番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」7-1
12月に入りましたので、少しだけ作品と今後についてのお話。
実は本作、あまりに読者がいなければ100話前後で完結予定でした。
でも、読者の皆様のおかげで、その想定は良い意味ではずれました。
なので、更新ペースを落としつつも、おねえちゃんはまだ続きます。
ここまで来て下さった方。まだの方はブックマークを入れていただき、まずはその一次終了のところまではお付き合い頂けると嬉しいです。よろしくお願いします!
大量発生したイノシシ型の魔物「ボアー」戦にて、圧倒的な実力を見せつけたシーナ。
その差を見せつけられた三人は、誠心誠意、平身低頭、ジャンピング土下座でシーナにパーティー加入を懇願する形になった。
……考えてみれば、当たり前かもしれなかった。
学駆たちはこの世界に来て一ヶ月強。装備集めもやっとのところでマシになった程度。
シーナという少女はそのさらに数ヶ月多くを、しかも一人で生き延びたのだ。面構えが違う。
「けど、どうしてヤクターにはやられちゃったんだ?」
アリサが疑問を投げかける。
聞くところによれば、ヤクター戦は先日会った連中とは別の者とパーティーを組んで行ったそうだ。
結果、二つのパーティーに裏切られたこと、単身で挑みヤクターに敗れたこと。
この点でシーナは自分を含めた人間不信に陥っているわけだが、今の実力を見てしまえば不思議なものである。
ボアー戦で見せた、三つの戦況を同時に切り開く離れ業。
あれを見る限り、現状では、学駆達が三人束になってもシーナに敵いそうもない。
「僕は魔術師としては"赤"の特性なんです。多数の魔法が習得可能ですが、上級魔法を覚えたり、アリサさんのように威力を増大させることが出来ません」
「なるほど、要するにボス戦には不向きな性能なんだ」
学駆が納得して頷いた。
使える魔法の数も多く、手数と調整機能はシーナが圧倒的に上手かったが、ヤクターを倒せる程の火力はアリサにしか出せない。
裏切りを受けた精神状態で、一撃必殺の技を持たぬまま挑む羽目になり、敗れたと言うわけだ。
「それじゃあ、シーナちゃんが一緒にいてくれた方がずっと助かるじゃん」
野々香が気軽な口調で笑いながら言う。
「敵の数が多かったり連戦になる時はシーナちゃん。一発で倒したいようなボス相手にはアリサちゃん。役割分担完璧じゃん。二人でキュアキュアして追憶のヒロインになろう。絶対可愛い」
「鼻息荒い荒い」
「これでシーナちゃんが前衛、アリサちゃんが後衛ってところがエモいんだよ」
言いながらだんだん興奮度が上がってシーナ、アリサの方に顔が近づいていたため、アリサが制した。
それでもシーナの顔は戸惑いが隠せない。二度の裏切りと無力感。それを三度味わうくらいなら、一人の方がよほどいい。
そう、シーナは考えていた。
「その……お気持ちはありがたいですが、僕なんか……」
「あー、"なんか"って言うの禁止な」
そこで、学駆が待ったをかける。
「見ての通り、こっちはまだレベル低くて束になってもシーナ以下の戦力でしかない。過ぎた謙遜は毒だぜ。君がいても勝てない相手なら、俺たち三人はなおさら勝てない。いてくれたら心強いと思うことはあっても、君のせいでやられたなんて思うことはないよ」
学駆の説明は理路整然としており、反論の余地がない。
少しばかり理詰め過ぎて情緒がないのは、難点だが。
「要するにシーナちゃんがいないとあたしたち生きていけないんだ!主にあたしが!」
その情緒の方は野々香の方が補って来る。こっちはこっちでちょっとばかり息が荒いのが気になる。
「シーナちゃんは可愛くて勇敢で強い、あたしの憧れの魔法少女なんだ。細かい理屈とかはわからないけど、一緒にいて欲しい!」
そう言いながら詰め寄る野々香はやはり少しばかり危ない大人の空気があって、アリサが苦い顔をしている。
けど、そうして真っすぐ見つめた目がわずかに震え、がしっと掴まれた肩にわずかに力が入る。
