第70話 「光矢園編⑧」
椎菜、南、両者とも注目される中での直接対決。
その一打席目は。
カキィーン!
南に軍配が上がった。
初球のスライダーを空振りしたのちの2球目。
狙いすましたのか、単なる当て勘か。ストレートをフルスイングした打球は信じられない速度で空を突き進み、ライトスタンド奥深くへ突き刺さった。
「ホームラン!」
吹奏楽部の演奏と共に、歓声が球場を支配する。
いきなりの豪快な同点弾だ。急いで内野陣が集まり、一度立て直しのために輪を作った。
「さすがの四番なんよ、切り替えてこ。椎菜ちゃん……?」
椎菜は今大会、予選も含めて被本塁打は初。
とは言え、いよいよベスト8の試合。一発を浴びることくらいは想定内……のはずだったのだが。
「椎菜、おい、どうした!?」
当の椎菜は、想定を超えた何かを見たような表情で固まっている。
異常を感じ、勢木が少し強めに声をかけると、椎菜はハッとした表情で我に返って、少し笑顔を見せた。
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃいました、あはは」
「びっくりは俺もしたよ。けど、こっから決勝までは規格外のバケモンも出て来るさ。あんまショック受けられちゃ困るぞ、エース様」
「そうですね、切り替えましょう!」
勢木の励ましに少し平常心を取り戻したか、椎菜は笑顔で周囲に呼び掛ける。
ひとまず、立ち直ったと見た内野陣は、頷いて守備位置に帰って行った。
「…………どうして」
そうしてマウンド近くに誰もいなくなった後。
浦山実業ベンチ側を悲痛な表情で見つめながら、一言だけ椎菜が呟いたのを、ナインも、ベンチも誰も気が付けなかった。
試合はそのまま接戦が続く。
3回にも椎菜は粘って内野安打で出塁、猿彦が送ってチャンスを作ると、今度は三瀬がタイムリーを放ち2-1とリード。
4回裏の南の打席は、再びフルスイングの直球狙いで来たが、カウント1-2から内に沈むシンカーで三振に打ち取った。
球数を稼ぎに来ているのか、南以外の打者はさほど積極的に打ちに来なかったが、椎菜にとってはそれも織り込み済み。
さっさとストライク中心に攻める投球で南以外はろくに走者も出さず、凡打の山を築いていく。
しかしながら、今日の椎菜は緊張感と疲労が強く、6回終了までで球数68球ながら、肩で息をする場面が時々見受けられた。
そして、七回裏。
外へ逃げるスライダーの曲がりばなを強引に引っ張り込んだ南の打球は、ファースト横を超高速で抜けて二塁打に。
このチャンスに後続が当てるバッティングに徹し、内野ゴロの間に南は三塁、本塁と進塁。
試合は2-2、またも同点となった。
椎菜の表情から再び、笑顔が消えた。
一方、こちらは観客席。
「椎菜ちゃん、疲れてる……?南くんにホームラン打たれたのショックが大きそうだったけど、どう思いますか解説のモチョリさん」
客席で見守る野々香も、椎菜の異変に気付き心配そうに眺めている。
光矢園は観戦客もなかなかに暑くてしんどい。今日はグラサンに加え日避けの帽子にアームカバー、猛暑観戦用の装いだ。
普段から暑さの中試合をしている身なのでそこまできついと言う事もないが、登板日の翌朝すぐ新幹線を飛ばして来たので、ちょっと眠い。暑いの自体は耐えられても、この中で寝落ちるのは危険だ。
「うーん、そうですね。彼女はこれまで被本塁打ゼロ、失点も2点以内に抑えて来ましたが、それほど完璧だっただけに浅利選手の出鼻をくじく特大ホームランが、気持ちに影響を与えてしまっているんでしょうねー」
「今まで出会った事のない強敵に気持ちで負けている、と言うことでしょうか」
「はい。光矢園は1戦勝負の負けられないトーナメントです。であるからこそ、そう思い込み過ぎてしまうと緊張や重圧でかえっていつも通りにプレー出来ず力尽きてしまう、という事も起こり得るんですよ」
「そうですかー」
ウンウン、と頷く野々香。
「ところで解説のモチョリさん、あんた誰ですか」
「偶然隣にいただけの高校野球大好きおじさんです。ついでに名前はモチョリじゃなくて尾坂東です」
「あーいますよねー謎の高校野球大好き解説おじさん」
「普段はシャーマンをやっているんよ」
「うさんくさ~」
「一戦勝負の中で必死にもがく選手の姿からしか得られない栄養がある」
「わっかるぅー、衛兵たちの闘技場とか、超熱かったんですよ」
「どこの世界の話……?」
「さぁこの熱き鼓動の先には何が待っているか、ギリギリの衝動に注目です。と言うわけで放送席どうぞ」
「ないよ、ここから返す放送席」
「ないなら蘇れ!」
野々香は、眠気を紛らわすために、隣のおじさんを適当に巻き込んでいた。
八回表。先頭は椎菜から始まる攻撃。勝ち越すならここが勝負の回になる。
疲労感と言うより、鬼気迫る表情の椎菜は、打席に入ると、
ブォン!
