番外エピローグ 領地の、幸せな一日
朝の光が、領地の丘をやわらかく照らしていた。
理美は別邸の縁側で、湯気の立つお茶を両手に包み、ゆっくりと息を吐く。
昔より、朝が静かだ。
「……今日は、いい天気ね」
「そうだな」
隣では、エドワルドが新聞代わりの報告書を開いた。
「今日のニュースは?」
理美に、にんまりとして、エドワルドが一面を見せる。
『マルティナ・クロイツ、女性初の宮廷医師団長就任』
「あら!これは、今度お祝いしないと」
「直治君も喜んでいるだろうな」
エドワルドが目を細める。
時折そんなニュースもあるが、
もう急いで読む必要はない。
必要なことは、必要な人が判断する。
二人は今、王都よりもこの領地で過ごす時間の方が圧倒的に長い。
相変わらず、理美は趣味で帳簿は見るが、
畑を見て、川を歩き、村の人と挨拶を交わす。
それが、すっかり日常になっていた。
「あの頃……忙しかったわね」
理美が、ふと呟く。
「忙しかったな」
エドワルドも、少しだけ笑った。
________________________________________
回想――聖女の結婚
思い出すのは、
あの日の鐘の音。
聖女ミリアの結婚式。
白い衣に包まれた娘は、
もう、守りたくなる頼りなさは消え、
凛とした、“聖女”になっていた。
隣に立っていたのは、
魔導士として、魔導局の幹部となったアレクシス。
互いを支え合い、
力を預け合う二人だった。
「……本当に、二人とも、幸せそうだったわね」
こちらの世界では、王妃や理美たちが、涙を隠しもせず喜び、
遠い世界では、直治と、みらいの両親たちが、音声越しに祝福していた。
「ちゃんと、自分で選んで、
良い人生を歩んでいるんですね」
「ありがとうございます」
音だけだが、幸せは、十分に伝わっていた。
________________________________________
王となった男
さらに思い出されるのは、
王となった男――元第一王子、アルベルトの姿だ。
他国と共同で進めた、
結界自動化プロジェクト。
任せられた当初は、まだ不器用で、硬さもあった。
だが、彼は学んだ。
魔導士、技術者、政治家。
立場も国も違う人間たちをまとめ、
最後までやり切った。
即位の日、
アルベルトは静かに言った。
「みなが安心して力を振るえるようにするのが、
王としての役目だ」
その言葉の裏には、
かつて彼が迷い、焦り、
それでも決めた覚悟があった。
前に立つ王ではなく、後ろですべてをつなぎとめる王になる。
それが、プロジェクトで辿り着いた、
彼の起点だった。
今では、
誰もが彼を信じて疑わない。
「……良い王になったわね」
理美が言う。
「そうだな。
私たちが口を出す必要は、もうない」
________________________________________
手をつないで帰る道
縁側から見える草地で、
二人の子どもが走り回っていた。
一人は十歳くらいの男の子。
黒髪で、笑うと目尻がやさしく下がる――
どこか、若い頃のミリアに似ている。
もう一人は、少し小さな女の子。
淡い色の髪に、落ち着いた灰色の瞳。
走り方は控えめだが、足取りはしっかりしていて、
ふとした横顔が、アレクシスを思わせた。
「そろそろ」
エドワルドが立ち上がる。
「屋敷まで歩くか」
「ええ。
途中でパン、買って帰りましょう」
声をかけると、
子どもたちは笑いながら駆け寄ってきた。
エドワルドは、自然な動きで年上の男の子の手を取る。
理美は、少し小さい女の子の手を握った。
その手は、温かくて、柔らかい。
「ちゃんと手、つないで行きましょうね」
「はーい!」
四人で、ゆっくりと、本邸へ向かって歩き出す。
理美の手を握った女の子が、顔を見上げて言った。
「ねえ」
「なあに?」
「おばあちゃん」
「パンだけじゃなくて、
おかしも」
一瞬の間のあと、
理美は思わず笑った。
「……しょうがないわね。
ママに怒られちゃうから、一つだけよ」
「やった!」
夕暮れの光が、
四人の影を長く伸ばしていた。
もう、急ぐ必要はない。
もう、戦う必要もない。
仕組みは残り、
人は育ち、
世界は、ちゃんと次へ渡された。
二十年後の、
本当によくある――
幸せな一日だった。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
本作はここまでで、
・経理×異世界
・医療改革
・聖女の成長
・家族としての結末
を描き終わりました。
一気読みも歓迎です。




