ようやく、この腕で君を抱きしめられる。
こちらは「ようやく貴方の隣に立てる女性になれたので、迎えにきました。https://ncode.syosetu.com/n0345lk/」の嶺二視点になります。
先に上記作品をお読みいただけますと幸いです。
「ーーー嶺二さんが好きでしたよ。」
初めて見た君の笑顔は、暗闇でも鮮明なくらい綺麗だった。
「…透。透明、透き通るで透です。」
あ、綺麗な声だな。ふとそう思った、それが透への第一印象。名は体を表す…そう思うくらいに、耳に届いた声は何故か強く惹かれた。
腐れ縁の友人と会っている時に出会った女の子。親戚という子に声をかけた姿を見て、最初は「バレたら面倒臭いな。」とだけ。猫目な瞳に黒髪、普通な顔立の女の子。後ろから様子を見るだけにしておこうと思った。けど、耳に届いた彼女の声にいつのまにか身を乗り出していたんだ。
「透ちゃん、どう?ここの店美味しい?」
「美味しいです…特にこの煮付け。」
頬をハムスターのように膨らませて食べている。その姿を見る時間がここ最近の癒しである。透ちゃんの連絡先を手に入れた俺が最初にしたことは、食事に誘うこと。どうしてもあの声をもう一度聞きたかった俺はなんとかして約束を取り付けた。何故か透ちゃんは中々応えてくれなかったけど。月に一度待ち合わせて、食事をして、解散。一年ほどそういった関係は続いていた。
今日は監督に教えてもらった所に来たけど気に入ったようだ。少しつっている猫のような瞳がとろんとしていた。警戒心強くて中々懐かないけど、一回心を許すと態度が少し軟化する。まるで本当に猫のよう。魚が好きだし。でも声はカナリア。
「ところで透ちゃん、いつも俺に予定合わせてくれるけど。友達との予定はないの?」
「失礼な。ありますよ、人並みには。」
「へぇ。どんな友達?」
ごくんと口の中のものを飲み込んでから、少し上を見上げる。そうですねぇ、と口にして考えているようだ。
「…普通です。普通に、学校の友達。」
「なにそれ。女の子?」
どうしてその質問をしたかはわからない。酒を飲みながら、何気なく溢れた質問だった。女の子は固まってきゃあきゃあ話すことが多いから。現場でも同性同士で仲良くしてる固まってるのはよく見る。裏ではわからないけど。
「まぁ。幼馴染の方が連絡取るのは多いですけど。」
「へぇ〜女の子同士の幼馴染とかカワイイね。パジャマパーティとかしてそう〜。」
「また適当言ってますね…。男なんでパジャマといってもスウェットパーティですけど。」
は?この子、今なんて言った?
何事もないように刺身を食べて表情を明るくしてる透ちゃんに、むせた。大丈夫ですかと心配してくれたがそれどころではない。
「まって…。男?え、幼馴染って男なの?」
「そうですけど…?」
「と、パジャマパーティしてるの?泊まり?」
「スウェットですけど。」
「いやいやいや。」
頭痛がして思わず頭を抱える。ええ、何この子。まじ?無防備すぎない…?密室の男女で泊まりなんて、危険すぎるでしょ…。目の前でもりもり食べてる透ちゃんのパジャマ姿を想像する。そしてその隣にいる幼馴染という姿も。
「……仲良いね〜。」
胃の辺りにじりっと焼けるような感覚が走った。
「野田さん、お疲れ様です!」
うげぇと歪めたくなる顔をなんとか止める。どうやら自分を待っていたらしい女性は、笑顔で近寄ってきた。
「お疲れ様です〜。あれ、今日先に終わってませんでした〜?」
「そうなんだけどねぇ、次の撮影が嶺二くんだから待ってたんだ。」
暇か?と言いそうになった口を無理やり動かし「そうなんですねぇ。」と言う。自分の仕事が俳優で良かった。演じるのは得意なんだ。現に目の前の女性は気づいてなく、もじもじとしている。
「それでね、せっかくだからこのあと食事なんてどうかな?」
「…あースミマセン。この後仕事なんです〜。」
名残惜しそうな女性を尻目に、ささっとビルを出る。この前共演してから目をつけられたようだった。こういうことは割とあることだから、対処も慣れたけど面倒くさい。スマホを取り出そうとすると自分から甘い香水の香りがし、眉間に皺がよった。…くっせぇな。
「…香水変えました?」
「えっ。」
すんと鼻を少し動かした透ちゃんに、少し動揺してしまった。…いや、気づくよな。個室だし。とはいえ、透ちゃんの体にこの香りを入れてしまったことに苛立ちが生まれた。この、人工的な甘ったるい臭いを。…これは保護者的な感情だな。純粋純朴そうなこの子の体に入れてはいけない有害なものだ。
「共演者のが移ったのかな〜。ごめんね。」
はは、と笑う俺をじっと見つめる透ちゃん。彼女はよく俺のことを見ている。自惚れとかではなく、本当に。観察するように、じっくりと。いつもその瞳には、ぞくりとした何かが走るのだ。
【大人気俳優 野田嶺二、美女とホテルにて密会】
「嵌められたな!」
「…ですよねぇ。」
カラッと言われた事務所社長の一言に、諦めにも似た何かが心を染める。以前、お偉いさん達との会食の際に偶々あの女も参加するとかでホテルのエントランスで会ったのだ。今回こうやって撮られてるから、その偶々も怪しいな。はぁ、と今日何回目かのため息をついた。
