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妄想部的 迷作劇場

*不細工兄妹と魔女* 小野編

作者: 小野チカ

 昔昔大きな森の近くに、木こりの家族が住んでいました。木こりの家族はとても貧乏で一日一度の食事も満足に食べることができません。けれども、貧乏で可哀想なのは子どもたちだけでした。

 

 お父さんと継母は、毎晩子どもたちが寝てからお腹いっぱい御飯を食べ、お酒を飲んでいました。大人たちは兄妹が気付いていないと思っていましたが、二人はきちんと気がついています。こんなことになってしまったのは、ヘンゼルとグレーテルの本当のおかあさんが死んで、継母が家に来てからでした。

 

 二人は不細工な上に貧相でしたので売られることはありませんでした。このときばかりは兄妹揃って不細工なことを神に感謝したくらいです。最初は太らせて売り払おうとしていた継母は、二人が食べても太らない体質だと気付くと早々にご飯をくれなくなりました。

 

 そんな月日が二年ほど過ぎたころ。ある日、お酒を飲みながら意地悪な継母が気の弱いお父さんにこんなこを言いました。

 

「あんた、子どもたちを森に捨ててきておくれよ。子どもたちたちがいるとあたしたちの食べ物がなくなってしまうからね」

 

「しかし、そんなかわいそうなこと……」

 

「じゃあみんなで仲良く飢え死にするかい? あたしは嫌だよ。さぁ、はやく子どもたちを捨ててきておくれ」

 

 継母は二人子どもたちが嫌いでした。でもお父さんのことは好きでした。お父さんは心の中で何度もあやまりながら、翌日ヘンゼルとグレーテルを森の中に置いて帰ってきました。何度も何度も心の中であやまりながら、意地悪な継母と美味しい食事を食べたのです。

 

 一方、捨てられたヘンゼルとグレーテルは……、

 

「ほら言わんこっちゃないやろ? お兄ちゃんのな、そういう人疑わへんところどうかと思うわ。優しいのはええことやけど、そういう気の弱いとこお父ちゃんにそっくりでほんま腹立つ」

 

 焦げ茶色の大きな瞳は怒りに染まっています。淡い栗色の髪の毛を高い位置で二つにしばっているのは妹のグレーテルです。グレーテルは賢い女の子でした。継母の前では大人しい従順そうな子でいることに徹していましたし、父親にも自分は病弱で、間違ってもカエルを陽がさんさんと照りつける川縁の石に置いたらどうなるか、という実験をするような女の子だとは気付かれないように過ごしていました。こほこほと咳をするだけで風邪と信じていたお父さんをチョロイな、と思っていることも内緒です。本当のお母さんが死んでショックなのだろうと、五年前から病弱で大人しくなってしまったグレーテルのことをお父さんはそう思っていました。本当のお母さんが死んだ当時グレーテルは五歳でした。

 

 一方兄のヘンゼルはお父さんから気の弱さを受け継いだ普通の男の子です。普通の男の子だと自分自身が信じていますし、お父さんも継母もそう思っています。ごくごく普通の、妹思いの優しいお兄ちゃんです。

 

「ごめんよグレーテル。でも、ワインに下剤を入れたから今頃二人ともお腹が痛くなっていると思うんだ」

 

 ヘンゼルと同じ焦げ茶色の瞳が申し訳なさそうに揺れています。淡い栗色の髪はこの地方では珍しい真っ直ぐな癖のない髪です。栄養が足りていればさらさらと絹糸のように綺麗な髪に違いありません。ヘンゼルは薬草の目利きの才がありました。人に毒をもるのは朝飯前です。

 

 継母に毒をもらなかったのは父親の好きな人だからでした。腐っても父親だから、という十歳の男の子が考えるにはいささか大人びた気持ちからです。

 

「…………どんだけ盛ったん」

 

「とりあえず、一晩は苦しむくらいかなぁ?」

 

