第4章 代執行!魔王城、解体および再建
新宿の空が、重々しい曇天に覆われていた。
地上五十メートルに浮遊する魔王城を包囲するのは、自衛隊のヘリではない。
「行政代執行」の腕章を巻いた作業員たちと、巨大なクレーン車、そして日本中の精鋭解体業者が集結した「特殊撤去部隊」である。
「……本日、午前九時。是正勧告の期限が終了しました」
佐藤健太郎は、拡声器を手に魔王城を見上げていた。
彼の足元には、数枚の法的書類が詰め込まれたアタッシュケースが置かれている。
その表情は、いつになく冷徹だった。
「魔王ゾルディス様。残念ながら、提出された是正計画書は『魔力による現状維持』という一点張りで、建築基準法の要求を満たしておりません。よって、行政代執行法に基づき、当職が代行して当該違反物件の除却および改修を執り行います」
城のバルコニーから、大魔王ゾルディスが身を乗り出して叫んだ。
「待て! 貴様ら、本気か!? この城を壊すということは、魔界と人間界の均衡を破壊することと同義だぞ!」
「均衡より、都市計画の整合性の方が大事なのよ」
九条玲奈が、一歩前に出た。
彼女は、いつものヘルメットに加えて、重機操作用のインカムを装着している。
彼女の後ろには、特別に改造された「魔力対応型解体重機」が、その巨大なアームをもたげて待機していた。
「魔王さん。あんたの城、昨日言った通りねじれが限界なの。放置しておけば、今日中に自壊して新宿駅の上に降り注ぐ。だったら、私たちがコントロールされた形で『解体』してあげるのが、せめてもの情けよ」
「黙れ! 我が魔力があれば、崩壊など……」
「魔力は万能じゃないって、昨日証明したでしょ!」
九条が叫ぶと同時に、彼女の手元のタブレットが光った。
「執行開始! 第一、第二タワーの違法増築部分を切り離して!」
九条の合図と共に、クレーンに吊り下げられたダイヤモンドカッターが、魔王城の外壁に接触した。
凄まじい火花と、魔力の残滓が飛び散る。
通常なら刃が立たないはずの暗黒石だが、九条が昨夜のうちに解析した「魔力的結合の脆弱点」を正確に突いた切断は、まるで豆腐を切るように石材を切り裂いていった。
「な、何だと……!? 城が、削られていく……!」
「ガイアスさん、公務執行妨害で暴れないでくださいね」
佐藤が、隣で魔剣を抜こうとしていた暗黒騎士に告げた。
「ちなみに、この代執行にかかる費用……重機のチャーター代、人件費、廃棄物処理代。これらすべては、後であなたたちに請求されます。概算で五億三千万といったところでしょうか」
「ご、ご……五億!? 我らにそんな金はないぞ!」
「滞納すれば、魔王城の敷地内にある財宝、および魔王さんの装備品を差し押さえることになります。ですから、おとなしく指示に従って、少しでもコストを抑える協力をしてください」
佐藤の「督促状」という名の呪文は、どんな禁呪よりも魔族たちの戦意を削いでいった。
一方で、九条の指揮は神業に近いものだった。
彼女は城を完全に破壊するのではなく、構造的に危険な部分、法的にアウトな部分だけを、外科手術のような精密さで取り除いていく。
「第三尖塔、除去完了! 次、航空法に抵触する高さ制限を超えた分をカット! 断面には即座に防水処理と魔力封印剤を塗布して!」
作業は数時間に及んだ。
新宿の住人たちが固唾を呑んで見守る中、禍々しく尖っていた魔王城は、徐々にその角を落とし、現代の街並みにあっても「少し個性的だが、ギリギリ許容範囲」なフォルムへと変貌していく。
「……さて、仕上げよ」
九条が、最後に一枚の大きなパース(完成予想図)を掲げた。
そこには、解体された後の魔王城の骨組みを活かした、美しいガラス張りのビルが描かれていた。