と初球、まさかのフルスイングを見せた。
基本は足を活かしたゴロヒットが主体の椎菜にとって、フルスイングはさほど必要のないことだ。
滅多にやらないそれを、まるでパフォーマンスの様にしてみせると、今度は一転、外角の直球をレフト方向へ流し打ち。
しかしこれまたここまでの軽打と違い、強く叩いた打球は、レフト南の頭上を超えて行く。
レフト線を転々と転がる打球を南が処理する間に、椎菜は快足飛ばして二塁を蹴って、三塁へ。
南がボールに追いつき、返球する。
椎菜は、三塁を蹴った。
「ランニングホームラン狙い!?」
「いや、戻れ、戻れーっ!」
チームメイト達から声がかかる。
蹴った瞬間、椎菜は何かに気付いたようにレフトの方をぐるっと振り返ると、三塁をオーバーランした所で緊急停止。
三塁に戻ると、その頭上を凄まじい速度のボールが過ぎて行き、ダイレクトでキャッチャーミットに飛び込んだ。
「うーわ、フェンス手前からレーザービームですよモチョリさん。見ました?」
「いやぁ、凄まじいですね浅利南選手。攻守に躍動していますよ」
「回らなくて良かったですねぇ」
「涼城選手は焦っているんですかねぇ、ノーアウト三塁。藍安大名電お得意の攻撃の形が出来ていますので、無理をしてランニングホームランを狙う必要のない場面ですが」
「結果三塁打は凄いけど、椎菜ちゃんらしくないプレーが随所に見受けられますね」
「そう、普段通りプレーする難しさ。これが高校野球の怖いところなんです!」
「うーわ清々しいまでのドヤ顔おじさんでした、放送席どうぞ」
「だから放送席ないって」
「放送席に届けノーザンライツ!」
以上、全く解説席でもなんでもない場所から、野々香とモチョリ(尾坂東)さんの解説でした。解説してるとは言ってない。
同点の八回表、先頭打者、俊足椎菜の三塁打。
こうなれば勝ち越し点は貰ったようなものだ。この上でさらに走者を返すバッティングが出来ないと言う事は当然起こり得るが、藍安大名電の打撃陣、特に布施猿彦はこういう場面で必要な事全てを徹底して練習してきた。
椎菜の様子が少しおかしいのは気がかりであったが、彼はだからこそ、集中した。
「椎菜ちゃんがしんどいなら、俺たちで取るんよ」
高校野球であればこんな場面のスクイズはかなり高い確率で選択肢に入る。が、ベンチの学駆、バッターの布施は敢えてここでそれを選ばなかった。
スクイズをする、サインプレーをすると言うことは、走者にも思考をさせると言うこと。
「思考させるってことは、走者にも責任を感じさせるってことだ」
学駆はそう呟くと、布施にサインを送る。
「投手としてあいつは充分過ぎるくらい負担をかけてるからな。だから、攻撃であいつには背負わせない」
「……学駆さんけっこー過保護だよね」
法奈がぼそっと呟いた。
猿彦のこれまでのデータ、行動を見てほぼスクイズと見た相手守備陣は、投球動作と同時に一斉に前傾姿勢、ファーストが思いっきりホーム方向へ突進してきた。しかし。
「そ……の……、上えぇぇっ!」
猿彦はバント読みで投じた高目のボールを強引にバットに乗せると、速球に押し負けながらもボールをファーストの後方へ運んだ。
完全に読みを外されたファーストは後方のボールには到底追いつけず、振り返る事しか出来ない。カバーに入るセカンドが飛び込んで行ったが、そのグラブのわずか上、ボールはファーストベースの少し後ろに、弾んだ。
「ヒット!ヒットだぁ!」
ボールが弾めば、椎菜はもう考える必要がない。ハーフウェイから勢い良く駆け出すと、一瞬でホームベースを踏んだ。
セカンドへのタイムリー内野安打。
歓声と共に、ベンチが走者を出迎える。
この時はさすがに、椎菜にも笑顔が見えていた。
3-2。この回、藍安大名電にとって大きな大きな勝ち越しの1点が入った。
いくらなんでもここで挟むと話が途切れるので、光矢園編終わってから番外編やります。




