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虎と呪いと月の花  作者: riki
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中編

『その村では一人前の戦士と認められるために、いかに己が強く、勇気がある男かを示さねばならなかった』

「……成人になるための儀式ってところ?」

『儀式というほど形式は定まっていなかったが、そのようなものだ』


 襲われることはないらしいとわかり、私は虎にならって鳥の巣に寝転んでいた。

 えーただいま時刻は午前3時、よい子とOLはおねんねの時間です。夜更かしは肌荒れのもとよ? お肌の曲がり角でドリフトきめてる25歳にはつらいわぁ。

 緊張がゆるんだおかげで上下の瞼が蜜月関係なのを引き離し、異世界子守唄、じゃなくて昔話に耳を傾ける。ふわぁ~あ……昔話なんて聞かせてもらわなくても、3秒で眠りの妖精さんと手に手を取ってドリームワールドへ旅立てるんだけど。


『村には今年儀式を迎えるひとりの若者が居た。獣を仕留め戦士として認められる者が多い中、そいつは皆と同じでは面白くないと考えた。そいつが目をつけたのは村外れの禁域の滝だ。月の女神が水浴びに訪れるという言い伝えがあり、滝周辺には訪れる女神を迎えるため王が捧げたという、幻の“月の花”があると言われていた。そいつは花を手に入れ皆を驚かせてやろうと満月の夜を待った』


 あちゃー。聞くからに王道パターンじゃない? 開けちゃいけない扉を開けたり、禁じられていることをやっちゃったり、度胸試しというより考えなしの蛮勇ね。


『道程は険しかったが、そいつはついに滝へと辿り着いた。噂通り月の花は月光に白く輝きながら咲いていた。そいつがひとつ持ち帰ろうとしたとき、怒れる月の女神が現れた。女神は禁域を侵し、花を盗ろうとした罰としてそいつに呪いをかけた。そいつの身体を二つに分けたんだ。昼は知性のないけものに、夜は知性のある獣に』


 思わず隣を見た。

 ……荒唐無稽な昔話じゃなかったの?

 昼に会った青年は3歳児の言動だった。

 夜に会った虎は、実は巨大な着ぐるみで中に誰かいるんじゃないかとファスナーを捜したくなるほど流暢に語っている。


「ええと、この世界には女神様がいるの? 想像の存在じゃなくて?」

『居るに決まっている。神なくして世界は成り立たないだろう。――赦しを乞うそいつに女神は告げた。呪いをとく方法はひとつ。満月の夜に月の花が伸ばす蔓を結び、結び目に朝日を当てて成った実を食べよ、と。そいつは呪いをとこうしたが、昼の間は何もできなかった。知性がないからな。夜になっても何もできなかった。獣の体だからだ。一人ではとても呪いをとくことができないと悟ったが、事情を知る村人はそいつを追放し、人里の人間は獣の姿を恐れて誰も協力しなかった。そいつは人々に追われるようにして森の奥に逃げこんだ。――だからその森には、呪いのせいで老いることも死ぬこともない獣が、今も一匹棲んでいるという』

「…………で、そのおマヌケ童話の主人公があなたってわけ?」

『間抜けで悪かったな』


 私の頭なんてパクリとひと呑みにできそうな顔が迫ってきた。鋭く光る金の目に「言葉のあやじゃないの」と手をふって見せたのに、虎は退かなかった。


『ここまで迷い込んできた人間は初めてだ。元の姿に戻ることは諦めていたが……』

「私に手伝えっていうの? 失敗したの見てたでしょうっ」

『俺がこの姿で試した時に、蔓や花をちぎったことがないと思うか? 満月のたびに花は咲く。機会は何度でも巡ってくるさ』

「イヤ、って言ったら?」

『――断わるのか?』


 恰好の獲物をみつけたと言わんばかりのギラついた色を隠さず、虎が笑うように口端を上げた。目の下に皺が寄り、黒い唇がめくれて牙が覗く。

 これをフレンドリースマイルととるか、恫喝ととるか。


「…………わかったわ、あなたの呪いをといてあげようじゃない。でも、条件があるわ」

『条件?』

「ギブアンドテイクでいきましょう。絶対に私を脅かしたり、傷つけたりしないでちょうだい。それと、あなたが言ったとおり、私迷子なの。森にいる間はあなたが私の生活の面倒をみてくれない? 最後に、呪いがとけたらどこか人のいるところに送っていってほしいの。ひとりじゃこの森から出られないから」