「あぁこわっ! お兄ちゃん敵に回したないわ」

 

「そんなぁ、僕はグレーテルの方がずっと怖いよ!」

 

 そうです、グレーテルは本当のお母さんが生きていた頃、ご近所の子どもたちから怖れられているほどでした。怪力のグレーテル。グレーテルの小ささからでは想像できないほど力持ちでした。それは五年たった今でもグレーテルが道を歩けば子どもたちが後ずさる程です。グレーテルに投げられた子どもは、一人や二人ではありませんでした。

 

「なんでや! ぴっちぴちの七歳つかまえてあり得へん。っていうかお腹減った!!」

 

「叫ぶからじゃないか……」

 

 弱々しくヘンゼルが呟いた後、人気のない森に二人のお腹の音が響きます。二人は朝から何も口にしていませんでした。そろそろ何か口に入れたいものです。

 

 グレーテルの大声に反応して鳥が飛び立ちます。ほの暗い森の中はやけに湿気があり、肌がぺたぺたしてあまりいい気持ちではありません。鳥がとびだった後、ヘンゼルとグレーテルの肌を風が通り過ぎます。その時、覚えのある匂いが二人の鼻をかすめました。

 

「……なんか甘い匂いせぇへん?」

 

「うん。焼き菓子の匂いがする」

 

 本当のお母さんが生きていたころはお菓子を作る機会もありました。今はもう死んでしまいましたが、お爺ちゃんが砂糖を作る仕事をしていたので、高価な砂糖がその頃は少しだけヘンゼルとグレーテルのおうちにもありました。

 

 甘くて、香ばしい。

 食べると幸せになれるお菓子の匂いは、お腹が空いている二人の胃を刺激します。

 

「食べ物!! お菓子!!」

 

「お菓子!! 食べ物!!」

 

 隙あらば台所から食べ物を拝借していた二人です。目はギラギラに光っています。猛ダッシュといって差し支えない速さで森を駆け抜けました。そこには……

 

「お菓子の家なんて夢みたいや!! むしろ夢かもしれん! っていうかうちら死んだかもしれん!」

 

「いやいや落ち着いてグレーテル。死んだら脈ないから。まだ動いてるから」

 

「まだってどういうことやねん、まだって」

 

 二人の前には香ばしい匂いを漂わせた家があります。そう、全てお菓子でできた、夢のようなおうちです。

 

 クッキーにマカロン、ケーキにシュークリーム。ウエハースにチョコレートもあります。町ではぜいたく品で、普通の家庭でもなかなか手に入らない代物です。

 

「あかん! いっただっきまーす!!」

 

「ずるいぼくも!」

 

 そう言って壁にはめてあるクッキーを取ってグレーテルがかぶりつきます。同時にヘンゼルもクッキーを取りましたが、口元に持っていった瞬間眉をひそめました。

 

「…………………まず」

 

「変な匂いがする」

 

 ヘンゼルがそう言って持っていたシュークリームを割ると鮮やかな緑色のジャムが出てきました。甘い匂いの中にかすかに危険な香りがします。グレーテルの持っているクッキーは砂糖の代わりに塩が入っていました。

 

「お兄ちゃんのそれなに? 湿気多いからカビた?」

 

「いや、焼き具合とか温かさから言ってそう経ってないよ。これは……」

 

 そう、これは。

 

「作ったやつが下手くそだ」

 

 実は、人間が食べたかった魔女が森に入ってきたヘンゼルとグレーテルを見つけるとこれ幸いと急いで作ったお菓子の家でした。二人がこの家を食べて十分に肥えた後、焼いて食べてやろうと思っていたのです。

 

 ですが残念なことに、魔女にはお菓子作りの才能はありませんでした。ありあわせで作ったお菓子はヘンゼルとグレーテルの本当のお母さんが作ってくれたような美味しさはありません。一緒にお菓子作りをしていたグレーテルにとって、これは許しがたい暴挙でした。

