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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第72話 「光矢園編⑩」

「良く戦ってくれた!」


 試合後、一通りの挨拶や土集め(そのチームにとって最後の試合、基本敗退時に記念に行われる)を済ませると、学駆は開口一番、選手たちを称えた。特別に、野々香も同席させてもらっている。


「本当に惜しい所で、悔しい思いもしているだろうし、俺も悔しい。けど、無名弱小校どころか部としてまともに機能してなかった状態からここまで来られたのは素晴らしい結果だと思う。俺はこのチームで戦えてよかったと思うし、もしかしたらドラフトで指名される奴もいるかもしれない。野球を続けられる可能性が広がって、3年もこれが最後の野球にならない可能性だってある。だから、前向いて堂々と帰ろう」

 定番の言い回しではあるが、学駆は本心からめいっぱいの賛辞を送ったつもりだ。


「それから、思い残した事や言いたい事があれば、ここで吐き出してっていいぞ」

 それを聞いて、まずキャプテンである三瀬が悔しさと喜びを言葉にした。


「俺は、悔しい……ってより、嬉しいよ。実際、学駆先生や野々香さん、椎菜がいなけりゃ、俺たちなんか適当に放課後体動かすだけの趣味野球部で終わってた。結構練習もキツかったけど、すげぇ楽しかった。だから、ありがとう、だな」

「俺も感謝しかないんよ。この部のおかげで、まだ野球やりたいって思ってるもん。先生、野々香さん、椎菜ちゃん。ありがとう、なんよ」


 それから続くのは布施。そして口々にチームメイト達は感謝の言葉を述べる。

 形だけのおさぼり部、新任に押し付けられただけの顧問、暇つぶしに来ただけのコーチ、偶然興味を持っただけの女子。

 それらが色々な目的のために行動するうち、甲子園出場まで果たすチームに躍進した。


 特に、椎菜はほぼ全試合での圧巻投球、足を活かしたインパクトのある打撃を見せた。最後は一発に泣いたものの、ドラフト候補を探しに来ているスカウト達の目にも焼き付いたことだろう。

 野々香に次ぐ女性二人目のプロ野球選手になるのも、現実的な可能性を帯びて来たと言える。


 皆が感謝の言葉や今後の展望を述べる中、しかし椎菜はぼんやりとした顔で、静かに話を聞いているのみであった。

 結局全員が言い終わるまで言葉を発しなかった椎菜の元に、最後は自然と注目が集まって行く。


「椎菜?」

「はっ、はい!」

「何か、あるか?言い残した事」


 ショックを受けているのは確かだろうが、そのまま黙って終了と言うのもしのびない。

 学駆は少し様子を見た上で、極力優しい表情と口調で、そう声をかけた。


「あ……」

 状況をやっと理解したのか、椎菜は周囲を見回すと、今度は笑顔になった。

 笑顔と言っても、決して喜びのそれとは言えないものだったが。


「あの、まずは皆さん。一緒に試合してくれてありがとうございました」

 今日の試合中ずっとどこか様子がおかしかった椎菜だが、この場面は表情を取り繕いながら。


「女子が野球をやるって、本当に大変なことなのに、学駆さんと野々香さん、法奈さんの協力でこうしてマウンドに立つことが出来て、皆さんと野球が出来て、とても嬉しかったです。最後は、以前からお友達だった浅利くんとの対戦で、敗れてしまいましたが……」

 何とか感謝の言葉を紡いでいた椎菜だが、ここで急に言葉に詰まる。


「浅利、南くんとの、対戦で……」

 まるで、南の名前を出す事自体が自分自身を痛めつけているかのように。

 そこで、何度か言いかけて、詰まらせて、を椎菜は繰り返すと。


「う……」

 何かが決壊したように、彼女の瞳から涙が見える。


「う……うえぇぇぇ、ふえぇぇぇぇぇ」

 そして、常時丁寧で理性的だった彼女からは考えられない様な大きな声をあげながら、平静を装う事も出来なくなり、上を向いて大きく口を開けて、椎菜はぼろぼろと涙を流した。