 虎は呪いをとく人手を手に入れて大喜びかもしれないけど、私にとっても幸運だったんだわ。

 話を聞く限りここは人が踏み込んで来ない森の奥らしいし、もし虎に会ってなかったら間違いなく野垂れ死にしてたわね。環境に適応して女ターザンになれる自信はないわ。

 虎が思案げに金色の目を瞬かせるのを固唾を呑んで見守った。


『……いいだろう。身の安全を保障し、事が済んだあかつきには人里に送ると約束しよう』

「私も最大限の協力を約束するわ」

『交渉成立だな。夜明けは近いが、少し眠るといい』


 虎は大きな欠伸をもらし、前肢の上に顎をおくと目を閉じた。




 ++++++++++




 瞼の裏に陽光を感じ、目が覚めた。

 紫紺の巨虎は姿を消していた。私の隣には虎と同じ色の髪をした青年が背中を向けてすぴすぴと寝息を立てており、小さな鉢植えの中で月の花は蕾を閉じていた。


 朝なのに、あぁ、悪夢覚めやらず。

 一生分の幸せが逃げる溜息も出るってものよねぇ……夢であってほしかったわ、ここは日本じゃない、地球ですらない、異世界だなんてファンタジーは!

 でも現実だと認めるしかないわね。むにっと摘んだ頬は涙が出るほど痛いし、ぐうぐう空腹を主張するお腹も無視できないもの。


 私、冒険したいなんて思ったことないんだけど……。

 仕事は順調で今の生活に満足してるし、超能力もないし、魔女っ子は犯罪の年齢よ? どうして異世界に迷い込んじゃったのかしら、白い兎を追いかけた記憶もないのに……って、アリスを気取るのもアウトよねー。

 それに、これって若いコ向きのシチュエーションじゃない? つつしんで女子高生に譲るわ。山歩きとか、サバイバルな洞窟生活とか、呪いをかけられた美青年とか。

 OLのお姉さまを釣りたかったら、左うちわの豪華絢爛女王様コースを用意しなさいよ。お断わりするけど。だって今の私の幸せは仕事終わりの冷えたビールとスルメにあるの。ほぉら、ササヤカで奥ゆかしいでしょ? ついでに彼氏がいれば最高。あ、もちろん呪われてなくて年収1000万超のハンサムね。


「虎の彼、元の世界に帰る方法なんて知らないでしょうねぇ……。まず私だってどうやって来たのかわからないし」


 虎に連れて来られたのなら、張本人に帰してと頼むのに。だけど彼は私という降ってわいた“人手”に喜んでいた。……不器用さにがっかりしてたのは思いだしてもムカつくわ。自分はでっかいだけの猫の手のクセに。


「……うあ? う~」

「あら、起きたの?」


 幼子の仕草そのままに目をこすった青年は、私を見つけるとにこぉっと笑顔になった。

 この顔と……肉体で、知性がないなんてもったいないわぁ。

 青年の下半身に目をやり、私は落ちていた布を全裸の腰に巻きつけてあげた。はい、文明人一丁あがりね。


「ねえ僕? お姉さんね、お腹が空いたの。わかる? お腹ぺこぺこなのよ」

「あぅ?」

「とってもひもじいの。毒キノコも食べられそうなほどね。食べものがあればわけてくれないかしら? もしくは食べものがあるところに案内してくれない?」

「うーうー」

「……お姉さんね、とぉってもお腹が空いてるの。あなたの二の腕がスペアリブに見えちゃうぐらいね!」


 立ち上がって青年の頭をお腹に押しつけた。

 ほら聞こえるでしょう? 腹の虫が合奏する一大オーケストラの切ない音色が!!


「早く食べものくれないと、あなたを食べちゃうわよお……?」


 言葉は通じなくても腹の虫は全世界共通ね。

 彼は野苺のなる場所へと案内してくれた。

 オウ! ベリーデリシャス!!