 

 高価な砂糖をうんと使いながら、

 高価な小麦をこれでもかと使っていながら、

 

「こんなもんがお菓子やなんて、うちは認めへん」

 

 そう言ったグレーテルの目は据わっています。これは危険です。認めへんともう一度言ったグレーテルは手の中のクッキーを握りつぶします。そうして足を肩幅まで広げると、おもむろにしゃがみました。そのまま、一番下のウエハースの下に指を入れます。

 

「こんなもんを菓子と呼ぶんやったら菓子なぞ滅んでしまえ!!」

 

 そう言ってグレーテルはお菓子の家を投げました。根こそぎです。家の形をしたまま、お菓子の家が薄暗い森の中を飛んでいきます。

 

 むき出しになった部屋の中にいた魔女は驚きで固まっています。台所の隅から伺っていた魔女は、グレーテルの怪力に目を剥いていました。

 

「あんたが作ったんか!!」

 

「は、はひぃ!!」

 

「殺すっ!」

 

「ええええええ」

 

 中位の魔女は見たこともない怪力の前にただ見をすくめるだけです。魔女は飢餓をしりません。お腹がすけば魔法で作ることができました。お菓子作りには少し自信のあった魔女はせっかく手作りした家を飛ばされたショックと、口にあわなかったからという、それだけの理由で殺すと言われて完全に縮こまっていました。

 

 人は飢餓の極地にいると、目が血走ることすら魔女はしらないのです。

 

「落ち着いてグレーテル、せめて安らかに死なせてあげようよ。ほら、ここにシンデミッカっていう毒草生えてるから」

 

「ってどっちみち殺すの!? ていうか小僧、なぜシンデミッカを知っている!」

 

 菓子の腕には自信のあった魔女です。ここまで怒られるほど不味いという自覚はありません。

 

「不味いなんてもんやない、砂糖と塩間違えるとかなんなん。ツッコミ待ちなんリアクション芸なんおもんないわ!!」

 

「落ち着いてグレーテル、芸人じゃないよ魔女だよ。ここはいっそ火あぶりとかどうかな」

 

「ちょっと待って火あぶり嫌だ!! っていうか妹止めろよ!」

 

 魔女はヘンゼルとグレーテルを交互に見ては口を挟みます。そうでもしないと、グレーテルに素手で息の根を止められ、ヘンゼルに火あぶりにされると思っていました。

 

「僕は止めないよ。だってこうなったグレーテルはとんでもなく面白いんだ」

 

 そう笑顔で言い切ったヘンゼルを見た瞬間、魔女は気が遠くなりました。やる。この二人なら面白がって自分を火あぶりにすらする、と。

 

「ど、どうか命だけは!!」

 

「だが断る!!」

 

 なんということでしょう。グレーテルの恐ろしいまでの即答です。

 魔女は途方に暮れました。

 

「砂糖と小麦粉、バターとボウル用意して」

 

「…………へ?」

 

「首へしおるよ!!」

 

 グレーテルに怒鳴られた魔女は慌てて言われたものを用意します。

 

「駄目だよグレーテル。魔女の生き血は殺傷能力が高いんだ。せめて全部吸い出してからにしないともったいないよ」

 

「殺すな! 頼むから殺してくれるな! なぜそんな情報小僧が知っている」

 

 魔女の計画はとんでもない方向に転がっていきます。不細工で、鈍そうで、かつお菓子につられてくれそうな子供を選んだつもりでした。美しいものには関心の高い人間ですが、不細工にはそうでもないことを魔女は知っています。ですから、とんでもない不細工を選んだというのに、なんとも言えない展開です。

 

「誰だ砂糖を蓋開けっ放しで保存してる奴は!! 干してやる! 干して同じ気分を味わえこのやろう!!」

 

「ギャーすいませんすいません私めですすいません!」

 

「グレーテル落ち着いて。生き血、生き血」

 

「生き血言うな!」

 

