第7話 声は届く、波紋は広がる
◆ 一、二週間という時間
一、二週間が、あっという間に過ぎた。
理美と直治は、
ある夜、簡単な食事を取りながら話していた。
「……元の世界」
直治が、ぽつりと言う。
「気になりますよね」
「ええ」
理美は頷いた。
「戻った人、いないって聞きましたし」
「聞いた話だと」
直治は続ける。
「戻る方が、来るより、魔力も、資金も、技術も要るらしいです」
理美は、少し黙ったあと言った。
「私、独り身で、両親ももう他界しているんですけど、
……職場の人、心配してるかもしれない」
そして、小さくため息をつく。
「せめて、メールだけでも、出したい」
直治は、すぐに同意した。
「僕も、戻れないかもしれないことを、伝えたいです」
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◆ 声だけでも
同じテーブルで食事をしながら、その話を聞いた魔導士が、首を傾げた。
「……声だけ、届けた例は、確か、あった気がします」
最近システム化でずっと来ている魔法局所属の魔導士、
ルーファス・エインズワースだ。
柔らかな物腰で、
いかにも研究者然とした雰囲気の男だ。
「本当ですか?」
「はい」
「文献、調べてみます」
理美は、少し前のめりになる。
「……実は、会社の支払承認、私のパソコンで設定されていて」
ルーファスと直治が、同時に見る。
「パソコンと銀行システムのパスワードだけでも、
給与と、月末の支払いの前に伝えたいんです」
「……それは、重要ですね」
「でしょう?」
理美は、苦笑した。
「経理なので」
「僕も、手術の予定があったので、できれば誰かにお願いしたいです。」
直治も同じく、苦笑いして言った。
「それは大変。お医者さんですもんね」
4日後、魔法局の実験室は、息を潜めたように静かだった。
床に描かれた魔法陣が淡く光り、
魔法石が低く共鳴している。
「……接続は一方通行」
魔導士ルーファスが告げる。
「音声のみ、数分が限界です」
「大丈夫です」
理美は、即答した。
「仕事の話だけなので」
直治が、小さく苦笑する。
「僕も同じです」
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◆ 理美の声 ――経理の現場へ
「対象、固定します」
詠唱が始まる。
「世界座標、指定」
「意識共鳴、限定」
「音声抽出――開始」
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――東京都、夜のオフィス。
総務経理部長・田中和之は、
モニターを睨みながら残業していた。
「ふう……骨折で休む連絡したまま消えるとか、勘弁してくれよ、加藤~
……仕事丸投げで嫌になったかな」
その時。
「――田中部長」
「ひっ!?」
椅子が派手にきしんだ。
「え、なに!?今の声……誰?」
「……幽霊?」
「幽霊じゃありませ~ん!」
少しだけ慌てた声で。
「私です。加藤理美です」
「……は?」
田中は、固まった。
「いや、声だけって……」
時間は短い。
「時間ないんで、急いでメモ取ってください」
「え、ちょっと待って、はい!」
「私のパソコンの、ログインパスワード言います」
区切って告げる。
「――****」
「次、銀行口座の支払承認のパスワード」
「――****」
理美は、落ち着いた声に戻す。
「給与と、月末支払い、よろしくお願いします」
「分かったけど、それより、骨折したって、大丈夫だったか?
どこで、何してる?いつ会社戻れる?」
「私、今、遠い所で、国を健康にする仕事してます。
骨折は、治りました。
戻れるか分からないので、次の人探してもらった方が良いかも……」
声が、切れた。
田中は、加藤のデスクの前に行き、パソコンの電源を入れた。
そして、メモを見ながら、半信半疑で入力。
画面が、開いた。
「……開いた」
田中の声が、低くなる。
「……本人だ……」
「……加藤」
田中は、深く息を吐いた。
「無事でよかった」
そして、ぽつりと。
「……相変わらず、まず、経理なんだな」
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◆ 直治の声 ――医療の現場へ
「次、行きます」
直治は、深呼吸して前に出た。
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――とある大学附属病院。
整形外科医・鈴木葵は、
カルテ整理をしていた。
「……鈴木先生?」
突然、耳元で声がする。
「うわっ!?」
「誰!?」
「鈴木先生、僕です。
佐藤直治です」
「……は?え?佐藤先生?
どこから……」
「時間がない。手短に」
直治は、はっきり言った。
「トラブルで、戻れなそうです」
「今入ってる、オペ」
「来週水曜、お任せしたい」
鈴木は、反射的に答える。
「……分かりました。
人工股関節全置換術でしたよね。
カルテの詳細確認しておきますね」
「そう。ありがとうございます」
「あと」
「リハビリ、サボりがちな、山田さん(六十七歳)」
「定期的に見て下さい」
「小児整形の、中村花ちゃん(十歳)」
「コルセット、治るまで、毎日」
「外しちゃだめだって」
「……はい」
鈴木は、静かに答えた。
「伝えます」
一拍。
「それより……先生、
急にいなくなって、みんな心配してます」
「生きてる」
直治は、即答した。
「医者も、続けてる」
声が、途切れた。
「佐藤先生!」
応えは無く、しんとしていた。
「佐藤先生、こんな時にも、医者なんだな。
……それにしてもトラブルって、宇宙人とか?」
鈴木はぼそっとつぶやいた。
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◆ 静かな成功
魔法陣の光が、ゆっくり消える。
「……成功ですね」
ルーファスが言った。
理美は、胸に手を当てる。
「ちゃんと、
支払い、引き継げました」
直治も、深く頷いた。
「患者を、任せられました」
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◆ それぞれの余韻
誰も、すぐには口を開かなかった。
宰相エドワルドが、
ぽつりと言う。
「……十分か?」
「はい」
理美は、小さく笑った。
直治も、頷いた。
声は、届いた。
責任も、渡した。
だから、今は。
この世界で、
やるべき仕事に、
集中できる。
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◆ その頃、別の場所では
同じ頃。
重厚な扉の奥で、
数人の貴族が集まっていた。
「……聞いたか?薬品取引からどんどんばれて、凄い額の資金が回収されている」
「冗談じゃない、医療研究費まで、洗われている」
「魔法石の売買もやられた」
一人が、苛立った声を上げる。
「帳簿が、今までと、違うらしい」
「誤魔化せない」
「金が、途絶えた」
沈黙。
そして、誰かが低く言った。
「……このままでは」
「終わる」
「宰相が、動きすぎだ」
「異世界人を、使ってやりたい放題だ」
別の男が、吐き捨てる。
「この国の貴族の現状を、分かっていない」
「医療の現場まで仕組みで縛るなど、前代未聞だ」
誰も否定しなかった。
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◆ 小さな抵抗
「……噂を、流せ」
一人が言った。
「医療改革で、現場が混乱していると」
「魔法診断装置は危険だと」
「聖女の代わりに、魔王がきたと、な」
卑小な策だった。
だが――
彼らに残された手段は、それしかなかった。
「時間を稼げ」
「揺さぶれ」
そう言って、
彼らは散っていった。
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◆ 静かな夜
その夜。
理美は、窓辺に立っていた。
「……届いた、よね」
エドワルドが、隣に立つ。
「君の世界は、君が守った」
理美は、少し照れたように笑う。
「そんな大きな話ではないです。ただのイチ経理ですから」
遠くで、鐘が鳴った。
声は、確かに届いた。
でも――
波紋もまた、広がり始めていた。
静かに。
確実に。