「あああああ!椎菜ちゃんが泣いちゃった!」

「泣いちゃった!」


 まさかまさか、と言う展開に大慌てで野々香が、学駆が椎菜の元に駆けつける。

 涙を見せるのはいい、悔しいとか悲しいとか、そんな感情もあって当たり前だ。

 しかし、ここまで取り乱すとは二人とも、いや誰も思っていなかった。異世界で命のやり取りをした時ですら、こんな泣き方はしていなかったのだから。


「ど、どどどどうしたの椎菜ちゃん!そんなに悔しかったの!?」

「それもありますけどぉ、そうじゃなくて……そうじゃなくてぇぇ、うぅぅぅ」

「じゃあどうしたの!」

「……わかりませぇぇん」

「えぇ……!?」


 ひとまず涙を拭ってあげながら、しかし野々香も困惑する事しか出来ない。

 ここまでショックを受けているとは。ゴーンヌとか言ってふざけていた少し前の自分を殴りたい。尾坂東さんもついでに殴られて欲しい。


「あー、わかった、わかった。いやごめんわからんけども」

 学駆も慰めに切り出してはみたものの混乱気味だ。


「いいよ、とにかく止まるまで泣け。誰も止めないし、お前がそれだけ頑張った証拠だもんな。残念ながら敗退校の終わりはあっけないもんで、さっさと帰らないといけないけど、細かい事はやっとくから。野々香が」

「あたしかよ!」

「どうせほっとかないだろ、お前」

「はいそうです!ご存知かもしれませんがね……野々香は椎菜が好きなんですよ……」

「それは結構だがアホなことするなよ」

「えぇ……?この野々香が椎菜を好きだというのに……?」

「だからやり過ぎんなよっつってんだ」

「そこまで疑われるとは……野々香はもう、おしまいです……」


 一応、野々香は翌日までベンチ入りもなしにしてもらっている。すぐさま帰還しなければならない学生達より余裕があるはずだ。

 帰還準備を手伝えと言われれば手伝えるし、椎菜のそばにいてくれとなれば喜んでそばにいる。

 既におしまいだのと冗談を飛ばしながら椎菜の頭を抱え込んで、優しく撫でていた。


「ただ、一つだけ聞きたいんだけど、椎菜」

「ひゃぃ……」

 学駆が、野々香にもたれかかる椎菜の顔を、再び拭ってやりながら尋ねる。


「本当に気持ちの整理は自分で付けられるのか?心に何か、大きな問題を抱えていないか?」

「……今は難しいですけど、時間を置けば、付けられます」

「お前が取り返しがつかないくらい傷つくとか、二度と立ち直れないとか。そういった可能性は?」

「……ない、と思います……」

「わずかにでも、あると思ったらすぐ言え。何があっても、それがどんな不都合や不利益をもたらすものでも、だ。いいな」

「…………はい……」


 どこか迷いこそはあったが、椎菜は、頷いた。


「そうだよ椎菜ちゃん。とにかく手遅れになる前に言ってね。一人で背負うのはダメ。僕は君だけを傷つけない」


 元から、悩みを打ち明ける、迷いを共有すると言う事が椎菜は苦手だ。

 何とか自己解決を試みてしまう、それはきっと生まれてからずっとそうせざるをえなかったのだろう。

 だからこそ、二人は念を押して相談を促した。

 こうした上でなお黙り込んで最悪の事態になるほど浅い仲間ではなかったと思っているし、信じている。


 それからしばらくして涙も落ち着くと、椎菜は最後に南と二人で話がしたい、と言って、一旦その場を離れて行った。


 浅利南はこの後も浦山実業の四番として結果を残した。

 浦山実業はその後、椎菜を打ち崩した勢いのままにその攻撃力の高さを見せつけ、見事に光矢園大会優勝をつかみ取る。


 それ自体はめでたいことだし、南も心から喜んでいる様子で、学駆や野々香、椎菜もそれを祝福した。

 しかし、秋明華とのトラブルに端を発した、椎菜と南の間に渦巻く感情のことは、その後言及されることはなく。


「ねえお姉ちゃん。結局椎菜と南くんはどうなったの」

「どうなったかわからないんだよねぇ。二人で会いはしてたけど、椎菜ちゃんは大泣きだし、あのテンションで君じゃなきゃダメみたいだ!フゥ!みたいな流れになるわけないし」