「塩と砂糖の区別もつかん血なんてどうでもええわ!」

 

「どうでもよくないわ!! 魔女にとって大事! 大事だから!!」

 

 そうです。魔女の生き血は高位魔女ともなると数滴で命が奪えます。ですから市場では非常に高値で取引されていました。この魔女は中位ですが、それでも手に入れることができ、売れれば高値がつくことは必至です。それほどまでに魔女の数は少なく、また人から畏怖される存在でした。

 

 畏怖される存在として世界に居たはずだった魔女は、今はたった二人の子供たちに恐怖しています。

 

「手間かけんの惜しむなや! 砂糖に謝れ!! 面倒くさがりで本気ですいませんって土下座しろ!!」

 

「ひいい」

 

 粉をふるわなかっただけでこの仕打ちです。魔女はひどくびくびくしながらグレーテルの怒りの拳で壊れてしまった机を眺めていました。この机は森一番の大きい切り株を部屋へ持ってきたものです。どうしてそれが、たった七歳の女の子の拳で二つに割れてしまうのか、魔女は不思議でなりませんでした。

 

「ねぇ、この草欲しいな。これってシビレテミーナとサンズ・ノ・カーワだよね。庭にたくさん生えてるみたいだしもらっていい?」

 

 無邪気な笑顔で聞いてくるヘンゼルのことも魔女にとっては恐怖でした。魔女ですら見分けの付かない毒草を次から次に当ててみせては、恍惚の表情をしてみせるのです。たった十歳の男の子がなぜこんなにも知っているのか、魔女は不思議でなりませんでした。

 

「だ、だめだ! っていうかなぜそんなに知っている」

 

「余所見すんなー!!」

 

「あいだー!!」

 

 七歳の女の子の鉄拳など普通は死ぬほど痛くはありません。でも今魔女を殴ったのはグレーテルです。グレーテルにしてみれば少し殴った衝撃は魔女を床と仲良しにするほどには破壊的でした。

 

「無理。死ぬ。私死ぬ。死んでしまう」

 

「ねぇ、おばあさん死ぬなら生き血頂戴。僕、魔女の血粉って興味あるんだ、すごく」

 

「何言ってんの。お菓子の家作るまで生きてもらわな砂糖に悪いやろ」

 

「私は砂糖以下か!!」

 

「おばあちゃんより砂糖の方が高価やろ」

 

 魔女の生き血の値段を知らないグレーテルはあっさりそう言い放ちます。

 

「すいませんすいませんもう食べてやろうなんて思わないから帰れ! 送ってやるから帰れ!!」

 

 なぜこうなってしまったのか。美味しい食事にありつけるはずだった魔女は涙目になりながら訴えます。

 しかし、その瞬間部屋の空気は凍りつきました。

 

「………………食べる言うた?」

 

「言ったね」

 

「うちらのことかな」

 

「そうだろうね」

 

「頑張って生きてるうちらにひどい仕打ちよな」

 

「そうだね」

 

 魔女の背中に汗がながれます。正直なことは誉れ高いことですが、この場合は使い方を間違えたようです。

 

「ご、ごめ……」

 

 天下の魔女が涙をぽろぽろと流しながら幼い子供達に命乞いをしています。

 

「お菓子の家といわず、お菓子のタワー作ろうか」

 

「毒草もう貰っていいよね。あぁ楽しみ」

 

 てっきり殴られたり火あぶりにされたりすると思っていた魔女ですが、子供達の興味は魔女の生死にはあまりないようでした。

 

「……もうお好きにどうぞ」

 

 こうして魔女のお菓子の家ならぬタワーにはひどく不細工な兄妹と、老婆が住み、立派な跡継ぎになったのでした。その昔、訛りのひどい高位魔女が二人の子供を産んでいたことは有名な話でしたが、森の深いところに住んでいた魔女は命の火が消える最後の時まで知りませんでした。めでたし、めでたし。

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