を滅亡させるか。

 

 ――研究所に送れば、10日で量産可能となるだろう。だが、それまでにグレイヴは死ぬ。

 

 ――グレイヴに使えば、直ぐに助かるだろう。だが、人類はワクチンを作る事が出来ず、このままのペースで行けば一年で滅亡する。

 

 ――お前なら、どうする?

 

「グレイヴに決まってんだろ。ふざけたこと選ばせるな」

 

 人類が平和な世界など要らない。男が選んだのは、グレイヴが生きている世界だった。

 ふらつきながら、男はグレイヴのもとへと向かう。

 

「どうしたの!? 顔色悪いよ!?」

 

「あぁ、少し無理しちまってな……。ほら、お前の分だ」

 

 小さなビンに入った透明な液体。……ワクチンだった。

 

「えと……これは……どういう事……?」

 

 戸惑うグレイヴ。突然ワクチンを渡されたのだ。当然である。

 

「……お前も、崩壊症に感染しているんだよ」

 

「確かに、今日は少し体がおかしい気がしたけど……。……貴方の分は?」

 

「あー……。もう作ってあってな。先に飲んだんだわ」

 

「そ、そうなの? それなら、いいか……」

 

「今日はもう働かねぇ。俺はニートになるんだ」

 

「あはは、お疲れ様。ありがとね」

 

「あぁ」

 

 そう言って、男はグレイヴに手を伸ばすと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷに。

 

 

 

 頬をつついた。

 

「何してるの……?」

 

「いや、何か触りたくなってな」

 

「疲れてるみたいだし、早く寝た方がいいんじゃない……?」

 

「あー……そうだな。じゃ、もう寝るわ」

 

「うん。また明日」

 

「あぁ、お休み。……じゃあな」

 

 男は、眠りについた。

 

 ――もう、二度と覚めることのない眠りに。

 

  *

 

 アラーム。男は目覚めない。

 その腹部には小さなヒトガタ。

 

「……ねぇ、起きてよ」

 

 小さな手を握り締める。

 

「僕は……」

 

 振り下ろす。

 

「貴方に、何も返せていないのに……!」

 

 涙が、頬を伝う。

 

「嘘つき……! 大嫌い……!」

 

 ヒトガタは涙を拭う。彼が自分を救うために、己の身を犠牲にしたことは、既に気が付いていた。

 

「だけど……! 貴方のそばに、居られた事はッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誇りに、思う……!」

 

 薄暗い研究所に、嗚咽が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

「こんなところにいたのか」

 

「うん。ここから見える景色が、僕は大好きなんだ」

 

「何もない草原に見えるが?」

 

「……昔。昔ね、ここには、小さな研究所があったんだ」

 

「へぇ。……それで?」

 

「そこで僕は暮らしてた。まぁ、たった数日だったんだけど」

 

「ふーん。思い出の地ってわけか」

 

「まぁ、そうだね。でも、もう一つ理由があるんだ」

 

「理由…?」

 

「僕の友達で、僕の愛した人。その人が、ここで眠ってる」

 

「お前が愛した人、ね」

 

「僕は待ってるんだ。全部を捨てて、僕だけを望んでくれた彼を」

 

「そいつのことが大好きなんだな」

 

「うん。いつか、もう一度会いたいなって、ずっと過ごしてきた」

 

「……そっか」

 

「もう一度話したかった。もう一度傍にいたかった。もう一度、僕に触れて欲しかった……!」

 

「そこまでそいつの事を……?」

 

「あれから26年間…! ずっと……忘れたことも無かったんだ……!」

 

「……グレイヴ」

 

「だから……! またっ……!」

 

「……ありがとな」

 

「会いたかった……!」

 

 

 草原に嗚咽が響き渡る。

 そして、声が止んだとき、その場所には、赤い椿の花が落ちていた。

 

 

 

 

 

 ――椿の花言葉は、私は常にあなたを愛します。

 

 ――そして、“誇り”である。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんなお話を書けるの場所素晴らしいですね。
[一言] いい話ですね。思わず涙が……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