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Sniper  作者: yosuke
1/13

その日の仕事は朝から忙しかったんだ。出勤してタイムカードを押した瞬間に、取引先から電話が鳴った。俺はその電話に普段より1オクターブ高い声で出ると、あまり親しみ易くない声の主に質問されるがまま、新しい我が社の商品説明なんぞをしてたんだ。何ていうか、かなり上から?的な?ガラガラ声のおっさんだったんだけど、嫌な感じでさぁ。何かって言うとお宅だけじゃないんだよ?お宅以外の商品使ってもいいんだよ?もう少し安くして貰わないとお宅が困るよ?なんてご託並べてるからこっちも頭きちゃって、あ、今……俺お宅とご託で上手い事言ったけどわざとじゃないからね?まぁそれはいいとして、それではウチとのお取引は継続出来ませんので失礼しますって言って電話切ってやったんだ。ガチャ切りね?おもいっきりだよ?漫画みたいに。逆に勢い強すぎてちゃんと電話切れてないからね?受話器ズレてるからね?…………まぁ本題はその後の事なんだけど。話おもいっきり飛ぶよ?


毎朝ウチの会社は自分らで掃除するんだ、清掃業者なんか雇えない中小企業なもんでね。今年からボーナスだってカットですよ?その事について小一時間涙交じりで語ってもいいんだけど今は先に進みます。それでいつものように俺は窓を拭いてたんだ。面倒くさいから乾拭きですよ?もうね、乾拭きのプロだね。ほら?今日みたいな真冬の日に冷水なんか触れないじゃん?手が荒れたりしたら彼女に嫌われちゃうじゃん?俺彼女居ないけど。その事について小一時間涙と鼻水交じりで語ってもいいんだけど今は先に進みます。それでね、毎日やっているその朝の業務を淡々とこなしてたわけだ。この乾拭きの鬼がね。そしたら急に同僚の男、えっと仮に名前を……「梅干しくん」でいいや。その本名渡辺くんが走ってやってきて俺にこう言ったんだ。



「すごい事発見してしまった……」


もう何て言うか顔面蒼白に近くてさぁ。息切らしてそんな事言うもんだから、遂にこいつも気付いたんだと思ったよ。俺はもう5年前の春にこの会社に入社して、一日目で気付いていたんだけどね。もう少しで掃除の時間も終わるから、そうしたら説明してやるからって言っても聞かないんだ。もうあたふたしちゃってんの。まるでハトが豆鉄砲、あ、この例えは違うや。とりあえず完結に解りやすく、オシャレなフランス人ばりのジェスチャー付きで俺は説明してやったんだ。


「あのな?渡辺?部長は隠し事しない人だけど、唯一俺たちに隠してることがあるんだ……お前は今日気付いてしまったかもだけど部長の髪はな?何て言うか旅に出てしまって……」


「何言ってんだよ!部長のヅラの事なんかじゃねーよ!大変なんだよ!」


顔面蒼白に近かった渡辺くんの顔が、見る見るうちに真っ赤になって行くのが分かったんだ。やっぱり梅干しくんがお似合いだなと、そんな事を考えてると次は思いもよらない事を言い出した。


「いいか?マジマジとは見るなよ?そこの窓から向かいのマンションが見えるだろ?」


ちょうど俺が乾拭きの鬼と化して拭いていた窓の向こうには、7階建てのマンションがあるんだけど、茶色いレンガ造りの築5年、駅まで徒歩5分、たぶん賃貸、大家さんが犬嫌いなためにペット不可物件、収納が少なくて不便なのよねぇーと住んでる人が言いそうな、そんな感じのマンションだった。俺はそのマンションをチラ見すると、おにぎりの具渡辺くんの言葉を待っていたんだ。


「あのな?ここの階と同じ目線の階の部屋から……人が覗いてるんだ……」


ウチの会社は5階建ての自社ビル。今俺たちが居るのは事務所と呼んでる3階のフロアで、大体ここで俺も梅干しくんもデスクワークしてたりする。俺はその突拍子もない話に、乾拭きも飽きたし暇なので少し付き合う事にしたんだ。


