第11話 宰相との契約
新井みらいの召喚が成功したという報告が、王城中を駆け巡ったその日の午後。
加藤理美が宰相室で帳簿を確認していると、
ノックも控えめに、エドワルド・グランディスが入ってきた。
「……少し、時間はあるか」
「はい。今、区切りがいいので」
エドワルドは二、三枚程度の薄い書類を差し出した。
「確認して、問題なければ」
書類の一番下を、指でトン、と示す。
「サインをしてほしい」
「何の書類ですか?」
理美が何気なく目を通し――
次の瞬間、手が止まった。
「……結婚契約書?」
書かれているのは、
エドワルド・グランディスと加藤理美の婚姻契約について。
「……いきなりですね」
「そうだな」
エドワルドは咳払いをした。
「一応、説明はする」
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◆ エドワルドの事情
「私は、かつて結婚していた。
だいぶ前だ」
理美は黙って聞く。
「最初の妻は、長男を産むときに亡くなった。
今、その息子が後継ぎの予定だが、
私は、その後ずっと、独身だ。
なので、法律上も問題ない」
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◆ なぜ、理美なのか
「今回」
エドワルドは続ける。
「みらいを、養子に迎えるつもりでいる。
聖女として、
そして、一人の子としての、安定のために」
「だが」
一拍置いて。
「養子を迎えるなら、母親が、必要だ」
理美は、目を瞬かせる。
「……で、私?」
「そうだ」
エドワルドは、まっすぐ言った。
「君は、元の世界のことも知っている。
この国の仕組みも、今は誰より理解している
みらいにとっても、一番、安心できる大人の一人だ」
理美が、契約書を一枚めくる。
「それに、金の動きも分かる。
私は本来、王を支える役目に集中するべき立場だ。
領地の経営は、誰かに任せる必要がある。
君なら、安心して任せられる」
理美は、小さく息を吐いた。
「……条件、良すぎませんか?」
二枚目以降に、添付資料として、財政状態と経営成績の過去3年分の資料があった。
エドワルドは、わずかに笑った。
「領地は豊かだ。
正しく運営すれば、将来も安泰だ」
(これはもはや、プロポーズと言うより、
国の宰相のプレゼンか……?)
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◆ 理美の答え
しばしの沈黙のあと。
理美は、ペンを取った。
「……元の世界で、
未婚でよかったです」
エドワルドが、驚いたように見る。
「今までで最高の、雇用契約です」
そして、
さらりと、サインした。
「よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
エドワルドは、柄にもなく、少しだけ照れて、嬉しそうだった。
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◆ 国王と王妃への謁見
その日のうちに。
エドワルド、第一王子、理美、直治、そしてみらいは、
国王と王妃の前に立っていた。
「聖女召喚は、成功しました」
「加えて、
異世界からの二人の召喚による、
財政、医療、国政への効果を報告します」
国王は、満足そうに頷いた。
「見事だ。
国を救ったと言ってよい」
そして、みらいに目を向ける。
「王妃よ、この子の教育を、頼みたい」
「はい」
王妃は、優しく微笑んだ。
「喜んで」
さらに。
「エドワルド」
「はい」
「理美との婚姻、
みらいを養子に迎える件、
どちらも、許可しよう」
エドワルドと理美の緊張が解ける。
「……ありがとうございます」
国王は、楽しそうに言った。
「では」
「結婚式をしなさい」
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◆ 世界をまたぐ結婚式
「……式ですけど」
結婚式の最初の打ち合わせが始まると、
理美が、少し照れながら言った。
「魔法で、元の世界の人にも伝えられませんか?」
魔導士ルーファスが、にっこりする。
「最近は、魔力に余裕もありますし、お世話になっていますから、
張り切って、
三十分くらいの式なら、音声で丸ごと、届けられると思います」
理美の目が、少し潤む。
「それなら」
「弟と、その奥さんと、姪の三人に」
「それと、会社の上司と」
「昔からの友人、一人だけ」
「……上司には、寿退社の件も伝えないといけませんし」
直治が解説すると、場が、和やかに笑いに包まれた。
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◆ 祝福の中で
こうして。
二つの世界をつなぐ、
少し不思議で、
とても温かい結婚式の準備が始まった。
財政も。
医療も。
そして、家族も。
理美の人生は、
思いがけない形で――
確かな場所に、辿り着いていた。
幸せに包まれた、
立派な結婚式になる。
それは、
誰の目にも、もう明らかだった。