「まぁこの機会にお前にノースキャンダル俳優は無理だと遠回しに言っておこう。」
「と言うのは?」
「プライベートは本人は任せてます。」
「いや、否定してくださいよ。」
「大丈夫、大丈夫。今回の件は否定しとくし、あちらの事務所にはちゃあんと言っておくから。」
葉を見せて笑う社長に念押しをして、部屋を出た。まったく。あの社長は愉快犯なとこがあるから困る。
スマホを取り出して連絡アプリを開く。透ちゃんとの履歴はだいぶ前に止まっていた。ここ最近、稽古ばっかりで会えていなかった。喫煙所に入り、ニコチンを取り出す。煙を吐き出しながらカメラフォルダを開いた。はぁ、頬を膨らまして食べてる透ちゃん、可愛いなぁ…。
スマホを触るふりをして撮り溜めた彼女の写真を見る。できれば声も録音したかったけど、それはまだ出来ていなかった。彼女と会えない間はこれを見て、日々癒されている。ふと、初めて彼女の肌や髪に触れた感覚を思い出す。自分の理性やなにかを全てひっくり返されるようなあの感覚。
「(…だめだな、これは。)」
ただでさえ今、自分は彼女の時間を奪っている。そして、彼女はおそらく自分のことを良く思っている。それに応えることは、許されない。彼女は同世代の子と並ぶのがお似合いなのだ。自分がいかに自分勝手なことを言っているかは自覚している。早く手放さなければいけないことは分かってるのに、ずるずるとここまで来てしまっているのだ。
そのバチが当たったらしい。
連絡はつかなくなったし、マンションからも引っ越したようだった。腐れ縁のアイツにも聞いたが、何も知らなかった。煙草を吸っても苛立ちは治らず、舌打ちが止まらない。職場では極力猫を被るようにしているが、先日、ついにマネージャーに指摘された。
あの日の彼女が頭から離れない。あの暗闇でも鮮明に見えた笑顔。初めて見た表情。重なった唇。
ーーーー興奮した。
彼女の見たことない表情を引き出したのは、自分だということに歓喜した。もう一度その唇を味わいたいと思った。その柔らかい体を引き寄せて、石鹸の香りをを自分の香りに染め直したい。俺の名前をもっと、その声で呼んでほしい。
今まで蓋をしていた欲が全て溢れ出した。その蓋を開けたのは、紛れもなく透ちゃんだった。
それなのに。
透ちゃんは俺の前から居なくなった。
「あ”ぁ〜〜…。」
腹の底から低い声が出る。
逃したくない。
逃がさない。
どうやってもう一度捕まえようか、俺のカナリアを。
***
そう息巻いてたのに。
結局、透ちゃんのことは10年経っても見つけられず。最近依存気味で聞いていた謎の歌手、トールは透ちゃんだったし、透ちゃん直々に俺のことを迎えに来た。うーん。自分カッコつかないなぁと思いながら腕の中の存在を抱きしめる。力を入れすぎたようで、彼女は少し唸った。
「……嶺二さん、少し力緩めて。」
「ンーーー、やだなぁ。」
「ええ…。まぁいいけど。」
透ちゃんは存外俺に甘い。言葉ではいいながら、甘やかしてくれるのだ。それに味を占めた俺は、年甲斐もなく彼女に甘えさせてもらってる。もちろん、彼女のことも溺愛してるけど。甘やかすと猫目をとろんと溶かす姿は可愛らしい。
『先日の歌手、トールによるワールドツアーでは顔出しも行いーーーー』
朝、テレビで流れたニュースを思い出す。
俺のカナリアは、いつのまにか名のある歌手になってしまった。本人曰く、食事を共にしていた時から活動は行なっていたそうだが。俺の知らない姿があったことに、どろりとした何かが溢れた。
ああ、俺だけの声だったのに。でもそれも、俺の隣に立つためだったというのは大変可愛らしい。10年経過した透ちゃんは綺麗に成長した。元々も素朴で可愛かったけど、垢抜けて、さらに顔出しもしたからか磨かれて本当に素敵な女性になった。
「…なに?」
「なんでもないよ。あ〜透ちゃん、いい匂いだね。」
「…変態。」
くすりと笑う透ちゃんに胸が動く。歳の差は埋めようのない事実だから、せめてこんな年上の男を望んでくれた彼女を生涯大切にすると決めた。
「今日は何食べたい?」
「鰤しゃぶ。テレビでみて美味しそうだった…食べてみたい。」
「すぐに店予約するね。」
本人から自分の隣に戻ってきてくれたのだ。これから自分は、彼女をどろどろに甘やかして、隣から飛び立たなくするのみ。カナリアの宿木は、自分だけでいい。
嗚呼愛しい人、ようやく、この腕で君を抱きしめられる。
「…ねぇ前言ってたファーストキスって誰だったの?」
「何、突然。…嶺二さん、目が怖い。」
「いいから答えて?あれからずうっと気になってて眠れてないんだよねぇ。」
「昨日、私のこと抱きしめて爆睡してたけど。」
「あの幼馴染じゃないよね?パジャマお泊まりの。」
「スウェットね。」
「それはいいから。早く答えて。」
はぁ、と息を吐く透ちゃん。その名の通り、透き通るような声で言った。少し瞳を泳がせて。
「…お父さん。」
10個下の可愛い可愛い彼女に、これからも振り回されそうだ。