 私は日が落ちるまで野苺畑で、食っちゃ二度寝、食っちゃ昼寝をして一日を過ごした。




 陽が沈んで一時すると、青年は巨大な虎に変わった。腰布は変化に耐えきれず、ハラリとほどけて地面に落ちる。

 紫紺の虎は長い尾でぺしぺしと地面を打ち、鼻面に皺を寄せていた。

 あらー不機嫌ねぇ……まあ、怒ってても怖くないんだけど。呪いをとくまで安全を保障するって言ったの彼だし。


『……おい、女』

「なあに?」

『恥じらいを持て。年頃の女がじろじろとっ……男の股間を眺める真似などするな!』

「――へぇ~え、それはそれは」


 半眼になってまじまじ下半身を見つめてあげたら、『そういう真似をやめろというんだ!』と虎が慌てた様子で体勢を変えた。いじらしいわ。


「昼の間の記憶はあるのね?」

『ああ。あれの方はどれほど覚えているか知らんが……記憶があるから嫌なんだ! 何度愚かな己の喉笛を咬み裂いてやりたいと思ったかっ!』

「あなたも大変なのねぇ……。ところで、初対面で顔を舐め回して胸を揉んでくれたのどちら様でしたっけ?」


 全身の毛をぼわっと逆立て一回り大きくなった虎は、グルルっと唸り声をあげながらウロウロと洞窟内を歩き回った。やがて私の前で立ち止まるとうなだれた。耳もぺたんと寝ている。


『……その節は無礼をはたらいた。あれにかわって謝罪する。すまなかった』

「いいわよ、気にしてないから。知性のないけものらしいしね」


 追い打ちをかけると尻尾までシュンとしてしまった。

 ……ありだわぁ! このギャップ萌えはありだわぁっ……!


「あなたっていくつなの?」

『知らん。森で月日を数えることに意味はない』


 意外と純情な虎は、歳を忘れるほど長く生きているようには見えない。

 森に隠棲してたせいかしら? 呪いをかけられてから他人と交流なんて持てなかったでしょうし、人はただ長く生きているだけじゃ成熟しないものね、大人になるために経験を積まないと。

 ひとりきりで暮らす森の虎を脳裏に思い描くと、とても寂しい絵になった。感情が残っているなら、なおさら孤独はつのるだろう。

 呪いのせいで歳をとらないと言ってたけれど、肉体も精神も若いままなのを羨ましく思えないわね……。


「じゃあ呪いをかけられる前なら覚えてる? 成人の儀式っていくつでするものなの?」


 日本の成人式が20歳だから、それぐらいかしら? なんて考えていた私は、大人びて見える外人の実年齢に大きなショックを受けた。

 ――なしなし! あれは取り消すわ! “もったいない”なんて思ってたら淫行条例で捕まっちゃうわよ、15歳だったなんて。


「若いのねぇ……」


 しみじみ呟くと、虎がムッとしたように『俺の方が長く生きているぞ』と主張した。


「なあにあなた、人生経験で私と勝負しようって言うの? ――受験戦争に打ち勝って入った大学、友達と恋愛がらみで一戦、彼の浮気を巡って二戦、卒論をかけて教授と三戦交え、就職氷河期の中からくも内定をもぎ取り、会社ではお局様と渡り合う! 繁忙期には休日返上サービス残業っ、実家に帰れば母親含め親戚のおばさまから「ねえ、結婚はいつなの桜ちゃん?」攻勢をくぐりぬける私より! 森で引きこもっているあなたの方が経験値において上だというの? ねえ……?」


