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裂けた口に秋気のちゅう

 有名な都市伝説のひとつである口裂け女こと“あけび”との同居生活に慣れ始めた少年“ひこいし”だったが、彼女と寝食を共にするにつれ淡い恋心が芽生え、それはあっという間に少年の心に深く根を下ろした。

 だが、思いを告げようにも告げられないひこいしは、とある手段を試みるのだった――。

 ふと気付けば朝から晩まで(正確には平日の昼過ぎを除き)随分と明るく賑やかに過している。同じ食卓に着き、一緒に食事をとる。至極当たり前で普通な朝食風景にひこいしの箸が止った。

 「あれ…。もしかして美味しく、無かったかしら?」

 不安げに問い掛けてくるあけびの声に我に返ったひこいしがやんわり否定する。

 「そんなことない、美味しい」

 「良かった。てっきり美味しくなくて箸が止まってしまったのかと。」

 「誰かと一緒にご飯食べるのひさしぶりだから。その、うまく言えないけど……。」

 せめて本当の笑みしか見せたく無かったのに作り笑い。

 ひこいしが上手い言葉を見付けられないで視線を伏せていると、フッと空気の流れが穏やかになった。

 「私と一緒ですね。」

 緩やかに顔を前に向けた。照れ笑いするも本当に幸せそうに笑うあけびに見惚れ、思わず持っていた箸を落としそうになってしまった。

 誤魔化すようにそっぽ向いたり、口笛吹く辺りが子供らしい。そんなひこいしの姿をにこやかに見詰めるあけびの視線がまた柔らかいこと柔らかいこと。

 こんな時ばかり大人の余裕を見せ付けてくる相手に内心愚痴を漏らさずにはいられない。注がれる視線と朗らかな空間に居辛くなり、ひこいしは大急ぎで朝食を胃に収めていった。

 「ごちそうさまっ。」

 「はい、御粗末さまでした。今日は水曜日だから授業早く終わりますね。下校途中で遊ぶのはいいけれど、暗くなる前に帰って来ないと駄目ですよ。」

 「分かってるっ。じゃ、いってきます!」

 「気を付けていってらっしゃい。」

 賑やかにバタバタと身支度を整え出ていく後ろ姿を見送る。

 姿が見えなくなるまで、奥の角を曲がり完全に姿が見えなくなるまで手を振り続けた。ひこいしの影まで見えなくなって漸く手を下げた。

 踵を返す。すると、後方から聞こえるヒソヒソ声。声のする方向に顔を向け会釈すれば何人かの主婦達が固まっていた。あけびの行動におっかなびっくり会釈返しも矢張り顔が強張っている。

 風の噂が広がり伝わったわけではない。ただ普通にもの珍しさ故の行動だとあけび自身重々承知していた。気付かれていない、バレていない。ただ単に新しい女性があの家に居座るようになった、それだけの事。

 早々に玄関に逃げ込み鍵を閉めた。

 途端、胸を襲う安堵の気持ちに合せ重苦しい息を吐きだした。そう簡単になれるものじゃないけれど徐々に慣れなくてはいけない。平穏で普通の暮らしをする為に「御近所付き合いは大切だもの。もっと此方から積極的に話掛けないとっ」思考を前向きにシフトする。

 今まで何事も一人でこなしてきたひこいしに変わり家事全般を引き受けたからには確りこなさなくてはならない。家中を隈なく掃除して、栄養面を考えた食事を作り、洗濯物は何時だって沁み一つ無いように。ひこいしの為、この程度の事で根を上げてはいられない。

 気合いを入れ直したあけびは早速朝食の後片付けに手を付けた。


***


 暇を潰すべくクルクル回すシャーペン。黒板の前を左右にうろつく教師の言葉は頭に入っているような、入っていないような。

 何故昼食後の授業は総じて眠さを誘うのだろうか。しかも国語の授業。教師の抑揚のない至極詰まらない朗読が心地好い子守唄になり生徒達を深い眠りに引き摺り込んでいる。余りにも目立つ寝方をしている生徒は叩き起された。

 「(今日の夕ご飯、酢豚がいいなァ…。)」

 そのような状況なぞ我関せず本日の夕ご飯のおかずを思い浮かべる。実際、彼女が作ってくれるなら何だっていい。何でも美味しいから、何でもそつなく作ってしまうから。

 「(天津飯、いやカニ玉も捨て難い。)」

 如何やら中華系は譲れないらしい。

 窓の外をボーっと見ていたら急に名指しされた。教師が投げ掛けた質問はそこそこ頭を使うものだったが、ひこいしは苦にせず答える。暇なのは授業内容が分からないからじゃない。内容や先の事まで分かってしまっているから詰まらない、だからこその暇潰し。