「そんなぁ、二人の未来予想図はー?ラブ米の収穫はー?」

「備蓄米で我慢してくれ妹よ」

「お姉ちゃんの備蓄米、もう7年くらい経ってるからさすがに期限切れじゃない?」

「かろやかに酷い事言わないで!まだ生きてるよ!まだ生きてるよ!」


 試合前はラブ的な何かが起こると期待していた法奈も、積極的に椎菜に切り込むわけにも行かず。

 終了後に法奈から質問が投げかけられたが、椎菜と南二人の間で交わされた会話については、当然二人の間だけで完結するだろう。

 野々香と学駆には、ひとまず見守る事しか出来なかった。


 そんな、はっきりしない何かを抱えたまま、涼城椎菜と藍安大名電校野球部の夏は、終わった。


 野々香の方も、いよいよシーズン大詰めの優勝争いへ、一試合も気の抜けない試合の日々に戻って行く。

 火曜日はベンチ外にしてもらっていたので、1日余裕を持って静岡のホームへ。

 自分が大きく関わった、大事な大事な野球部メンバーたちの試合は、熱気は、涙は、野々香自身の糧となるはずだ。


 いや、そうして行かなければならない。

 有人が「なんだかんだやる」と宣言してくれた通り、火曜日の試合は野々香不在のままでもトリトンズにしっかり勝利をあげており、この三連戦もまた2勝1敗の勝ち越し。野々香も21本目の本塁打を放ち、1位の樹と4本差の2位をキープしている。


 そして、この次からのカードは再び上位陣、タッツ&サルガッソーズとの対戦だ。

 ここのところ、学駆自身が顧問として光矢園大会に関わる仕事が多すぎたため、試合後の定期通話はあまりしないようにしていたが、そろそろ野球部も落ち着いた頃だろう。


 残念なことだが、敗退してしまった以上残りの十日ほどはただの夏休みだ。

 練習はしているだろうが、少し余裕が出来ているなら話がしたい。

 ……椎菜の様子も、気になるしね。

 と言っていきなり直に椎菜と通話をする勇気も出せず、野々香は学駆への通話ボタンを押した。


「野々香か、そっちは最近好調みたいだな」

「よーす、学駆。直に会ったけどこっちでは久しぶり」

「次にお前は"椎菜ちゃんの様子は?"と言う」

「椎菜ちゃんの様子は?」

「そのまんま言いやがる」


 実際のところ、ニャンキースはひとまず順調だ。相談事なども特にないとなれば、一番気がかりなのは椎菜の心境。

 史上初の光矢園出場選手、涼城椎菜の名は準々決勝敗退でも充分世間に轟いた。

 ドラフトでの指名を検討する球団は確実にあるだろう。


「これからプロ入りに向けて、きっと忙しくなるだろうし。今はゆっくりさせてあげてよね」

「そのことなんだが、野々香。一つ報告をしないといけなくなった」


 この返し。

 この返しは確実だ。何かが起きたのだ。椎菜の身に、もしくは心に、重大な事が。


「……聞かせて」

 少しばかり覚悟はしていた。椎菜の様子はただごとではなかった。

 しかし、そうした事態は野々香の覚悟をさらに斜めに上回った。


「椎菜が今日、あっちの世界……シッサーク王国へ飛んで行った」


活動報告にも記載していますが、12月は「2日に1話、1日おき」の更新となります。

年末年始絡みで何かあった場合はまたお知らせしますが、このペースは崩さないように頑張りますので今後ともよろしくお願いいたします。

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 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第71話 「光矢園編⑩」」拝読致しました。  学駆監督の総括、というか、敗戦の弁。  みんな、よく頑張った。  まあ、形だけの野球…
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