第6話 医療の仕組みも動き出す
倉庫を見に行ったことで、経理魔法システムの仕組みに、
納品書や入出荷記録もつなげることになった。
宰相エドワルド・グランディスの執務室。
理美は、淡々と報告する。
「不要在庫と、未記録の廃棄が、医療関連だけで、相当量ありました」
「なぜ、こうなった?」
「理由は、単純です」
理美は、即答した。
「在庫数量を把握していなかった」
「使う頻度を考えずに、買っていた」
「使い切れなくても、誰も責任を持たなかった」
直治が、隣でふっと笑った。
「……倉庫に行ったの、僕にも良いヒントでした」
「ヒント?」
「同じく、薬品、治療に必要な物の情報、繋げられないかなって」
理美は、すぐに頷いた。
「医療も、システム化できますね」
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◆ 国全体で、医療を管理するという発想
その場にいた薬務統括官が、すっと前に出た。
マルティナ・クロイツ。
切れ長の目をした、背の高い女性だ。
実務向きの服装で、無駄な装飾は一切ない。
「出来ます」
彼女は、即答した。
「ぜひ、やらせてください」
直治が目を向ける。
「国全体で、できませんか」
「ええ」
マルティナは迷わなかった。
「薬品在庫に、包帯や器具、治療に必要な物資。
どこに、何が、どれだけあるか、中央で把握できれば、
足りない所に、足りない分だけ回せます」
理美は、深く頷いた。
「それなら、無駄な買い足しも、廃棄も減る。
やりましょう」
理美は即答した。
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◆ 医療記録も「見える化」できないか
話は、さらに広がる。
「……もう一つ」
直治が、少し考えながら言った。
「医療記録も、まとめて見られませんか?」
「まとめる?」
レオンハルト医師団長が聞き返す。
白髪交じりの髪を後ろに撫でつけ、
年齢を重ねた分だけ落ち着きと迫力を備えた人物。
だがその目は、若い研究者のように好奇心で輝いている。
「症状ごとに」
「地域ごとに」
「年齢別に」
「今、どんな病気が多いのか」
「怪我が増えている場所はどこか」
「図で、見えるように」
理美の目が、きらりと光る。
「……グラフですね」
「はい。
きっと、事前に防げるものもあります」
宰相エドワルドが、腕を組む。
「魔法局の協力が要るな。要請しよう」
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◆ 「見える」力を、誰でも使えるように
直治は、少し言いづらそうに切り出した。
「……もう一つ、あります」
彼は自分の手を見つめる。
「こっちに来てから、
触ると、体の中の悪い部分が、
なんとなく、見えるんです」
その言葉に、
回復魔法主任のオスカー・リントが頷いた。
短く刈った茶髪に、日に焼けた肌。
実地治療を長く続けてきたのが一目で分かる、
現場叩き上げの雰囲気を持つ青年だ。
「……分かる人は、います。でも」
オスカーは腕を組み、率直に続ける。
「医師の魔力によって、
はっきり見えるかどうかは、違いますね」
直治は、少し身を乗り出した。
「なら、魔法石を使ったり、魔力に余力のある人が補充して、
誰でも見られる“道具”は作れませんか?
悪いところが、反応して光るとか、色が変わるとか」
一瞬の沈黙。
そして。
「……おもしろい」
レオンハルトが、笑った。
「ぜひ作ろう。診断のばらつきが、減る」
オスカーも、目を輝かせる。
「良い物ができれば、新人でも、危険な兆候を見逃しません」
直治は、深く頷いた。
「医療の質が」
「一段、底上げされます」
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◆ 資金のあて
「ただ」
マルティナが言った。
「資金が、かなり要りますよね」
宰相エドワルドが、にやりと笑った。
「不正で盗られた金が、あるだろう。
取り戻して、それを、充てればいい」
理美は、目を、きらりと光らせ、静かに微笑んだ。
「ご協力します
徹底的に、洗い出します」
直治は、苦笑した。
「……ぞくっとしました」
「怖いですね」
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こうして。
経理から始まった改革は、
医療を巻き込み、
国全体の“健康”を設計する段階へ進んだ。
帳簿から、財政を、
そして――
医療記録から、命そのものを、
仕組みで支える時代が、
静かに始まっていた。
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◆ 仕組みが、人の行動を変える
経理魔法システムが稼働し始めると、
変化は一気に加速した。
「今週も何件か、警告が出ていますね」
医師団の事務室で、
薬務統括官マルティナが満足げに言う。
「症例に合わない薬を選ぼうとした、
軽症に、高価薬を使おうとした」
「理由を記載してください、だと……」
直治は、頷いた。
「理由が書けないなら、
使うべきではない、ということです。
症例と、治療の情報が、蓄積されてきたので、
機能を追加しています」
システムが適切な治療法を提案するようにした結果、
•症例ごとに使用する薬品の種類、使い方が安定
•高価薬は、本当に必要な重症者に限定
•使用量が、適正水準に落ち着く
時間が経てば、誤った使用も、無駄な購入申請も、自然に減っていくだろう。
誰かが叱ったわけではない。
仕組みが、勝手にブレーキをかけた。
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◆ 医療の質が上がり、魔力の消費が減る
さらに、別の変化も起きていた。
「……魔力の消費量が、減っています」
回復魔法主任オスカー・リントが、
記録を見て呟いた。
「治療件数は、ほぼ同じです」
「なのに、消費魔力は明らかに少ない」
理由は、明確だった。
直治が説明する。
「予防指導の考え方も広がり始めたからです」
•傷は洗う
•栄養を取る
•体を動かす
•治療後は、リハビリをする
それだけで、
•重症化が減る
•再発が減る
•魔法治療の回数が減る
魔力は、本当に必要な場面にだけ使われるようになった。
「……医療って」
オスカーが、ぽつりと言った。
「治すより、悪くならない方が楽なんですね」
直治は、静かに頷いた。
「はい」
「だから、予防は最強なんです」
誤った治療が減れば、みんなをもっと助けられる。
予防をすれば、最初から苦しまなくてすむ人も増える。
きっと、この国はもっと良くなる。