 的確な返答にぐうの音も出ない教師の悔しそうな顔。嫌がらせをしようにもひこいしは二手三手先を悠然と歩いていた。

 親がいないからといって非行に走る馬鹿と違う、荒んだ心に自暴自棄になり引き籠る輩と違う。全ては自分の為、廻り廻って、回りに回って、将来の自分の為。吸収できるものは余さず取り込んだ結果が常時学年主席の成績である。兎角態度が悪い訳じゃない、些か授業参加が消極的なだけなのだ。

 「よぉーし今日の授業はここまで、明日から新しい章に入るからな。決して遅れないように。」

 教師の声と同時に響き渡る鐘の音。ざわめき始める教室内から急激に圧迫感が消え去る。

 次の授業の準備をしようと机に教科書一式を片付ければ肌で感じる不愉快な視線。目線を合わせずとも向けてきている相手は知っている。

 扉の開閉音が二回聞こえ、足音が遠く去っていく時点でやっとひこいしが顔を上げた。

 「相変わらず、お前のこと親の目の敵みたいに見てんな。」

 気持ち悪ィ。

 苦虫を噛んだじゃ済まされない嫌そうな顔付きをする友人の顔が直ぐそこにあった。既にいないが教師の姿が無いのを確認して肩を叩く手つきは苦労に同情している念が宿っている。

 「人を貶めたいなんて思っている奴等ほど面倒なもんはないさ。」

 「また何かされたん?」

 「虚構の不祥事を押し付けようとしてきた。」

 「どんな?」

 「脅された、って。」

 「誰に?」

 「お前が肩を叩いた人物だよ。」

 プッと噴出した友人はひこいしの背中を勢いに任せ数回叩いた。

 込み上がってくる笑いが止まらないらしい。

 「ばっかでぇい! お前に喧嘩吹っ掛けた奴が悉く返討ちに遭うの知らねえのかよ!? アッハッハッハッハッ! 此処の全校生徒の誰もが知ってる常識だってのッ。」

 「酷い言いざまなこって。」

 「事実そうじゃねーか? ン?」

 「何が。」

 少しばかりきつい目付きで凄んでみても友人の飄々とした態度は変わらない。

 挙句、脅したのかと茶化してくるので仕返しという名のプロレス技をきめてやった。無難に万字固め。地味に痛い。けれど本気で仕掛けていないので其処まで痛くない、と思われる。笑いながらタップをしてくるのが其の証拠。

 ひこいしがやれやれと溜息を吐き解放する。またまた、まだまだ友人はふざけ全開且つ次の体育の授業の用意をするべく急かし始めていた。そんな相手に二度目の溜息を吐くが今度のはとても柔らかいものだった。


***


 友人と別れた後の帰り道。一人での下校は慣れっこだ。

 深まる秋に比例して紅葉する木々の色だけが自棄に鮮やかに見える。赤、橙、茶、黄、暖色系統が風に吹かれ空を舞う。春先まで何も感じなかった、何も思わなかった、何の印象にも残らなかった風景が頭の中に彩られる。

 「………。」

 思考を巡らせた先に見えた人影。澄み切った黒曜石の瞳と濡れ艶やかな宵闇の髪。差し出された手が自分とは明らかに違う、女性の、しかも大人の女性のものだと思い知らされる色白で細い指先。背だってまだ自分より高く、空気を震わせ伝わる声が耳触りの良いこと。

 コンプレックスの塊である特徴的な口だって今となっては如何って事無い。寧ろ大口を開けて笑う姿は少々おぞましいものがあるものの、本当に、本当に、

 「…楽しそう。」

 初めて其の光景を眼前にした時は流石に我が目を疑った。頭が一気にフリーズを起した。

 冗談だったと取っていた事が実は嘘偽りの無い、事実だった。

 ふと、出会い始めの頃を思い出しながら歩いていると自然にひこいしの口が弧を描く。細めた目の先に映し出される彼女の態度が愛らしくて可愛らしくて仕方ない。ぽうっと心の中が暖かくなっている最中、彼は後ろから近寄る気配に気付かなかった。