 数々の苦難の思い出が怒涛のごとく蘇って身を震わせた私から後退って離れると、虎は尻尾の毛をふくらませ感心した様子で言った。


『い、いや、俺が年下でいい。…………見た目によらず、何度も戦を経験しているんだな。俺はまだ大きな戦に出たことはない』

「おほほっ歴戦の勇者とお呼びなさいっ」


 若干怯えているひよっこに胸をそらして勝ち誇っていたら、キュルルっとお腹が鳴った。がくりと力が抜け、へなへなとその場に腰を下ろす。


「……野苺はおいしいけど、お魚とかお肉とか白米を食べないと力が出ないわぁ……。昼のあなたに尋ねてもよくわからなかったんだけど、食事はどうしてるの?」

『わからないのも当然だ。あれに尋ねても言葉自体が通じていないぞ、女神は魔力を夜の俺に振り分けたからな』


 ボディーランゲージでコンタクトを図ったのは正解ってことね。

 子どもって言葉がつたないから言語以外で補うのよね。だからかしら、私けっこう子ども受けがいいのよ? よく「お姉ちゃんの変顔サイコー!」と爆笑しながら褒められるから、遊んでる姿は彼氏に見せられないけれど。


『あれと俺は同じ存在だ。食事と言ってもほとんどは夜に俺が狩った獲物を喰らい、腹を満たしている。……ハクマイとは何だ?』

「気にしないで、森で稲作をしていたら逆に驚くわ。……あなたの食事って動物なんでしょう? 食べられる果実やきのこはないのかしら?」


 背に腹はかえられないけれど、パック詰めの精肉を調理して食べている現代っ子に、いきなり鳥やウサギを料理しろっていうのはハードルが高すぎるんじゃない?


『あるにはあるが、この近くにはない。そういう食べものは俺には向かん。あれの方が適しているだろうな』

「昼のあなた、案内してくれるかしら?」

『腹が減れば多分な。――ここを離れるなら俺のにおいをつけていけ。洞窟一帯は俺のなわばりだが、離れると他の獣に襲われるかもしれん』

「あなたのにおいがついていたら獣よけになるってことね。ひょっとして、小川の木の爪痕もあなた?」

『そうだ。水場は一番動物が集まる』

「熊がいるんじゃないかって心臓とまりそうになったわよ」

『熊か……喰いたければ獲ってきてやろうか?』

「けっこうよ。私には料理できないから」


 俺がさばいてやるが、との申し出も気持ちだけもらっておく。

 熊を襲ってさばく虎……シュールだわぁ。鹿の方が似合ってるんじゃない、とは現実に銜えてきそうで口にしないけれど。

 生活の面倒をみろと言ったからか、彼には責任感が芽生えているらしい。

 ――恐ろしい猛獣が可愛く見えてきてしまうのはどうしてかしら? ぎこちない気遣いがくすぐったい。



 獣よけという名目でいそいそと伏せた虎に近づき、前肢の付け根あたりにすり寄った。

 ふかふかでぬくぬく~。湯たんぽにしたいわぁ。犬もいいけど、猫も好きなのよねぇ……。

 腹部のあたりは毛もやわらかで、なでていると心がなごむ。まさにアニマルセラピー。

 大人しいのをいいことに紫紺の毛皮を指でかき回していたら、『遊ぶな』と虎が唸った。唸り声を響かせる箇所をぐいぐいなでてやると、ゴロゴロ喉を鳴らす音に変わる。

 うふ。大きくてもにゃんこだわー。嫌がるフリしたってだめよぉ? その音が動かぬ証拠。


「――ねぇ、これからひと月一緒に暮らすわけだから、名前を教えてちょうだい? 私の名前は春野桜。桜よ、よろしくね」

『いい名だ、サクラ』

「ありがとう。春の花の名前なの。私春生まれだから。あなたは?」

『俺のことは好きに呼べばいい』


 からかいすぎたかしら……。名前を教えてくれないことが拒絶されたようで、ちくりと心が痛む。

 痛むほどに出会ったばかりの存在に好意を感じていたのだと、自分で驚いた。


「……名前を教えてくれないのは怒ってるから?」

『己の名などもう忘れた。だから俺の名は、サクラがつけてくれ』

「私がつけてもいいの?」

『構わん。どうせ呼ぶのはサクラだけだ』


 嘘つき虎は私のつけた名前でいいと言ったくせに、「紫色だから、パープルからとってパープーっていうのはどう?」と言ったら『受け付けん』と却下した。

 口論の末、結局彼の名前はヴァイオレットからとって「ヴァイ」に決まった。

 まったく! 男に二言ってあっていいわけ?

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