第9話 忘れられていた聖女召喚と、本当に必要だった理由
国家予算が黒字に転じ、
魔力消費にも明確な余力が見え始めた頃。
王城の会議室で、
第一王子がふと口にした。
「……そういえば、
聖女の話は、どうなったのだ?」
その瞬間、
空気が一拍、止まった。
宰相エドワルド・グランディスが、
静かに咳払いをする。
「財政と魔力の都合で、
当面、追加召喚は不可能と判断していた」
残念な空気が、一瞬漂う。
「だが、
経理と医療の仕組みを変えることで、その二つの余力ができた」
「じゃあ、呼べるな。
大司教に、至急連絡を!」
加藤理美が冷静に言った。
「まってください!
前提を間違えるとただの無駄遣いになります」
第一王子が眉を寄せる。
「前提?」
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◆ そもそも「未婚女性」という要件がおかしい
理美は続けた。
「前回の召喚条件――“未婚女性”
それ、要件定義として失敗しています」
「なっ……」
王子が言葉を詰まらせる。
「未婚であることと、若いこと、
聖女としての資質は、無関係ですよね」
理美は淡々と事実を並べる。
「年齢」
「精神的耐性」
「能力的な適性」
「何一つ、条件に入っていなかった」
宰相が、額を押さえた。
「……確かに」
「目的を満たす条件ではなかったな」
第一王子が、少し困惑した声を出す。
「では、どういう要件なら、良かったのだ?」
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◆ 「先に言ってほしかった」聖女の本当の役割
次に口を開いたのは、
意外にも宰相だった。
「……まず、聖女召喚を必要とした前提を話そう」
「聖女の役割としては、けがや病気の治療もあるが、
それは、今改善しつつある」
エドワルドは、ゆっくり言葉を選ぶ。
「加えてこの国では、
定期的に、魔獣が出現する」
理美が、目を瞬かせた。
「魔獣……?」
(いたんだ……)
「ああ」
「そして」
宰相は続ける。
「王都と主要都市は、
結界によって、森からの魔獣と瘴気から守られている」
直治が、思わず口を挟む。
「……その結界に、
聖女が関わっているんですか?」
エドワルドは、頷いた。
「聖女の祈りと魔力がなければ、
結界は、維持できない。
だが、今の聖女、王妃は五十七歳となり、数年後……
最悪十年後には、引退したいと言っている」
理美は、思わず言った。
「……それ、
先に言ってほしかったです」
エドワルドは、苦笑する。
「通常なら何十年か財力も魔力も不足するので、
政治的に、表に出せなかった」
「でも」
理美は、はっきり言った。
「聖女は、
国家の防衛インフラじゃないですか」
沈黙。
誰も否定できなかった。
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◆ 本当に必要な聖女とは
「では」
宰相が言った。
「どういう要件なら良い?」
理美は、すぐには答えなかった。
「……少し、
持ち帰って考えさせてください」
直治も、頷く。
「間違いを極力なくす要件を探します」
その判断に、
エドワルドは迷いなく頷いた。
「任せる」
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◆ 佐藤直治が思い出した「一人の少女」
その夜。
直治は、医師団の宿舎で
一人、窓の外を見ていた。
(聖女の要件……)
聖女のスキルを吸収して、身に付けられる若さ。
精神力。
責任感。
だが、その時――
一人の少女の顔が、はっきり浮かんだ。
幼いころから手術を繰り返し、再発した不治の脳腫瘍。
再発してもう打つ手無く、寝たきりで、余命わずか。
元の世界では、
どうにもならなかった。
(……新井みらい)
直治は、拳を握る。
(思うように生きられなかった)
(体を動かせなかった)
(未来を、選べなかった)
だが、だからこそ――
(あの子なら、苦しんでいる人々のことが、
分かるんじゃないか)
治す側ではなく、
苦しんだ側だったからこそ。
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◆ 救える命のためのピンポイント召喚
翌日。
直治は、理美と宰相を前に言った。
「……人を指定して、召喚できませんか」
「人を?」
理美が聞き返す。
「名前」
「年齢」
「場所」
「状態」
「ピンポイントで指定します」
直治は、はっきり告げた。
「新井みらい」
「十四歳」
「日本の病院に入院中」
「不治の腫瘍で、寝たきり」
「余命、わずか」
理美は、すぐに理解した。
「……救う前提ですね」
「はい」
直治は、迷いなく言った。
「救える命です
そして」
一拍置いて。
「きっと、
同じように苦しんでいる人を、救える聖女になります。
僕の信頼する先輩医師の、お嬢さんです」
エドワルドは、長い沈黙の後、言った。
「若いから教育もできるし、
先生が言うなら、信頼できるだろう。
……国家のためでもあり、
一人の命のためでもある」
そして、決断する。
「分かった。一度だけだ」
宰相は、はっきり言った。
「新井みらいを、召喚する」
「十四歳なら僕も問題ない」
王子もつぶやくように言った。
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こうして。
婚約者候補として忘れられていた聖女は、
国家防衛と、人を救う力の象徴として、
再び必要とされることになった。
それは、
制度のためだけではない。
生きられなかった少女に、
生きる役割を与えるための召喚だった。
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