 察した頃には気配は真後ろまで来ており思い切り後ろを振り返った。そして、目を見開いたついでにだらしなく口を開けるのだった。

 「おかえりなさい。スーパーから君の姿が見えたからこっそり追い駆けてきたの。それで、ちょっと吃驚させようと思ったのだけど…。バレちゃった。」

 茶目っけたっぷりに首を傾げウィンクする。外に出る為に付けたマスクの下はきっと舌をペロリとだしているに違いない。そんな仕草にひこいしの顔が爆発する。

 油断した。まさか下校途中であけびとバッタリ逢うなんて思ってもいなかった。確立としてはそこまで低くないが、上の空状態時に本人に出くわす程心臓に負担が掛る出来事は無い。

 ゆえに反射的に距離を取って早歩きになってしまう。

 あけびを残し早々に自宅に帰還するひこいし。だがしかし、視界の端で捕えてしまった重そうな買い物袋。逃げる選択肢と重い荷物を持つ選択肢が双方天秤に掛けられた。何度か左右に揺れるも片一方がカシャーンと落ちた。

 天秤が落ちたのに合せ、ひこいしの右手に負担が増える。

 「重そうだから持ちます。」

 「ありがとう。」

 あけびから袋を奪う際に触れた指先。そこだけ熱が溜り異様に熱い。上擦った声を如何にか押し込め平常心を保つ。が、不自然さを全部隠せない。頻りにあけびの事を気にして、気になって如何しようもない。激しく打ち鳴らす鼓動が聞えないだろうか、耳が真っ赤になっているのがバレないだろうか、目が泳いでいる事や汗をかいている事、上手く呼吸出来ていないのや、今にも逃げ出したい足を無理矢理抑え付け歩行を合せている事。

 単刀直入に言う。

 ひこいしはあけびに好意を抱いていた。

 切っ掛けは何処にでもあり、何処からでも襲ってくる。

 強烈に記憶に刻まれた、一番の原因はアレだとパニック寸前の頭の中で叫びのたうち回る。

 「ご飯すぐに作りますから待っていてくださいね。」

 「…はい。」

 何とか無事に自宅に帰還できた。しかしまだ気を許せない状況は続く。これがもし違う場所に住んでいるなら一人の時間を得られ、深く色んな角度から物事を考えられていた。

 けれど有り難くて残念な事に一つ屋根の下。共に寝食を共にする(寝る部屋は別)間柄。安心して落ち着ける場所は無い。トイレだって油断ならない。自室でさえ落ち落ち考えられない。

 壁一枚隔たった隣の部屋にいるなんて思ったが最後。何にも手が付けられない。それを思えばひこいしにとって唯一羽を伸ばせる場所が学校なのだが、これまた上手くいかない。あけびの事を考えているには考えている。それが問題解決にならないから困っている。思い浮かべるだけで心が締め付けられるってのに、思わずには思いを馳せずにはいられない。

 苦しい思いをするのに不思議なことである。

 「どう、する…か。」

 想いを伝え、其れが良い具合に両思いになればハッピーエンドなのか。それとも想いを伝えないで此のままの関係を続けるのが平和か。

 どちらにせよ前者は砕け散った後が怖くて、後者は関係を壊すのに怯えている。あけびが料理に意識が向いている短い時間の中。ひこいしは云々唸っていた。

 この際、相手が彼の有名な都市伝説代表選手であるのは置いておき。もといそんな些細な事如何でもいい。何とかなる、多分。

 「気まずくなるのはまだ良い。…問題は此処から出ていっちゃうのが……。」

 おぼろげな温もり。今となってはハッキリ分かる温かさ。

 温かみを覚えたが運の尽き。手放したくない、無くしたくない、そんな自分中心の願望が心と体を埋め尽くす。キリキリ痛む痛みに耐え切れず頬を流れる涙。流しているのでさえ気付けない状態で、如何してあけびの自室侵入に気付けられるのか。

 「如何なさいました? 何処かお怪我でもなさいましたか?」

 物凄く不安げに心配げに覗き込むあけびを、薄ら見える口端まで下がり切っている彼女を、震えた声色で問い掛けてくれる妖を抱締めずにはいられない。

 どうせ苦しむなら消えたって構わない。でも、最後だけ彼女の温もりを一身に受け止めたいひこいしは自分より背の高い相手の胸に頭を埋めた。ふくよかで柔らかい胸の谷間に入り込み、腰元と背中を抱締めた。