「魔王さん。あんたの城を、ただ壊すのはもったいないわ。だから、私がリノベーション案を作った。一階から三階は、魔界の特産品を売るアンテナショップ。中層階はシェアオフィス。最上階の玉座の間は、展望レストラン兼、あんたの居住スペース。もちろん、全フロアに最新の消防設備と、バリアフリー対応のエレベーターを完備した『新宿ゾルディス・ビル』よ」
魔王は、九条が示した「完成予想図」を凝視した。
それは、恐怖による支配の象徴ではなく、新しい世界で生きるための「居場所」の提案だった。
「……このビルなら、崩壊せず、不法占拠とも言われず、ここに居続けても良いというのか?」
「ええ。ただし、固定資産税と事業所得税はきっちり払ってもらいますけどね」
佐藤が、納税通知書をちらつかせながら微笑んだ。
「法に従うということは、その社会の一員として守られるということなんです。魔王様、あなたもそろそろ、略奪者ではなく、優良な納税者としての道を歩んでみませんか?」
魔王ゾルディスは、長い沈黙の後、深く溜息をついた。
彼の手から、禍々しい暗黒のオーラが消え失せる。
「……九条と言ったか。貴様の設計するこのビル、玉座の座り心地は保証されているのだろうな?」
「一級建築士をなめないで。人間も魔族も、腰痛知らずの設計にしてあげるわ」
数ヶ月後。
新宿御苑の隣には、黒い石材とガラスが融合した、奇妙だが美しい超高層ビルがそびえ立っていた。
入り口には「株式会社ゾルディス・ホールディングス」の看板。
エントランスでは、パリッとしたスーツを着こなしたスケルトンたちが、丁寧な仕草で来客を案内している。
「佐藤さん、見て。完了検査、無事にパスしたわよ」
九条が、ピカピカの「検査済証」を誇らしげに掲げた。
「これでこのビルは、日本で唯一の『合法的な魔王城』ね」
「お疲れ様です、九条さん。魔王さんも、最近はビル経営の勉強に熱心で、テナント料の計算に余念がないですよ。この間なんて、『管理費の滞納は、魔法で魂を抜くより恐ろしい』って言ってました」
二人は、ビルの屋上にある展望デッキから、平和な新宿の街を眺めた。
かつての脅威は、今や都市の新しいランドマークとして溶け込んでいる。
しかし、その平穏を破るように、佐藤のスマホが激しく鳴り響いた。
画面を見た佐藤の顔が、一瞬で引きつる。
「……九条さん、緊急事態です。防衛省から連絡が」
「今度は何? 別の魔王でも来たの?」
「いえ、小笠原諸島の沖合に、突如として『浮遊する巨大な古代都市』が出現したそうです。領海侵犯はもちろん、排他的経済水域内での無断埋め立て……というか、海洋汚染防止法違反の疑いがあるとか」
九条は一瞬だけ呆然としたが、すぐにヘルメットを被り直し、図面ケースを肩に担いだ。
「……いいわ。今度は海洋土木と国際法の専門家も呼んで。その古代都市の王に、日本の公共工事の厳しさを教えてやるわよ」
「頼もしいですね。あ、魔王さんにもヘリの準備をさせます。彼は今、ビルのオーナーとして、新しい投資先を探しているみたいですから」
二人は、新たな「違法建築」との戦いに向けて、再び歩き出した。
法と図面を武器に、彼らは今日も、この世界の秩序をミリ単位で守り続けていく。
お読みいただきありがとうございます!
「異世界テンプレを現代の法律で殴る」をテーマに短編を書いています。
このコンセプトの原点は、現代恋愛部門2位をいただいた婚約破棄訴訟の話です。
▼シリーズ一覧はこちら
https://ncode.syosetu.com/s1374k/
近日、法律×異世界召喚の長編連載も始動予定です。お楽しみに。