「なんだよそれ渡辺?……ゴルゴか?」


「スナイパーではないと思う……」


「待て待て待て……ウチの会社からあのマンションまで大通りを挟んでるんだぞ?ざっと見ても200メートルはあるんだぞ?てか、渡辺……いやもうここは梅干しくん、何かに憑りつかれて幻覚でも見てしまったのかい?」


「俺さぁ、出勤途中にあそこのマンションの下をいつも通って来るんだけど……今日は天気いいなぁなんて何気に上見たんだよ……そしたら……」


「ゴルゴが居たって言うのか?……」


「あぁ、そうなんだよ……もうゴルゴでいいや……」



こんな話を朝っぱらから聞かされたらあなたならどうしますか?気になって仕方ないよね?どう言う状況か見てみたいよね?でも、ここで疑問が1つ。あんなに距離があったら……見えなくね?


「梅干しくん……それは単なる君の思い過ごしじゃないのかね?第一、肉眼じゃウチの会社の全体は見えても覗く事は出来ないんじゃないのかね?君は先程覗いていると言ったんだけどそれは矛盾してるんじゃないのかね?……いやね?ウチのカミさんがね?」


俺は乾拭きの雑巾を丸めて、なんとも朝っぱらからバカな事を言い出す渡辺くんの顔を覗き込みながら、「刑事コロンボ」風に訊ねてみたんだ。でも食いぎみに渡辺くんが言った言葉が可笑しな話でさぁ。まったく顔が赤い人はこんな思考になっちゃうのかね?赤鬼さんはしっちゃかめっちゃかなんだなぁなんて想いながら聞いてたんだけどさぁ。


「望遠鏡で覗いてるんだよ……俺がマンションの下を通った時見えたんだ……明らかに方向はここのフロア、お前が乾拭きしてるその窓を見てた……」


「ちょ……乾拭きじゃねーし!ちゃんと水使ってるし!……ってか望遠鏡!?星見てたんじゃねーの?」


「こんな朝っぱらから星見えないだろ?……」


「あれだろ?午前2時に踏み切りに担いでったんじゃ……」


「もう8時回ってた……」



望遠鏡で覗かれてる?なんで?こんな中小企業の事務所覗いてなんのメリットがあるんですかね?まさか俺の極秘の資料を狙って?まぁ極秘の資料って言っても暇な時に渡辺くんとやる○×の戦績なんだけどね……でも、実際この目で見てないので信じませんよ?ぜったい何かの間違いだから……そんなゴルゴが居てたまるかってんだよ。はいはい、お掃除の続きしましょうねー♪


「あの娘ぜったい覗いてるんだよなー……」


「へふあほは?あっ!俺変な声出ちゃった!渡辺くん?いや……梅干し先生?……今なんて言いました?……」


「覗いてるんだってーぜったい!なんかあの娘挙動不審だったし!」


「あ……あの……娘……?とは?」


「あぁ、覗いてる娘だよ……大学生くらいの娘なんだよ」



えっと、皆さんのお察しの通り雑巾はゴミ箱にぶん投げました。俺の想像上では角刈りの眉毛の濃いオヤジだったもんでね?そう言う大切な事はもっと速く、敏速に、マッハで言ってもらわないと……


「梅干し先生?ホウレンソウ、プリーズ?」


「なんだよ?」


「報告!連絡!相談!これしっかりやって行こう?そんなんじゃ俺たちのチーム負けちまうぞ!?」


「なんのチームだよ……それよりお前も確かめてくれよ」


「ちょい待て……今大切なのはそのゴルゴが女の娘だって言う事だぞ?もうちょっと早く言おうか?部長のヅラのくだりで言おうか?でも……渡辺の話が本当だとするとだな?……」