 急な出来事とされている行為であけびの顔が瞬時に赤く染まり、先程よりも眉が頼り無さ気に下がった。行き場と信号を忘れた両腕が軽く上がり、ひこいしの体を触れないでいる。

 「(一体如何すれば)……ひこいしさーん。」

 困りに困った困り顔。やっとこさ脳からの指令が伝わり、腕が動きだした。今の今までまともな指令が飛ばせない、もとい考えられなかったのはこの際触れないでおく。

 恐る恐る焦げ茶色のショートヘアを撫でてみた。柔らかい猫っ毛が指先に恐ろしいほど馴染む。これまで通り飽きが来ない髪質。出来るなら一日中撫でくり回していたい。そんな場違いの誘惑に流されそうになるも、あけびは何とか現実世界に戻ってきた。

 泣いた子をあやす様に頭を撫でていると、小さく微かに聞こえる。泣声。啜り泣き、嗚咽を噛み殺しているのか不規則で苦しそうな声が漏れていた。

 本当に泣いた子をあやす事になるなんて。

 あけびの態度が本格的に気持ちを入れ始めた。軽蔑しない、見下したりしない。純粋にあやし慰める。胸の中で暴れ回り出口を求める気持ちが収まるまで。そっと待ち続ける。

 「(思えばまだまだ子供だもの…。泣きなさい、胸がスッキリするまで泣きなさい…。)」

 頭を抱き肩を抱き寄せた。胸に押し付け深く抱締めようとした瞬間、ひこいしが優しい檻からするり身を抜けだした。困惑するあけびに対し、ひこいしも同じく困惑している。

 「~~ッ。」

 今更戸惑って躊躇している自分が情けない。

 でも、其れ以上に自分より泣き出してしまいそうな相手の顔が胸の痛みを強くする。膝が笑い下手すればへたり込みそうだ。いっその事、何事も無かった全部冗談だったと無かった事にしたい。完全な0(ゼロ)に戻したい、…出来ない。

 だが、いいじゃないか。これでまた自分の想いに蓋を閉め続け、騙しに騙して、そっぽ向いて、夢と空想の中に溺れる日々を送ればいいじゃ、

 「よくない!」

 囁く言葉は自分の言葉。ひこいしは己の言葉を己自身の叫びで打ち消した。

 乱雑に涙を拳で拭い去り思いの丈をいざぶち撒けようとするも……声が出ない。喉が張り付いているみたいな感覚じゃない。ヒューヒューと過呼吸気味になってしまう。振り払った恐怖が未だにひこいしの首をじりじり締め上げる。

 折角拭った涙が再び頬を濡らす。床に2,3滴染みがついた瞬間、余りの惨めさに思考が真っ白に染まった。何も考えられない、考えたいのに考えるのを自分が拒絶する。途轍もなく悔しくて悲しくて己のした行為を後悔してもしたりない。

 そんな時、脳裏を過った琥珀色。思ったが速いか鞄に手を突っ込み、目当てのモノを見付け次第あけびの前に突き出した。

 綺麗に包装された細かな細工。光に照らせば輝きを増す物体にあけびの視線が注がれる。

 目が離せない、というのが一番近いかもしれない。

 ズイっと出されたモノの棒を知らぬ間に持たされ、手に収まったモノとひこいしを何度も何度も見比べた。あけびが声を掛けるべく口を開いたが、声を喉元に押込み。ひこいしを待った。

 そして、俯き視線を合せないひこいしの小さくか細い声は語尾に近付くに連れ、大きくなるのだった。

 「僕、言葉で気持ちを伝えるのが苦手で…。感謝の気持ちとか本当はもっと沢山言いたいのに、声が出なくて、それが悔しくてもどかしくて…。感謝の気持ちだってうまく言えてないのに、…こんな想いまで出てきちゃって。自分の声でッ、言葉でッ、想いを伝えたいのにッ、出来ない自分が嫌で嫌で! だけど、こんな僕だけど、不器用なやり方だけど…ッ。伝えたくて…!」