「僕、強い、んですか」
はじめて知った、と言う表情でシーナが呟いた。
そこに野々香は力強く頷くと、今度は笑顔を向ける。
「仮で組んだパーティーで、勝手にあたしがやられかけたのに、全力で助けてくれたじゃん。今まで仲間達にあれだけ裏切られて、信じられなくなって……なのに、初対面のあたし達をシーナは裏切らなかった。助けてくれた」
そう言われて、再びシーナは初めて気付いた、と言う表情になる。
何度も裏切られて、人を信用したくないと主張しても、少女の根底に残る心が強い証拠だ。
野々香は自信満々に、それを突きつけた。
「それってもう、仲間なんじゃないの?」
「仲間」
三度目。初めて知った、と言う表情をシーナがするのは、このわずかなやり取りの間に三度目のことだ。
他人と組んで戦った経験はあるのに、この言葉を投げかけられた事が、シーナにはなかった。
強い、仲間。
たったそれだけの言葉が、シーナの心を強く揺さぶっている。
「いいんですか、仲間、で」
「いいんです!シーナちゃんがいいの!」
少しばかり甘すぎる口説き文句だな、と、学駆は状況を眺めながら思っている。
でも、堂々と言い放つ野々香には、迷いがない。学駆の様なこざかしい頭を持った人間には出来ないことだ。
たとえ学駆が何を言ったところで、これだけシーナの心を揺さぶることは出来なかっただろう。
……どうせ死ぬ命。
そう、シーナは自身を評価していた。
彼女自身がいきなりポジティブにものを考えられるようになるほど、明るい性格の子ではない。
簡単に覆せるほど、与えられた境遇は優しくない。
それでも「どうせ死ぬ命」を、なくなるまではここで使ってみよう、と。
そう思える程度には、野々香の説得は心に響いていたのだ。
「よろしく、お願いします」
頷くシーナを、三人の歓喜の輪が囲んだ。
「あの、野々香さん、離れてくれませんか」
そして秒でウザがられた。
「どうしてかな……あなたとの距離、思案。手をつなぐその、時間。こうしていないと、不安。あなたがいなくなってしまうような気がして…………いやん」
「韻踏むなら最後までちゃんとやってくんない?謎ポエムもだいぶわけわかんねぇけど」
「ののちゃん、テンション低めに接したら許されるってわけじゃないぞ」
案の定だ、学駆とアリサがため息をつく。
街に戻って、定時連絡の道すがら、ひとまず街を巡りながら今後の事を考えよう。そうなって歩き出した途端、野々香はシーナにべったりになった。
事実、不用意に手を放せばそのままいなくなりそうな少女ではあると思う。
しかし愛情も過剰供給は禁物だ。重たくなれば逃げ出したくもなる。壊れそうな明日に向かう。
いきなりグイグイ距離感を詰める野々香に、シーナはすっかり困惑していた。
「僕、仲間というものを根本から勘違いしていたのでしょうか」
「いかん、素直すぎてシーナが騙されかけてる」
「距離感大事、距離感大事!」
悲しいことにちゃんとした仲間との過ごし方をシーナは知らない。
べったべたの距離感が当たり前だと勘違いさせてしまえば、彼女の身が危ない。
もちろん野々香の言う通り、放っておけば消えてしまいそうな危うさをまだシーナからは感じるが、それはそれ。
危険人物だと思われたらますます距離が離れてしまいかねない。
「野々香お前、ちゃんと節度を守れよ」
「お父さん、娘さんを僕にください」
「やらねぇよ、馬の骨」
いつものデコピンついでに少し距離を置かせてやると、暑苦しそうな顔のシーナはふぅっとひと息ついて、ローブの襟を直している。
「それで、次はどうしようか学駆さん」
学駆一人で真面目な話に戻れないと判断して、アリサが相談の形で話題を誘導する。
こっちは奔放な割に空気の読める子だ、見習ってほしい。と学駆は思いながら、
「王からは今、特に何も指示がないし、地道で何だがまた下積みの冒険だろうな。4人になったし、アイテムや装備の確認して、また依頼でも……」
と、思案しながら話していると。
「あっ、あれ、なんだろ?」
ふと、野々香が通りの角に気になるものを見つけた。