「おう?」


「今もここ見られてるかも知れないのか?と言う疑問です……」


「そ……そうなるよな……」


「しかも本当に女の娘なんだろうな?それで俺の食いつき方が金持ちを見つけたキャバクラ嬢ぐらいに変わってくるぞ?」



ちょっとビクビクしながら俺は窓の方に向いたんだけど、あまりガン見出来ないじゃん?だからさ?あくまでも自然な感じで?俺は窓のブラインドを閉めてみたんだ。とりあえず一旦落ち着こう?渡辺の話では相手は望遠鏡だからね?こっちは丸腰ですよ。敵いっこないですよ。だからね、掃除をしてる体でこっちからも見てやろうと思ったんだ。ゴミ箱から拾った雑巾をブラインドの隙間に当てて埃を拭くと見せかけてチラ見……ブラインドの垂れ下がってるヒモを拭くと見せかけてチラ見……太陽にほえろのボスと見せかけてチラ見……


「ダメだ……渡辺……距離が遠いしチラ見過ぎてよく見えない!なんかねーかな?……」


「あ!そうだ♪」


明らかにピコーン!と言う効果音がしたであろう渡辺くんの思いつきにより、俺らは「目には目を、歯にはハニワを大作戦」を決行する事にしたんだ。あれですよ?事務のお局さんがデスクの上に置いているオペラグラスをちょっとお借りしましてね。なんでも、このババア……いや、失礼……この事務の女性は会社帰りに行く野球観戦が趣味らしいんですわ。そのためにこんな「今使わなきゃどこで使うんだアイテム」を俺たちは手に入れてしまったわけです。これで十分戦える、俺は早速慎重にブラインドの隙間にその「今使わなきゃ次使うの半年後のナイターだぜ?アイテム」を差し込んで冬のオペラグラスしたんだ。


「どうだよ?まだこっちを覗いてるか?……」


「渡辺くん?お前が見たのはグレーのパーカーを着た少し茶髪の女の娘か?……」


「お……おう!そうだよ!」


「がっつりとこちらを見ていらっしゃるなぁ……」


ブラインドの隙間からオペラグラスを覗いてみると、本当に女の娘がこちらに向けて望遠鏡で覗いていたんだ。あれ天体望遠鏡じゃね?って感じのやつを三脚にしっかり置いて。そのベランダを見てみると観葉植物が置いてある一角と望遠鏡と椅子が置いてあって、女の娘は椅子に腰かけていたんだ。そんで望遠鏡でこちらを見ては目を外したりして、それを何度か繰り返してた。


「そっか、今こっちブラインド下げてるから不思議がってるんだな……」


「言ったこと本当だったろ?……」


「本当すぎてなんか怖くなってきたんだけど……なんなんだよ?あの娘なんでこっち見てるんだよ?……渡辺さんちょっと聞いてきてよ……」


「聞けるかよ!しかもそう言う時だけのさん付けやめろよ!……でもやっぱ不気味だよな……」


「ちょっとそろそろブラインド上げないと気付いたのバレそうだよな?……」


なんなんだろうか?朝っぱらからこんななんの変哲もない会社の事務所を覗いて、彼女はいったい何してんだろ?てかさぁ、理由が知りたいよね?俺は平然を装って少しずつブラインドを上げることにしたんだけど、良いことを思いついてしまったんだよね。天才だな俺。そしてイケメンだな。


「なぁ渡辺?お前スケッチブック持ってたよな?」


「なんだよいきなり……それより自然にしてなきゃこっちが気付いたのがバレっぞ?」


「いいから……スケッチブック貸せよ……」


「お前!まさか!?」


そうです。勘がいい人はもうお解りですね?なんかさぁ、この不思議で不気味な感じがだんだん腹立ってきてさぁ、はい!俺は決めました。これは未知との遭遇です。相手とコンタクトを取ることにしました。とりあえず理由が知りたい、そもそも本当にここを覗いているのか、覗いているなら何を見ているのか、放っておいたら今晩俺眠れないからね?気になって気になって俺眠れないからね?羊6万匹くらい俺数えちゃうからね?


「マジでやるのか?……」


「渡辺くん、いや……赤鬼くん、これは戦争なのですぞ?」


俺はビビッてる赤鬼くんからスケッチブックを受け取って、戦闘態勢に入ったんだ。相手はまだこちらを望遠鏡で覗いている。少々小さ目なオペラグラスでははっきり顔は見えない程度だったんだけど、赤鬼くんが言っていた通り大学生?もしくは短大生?あわよくば少しエッチなナースさん?な感じに見えたのは確かだったんだ、まぁ最後のは願望だけど。もうね、後には退けないよ?これは苦肉の策だけど、俺は宣戦布告の狼煙を上げてやったんだ。あ、俺のインテリジェンスが出ちゃったけど今の漢字「のろし」だからね?辞書引いて調べたから間違いないよ?俺は自分のデスクから太めのペンを取ってスケッチブックに思いの丈を書きなぐってやったわ。ナースに届け!これが俺のファーストコンタクトだ!!