 「――綺麗な飴細工」

 大事に腕の中に包まれた鼈甲飴細工。濡れた様に光る表面がまるで本物の鼈甲。

 そして、模られているモチーフから繊細さと奥ゆかしさが滲み出ている。豪華でいて決して派手ではない、けれど地味では無い胡蝶蘭が白熱灯の下で鮮やかに煌めく。

 「胡蝶蘭の花言葉は、…清純で純粋。そして“あなたを愛しています”」

 暫し訪れる静寂の間。その間を壊したのは奇しくも感極まった声や気落ちした声では無かった。

 「…クス。」

 あけびの噴出した声にひこいしは大いにショックを受けた。

 確かにカッコ悪い切り出しだし、何より自分は子供で、相手は人ならざるものだし、意識や考え方の相違で笑ったのかもしれない。

 グルグル廻る脳みそ。このまま気を失えばどれだけ楽か。尤も目覚めた後が大いに大変なのだが。

 正常な思考に戻りつつあるひこいしが鼈甲飴を握り締め、笑い続けるあけびを観察する。笑われるのは別に構わない。でも少しばかり子供なりであるも男としてのプライドうんたらかんたら。

 「ごめんね? ひこいしさんが可愛すぎて…。我慢出来なくて…アハハッ。本当に告白じゃない言葉なら言えるのですね?」

 「――僕なりに精一杯頑張ったつもりです。」

 「ウフフ。そうね、そうよね。笑ってしまってごめんなさい。」

 御淑やかに振舞っているが、大口開いている状態では誠意の欠片も見えやしない。耳まで裂けた口。にちゃあ、と音をたて。涎が糸を引き。真っ赤な舌と対照的な白い歯が除く姿に慄くなんて事は全くない。伊達に何度も見ていない。とっくに慣れっこ。

 「あけび姉ちゃん。また口開いているけどいいの?」

 「あら、失礼。閉じて閉じてっと…。それにちゃんと御返事返さないといけないわね。残酷な話ですけれど…。貴方と私では同じ道を歩いていけません。」

 分かっていた。けれど、ひこいしの想いは簡単に消えやしない。

 それでも二人の間に高く聳え立つ越えられない壁を下唇噛締め見上げるしか無かった。

 「人間と人間が作り出した話が具現化したバケモノ。普通に考えて一緒の道を歩く事は出来ませんの。」

 「……?」

 「けれど、…。貴方がひこいしさんが大人になっても私の姿を見失わず見続けて下さるのでしたら、私は貴方が死ぬまで傍にいます。いえ、いさせて下さい。」

 飴ごと握り締められた子供の手。伝わる温もりが、感じられる優しさが現実か夢なのか、はたまた良いように解釈しているのか分からない。混乱するひこいしを微笑み、小さな体を胸に抱いた。そして言い聞かせるように、囁くように、あけび自身一番柔和な声を送る。

 「ずっと御傍にいても宜しいでしょうか。」

 「当たり前だッ。僕だって、僕だって…。」

 ひこいしが先の言葉を紡ごうとも紡げず、数回口を開け閉めさせるも結局押し黙ってしまった。

 「分かってはおりますが、矢張り悲しいものですね。私ばかり何か損な気分。」

 「それは謝るけど…。仕方ないんだ、僕自身如何にも出来ない。」

 「落ち込まないでください。決して意地悪をしたかったわけではないのですから。」

 「……嘘だ。笑ってる。」

 愛嬌たっぷりに舌をぺろり出す仕草をしても機嫌というものは中々治らない。

 そんなひこいしを半ば強引にリビングにあけびは連れていき、超能力や心を読み取ったわけでもないのに彼が食べたがっていた中華料理を天板の上所狭しと置いていった。


***


 「…また付いてるよ。」

 「うーん。慣れるのは当分先かしら。ティッシュ、ティッシュってきゃあ?!」

 「手元に無かったからこれでいいよね。」

 「だからって…ッ。舐めないで下さいよッ、は、恥かしい、です…。」

 「僕は言葉より態度で示す派になろうと思って。」

 「も~~~ッ!!」

 態度でしか表現できない歯痒さに思わず眉間に皺が寄る。

 それを誤魔化す為にペロリ舌舐めずり。挑発染みた行動に益々不貞腐れていくあけびの姿がとても可愛くて。物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだった。言えない事を自分の高いプライドが邪魔をしている。そういう事にすれば相手に変に思われない。そう思い込まなければ正気でいられない。今だって震える心を抑え付けるのに必死で、…身を襲う恐怖に怯えている。

 「(言葉以外で伝えるしか、…これ以上蓋をし続けられない。)」

 何度も伝わるまで。伝わってくれるまで辛抱強く。抱く気持ちが少しでも相手に、あけびに伝わるように。ひこいしの静かなる施行錯誤という名の戦いが始まった。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 異種間恋愛が三度の飯より大好き担々狸の作品今後ともよろしくお願いいたします。

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