第10話 消えた腫瘍、立ち上がる聖女
ピッ、ピッ、という音が、
遠くで鳴っている気がした。
新井みらいは、ぼんやりと思う。
(……また、病院)
白い天井。
管に繋がれた体。
頭の奥を締め付けるような重さ。
――脳腫瘍。
それが、自分の病名だった。
何度かした手術は、もうできない。
薬も効かない。
昔の手術の後遺症で、食欲も細り、体温調節すら自分でできない。
できるのは、進行を遅らせることだけ。
だから、みらいはずっと寝たきりだった。
(……もう、あまり長く生きられないんだろうな)
そう思った瞬間。
呼ばれた。
はっきりと、そう感じた。
音ではない。
声でもない。
(……来て)
次の瞬間、
世界がまばゆく光った。
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◆ 目覚め
まぶしい。
でも、白い天井じゃない。
高い天井。
石の床。
知らない匂い。
「……っ!」
みらいは、息を吸った。
――自分で。
それだけで、胸が苦しくなる。
(……息が、できる)
あの、
常にまとわりついていた
鈍い圧迫感が、ない。
恐る恐る、指を動かす。
――動いた。
足も、少しだけ動く。
「……あ、れ?」
声が、ちゃんと出た。
みらいは、両手で頭を押さえた。
(……痛くない)
吐き気も、視界の揺れも、ない。
「……治ってる?」
涙が、勝手にこぼれた。
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◆ 「治った」が、すべてではない
「ゆっくりでいい」
聞き覚えのある声。
みらいが顔を上げると、
白衣の男性が立っていた。
「……先生?」
佐藤直治だった。
「久しぶりだね」
「ここは……?」
「異世界だ」
直治は、落ち着いて言った。
「君は、召喚された」
みらいは、震える声で聞く。
「……私、死んじゃったんですね」
「いや、生きてる」
直治は、はっきり言った。
「脳腫瘍は、消えた」
「消えた?」
「ただし」
一拍置いて。
「筋力は、かなり落ちている」
みらいは、足を見る。
確かに、やせ細っている。
「長く寝たきりだったからね」
直治は続ける。
「歩けるようになるには、時間が必要だ」
でも。
「……動けるようになりますか?」
「なる。
さあ、立ってみよう」
その一言が、
みらいの胸をいっぱいにした。
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◆ 聖女、立ち上がる
直治の支えを借り、
みらいは、深呼吸して――
足に、力を入れる。
ぐらり。
でも。
「……立てた。
すごい……」
みらいは、笑って、泣いた。
脳腫瘍で、二度と立てないと思っていた自分が、
今、立っている。
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◆ 聖女の兆し
少し離れた場所で、
一人の女性が、静かに見ていた。
「はじめまして」
穏やかな声。
「私は、加藤理美」
「……新井、みらいです」
理美は、そっと手を取る。
「異世界に来て、加護の力で治ったのよ。
ここではね、ちゃんと、未来があるの」
その言葉に、
みらいの胸の奥が、じんわり温かくなる。
その時。
床の召喚陣が、
淡く光る。
「……?」
「自然発生の魔力反応だ」
直治が、息をのむ。
大司教が、静かに言った。
「……聖女です」
宰相をはじめ、周囲もほっと胸をなでおろす。
みらいは、慌てる。
「え、えっと……」
「大丈夫」
直治は、すぐに言った。
「まずは、回復が最優先。
急がなくていい」
その言葉に、
みらいは、安心して頷いた。
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◆ 夜
用意された部屋で、
みらいはベッドに横になった。
頭は、痛くない。
歩くには、身体はまだ重い。
でも。
足先を動かすと、
ちゃんと、応えてくれる。
「……リハビリ、か」
不思議と、嫌じゃなかった。
だって――
前の世界では、
その選択肢すら、なかった。
「天国みたい」
みらいは、そっと目を閉じる。
(……生き直そう)
走れなくてもいい。
ゆっくりでもいい。
この体で、
この世界で。
沢山の未来が、
ちゃんと、ある。