(これ見えてたら電話ください♪○×会社03-×××……)


俺はさっきまで乾拭きをしていた窓の正面に仁王立ちして、これを掲げた。満面な笑みをこれでもかってくらい浮かべてですよ?どっから見ても良い人だよこれ?スマイルください!って言ってこの笑顔出てきたらみんなワンコイン払っちゃうレベルだよ?


「どうだ?渡辺!ナースの反応は!?」


「あの娘ナースなのかよ!?あっ!気付いて部屋の中に逃げちゃったぞ……」


「なんだと!?」


「あの慌てようは完璧にここを覗いてた感じだわ……間違いない」


渡辺くんが会員番号4番ばりに冬のオペラグラスしながらそう言うんだけど、俺は正直ムカついてたんだよね。だってさぁ、逃げることないじゃん?覗いてた理由くらい教えてくれてもいいじゃん?本当にナースなのか知りたいじゃん?


「おおお!戻ってきたぞ!?あ……携帯持ってる……」


「うおお!マジかよ!?」


テンション上がってスケッチブック逆さに持ってたんだけど、気付いて直してたらウチの会社の電話が鳴ったんだ。これはまさしく人類の新しい一歩ですよ?コンタクトに成功したってことですよ?


「渡辺!速く電話!電話取れ!しかもオンマイクで!」


「おおお!俺が取るのかよ!?」


もう渡辺くんも顔真っ赤でさぁ、必死に走って電話取ったんだ。俺はその間にオペラグラスで確認しようと思ってナースさんを見てたんだ。たぶんナースではないけど。


「は……はい……もしももしも……こここちらは……か株式会社○×ででです……」


渡辺くん上がりすぎてもうポンコツだよね?相手の声が俺にも聞こえるようにオンマイクボタン押しながら渡辺くんが電話に出たんだけど……あれ?なんか懐かしい声が聞こえる……昔こんな声を聞いたような……とても特徴のあるこの声……でもなんか渡辺くんが謝っている……


「あぁ……それは大変申し訳ありませんでした……」


さっきのおっさんじゃねーかよ!!それは電話の向こうからはっきり聞こえる大きなガラガラ声だったんだ。とりあえず切って!渡辺くん速く切って!もうね?その番号着信拒否しちゃっていいから!こっちは大きなプロジェクト抱えてるんだから!


「それでは失礼します」


渡辺くんが静かにそう言って電話を切ると、間髪入れずにまた電話が鳴ったんだ。俺はオペラグラスでナースさんを覗くと、携帯に耳を当てているのが見えた。


「渡辺!それが本物の大型クライアントだ!頑張れ!」


「マジかよ!?で……出るぞ?」


渡辺くんが震えた手で電話に出ると、思いもかけないことが起きてしまった。結果から言うとガチャ切りである。その間渡辺くんはずっともしももしも言ってたんだけど、俺は知っていたんだよね。彼女がワン切りしてこちらを覗いているのを。


「渡辺……ダメだ、相手も様子を伺っている」


「まだこっち見てるのか?……」


「あぁ……俺と今にらめっこ中だよ」


俺なんかまたすっごいムカついてさぁ。この辱めをどうしてくれようか!ってな感じで次の作戦を思いついたんだよね。やっぱ天才だな俺。そしてイケメンだな。


「渡辺!ちょっと代われ……」


渡辺くんにオペラグラスを渡して、またスケッチブックに書きなぐってやったんだよね。さっきの敵のガチャ切り行為は満面の笑みで迎えた俺に対する暴虐と捉えよう。もう俺から逃げられないぜお嬢ちゃん♪ナースにロックオンだぜ?俺はまた仁王立ちでスケッチブックを誇らしげに掲げた。


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